出会い
今回の話は特にわかりにくいと思われます。すいません。
あとあと、説明のような文章を書くので、
がんばってください。
登場人物
音蔵真琴‥‥時雨の幼なじみ
影宮皐月‥‥時雨の姉
かく‥‥?
僕__影宮時雨
彼女__伏見縹
僕らが出会ったのは4月の中頃で、
桜が、散ったときだった。
僕がまだ13歳で中学2年生に進級したとき、僕は生きる気力なんてなかった。でも、死ぬこともしなかった。ただ時間だけが流れていく、毎日を送っていた。
感動も色もなにも映らない世界で、僕は絶望していた。こんなにも意味がない世界にいて、死にたかった。
だけど、死ねなかった。
「時雨、今日一緒に…帰ろう?」
学校が終わって幼なじみの真琴が気遣って誘ってくれる。本来ならありがたいはずなのに、僕は疎ましかった。
「真琴」
「なに?」
「もう僕に構わなくていい」
そう言って真琴から逃げる。
僕には、他人の優しさが苦痛でしかなかった。
走って学校を出た。周りは誰かと笑っている生徒ばかりでどうしようもなく、居心地が悪かった。
僕にはもう、純粋に笑いかけてくれる人はいないから。悔しくて、苦しかった。
家に帰ると、庭にある桜が満開で美しかった。
美しいと思えたことに、驚いた。
「僕はどうして、生きなければいけないんだ?
いつまで、生きなければいけないんだ?」
応えを仰ぐように、空を仰ぐ。
「そんな答え、求めてもないくせに」
振り返ると、姉さんが笑っていた。
身体が、心臓が、凍りつく。
「なんで、いるの…?」
「失礼な奴だな。この家は私の家でもあるんだぞ」
当たり前のように、姉さんは振る舞った。
当たり前なんだろうが僕にとって、姉さんがこの家に帰ってくるのは異常としか思えなかった。
「何のために、帰ってきた?
どんな権限があって、この家に帰って来れたんだよ!!」
僕が敵愾心をむき出しに叫ぶと、姉さんは冷たい目をして僕を見た。姉弟なんかじゃない、ただの敵のように僕を見る。
「やはり、お前は出来損ないだよ。
親父が死んで少しは変わったかと思ったが、無駄だったようだな」
姉さんの言葉は心に真っ直ぐに突き刺さる。
「心配しなくても、お前なんぞ殺さない。そんな価値もないからだ。影宮の血筋の正式な跡取りの価値はなくなったに等しいからな」
私が親父を殺した瞬間に───
姉さんは声を上げて笑う。晴れやかな笑みに僕は恐れを抱く。
そう、姉さんは父さんを殺した。
僕が12歳になった時、僕が家を継ぐと決まった時、父さんがそれを宣言した時、
姉さんは父さんを殺した。
「今日は仕事で来た。裏山の主を殺せとの命令だ」
「!…そんなことすれば!」
「あぁ、ここら一帯の土地は壊滅するんじゃないか?裏山の主はおそらく、この土地を司っているのだろう。」
姉さんはおかしくてたまらないようだ。笑いを抑えきれずにいる。
「やめろよ、姉さん…」
──瞬間、
僕は地面に押しつけられていた。四肢の自由を奪われ、首には刃物をつきつけられていた。
姉さんの目には殺意しか込められていなかった。
「時雨、勘違いするなよ。言ったよな、おまえを殺さないのは殺すほどの価値がないからだ。
仕事の邪魔するなら、お前は敵として殺す」
姉さんはきっと何の迷いもなく、僕を殺すことができる。姉弟だからというしがらみなんてないのだろう。
「時雨、泣いているのか」
嘲笑う姉さんの前で、僕は泣いてしまった。
もう、本当に僕と繋がった人間なんていない。
僕はもう、独りなんだ。
「…れ」
「なんだと?」
「殺して、くれ…」
もう、いいじゃないか。
死んだほうが、あの世で、
──あいつに会える…
「姉さん、僕は姉さんの邪魔をするから。
殺してくれ…」
「だからおまえなんかに殺す価値なんてないんだよ。おまえは弱いから死にたがる。強くなろうともせず、死のうとしても、他人の手にかかりたがる」
姉さんはそう言うと、僕の右足の太股を斬りつけた。血が溢れ出てくるのがわかる。
僕はどうして即死させてくれなかったのかと、姉さんに非難がましい目で見る。
「姉さん…?」
「私はどうしてこんなやつのために、悩んで、苦し まないといけなかったんだ…
どうしてこんなやつのために、親父は死んだ?」
あぁ、そうだ。その通りだ。
直接殺したのは姉さんだけど、そうさせたのは僕なんだ。僕が強ければ、何の問題もなかった。
「選ばせてやるよ、時雨。
このまま血を流して出血死するか、
痛みを堪えて裏山に来て、私に殺されるか」
やっと僕は死ねる──そう思った。
どれくらい時間がたったのかわからない。視界が霞んで、暗闇に堕ちるのかと思っていたけどなにも見えなくなった。意識が消えてしまいそう、僕の血液とともに流れていく。
どこへ───空へ───
僕は今、幸せを感じている。
太股の痛みは未だに感じるけれど、それすらも悦ばしいことだ。だって、確実に死に近づけているのだから。
僕は僕のために死ぬ。
「…く、」
あぁ、僕はどうかしている。
もう死ぬから、もう呼べない名前が頭に浮かぶ。
僕はもう、死ぬから。 誰でもない、僕のために。
僕は死ぬと決めたんだ
「─────く─」
「─────くぅ──」
「───────────か、、、くぅ───」
決めた瞬間、声がする。
何か、必死に叫んでる。
僕にはその声が、叫びが、どんなものであるのか分かった。
───無駄だよ。わかってるんだろ?
もう、失ったこと
それを伝えてあげたいのに、僕は動こうとしない。
だってもう、手遅れだろう?
あんなに叫んでも、戻らないんだろう?
僕らは独りになったんだ。
辛くて、絶望の世界に取り残されたんだ。
僕は戯れに、最後に名前を呼ぶことにした。
「──くおん──」
その名前を呼ぶと、
僕の周りの景色は一変していた。
目に映る光景は、
炎に焼かれる桜の大木と、
叫び続ける女の子。
「かく──かく──かく──かく──かく──いかないで!!もう独りにしないで!!独りはもう嫌だ、いってしまうなら、私も連れて行って!一緒に死ぬ!──かく──かく──かく──かく──」
女の子は泣きじゃくり、桜に向かって叫ぶ。
僕はその姿をが、何よりも美しいと思った。
絶望のなかで、希望に縋るその姿、
銀色の髪で、明らかに外人の整った顔、
縹色の瞳。
伏見縹───
火を纏う桜の花びらに包まれて、必死に叫んでいる。
僕は何もかも忘れて、女の子を抱きしめた。それでも叫び続ける女の子。僕は耳元で囁いた。
「───もう、独りじゃない
僕も独りだから、傍にいるよ
消えたりしない。死んだりしない。
きみを残して、独りにさせない」
女の子は「かく…」と呟くように叫ぶと、声を殺して泣いた。失うことに流した涙は今、事実を受け止めた証に代わった。
桜は散ってしまった──
縹の大切なものと共に──
これが僕らの出会いだった。
語り───時雨