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18.仕事は前進す

新たな真実を知った日から何があるでもなく。ただちょっと気持ちが軽くなった位で、その他は何の進展もないまま、茹だる様な暑さの中を、日々は過ぎて行って。

梶野インテリアの重郷から、サンプルができたとの連絡を受け、俺達6人は林田の運転で梶野インテリアに来た。玄関ホールで作業着姿の庭と重郷が迎えてくれる。

「工場の中、暑いですけど大丈夫ですか?」

連絡をもらった時に工場の見学をしたいと申し出た時と同じ問いかけを、重郷は工場の入口の前まで繰り返していた。

「分かってるよ。でも君達はその中を働いてるんだろ?

 それに自分達の商品が出来る過程を知らずにいるのは、

 君達にも消費者にも不敬な事だと思うから。」

商品のアイディアを生み出す仕事は、考えあげたら終わりじゃない。自分が考えた商品だからこそ、完成・販売まで責任を持って見届けなければならない。完成の過程を知らないままで自分の商品と、胸を張って言うことはできない。勝手の違う他会社で造られるなら尚更、一から知っておく必要があるのだ。

「そんな風に言って頂けて嬉しいです。どうぞ。」

庭が鉄の扉を開けて促してくれる。もわっとした熱気がやって来る。



広々とした工場内では、見慣れない大型の機械が金属音やブザー音を響かせながら稼働していた。

庭が駆けて行って、1人の背中に声を掛けている。振り向いた顔は岸谷さんだった。こちらを確認した岸谷さんはにこっと笑って近付いて来た。作業着を来た姿はいかにも職人で、雰囲気が違って見えた。お辞儀をして応える。

「暑い中をわざわざありがとう。

 工場内の見学までしてもらえるっていうんで、

 皆いつもよりやる気を出しているんだよ。」

「こちらとしても他会社の工場を見る機会は

 なかなかありませんので、勉強させて頂きます。」

工場内をゆっくり見て回り、機械の説明等を聞く。

Partnerではインテリアをつくらないため、どれも見た事のない機械ばかりだ。

合間には作業中の他の従業員と話をしたり、守屋と小鳥遊からも専門的な話を聞く事ができた。どの人も作業をする眼差しは鋭く、質問に応える表情は実に楽しげでこの仕事が本当に好きなんだと伝わってきた。この人達と仕事ができる事を幸せに思った。



「どうぞ。」

「ありがとう。」

程良く冷房の効いた会議室で、小鳥遊がお茶を出してくれる。

「作業中のところを見学させて頂いて

 ありがとうございました。」

「いやいや、誰かが見に来るなんて事ないからね。

 若い奴がかなりはしゃいでしまって、

 恥ずかしいところを見せたね。」

「でもすごい面白かったっスよ!!

 俺元々そっち志望だったんで。」

「そうなのか。そう言って貰えて良かったよ。」

その後も工場の話で少し盛り上がったところで、サンプルを取りに行っていた守屋と庭が帰って来た。机にそっと置かれて、掛けられていた布が取り外されると、おっ、と声が重なった。本物さながらのミニチュア・インテリアだ。



ソファはゆったりした1人用で、背面が丸く包み込むようなフォルムになっている。色はホワイト基調で、外面にはブルーの1本ラインが真横に伸び、内面にはイエローのラインが走るように入っている。

<浄化>を示すホワイト、<落ち着き>を示すブルー、<幸福>や<希望>を示すイエロー。ソファに座って、一日の疲れを癒し新たな一日への活力を生むイメージで。



テーブルはウッド調。長方形のローテーブルで、足は末広がり。長辺側のどちらからも、引き出しが出せる様になっている。高さはソファに合わせてつくられている。明るめのブラウンのテーブルだが、両短辺の端から15cm程の所に2本、コーラルとホワイトの細いチェック柄が入ったデザインになっている。

コーラルには<喜び>という意味があり、純粋なホワイトと合わせて「純粋な気持ちで喜びを見出す」という前向きな思いを込めた。



キャビネットもウッド調ではあるが、こちらは深めのブラウン。観音開きの扉を開けると、上2段は文庫本サイズ、下1段はA4ファイルの入る高さに仕切られている。この仕切りは取り外せて、差し込む場所を変えれば使う人に合わせて変化させる事ができる。扉は270°回転させられて横板に留められるので、閉じたままでも、開けたままでも使える様になっている。

一番こだわったのが、この扉の内側。日本を象徴し、純潔・心の美しさといった花言葉を持つ桜の花・葉・枝を、浮き彫りという彫り方で彫刻している。

所々に<女性らしさを高める>ピンクや、<変化>を促すグリーンが配色されている。内側に彫る事で、恋に前向きになれない女性にも、内に秘めたものを解き放って、新たな自分を見つける後押しになれば、という思いを表しているのだ。



「企画書通りですね!!」

金城が歓喜の声を上げる。

「このサイズでこのクオリティーはすごいですね。」

竜胆が呟き、林田がうんうんを大きく頷いている。

「私、そのキャビネット欲しいです!

 大きいの置く場所ないけど、そのサイズ丁度良いんで。」

天馬が目を輝かせて言う。

「まずミニチュアで造るって、面白いですよね。」

菅野が一言言い、それを受けて

「このサイズをつくる方が難しいんじゃないですか?」

と質問する。

「そうなんだ。

 小さい方が難しいし、細かい所に注意が要る。

 小さくてもちゃんと使える物ができれば、

 実寸は造りやすくなるし、失敗がないんだ。

 何より技術を向上させられるしね。」

岸谷さんがそう説明する。確かにそうだ。その分時間はかかるが、精密で使いやすいインテリアをつくるにはそういう努力と手間が必要なのだ。だからこそ、梶野インテリアは注目される様になったのだ。



「素晴らしい出来です。」

「ありがとう。この調子で本作業に入るよ。」

「宜しくお願いします。」

出来が楽しみだ。確実に良い物ができるだろう。

「ところで皆、今日夜は空いてるかな?

 前回のお返しに、行きつけの店に招待したいんだが。」

「えっ、今日俺運転なのに…。」

誘いの言葉に林田が嘆く。

最近特に頑張っている様だし、今日は甘やかしてやるか。

「帰りは運転してやるよ。」

「マジッスか!やりー!!」

喜びを噛み締める林田を放っておいて、皆に確認する。

「皆、大丈夫か?」

「明日は休みなので問題ないでーす。」

金城の一言に、後の3人は笑いながら賛同した。

「ではすみませんが、宜しくお願いします。」

「あぁ。千果さんの料理には負けるかもしれんが、

 楽しみにしておいてくれ。」

終業時間まで会社や技術について花を咲かし、まだ明るくじりじりとした日差しの中、街に繰り出して行った。



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