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31.2人きりはある意味危険

「……んー……。」

大きく伸びをして、ゆっくり瞼をあげる。

見慣れない木の天井を見て、考えて、旅行に来た事を思い出した。部屋に掛かった時計を見ると、5時を少し回ったところだった。

「いッ!」

起き上がろうと体に力を入れたら、足にいつもはない鈍い痛み。布団に寝転んだまま、痛みの正体を考える。

昨日は……。

ここに来て、ご飯食べて、海見て、温泉入って。足痛めるような事してないよな。走ったりしてるし、両方のもものここだけピンポイントに痛いって。

夜のご飯も美味かったし、酒も進んだなぁ。そしたら隣で林田が酔って、いつの間にか膝枕させられて。で、天馬も酔って反対側に……ん?

それだ、膝枕。胡座かいたまま長い間頭が乗ってたせいだ。

……ここって鍛えられるのかな?

そういえば菅野と話しながら寝てしまった様な気がするけど、竜胆が布団まで連れて行ってくれたんだろうか。

ふと両隣を見ると、2人が気持ち良さそうに寝ている。まだ早いし、温泉でも入ってくるか。


やっぱり風呂は1人でゆっくりの方が性に合ってる。

少しもやのかかった景色は、昨日とはまた違う顔を見せていた。

1人の朝風呂をじっくり堪能して、温泉を後にする。

脱衣所を出たところで、隣の方からもドアの開く音がする。

反射的にそちらを見ると、明らかに風呂上りの菅野が出てきた。

「おはよう。早いな。」

「あ。……おはようござい、ます……。」

普通に挨拶しただけなのに、明らかに目を逸らす。昨日の二の舞かと思ったが、ちゃんと浴衣の前は閉まっていて。昨日何かやってしまったのだろうか。

「良かったら、散歩しない?」

内心少しビクつきながら、無難な提案をしてみる。これで断られたら、完全にアウトだ。

「……はい。」

セーフ。どうやらそこまでではなかったらしい。


2人で並んで広い庭園を歩いて行く。紅葉を始めた木の葉や、よく手入れされた草花の色が鮮やかで。心地良い風と共に、心を落ち着けてくれる。

ちらと隣を見れば、顔を火照らせているのが分かった。お湯、熱かったんだろうか。

そして目に飛び込んできた、彼女のうなじなら伸びる濡れた後れ毛。妙にドキドキしてしまう俺も、なかなか純情かもしれない。

途中にベンチを見つけて座ってみる。

「昨日俺、何か変な事したかな?」

ちゃんと聞いて、今後目を逸らされる事がない様にしなければ。

「えっと、変な事は、してないと思います。」

「じゃ、どうしてこっち見てくれないの?」

出た声が驚く程寂しそうに響いた。

「あ、すみません……。」

「いや、責めてる訳じゃ。ただ寂しいなって。」

そう言うと、背を丸めたまま上目遣いでこちらを見る。

計算じゃないのが、憎い。

「……昨日の事覚えておられますか?」

「うん。酒で記憶なくす事ないから。」

答えると、ふぅーと息を吐いてから、淡々と話し出す。



「昨日の立花さんは酔っておられました。」

「うん。」

そう思うよ。

「その所為かすごく、何と言うか。

 いつもはっきりされた方ですが、

 いつもよりすごく直接的と言いますか。

 ……膝枕の事です、けど。」

あれは確かに思い出すと、ちょっと恥ずかしいかも。

「それなのに、浴衣を直された時は子供みたいで。」

見て、なんて本当に自分でも子供みたいだと思った。

「花火の話では、寝言の様に……その……。」

「何か言ったかな?

 楽しみって言ったのは覚えてるけど。」

打ち上げ花火はあまり見た事ないから、楽しみだなって。

「……その後です。」

その後?あの時は眠たくて何を言ったか定かじゃない。

うーん、と腕を組んで悩んでいると、溜息が聞こえた。

「菅野と見るの。」

「え?」

「楽しみだな、の後。

 菅野と見るのって言ったんです。」

楽しみだな、菅野と見るの。確かにそう思ったけど、殆ど寝かけてて。

「俺、口に出してた?」

「はい。もう半分寝に入ってましたけど。

 酔って、散々からかわれて。

 寝言みたいにぼそっと言われて、本人は寝ちゃうし。

 1人取り残された私の身にもなってください!」

不貞腐れた様に少し口を尖らせて、頬を赤く染めて。

これは怒られているん、だろうな。

「うん。ごめん。

 でも、ちょっと俺の言い分も聞いてもらえる?」

「……何ですか?」

恥ずかしかった気持ちがぶり返したのか、俯きながらも聞いてくれる様だ。

俺は前を向いて、陽に照らされた庭園を眺めながら話し出す。


「俺、自分でもびっくりしてた。

 今までした事ない、頭に浮かんだ事さえないのに。

 ここ最近知らない自分に出会ってばかりだ。

 子供っぽくなったり、正直になったり。

 …でも、菅野だからなんだ、って思うよ。

 菅野が望むなら、俺は何だってすると思う。

 膝枕だって、甘い言葉だって言えるよ。

 それで君が喜んでくれるなら。

 だから。からかったりしたい訳じゃなく。

 言った言葉全部、本当の気持ちだから。」

信じて、と彼女の目を見て言う。

ぐっと歯を噛み締めて、眉を寄せて、ふるふる震えている。

「……れの、」

「ん?」

「そ、れの、どこが甘くないんですかッ!!」

叫んで1人、走り去っていく彼女。

そして1人、取り残される俺。

「……取り残される俺の身にもなって、

 って言ってもいいかな。」

最近こんなシチュエーション、多くないか?

ちゃんと伝わったんだろうか。

「……甘く、なかったと思うけどな。」


 

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