表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/65

22.未来への想い

週明けの今日。AM8:30。

清々しくも気恥ずかしい思いを抱えて、一番に会った菅野に挨拶をする。

「おはようございます。」

そう言う彼女の表情はいつもより柔らかく穏やかで、心の中を見透かされている気がしてますます恥ずかしくなった。

気持ちを切り替えないと。今日は大切な日になるのだから。


「なぁ、来る時天馬を見かけなかったか?」

俺より後に出社した2人に問いかける。

「俺は、見てないっスね……。」

「俺も見ませんでした。今日もまだなんですか。」

「あぁ……。」

返事とも溜息ともつかない様な曖昧さで答えると、皆も同じように苦い顔をした。それは当然、今日がどんな日になるかを分かっているからだ。

せめて10分前には来てくれよ。



時計の長針が10に差し掛かるかという頃、遠くからパタパタと騒々しい足音が聞こえてくる。

「あ、来ましたねー。」

「やっとか…。」

今に開くであろうドアに全員が目を向ける。

足音が止み、ガラスのドアの隅から眉を垂らした幼い顔がこちらを覗く。全員が自分を見ている事に気が付いて、焦った様子でブースに入ってきた。

「す、すみませんでした!!」

入ってくるなり勢いよく頭を下げて謝罪の言葉を口にした。謝ってほしい訳じゃない。

「天馬。」

「はいぃ!!」

努めて優しい声で呼んだのに、次の言葉への恐怖で意味を成さなかった様だ。

「怒ってはいないから。10分前には無事着いたんだし。

 ただ、今日の会議がどういうものかちゃんと

 理解しているか?」

「……統括の谷田部主任が参加される大事な、」

「そうじゃない。そういう事はどうでもいいんだ。」

怖々返ってくる、マニュアルの様な答えを遮る。

ちゃんと理解して欲しい。じゃなきゃこの会社にいても楽しくない。


「今日は天馬にとって大事な日だろ。

 案を出すことも許されなかった最初の1年を終えて、

 初めてLife Total Producerとして正式に企画に

 参加する、今日はそういう日だ。この会議のために

 毎日案を何度も練り直して来たんだろ。

 今日だって、徹夜して来たんじゃないのか?」

「ッ、どうして……」

「1年同じチームでやってきたんだ。天馬が今まで悔しい

 思いをしながら努力してきたのを見てるんだから。」

天馬が顔をくしゃくしゃにして泣きそうになる。

「泣くなよ。本番はこれからなんだ。」

「うぅ……はい!!」

泣くのを必死で堪えながら、書類を整理する姿に皆で顔を見合わせて笑い合う。

「さぁ、今日も一日頑張るか。」

「はい!」

皆の声が重なって、静かにドアが開かれた。

「おはよう。」

「おはようございます。」

統括の谷田部道弘主任だ。今回のジュエリー企画は大々的になるという事で、主任も最初の会議に参加される事になった。

「じゃ、早速始めてくれるか。」

「はい。まず竜胆、よろしく。」

1人ずつプレゼンが始まる。テーマである「愛を繋ぐ」というフレーズから、それぞれに違う個性的な案が出された。



この約1ヶ月、俺は自分が菅野にプロポーズをするというシチュエーションを想像せずにはいられなかった。

こんな指輪が似合うかな、それならネックレスはこんなのかな。

そんな想像から自分の案を仕上げていった。

いたってシンプル。つや消し加工を施す細身のリング。敢えて初めから光沢をなくして、輝きを失わない様に。トップ部分はリボンを結んだ時の様な形にして、「愛を繋ぐ」イメージを表した。レディースにはトップ部分に小さなダイヤを埋め込んで、「小さな幸せを与えたい」という想いを表現した。

ネックレスは無数の線で網目状になった半円が、モチーフを包む様な形。中のモチーフはメンズが双葉、レディースが小さな花で、家族として共に育っていく様をイメージした。

こうしてますます、彼女との未来を願ってしまう。この想いが、伝わるといいな。


菅野の案は興味深かった。

正直「愛を知らない」と言う彼女が、このテーマを想像できるか心配だった。

所々捻れた様になっているデザインで、先端がトップでクロスしているリング。

「失敗やすれ違いで捻れる様に思えても、必ずまた同じところに戻ってくる。」

そういう意味だと話した。

ネックレスは完全な円ではない、歪な形のプレートに絵が彫られている。メンズには女性の、レディースには男性の横顔のシルエット。彫られたところも同色で、あまり主張していない。「上手に表せられなくても、いつも心に相手がいる」事を、伝えるためのデザインだった。

彼女がどんな事を想いながらこのデザインを考えたのか、それはわからないけれど、きっと何か変化があったのだろう。いつもとデザインのテイストが違って見えた。


今回は珍しく誰かの案を中心にではなく、全員の案を元に2パターンを考える事になった。皆恐らく、自分の本当の気持ちが反映して、力が入っていたのだ。どれも捨てられず、主任からもお許しを得た。

新たに家族になっていく恋人達の想いを代弁するジュエリーに、俺達それぞれの想いも乗せて、最高の商品にするのだ。

きっと、いや絶対に。今までにない、最高のジュエリーができる気がした。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ