涙
「時雨、今どこにいる?」
もしもしすら言えないぐらいこっちの気持ちを無視した子凪さんの電話。あの人らしいと言えばそれまでだけど、やっぱり何とかして欲しい。
「どこって…家にますけど。まあ、あと少しで今読んでる本が読み終わっちゃいそうなので、図書館にでも行こうかと思ってました」
「、そうか。相変わらずの本の虫だな」
正直に答えたのに、なんで悪態をつかれなくてはいけないのだろう。
「時雨、昨日もあいつは悪夢を視てね
それも今回は傑作だよ。なんと、桜の木におまえ も磔にされて燃やされていたらしい」
「そうですか…」
自分が夢の中でも磔になって死ぬなんて嫌な気分だけど、
「縹は大丈夫だったんですか?」
縹のほうが心配だ。
「あぁ、おまえを守ると言っていたよ」
子凪さんは本当に性格が悪い。にやにやしているのが隠しきれていない。電話越しにでもわかる。
それでも
僕の心はむなしくなるだけだ
「縹は僕を見てるんじゃない。覚を見てるんです。僕と彼を重ねている。重ねることで自分を保っているし、守っている。壊れないように…そうし向けたのは僕なんですよ?」
何を言ってるんだ僕は───
こんなこと、子凪さんに言っている場合じゃないのに
電話を持つ手が、自分でも笑ってしまうぐらいに震えている。寒さのせいなんかじゃない。恐怖のせいなんかじゃない。
縹に、影宮時雨として見てもらえないのが辛いんだ。
覚がうらやましくてしかたない。
でも、そんなこと、覚は思いもしないのだろう。
彼のことはよく知らないけれど、縹が話す覚はとても優しくて暖かくて…
僕のような醜い人間じゃない。
「時雨は縹を想っているんだろう、どんな形だったとしても。それなら、それを伝えればいい。
縹は優しいよ。絶対に逃げたりなんかしないはずだ。それはおまえもよくわかってるだろ」
痛いくらい、わかっている。
縹は優しい。
「…縹にとって覚は絶対で、僕にとって縹ほ絶対で、だから僕はこうするしかないんです」
影宮時雨が影宮時雨であったら、縹は大切な影宮時雨を失うことになる。そんなことになれば、縹はどうなる?
「きっと、泣くと思うんです」
「…なにが泣くと思うだよ。
時雨が今泣いてるくせに」
どうしてわかるんだよ
必死に、懸命に声を殺して泣いているのに
知られたくない
知られてはいけない
「このままじゃ縹は救われない
時雨しか縹を変えられない
助けてやれよ
今度こそ」
その言葉に含まれている重み──
「わかりました、子凪さん
今縹はどこにいるのですか?」
まずは縹のもとに行かなければいけない。
僕がどこにいるのか答えた後、子凪さんは少し言葉に詰まった。
何かあったに決まっているんだ
縹に───