表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/65

39.魔法の言葉

会話はそんなに多くはなくて、昨日のメールで吐き出した感情のために

ただお互いの存在を空気で感じ、1人きりではないことに安堵していた。

少なくとも、俺は。

何をしたともない。

食事をしたり、偶然見つけた店に入ってみたり。

たったそれだけの些細な日常に、こんなに心穏やかになる事なんてなかっただろう。

名前を呼ばれて名前を呼んで。

たったそれだけの当たり前の事に、こんなに心躍らせる時間もなかっただろう。

今あるこの一時が、ずっと続けばいいのに。

そう思うと同時に、怖くて堪らない。

今の曖昧な関係が続いて、やがて君がいなくなったら。自分が与えた選択肢が現実になる場合だって確かにある。

恋人という関係に変わって、やがて亀裂が生じたら。掴んだ幸せの中に綻びが全くできないなんて事はないだろう。

先の事を考えたって無駄なのは分かっている。それでも考えずにはいられない。

今に幸せを感じるからこそ、先が見えなくて、見えそうで、怖くなる。

何度もやってくる不安を拭う術を、俺は知らない。



「立花さん?」

彼女が心配そうに俺の顔を覗き込む。

「どうした?」

「調子悪いんじゃないですか?」

思考が不安へと傾いていたために、心配させる程表情が硬くなっていたらしい。

「大丈夫だよ。ありがとう。」

安心させようと笑って答えるけれど、

「私がご無理言ったからお疲れなんじゃないですか?

 それとも何かお悩みでもあるんじゃ…?」

上手く笑えなくて余計に心配させてしまった。

「疲れてないよ。俺だってそこまで歳じゃないしね。

 昨日も言ったけど、俺だって会いたかったんだから

 無理はしてないよ。」

「……お悩みがあるんですね?」

気持ちを隠したい時、敢えてその部分に言及しない。意識していない俺の癖を彼女は理解している様だ。

「私じゃお力になれませんか?」

初めて会った時に見た、意志の強い目。それがどこか儚げに揺れている。胸が痛くなるけど。

「そう言ってくれて嬉しいんだけど……。

 俺の胸の内を伝えたら、きっと君が苦しくなる。」

彼女はきっと答えを急いでしまうから。そうなればきっと後悔する事になる。

「私が……?」

「君には笑っていてほしい。大丈夫だ、って。

 ……そうだな、あとは。

 敬語が抜けた時の君の話し方が好きだから、

 できれば敬語抜きで話してほしいかな、なんて。」

誤魔化してお願いをする。

俺が気持ちを伝えてから、彼女はずっと答えを探しているだろう。

もうこれ以上に彼女を困らせたくはないんだ。

彼女は複雑そうな顔をして、それでも笑ってくれる。

「大丈夫。」

気休めに過ぎない言わせた言葉なのに、彼女の口から出るとそれは魔法みたいに心に溶けて、ひどく安心する。ランプに灯した火の様に、暖かな何かが胸の奥で揺らめいた。

「大丈夫、大丈夫。」

一回り小さな手が俺の手を包み込んでくれる。両手でしっかりと、でも優しく。ひんやりとした掌と繰り返される言葉。

「うん、ありがとう。」

彼女の手が触れる時、どうしてだか泣きそうになる。

悲しいんじゃない。きっと、心に触れられるからだ。

「ありがとう。」



家に帰って、次の約束をしなかった事を思い出す。あれ以上言葉を出すと涙が出て止まらなくなる気がした。

もし明日会ったら俺は彼女をもっと困らせるだろう。少し気持ちが治まるまで、会うのは控えた方が良さそうだ。

「大丈夫。」

自分で言ってみて、違うと思った。

不確かなこの言葉をすんなり受け入れられたのは、やっぱり、彼女だったからだ。



それから3日空けた火曜日。

彼女からメールが来る。

<こんにちは。

 もし明日予定がなければ、会えませんか?

 渡したいものがあるんです。>

いつもの彼女より少し、本当に少しだけ砕けた言葉。きっと俺の言葉を意識してだろうと、少し笑ってしまった。

<OK。お昼頃迎えに行く。>

<ありがとうございます。了解です。>

渡したいものって何だろう。この間の俺に気を遣っているのだろうか。

そうだとしても、彼女が俺のために動いてくれる事が嬉しい。

やっぱり、どうしたって彼女が好きなんだ。

不安は消えてなくなる事はないけれど、彼女が繰り返し言ってくれた“大丈夫”が確かなものになる様に。

できる事は、今この時精一杯彼女を愛す事。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ