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45.泣きたい時

「明日も仕事なので、今日はやめておきます。」

いつも通り千果から酒を勧められた彼女が丁重に断る。

それを聞いた千果は、

「どうせコウに送らせるんだから、飲めばいいのに。

 こんな都合の良いアッシー君いないと思わない?」

なんて平然と言っている。流石に失礼じゃないか?

彼女も千果の言葉に自然な感じでふふと笑っている。

その様子を見て思う。以前一緒に千果の家に泊まった朝は、ここまでお互いフランクではなかったのに。

「……いつの間にこんなに仲良くなったんだ?」

率直な疑問をぶつけると、2人が顔を見合わせる。

そして笑いながら

「秘密。」

と告げるのだ。この疎外感と言ったらない。

そりゃ女性だけの話もあるだろうけど、俺の知らないところで仲良くなっていたら気にもなるだろう。

「ふーん。」

寂しさを隠すために気のない振りをしてみたけれど、そういったものはすぐにバレてしまうもので。

「拗ねてるわよ。フォローよろしく。」

千果は面倒だと言わんばかりに彼女に丸投げ。

「ふふ、あら、どうしましょう?」

彼女は彼女で笑って俺に問い掛ける始末。何か千果の性格がちょっと移ってきたんじゃないか?心配で堪らない。



「立花さん。」

「ん?」

食事をしつつ話をしている時に、彼女が改まって言う。

「今日の私の選択は間違ってなかったでしょうか?」

今日の私の選択。シーグラスの窓を作らないか、との提案に彼女は頷いた。

「私自身が考えたとはいえ、皆の意見を聞かずに

 自分の気持ちだけで、すると決めてしまいました。

 窓は普通の窓でも良かったのに、

 自分の意見に拘りすぎたかな、って。」

俯き加減でそう言う。

彼女は意志が強く意見をしっかり持っているけれど、自我を通す事は決してない。常に周りの言葉に気を配る人だ。 だからいつもはしない事をして、決定に少し不安を感じてしまったのだろう。

「良い選択をしたと思うよ。」

「本当ですか……?」

「君の意見は君だけの意見かもしれない。

 他に同じ考えの人がいなかったら、

 君がそれを発信しなければ埋もれてしまうよ。」

折角生まれたアイディアを殺してしまうのは勿体無い。

「だからさ、君はもっと我儘になっても良いと思うよ。

 こうしたいんだ、ってもっと主張したら良い。

 もし暴走したらちゃんと止めるし、

 失敗してもちゃんとフォローするから。

 もっと我儘言ったら良い。」



本当はもっと頼ってほしいんだ。彼女が器用に何でもこなす人だって知っているけれど、いや、知っているからこそたまには寄り掛かってほしいんだ。委ねてほしいんだよ。

恋人でもない俺がその気持ちを言うのはまだ早い気がした。だから今は上司として助けたい事を伝える。それだって嘘ではないから。

重なった視線を逸らしたくなかった。見つめ合ったまま、彼女の瞳が揺れていくのが分かった。

「無茶な事お願いしても、聞いてくれるんですか?」

からかう様に問う声が少し潤んで聞こえた。

「あんまり無茶言われると困るけどね。

 叶える努力はするよ。」

「言わないだけで、私すごく我儘かもしれないですよ?」

「逆にどんな我儘が出るか楽しみだ。」

「驚く様な我儘、考えときます。」

「いつでもどうぞ。」

ふざけ合って誤魔化し合って。そうやって俺達は、少しずつ少しずつ近付いているのかもしれない。



「ねぇ、泣きたい時にお薦めの本、教えてよ。

 あんた達の好きな、世良何とかのでいいから。」

客を全員捌いて見送った千果が、戻って来るなり珍しい事を言い出す。

「何かあったのか?」

「そこは聞かぬが花でしょ。」

「本、読めるのか?」

「失礼ね。読まないだけで読めない訳じゃないわ。」

白けた視線を送ってくる。

「泣けるってよく言われてるのは、

 『かりそめの愛』かな?」

「確かに泣けますけど、悲しい涙ですからね。

 千果さん、どういうのが良いですか?」

彼女の質問に千果がうーん、と唸る。

「どんなのでも良いんだけどねぇ。

 泣いてスッキリしたいって言うか。

 いわゆるデトックス効果?みたいな。」

スッキリしたい、か。自分の中の何かを払拭したいのかもしれない。

それなら。

「『ゼラニウムが咲いたから』でしょうか。」

「俺もそう思った。」

2人の意見が一致する。俺はこの話を読んで、泣いてはいないものの心が暖かくなったのを覚えている。

「そんなにいいの?」

「はい。最初は少し重めに感じるかもしれないですけど。」

「デトックスになると思うぞ。」

へー、と言いながら、千果は考える仕草をする。

「その本ってまだ本屋にある?」

「あー、どうだったかな?」

「確か1990年代発行の本なので、古本屋行きですかね……」

良い本なのに、と本当に切なそうにしている。かなりお気に入りの様だ。

「そう。じゃ古本屋行ってみる。

 って、この辺に古本屋なんてあったかしら。」

この近くの古本屋に行く事はないから、俺は知らないな。


「ありますよ。駅の裏で分かりづらいんですけど。」

紙ありますか?、といって受け取ったメモ用紙に、サラサラと地図を書いていく。全く知らない店だった。

「風見書店っていうお店で、結構小さいんですけど

 品揃え豊富ですし、綺麗に整理されてるので見やすい

 良いお店です。角の自動販売機が目印です。」

「ありがとう。行ってみるわね。」

千果が本をわざわざ買いに行くとは驚きだ。貸して、と言われるとばかり思ったのに。

「菅野は古本屋もよく行くんだな。」

「はい。古くて知らない本を発掘するのも好きなんです。」

また新たな一面を知っていく。

「立花さんはあまり行きませんか?」

「この辺では行かないな。他県でよく行く店はあるけど。

 あとは地方でする古本市に行ったりするかな。」

「そうなんですか。すごいですね。」

いつか連れて行ったら喜んでくれるだろうか。

「今度、その古本屋連れて行ってくれる?」

当然1人で行けるけど、出掛ける口実を作りたくて。

「はい。勿論です。

 あの、私も今度その古本市連れて行ってもらえますか?」

「あぁ、あんまり回数ないけどある時は誘うな?」

「はい。お願いします。」

勿論と答えてくれた事も嬉しかったけど、まさか彼女からも連れて行ってと言われるとは。社交辞令で言ったんじゃないだろう事は顔を見れば分かった。

ただ単に行った事のない古本市に興味があったんだろうけど、一緒に行く事が当たり前の様になっている事が嬉しかった。

また新たな約束ができた。

……地方だからいつも泊まりなんだ、というのは今は言わない方がいいかな?


 

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