幽霊
今日もまた雨だった。朝からしとしとと小雨が降り続いている。薄暗い景色の中にぼうっと浮かぶ白いシルエットは幽霊のように浮き出ている。もっとも、この場にはこの上なくお似合いだ。
「墓場で待ちかまえるなんて、変わった趣味をしているのね」
幽霊──いや、玄幕遠子はくすくすと笑う。
白いスーツを着ているし、私くらいの年齢のはずなのに玄幕遠子は幼く見える。
私は無言で墓の裏側に座って背もたれた。
「何をしにきたの」
「ここにくれば、時雨に会えると聞いたから…でも、時雨はいないようね」
あまり残念がっているようには聞こえない。すんなり会えるとも思ってなかったのだろう。
「正直に教えて欲しい。
あなたは誰?
時雨とどんな関係なの?」
私にも過去があるように、
玄幕遠子にも過去がある。
「驚いた。単刀直入で聞いてくるとは思わなかった
でも、なんだか時雨みたい」
そのとき、玄幕遠子が時雨みたいに、
寂しそうな笑顔をしたのが、わかった。
「でも、ごめんなさい。今、すべてを教えることはできない。私にも、目的があるから」
あぁ、雨が煩い。遠くで雷の音まで聞こえてくる。私の機嫌を悪くしていく…
「時雨はいつ、ここにくるの?」
「あいつはこないよ。ここには、あいつの痛みが残っているから」
私は立ち上がる。
「その代わり、私がいる。
私が時雨の代わりになる」
身替わりにでも何でも、時雨を守るためなら何だってする。その覚悟が私にはある。
そんな私に玄幕遠子は初めて憐れみを込めた瞳で見つめる。
「あなたは、時雨に救われたのね。でも、
私は時雨が許せないの」
雨の音しか響かない───
あぁ、この人が───子凪が言っていた人だ
時雨の優しさに傷つけられた人
「あなたの名前は?」
「─────ふしみ、はなだ」
私は玄幕遠子のように、この先なってしまうのだろうか。時雨が許せなくなったら、あんな風になってしまうのだろうか。
こんな風に時雨を憎んでしまうのだろうか
こんな風に時雨を嫌いになってしまうのだろうか
どんなに強い想いでも、変わらないことはない
むしろ、想いは脆くてやわで、簡単に変わってしまう。
それは、人は変わるから。
痛みに耐えられなくなると、人は逃れるためにいとも簡単に変わるし憂慮もしない。
どれだけ抗っても、永遠なんてないんだ。
どれだけ辛くても、変わることでしか救われないのなら
私は変わらないことで、抗おうと思う。
戦おうと思う。
「時雨は、私が守るよ」
眼を開く
心の眼とでもいえばいいのか
私の眼には────想いが映る────
語り──縹