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14.まだ見ぬ世界

今している仕事と言えば、やはり。

「お客様、カップルでいらっしゃますか?」

「あ、いや……、」

「こちら、先週出た新作のペアリングなんです。

 カラー、デザイン共に大変人気でございます。

 宜しかったら御試着なさってください。」


ジュエリーしかなくて。

「あの、」

「カラーはシルバーとピンクゴールドがありまして、

 裏に文字を彫る事も可能でございます。

 例えば結婚指輪として裏に日付を彫る、

 というお客様もいらっしゃいます。」


別に本当にジュエリーショップに行かなくても良かったんだけど。

「それにしてもお客様、お似合いの美男美女カップルで

 羨ましい限りですぅ。」

「いや、」

「ご謙遜なさらないでくださいー。」


たまたま見つけたショップの店員が、こんなに押しが強いと思わなくて。

「お客様お二人の雰囲気からしますと、

 ピンクゴールドがおすすめですかねー。」


とりあえず、と入ったのが間違いだった。

「菅野。行こう。」

「えっ。」

店員の押しにタジタジになっていた菅野の左手を掴んで店を出る。タジタジになっていたのは、言葉を挟めなかった俺もだが。

お似合いのカップル、という言葉だけ、あの店員を評価したい。

店を足早に出て手を離す。離したくはなかったけれど。

菅野の表情が寂しそうに見えて、自分の目の都合の良さに呆れる。

「……すごかったな。」

「……はい。」

「俺、初めて入ったんだけど、

 ジュエリーショップって全部あんな感じなのか?」

「私も初めてなので分からないですけど、

 多分珍しいと思います。」

「……だよな。」

ジュエリーショップの店員が皆あんな感じなら、ジュエリーを買う人達は、強靱な人達だろう。俺達はちょっと特殊な人に捕まった様だ。とりあえずあの店員の事は忘れよう。

「もうちょっと見やすい店、無いかな。」

様々なショップの並ぶ大通りを並んで歩く。

菅野は昨日の仕事と同じ服装ではあるが、会社の女性は基本的に私服だから、今の格好も私服な訳で。いつもスーツ着用の俺は千果の家に置いていた私服を着ていて。

土曜に男女2人が私服でジュエリーショップに入る。

そう考えるとさっきの店員みたいに、カップルに見られても不思議じゃない。というか寧ろ、こうやって並んで歩いている今でさえ、カップルに見られているんじゃないか?なんてまるで中高生みたいな事を考えて喜んでしまう。

俺、ガキっぽくね?


ふと横を見ると、菅野は道路を挟んだ向こうの店を見ていた。

何か気になるものがあるのか?

「向こうの店、気になる?」

「へ?あ、いえ。大丈夫です。」

「よし、行こう。」

「え、立花さん?!」

菅野の性格上、仕事に関係するものを物色する目的で出掛けたのに、関係ないものを見に行く事はマナー違反と思っているのだろう。

「立花さん、いいですよ。また個人的に行くので。

 それに立花さんに入ってもらうのは……」

こうやって真面目すぎるせいで、俺は少し寂しい。

「菅野の好きなもの、俺が知りたいから。

 俺の為に行くんだから、文句はないだろ?」

そう言ってぐんぐん進む。

観念して付いてくる菅野の靴音を聞いて、嬉しくなる。

大通りを渡る横断歩道で止まるとタイミング良く、信号が青になる。

前後になっていた立ち位置がまた横並びになって、耳の上の方が赤くなっている横顔が見えた。

横断歩道を渡りきり、少し歩くと菅野の表情が明らかに変わった。

何というか、好きな人に会った恋する乙女の様な。

胸が大きく跳ねて、菅野の後に続いて木製のドアから店内に入る。どんな奴がいるのかと見回した瞬間、店内の視線を一気に集めた。


理由は一発で理解した。

店内にいる客は全て女性である事。

そして店内が「緑の丘のミッチェル」のキャラクターで埋め尽くされている事。

「緑の丘のミッチェル」とは世界的に有名なアニメ。

主人公のミッチェルが可愛いと女性に人気なのだ。

「ミッチェル」のグッズショップの日本一号店ができたとは聞いていたが、

こんな所にあったのか。

菅野もミッチェルが好きなんだな。あんな顔する程に。

しかも俺、ミッチェルに嫉妬したって事かよ。

「やっぱり出ましょうか?」

声を掛けられて我に返る。さっきの「立花さんに入ってもらうのは…」って、遠慮じゃなくてこの状況を懸念してだったのか。

「いや、いいよ。俺も見る。」

「でも……」

「俺は大丈夫だから。菅野、ミッチェルが好きなのか?」

「はい。キャラクターの絵のタッチの好きですし、

 何より服装がすごく可愛くて。特に、」

そりゃ恥ずかしいけど。

店内の女性客にチラチラ見られてクスクス笑われてるのが、本当に恥ずかしいけれど。

それでも、目の前で大好きな人が、いつもは見せない無邪気な少女の様な顔で、必死になって自分の好きなものを教えてくれているから。

それに勝るものなんてないだろ。

「うん。可愛いな。」


愛しさが溢れ出す。

きっと千果で言う所の「甘っ!!」て顔になってるだろうけど、そんなの気にしない。

目の前に愛しいと思える人が居て。

その人と大切な時間を共有して。

色んな表情を見て、2人で笑い合える。

こんな素敵な事、他にないんだから。

商品を見て回る菅野に気付かれない様にレジに向かう。

にこやかな店員から商品を受け取って、パーカーのポケットに仕舞う。

キョロキョロしている菅野を見つけて、背中から声を掛ける。

「全部見たのか?」

振り返って俺を確認して、笑顔が花開く。

俺を探していたんだな。それだけの事が嬉しくて仕方ない。

「はい。」

「買わなくていいのか。」

「今回は大丈夫です。

 念願叶って来られただけで十分ですから。」

連れ立って店を出る。

いつの間にか昼を過ぎていた様で、日差しが一層きつくなっていた。

眩しさに目を細めているのが、目の端に見えた。

「飯、食いに行くか。」

「はい。」

道の際に長く伸びた影の中に菅野を追いやって、じりじりとした日差しを背中に感じながら、並んで歩き出した。


 



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