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短篇集

木枯らしの吹く季節

作者:

寒くなってきましたね(2013年10月末現在)

秋は別れの季節と呼ばれる通り、ちょっと寂しい響きがございますが…そんな哀愁的な何かを感じて頂ければ幸いでございますよ。

 無人の公園で、ベンチに並んで腰掛ける二人の男女がいた。男は足を組み、頬杖をついた状態でぼんやりと前を見ており、女は足をぶらつかせながらうつむいている。

 コンクリートに数枚落ちていた枯葉が、冷たい風に吹かれてカサカサ、と小さな音を立てた。

 ぶるり、と小さく身震いした女に、男が横目を向ける。上衣に手を掛けようとして、思い直したように手を止めた。

 しばしの沈黙が二人を包んだ後、不意に男の方がそれを破った。独り言のように――それでいて確かに女へ聞かせるかのように、はっきりとした声でこんなことを言う。

「なぁ、なんでお前はさ、俺のこと好きになったの?」

 女は足をぶらつかせたまま、ゆっくりと顔を上げ男を見る。男は変わらず前を見ており、女からはその横顔を垣間見ることしかできない。

 女は、ゆっくりと表情を緩めた。寂しげで、儚げで……横目でしか見えない男にも、それはひどく綺麗で、魅力的に見えた。

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 ひっそりと囁かれた声に、男は危うく胸を掴まれそうになる。でも自分が彼女に対して抱いているこれはきっと、恋愛感情などではなくて。

 敢えて言葉にするなら……感情移入しすぎたが故の、同情とでも言うべきだろうか。

 慎重な笑顔を浮かべたまま、静かに、女は続けた。

「どうしてあなたは、あの子のことが好きになったの?」

 ふっ、と女は男から顔を背ける。ほぼ同時に、男は女へと顔を向けた。自らの爪先に目線を落とした女の横顔は、今にも泣きだしそうに歪んでいる。男はただぼんやりと、その光景を目に映していた。

「これを言ったらあたし、すごく嫌な女になるんだろうけれど」

 そう前置きして、女は言葉を紡ぐ。唇から零れ出るそれらは北風の如く、自然に流れていくかのように男の耳へと入ってきた。

「あたしの方が、あの子よりずっと優れてるはずだわ。無口無表情なあの子は、一緒にいて正直何が楽しいのかわかんない。あたしの方がおしゃべりだし、男の人を楽しませる能力に長けてるって……周りのみんなもそう言うし、あたしも自分でそう思う」

「そうだな」

 相槌を打てば、女が小さく目を見開く。しかしすぐに長い睫毛を伏せ、そのまま言葉を続けた。

「見た目だって、あたしの方が華やかだと思う。あの子は地味だし、あなたと一緒にいても到底釣り合わない……あたしの目には、そう見えるのよ」

「うん」

「それに、あの子はあなたを避けているみたいじゃない。あなたはあの子のことを好きかもしれないけれど、あの子はあなたに引け目を感じているのか……そうでなければ、純粋にあなたのことが嫌いなのか」

「そうかもしれないな」

「そんなあの子の、一体どこがいいと言うの? あたしなら、あなたをもっと引き立ててあげられるのに。どこまでも、あなたにふさわしい女として、自信をもってあなたの側に並ぶことができるというのに」

 ――それなのに、どうしてあなたは、あたしを選んでくれないの?

 非難じみた言葉の羅列に、男はしょうがないな、とでも言うように一つ溜息を吐いた。自嘲めいた、小さな笑みを零す。

「……わかんないよ」

 自分でも、理由など分からない。

 女としての魅力を微塵も感じなくて、通常ならば視界の端っこにすらも入らない存在であるはずの地味な女。一緒にいて少しの楽しみさえも与えてくれない、至極つまらない女。いつまで経っても異性としての――そもそも人間としての自分に、興味を持ってくれない女。

 そんな彼女に、どうしてこんなにも惹かれてしまうのか。どれほど考えても、その理由などさっぱりわからない。

 けれど、それでも――……。

「それでも、好きなんだよ」

 あの空っぽな瞳に、自分の姿を映してほしくて。能面のような無表情に、ほんの少しでも笑みを浮かべてほしくて。透き通るような声で、自分の名を呼んでほしくて。

 それくらい、どうしようもなく、彼女が好きでたまらない。

「理由なんて、ないんだ」

 彼女のことが好き。ただ、それだけ。

「――……そう」

 男の答えを聞いた女は、呟いた。風に吹かれた枯葉の音に、かき消されてしまいそうなほどに小さな声で。

 それからゆっくりと顔を上げると、こちらを見ていた男とまっすぐに目を合わせた。潤んだ瞳には、強気な光が宿っている。

「だったらあたしも、理由なんてない」

 あなたのことが、ただ純粋に好きなだけ。

「あなたがあの子をどれほど好きでも、それ以上にあたしはあなたが好き。これだけは決して譲らないし、今後諦めるつもりもない」

 あたしは全身で、あなたを振り向かせてみせる。その瞳に、あたししか映らないようにしてあげるんだから。

 きっぱりとした宣戦布告に、男は思わず声を上げて笑った。口角を吊り上げ、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

「いいよ」

 俺が、彼女を落とすのが先か。お前が、俺を落とすのが先か。

「勝負するか?」

 女は、勝ち誇ったように笑った。

「望むところだわ」

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