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13.夢の様な、休日の朝

「……なさん、立花さん。」

漂う眠気に身を任せた、微睡みの中。

近くで大好きな女性の声がして、良い夢だなと嬉しく思いつつ、夢にまで出てきて末期だなとも思った。

どうせ夢なら声だけじゃなく顔も見せてくれたらいいのに。

そこで目を瞑ったままなのに気付く。これじゃ見たくても見れないよ。

そっと瞼を開ける。部屋に差し込む光に目が慣れた頃、すぐ近くに愛しい人の顔があって、笑みが溢れる。

「菅野。」

名前を呼んでみる。思ったより優しい声が出た。

「立花さん、おはようございます。」

柔らかい笑みで答えてくれる。会社でする挨拶と何処か違うそれは、甘い雰囲気を孕んでいて何て都合の良い夢なんだと可笑しくなる。

この空気にまだ触れていたくて、また瞼を閉じる。

「立花さん、朝ご飯できたので起きてください。」

あぁ、願望が反映されている。

朝起きて彼女が朝食を用意してリビングで迎えてくれたら。

そう願っているから。


「早くしないと千果さんが怒りますよ?」

こんな良い夢なのに、わざわざ千果の名前を出さなくてもいいだろ。

夢の中の菅野は意地悪だな。どうせ起きたら千果に色々言われるんだし。

菅野を泊めた事だとか。

あ、そういえば起きたら寝起きの菅野が見れるんだよな。

今何時だろ。そろそろ起きなきゃだめかな。

夢の中の菅野が名残惜しいけど、起きたら実物がいるし。こんな嬉しい事はない。

今度はしっかりと瞼を開ける。そこには困った様に眉を下げる菅野。

「あれ?」

まだ夢の中か?

起ききっていない目を擦ってみる。それでもやっぱり菅野は消えなくて。

「起きました?」

覚醒した頭がフル回転して、全部夢じゃなかった事に気付く。

ガバッと体を起こして、少しでも恥ずかしい姿を隠そうと髪を撫で付ける。

あ、上はねてる。

「ふふ、はねてる。」

そう言って手が伸びてくる。手櫛で整えられて、ゆっくり手が離れていく。

突然の事に下げていた目を上げると、バチッと目が合った。

菅野はハッと我に返った様に目を見開き、

「す、す、すみません!!」

と叫んで、すごい速さで部屋を出て行った。

出る間際ドアの隙間から見えた横顔が真っ赤で、今あった事が現実である事を改めて認識する。固まっていた思考が動き出した途端、顔に熱が集まる。

座っていた布団に前倒しになって布団で顔を冷やし、

「この、天然記念物め……。」

階段を駆け下りる足音を聞きながら、1人悶絶した。


「私は店の買い出しに行くけど、2人はどうする?」

朝ご飯を食べながら千果が聞いてくる。

俺がキッチンに降りた時から、千果の話し方はいつもの調子になっていて、菅野がいるのにいいのか、と聞いたら

「今はプライベートだもの。ちゃんと話したから大丈夫。」

と笑って言っていた。

そんな事はどうでも良くて、今はこれからどうするかだ。

「洗濯はもう少ししたら終わるから。」

「すみません。何から何まで、ありがとうございます。

 このルームウェアは洗濯してお返ししますね。」

菅野が着ているルームウェアを摘んで言う。

俺が寝ている間に2人の間で洗濯、シャワー、ルームウェアの確約が成されていたらしい。

「いいわよ。このちょっとの時間だし。

 後で他とまとめて洗濯するわ。」

「でも……、」

「いいの。お気に入りの洗剤で洗うから。」

千果がニコッと笑いかけて制す。

「……ありがとうございます。」

菅野が折れて、申し訳なさそうに頭を下げる。



「それで?どうせ送るんだったら、

 そのままどっか出掛けたら?」

啜っていた味噌汁を吹きそうになった。

「何、言ってんだ。」

「いいじゃない。

 2人とも帰っても仕事しちゃうくちでしょ?

 それなら2人で何か使えそうなの、見てきたら?」

踵を返してキッチンから出て行く背中を見送る。

俺も菅野も、先程の一件を気にしない様に食事していたのに、そんなデートみたいな事したら嫌でも意識してしまうだろう。

……でも家まで送る車内だって2人きり。

ただ送る事を目的にするより、仕事の話で繋げられて、いいか?それにこのまま別れたら月曜、会社で気まずいままかもしれない。それなら出掛けて、今日の記憶をもう少し大人しいものにしたら、お互いあの事を意識しないで済むかもしれない。まぁ、多少は意識して欲しい気もするが。

「どっか、行くか?」

耳を赤くしたままの菅野に聞いてみる。

「……立花さんが、いいんでしたら……。」

俯いてそう言った菅野は、恥ずかしさを隠すようにお茶を飲む。

そんな風に言われて、帰ろうなんてなる訳がない。

「じゃ、決まりな。」

休みの時間を共有できるなんて、夢みたいだ。

だらしなくにやけてしまう。

「洗濯終わったわよ。」

いつの間にか戻って来ていた千果が、畳まれた洗濯物を菅野に差し出す。

「ありがとうございます。じゃ着替えてきます。」

菅野はふかふかになった洗濯物を持って、キッチンを出て行く。

俺は茶碗に残った最後の一口を口に運ぶ。



「甘っ!!」

不思議に思い、千果に視線を送るとすごい顔でこちらを見ていた。眉間に皺を寄せて、まるで見たくないものがそこにある様に目を細めて。

「何が?」

「あんたの顔よ。砂糖吐きそうな位甘いわ。

 2人の雰囲気も、見てると全身痒くなる感じだし。

 我慢できなくて声掛けちゃったわよ。」

俺そんな顔してるのか。引き締めとかないと。

「あんた達、早くくっついてよね。

 お膳立てするの馬鹿らしくなってきたから。」

そんな簡単だったらもうそうなってるっての。

溜息をついて洗い物をしようと立ち上がった時、菅野が着替えから戻ってきて

「私、洗います。」

と俺の手から食器を受け取った。何かこの感じ、いいなぁ。

脇腹を肘でつつかれて隣を見ると、千果が自分の顔を指差していた。

顔がまた、緩んでいるらしい。

 

 

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