始まる
登場人物
玄幕遠子‥‥影宮一族を探す
縹と出会って、もう4年もたった。4年という月日の中で、僕らはどれだけ変われたのだろう。
相変わらず、僕らは過去に縛られた生活を送っている。過去にずっと捕らわれて、生きている。
「ねぇ、縹。」
「…なに?」
「姉さんを殺したら、本当に死ぬの?」
縹は姉さんに大切なものを奪われた。
だから縹は、姉さんを殺すと誓った。
そして敵討ちをしたら、自分も死ぬと言うのだ。
縹は復讐のために生きている。
僕はそれを止めるべきなのかどうか、悩んでいる。
縹には平穏に生きてほしいとも思うし、やりたいことをさせてあげたいとも思う。
僕は縹の人生がただ奪われて、その復讐のためにあるだけの物にはさせたくなかった。
「時雨、私は…決めた。
もう…戻らないものばかり追いかけたくない。
時雨だって、そう思うはず。
私たちが失ったものは、もう永遠に取り戻せないものばかりだ。
必死に求めても、この世界にはないものだから、
私は…疲れた。
だけど、あの女を野放しにしておくわけにはいかない。
絶対に、仇はとる」
縹の瞳は真っ直ぐに僕を見る。決意の固さと同じの揺るがなさだ。
「縹、姉さんは強いよ。
あの人は素のままでも充分強いけれど、強力な技を持ってる」
「知ってるよ」
話していると、子凪さんの家に着いた。家といってもどこにでもある6階建てのマンションで、子凪さんは最上階の角部屋にすんでいる。ちなみに、縹の家でもある。
縹と子凪さんもとから、知り合いでも何でもなかった。僕が頼んで居候させてもらっている。
縹が持っている鍵を使ってオートロックを開けて、エレベーターを待つ。6階から下がってきたエレベーターには、可愛らしい僕と同年代くらいの女性がいた。僕らとすれ違う際にお辞儀をする。礼儀正しい人だと素直に思ったけれど、僕の顔を一瞬見て女性は笑った気がした。
「…」
結局何事もなくエレベーターに乗り込んで6階へつく。そのまま稗田子凪と書かれたプレートの部屋の鍵を開ける。
「子凪さん、ただいま帰りましたー」
靴を脱いで家に上がり込む。縹はさっさと自室に戻ってしまった。僕は1人で子凪さんがいるであろうリビングへ向かう。
「時雨、服が濡れてるじゃないか。私の部屋を汚すんじゃない」
僕を見るなり顔をしかめてしっしっと、猫でも追い出すように僕をけなすのが子凪さんだ。
「すいませんね、じゃあシャワー借りてもいいですか」
「いいけど、着替えはないぞ」
じゃあどうすればいいんだよ…
「まあ、仕方ないか。時雨、隅っこで大人しくしていろ」
「わかりましたよ」
ふてくされて答える。どうして僕の周りの女性はみんな、僕に対して素っ気ないのだろう。
渋々リビングの端っこに座り込むと、縹が部屋から戻ってきた。藍色の着物から浅黄色の着物に着替えている。
縹の外観は純外国人だ。日本のような要素は1つもない。だけど、着物がよく映えている。
「子凪、あの人は何者なの」
「あの人?」
誰のことかわからなくて僕が聞き返しても、縹も子凪さんも答えてはくれない。
「戻る途中すれ違ったか。でも、どうしてわかった?」
縹は少し考えて、口を開いた。
「影宮時雨が、いた」
「え?」
いきなり僕の名前が出たから変な声でききかえしてしまった。
「ついでに影宮皐月のことも浮かんでいた」
影宮皐月という単語に身体が反射でこわばってしまう。
「姉さんが…?」
「ほう、影宮皐月か。さすがだな、縹。
だが影宮時雨まで浮かんでいたとは思ってもみなかったよ。確かに皐月と時雨は紛れもない姉弟だからな、連想されてもおかしくはない」
何のことだか僕には全くわからない。だが、尋ねて素直に答えてくれる人たちではないことを僕はわかっている。
「答えて子凪。
何者なの?」
縹は鋭い視線で子凪さんを睨む。子凪さんは笑いながら受け流した。
「別にあいつは、おまえに害をなす者じゃない。むしろ、いいつてになりそうなやつさ」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる子凪さん。それに腹が立ったらしく、さらにドスの利かした声で縹は先を促す。
「どういうこと」
「影宮一族を探してるんだと」
まるで秘密基地を見つけたように、
子凪さんはクスクスと笑った。
「名前は?」
「玄幕遠子。私に名乗った名前だがな」
語り───時雨