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21.思い出の場所

「ここだ。」

俺達はレストランを後にして、車で10分程の所にある志方社長の実家、雑貨屋・SIKATAを訪れた。あの頃よりずっと寂れてしまっているが、それでも元気の良い女性の声が響いている。

「ありがとうねー。」

子供連れの若い女性に手を振りながら見送るのは、志方社長の母、美代子さん。社長の恰幅の良さと豪快さは母親譲りだ。

「美代子さん、お久しぶりです。」

「ん?んーと、あ、幸多くん?幸多くんよね!」

声を掛けると暫く悩んでいたものの、思い出してくれた様だ。

「はい。お元気そうで何よりです。」

「まあまあ、大人になっちゃって。

 私が元気無くしたら、お店できなくなっちゃうからね。

 今年で68になっちゃったけど、まだまだ元気よ。」

大方白くなった髪を掻き上げ、カッカと豪快に笑って言う。本当に元気な人だ。

「あら、後ろのお嬢さんはどなた?

 こりゃまたべっぴんさんねー。」

「初めまして。菅野湖陽と申します。」

べっぴんさんだわーと繰り返す美代子さんに、

「部下です。近くまで来たんで、

 社長のご両親を紹介しようと思って。」

と目的を告げる。

「あらま、そう。とりあえず暑いからお入りよ。」


促されて店内に入っていく。アンティーク風の雑貨が、幾つものテーブルに並べられている。

後ろの菅野はわぁ、という感嘆の声を漏らす。何年経っても変わらない光景に、顔が綻んだ。

奥に入っていった美代子さんが誰かと話す声が聞こえる。

「ここの雑貨、全部社長のお父さんの手作りなんだ。」

そう菅野に教えると、

「そうなんですか。

 味わいのある素敵なものばかりですね。」

と興味深そうに近くのテーブルに目をやっている。

「本人に言ってあげてくれ。喜ぶから。」

奥から美代子さんと共に白髪の男性が出てくる。確か美代子の5歳程上だった筈だから、73歳にもなっているだろうか。社長の父、誠さんだ。

美代子さんとは対照的に、長身細身で口数の少ない穏やかな人である。

「誠さん、お久しぶりです。」

挨拶すると、少し口角を上げて、

「久しぶりだね。仕事の方は順調かい?」

と尋ねてくれる。

小さい時から来る度、「学校は順調かい?」と尋ねてくれた。

その度に俺は、

「順調だよ、おじちゃん。」

と答えるのだ。同じように答えると、誠さんも懐かしそうに目を細めて笑う。深くなった目尻の皺が、月日を感じさせた。

「今日は部下も連れて来たんです。菅野。」

商品に目を奪われていた菅野を呼ぶ。

「部下の菅野です。

 こちらが社長のお父さんの誠さん。」

「菅野湖陽と申します。

 ここの商品は全てハンドメイドと伺いました。

 どれも繊細な作りで思わず見蕩れてしまいます。」

「ありがとう。」

菅野の感想に誠さんが笑みを深くする。


菅野は商品を見ながら、何やら誠さんに質問し始めた。

そんな2人を見ながら、隣で美代子さんが俺にだけ聞こえる声で話し掛けてくる。

「ここにお嬢さんを連れて来たって事は、ご両親の事話したのかい?」

母さんが死んで落ち込んだ姿を一番知っているのは、千果以外では、美代子さんと誠さんだ。

Partnerに入る時、

「誰かに父さんと母さんの事話せる様になるまで、

 俺はきっとここに戻って来れないと思う。」

と話していた。この街の、特にこの店は母さんとの思い出がありすぎるから。

美代子さんに答える前に、レジの向こうに目をやる。

壁に掛けられたコルクボードには、お客さんの写真が何十枚も貼ってある。

その中に、まだ3歳の俺と若い父さんと母さんが写った写真が1枚。笑顔で寄り添う3人は本当に幸せそうだ。

「話したよ。一番大切な人だから。

 ……泣くの我慢して、笑ってくれたんだ。」

写真を見ながら、菅野の表情を思い出していた。

いつの間にかあの頃と同じ話し方になっていた。

「そうかい。良い人に出会えたんだね。」

美代子さんも写真を見ながら、優しくそう言ってくれた。

「うん。これからもっと大きな幸せがあるって。」

「そうだね。あるよ、絶対に。

 あんたは、あの2人が愛した子だからね。」

少し震える声に、涙が零れた。

「ありがとう。」

俺を見ていてくれて。心配してくれて。

背中に暖かい何かが触れた。

気が付けば隣に菅野が立っていて、背中にそっと手を置いてくれていた。こちらを見る事なく、優しい顔で写真を見つめている。

その気遣いと柔らかい感触と流れてくる体温に、愛しさが溢れて、余計に涙が込み上げる。

肩を震わす俺の背中をそっと摩る手に、母さんの手を思い出して。


帰りの車内。沈黙が続く。

でもそれはいつかの様な気まずいものではなくて、穏やかで心地の良い沈黙だった。

空が夕日のオレンジに染まって、鮮やかなグラデーションをなしていた。

「……今日はありがとう。

 俺の我儘に付き合ってくれて。」

少し鼻声なのが恥ずかしい。

「いえ、こちらこそありがとうございました。

 お話を聞かせてくださって嬉しかったです。

 こんな素敵な街に住んでおられたんですね。」

気にせずそう言ってくれる。

「うん。……自慢の街なんだ。」

きっとPartnerに入ることを選ばなければ、彼女と出会わなければ、言えなかったと思う。

仕事をしていれば喪失の悲しみを頭の隅に追いやれても、ここに近付けば、楽しさと悲しさの両面を思い出してしまうから。

だから今まで、近づく事すらできなかった。

それでも今、こうして爽やかな気持ちでこの街を後にできるのは、彼女が隣にいて笑ってくれているからだ。

2人で笑い合いながら、心の中でありがとうを繰り返した。


父さん、母さん。

本当に本当に大切な、守りたい人ができたよ。

いつも笑って隣にいてくれる、優しい人なんだ。

この人のために頑張るから、いつまでも見守っていて。


 

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