夢
登場人物
覚‥‥第2話の登場人物で紹介した「かく」と 同一人物
中潮縁…子凪の生徒
目の前で桜の木が燃えている。
長い年月が過ぎたはずなのに、私の身体は時間なんて関係なく震えてしまう。
───何度この夢を視るのだろう…?
私は桜の大木が燃えているのを、ただ呆然と見ている。夢の中の私の身体はいつも地面に縛られている。見えない鎖に抑えられている。だから私は、無闇に桜に近寄ることをやめた。
夢だとわかってたから。
だけど、今回は違う。
「…!、時雨…?」
時雨が大木に磔にされ、桜と共に燃えている。
こんな夢初めてだ
「…時雨!!」
───行かないで
私は手を伸ばすけれど、全く届かない距離だ。
焦りと恐怖で、嫌な汗が流れる。
ごうごうと揺れる焔は、ますます激しくなって。
桜と時雨を紅蓮に染めた───
時雨は優しい顔をして、私に向かって微笑んだ。
淋しさと切なさを秘めきれてないその笑みを、
…卑怯だと思った。
「うそつき…しぐれ……いやだ…いやだ………!!!」
「縹!!目を覚ませ!!!」
子凪が呆れた顔で私を起こす。
「…ごめん」
汗でぐっしょりと湿った寝巻きの薄手の着物を脱ぐため、体を起こす。私が布団から立ち上がると子凪はため息をついて私の部屋を出た。
私の部屋には布団しかない。殺風景な部屋だと自分でも思っている。でも、どうせ死ぬのに部屋を着飾っても虚しいだけだと思う。
窓からこぼれる月の光が私を照らす。
幻想的な淡くて銀くて清らかな輝。
まるで、覚みたいだ。
いや、違う。
月と似てるのは時雨で、時雨と似てるのが覚だ。
「かく…」
──もう、季節は梅雨だよ。時雨が教えてくれたよ。傘を持ってきてくれたよ。
「縹、コーヒーでも飲むか?」
リビングから子凪の声がする。
「うん」
子凪のいるリビングに行く。広くも狭くもなく、キッチンとつながっているリビング。中央にある4人用のテーブルの机には、紙が散らばっている。何気なく近づいて手に取ると、子凪はキッチンから顔をのぞかせてこっちを見る。
「ただの答案だよ」
そういえば子凪は中学の教員をしている。テストの採点をしているらしい。
「子凪は国語の教師だった?」
答案を見てみると古事記の内容が書かれている。イザナキ、イザナミ、アマテラス、スサノオ、オオクニヌシ、ヤマトタケル、アメノウズメ……
私は神話に書かれているような、神のような力が欲しい…
「あぁ。れは中塩縁の答案か。そいつは時雨に似ているんだ。誰かが困っていたら、躊躇なく助けてやるやつなんだ。妙に優しすぎるところが、時雨に似ている」
答案の点数はお世辞にもよいものとはいえない。けれど、何か頼りなさげに書いてある字はおかしいほど時雨のものと似ていた。
「何を笑っているんだ。さっきまでうなされてたくせに」
子凪がコーヒーの入ったマグカップを2つ持っていすに座る。私にも座れと促し、机に散らばる答案を端に寄せた。
「どんな夢を視たんだ」
「…いつもの夢だよ。だけど、今日のは…違った。時雨が、燃やされていたの、覚と一緒に」
どうしてあんな夢を視たんだろう。
わざわざ、あんな悪夢を。
「…不安なんだよ、おまえは。怖くて怖くてたまらないんだ。また、失うのかと。また、大切なものを失うのかと。今度は、時雨を失うのかと。」
わかりきったことを、子凪は教えてくれる。
その通りだ。わたしはただの弱虫の臆病者だ。
今度は私が守りたいのに、守りきれるのかわからない──
時雨を失うのはイヤだ。
そんなこと、耐えられない。
私の世界の一部を消させはしない。
「で、なんだって急にそんな夢を視たんだ?
玄幕遠子のせいか?」
子凪は異常なほど鋭い。
まるで、私と同じ能力を持っているのかと疑うほどに。
「彼女は…彼女の狙いは時雨だけだよ。
彼女の殺意は時雨にだけ向けられていた」
そう。今日彼女とすれ違ったとき、彼女の心には影宮時雨へのおぞましい殺意だけが渦巻いていた。
時雨はあれほど人に恨まれるような人じゃない。
けれど、時雨と玄幕遠子の間には何かがあるのだと思う。
私の知らない時雨が玄幕遠子に何かをもたらしたのかもしれない。あれほどの殺意を向けられるようなことを、自らの意志でしたのかもしれない。けれど、
「時雨は、私を助けてくれたから、
今度は私が時雨を守るよ」
私の出した答えに、子凪はもう一つの答えを出す。
「時雨は優しい。どんな人であっても、時雨の優しさは変わらない。
その優しさにおまえは救われたんだろう。
だけどね、縹。
いつか、わかる。
時雨の優しさは、時に人を傷つける。
その優しさが苦痛をもたらすこともあるんだよ
優しくされることが必ずしも人を救うとは限らない。
逆にさらに、人を壊すかもしれないんだよ」
そのとき縹は、
時雨を守ることができるか?
時雨を許すことができるのか?
私にはその意味がまだわからない────
語り───縹