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シャンヴリルの黒猫  作者: jonah
Chapter.1 邂逅
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3話 …泉の淵で



 さて、この状況をどうしようか。俺は目の前で気を失った少女を抱えて、困っていた。


 狭間にできた(あな)から飛び出た俺は、砂煙の向こう側に目の前で祈りを捧げている銀髪の少女を見つけた。慌ててその場から飛退き、取りあえず柱の影に隠れて状況を見守った。果たしてこの少女に飛竜は倒せるのか、無い筈の人の心が俺に『心配』という気持ちを呼び起こした。


 そっと見やれば、やはり少女にあの飛竜は荷が重過ぎたらしい。じりじりと後退してはいるものの、彼女から飛竜を『倒そう』という意志は見られなかった。そうこうしているうちに、飛竜が【威圧】の効果を含んだ叫びを上げる。とうとう後退すらできなくなった少女が、絶叫した。


「ちィッ」


 舌打ちをして腰から愛剣を抜くと、少女に向かって滑空する飛竜を、文字通り一刀両断する。鉄よりも硬い甲殻も、まるでバターのように滑らかに斬れた。


 ビシャアッと嫌な音を立てて血が辺りに飛び散る。一瞬で跳びのき、帰り血は浴びない。ドラゴン属の血は総じて酷く臭う。見た目がどれ程美しいとしてもだ。人間の血が、一番マトモだと、俺は常々思っている。魔人の血は、知らない。彼らは強すぎて血を流さないし、そもそも本当に血は通っているのかが不明だ。冗談ではなく。




 そういうことに疎い俺から見ても美しいと思うこの少女に飛竜の血のにおいが付かないよう、取りあえず彼女の荷物ごと抱え上げた。神殿の奥に見つけた泉の傍まで来て、今に至る。このまま立ち去ってもいいが、見たところ彼女に残っている魔力では、この森を抜けた後がきつそうだ。魔道士にとって魔力が枯渇することは命にかかわると、どこかで聞いた。



  なぜだろう。この時俺は、どうしてかこの少女を無視する事ができなかった。



 青大理石の上に横たえてから、泉の水を汲んでくる。長年放置されていたにもかかわらず、天然の物だったからか、泉は枯渇することなく、呑める状態の水がこんこんと湧き出ていた。


 近場の葉をうまく丸め、中に水を入れた。今は色を失っているが、本来は紅を差したように赤いのであろう唇に、水を流し込む。こくん、と小さな音を立てて、呑んでくれた。ほっと息をつくと、俺は立ち上がる。


 少女の瞼が開いた。青空よりも蒼い――そう、蒼い海の様な瞳だ。年のころは俺より少し下……17か、18あたりか。銀糸の髪に深海の瞳。色は白く、頬は普段は薔薇色、唇も紅。眼鼻立ちも整っている。この世で最も見目美しい種族と言われるエルフに匹敵する美しさだと思った。


 魔人に仕えていたこともあって、思わず敬語が出る。


「眼が覚めました?」


「え……へ、あっ! ジ、ジルニトラはっ!!?」


「じる……? ああ、あいつならもういません。ここは神殿の奥。あの泉の水は呑めるから、呑んできたらどう?」


 さっきの飛竜の事らしい。ただ簡潔にそう言うと、少女は喉が渇いたのか、こちらを少々警戒しながらも泉の淵へ行き、手ですくってそれを美味そうに呑んでいる。


 どうやら死への恐怖やショックなどは杞憂に終わったようだが、さて、これからどうしよう。


 まずはこの少女にここがどこなのか聞かなければいけないし、だが、それを聞くには色々と問題がある。


 自分の身体を見下ろすと、狭間に閉じ込められた時と何ら変わりはない。ただ、腹が猛烈に減っているだけ。さっき水を数口呑んだのが、空きっ腹に堪えた。竜の一件で空腹感を一時的に忘れられていたものの、水が胃に刺激を与えたらしい。


 ならば、その上少女に何か食べ物を貰わねばならない。だが、正体も不明な男に、果たしてはいどうぞと携帯食を渡してくれるだろうか。……普通なら、不審がって真っ先に逃げるか攻撃してくるだろう。むむ……。


 早くも首をもたげてきた問題を、少女の後ろ姿を眺めながら考える。やがて存分に呑み終わって帰ってきた少女は、言いにくそうに、あの、と口を開いた。まだ考えていた俺は、ハッとして彼女の方へ向く。少女は、羽織った魔道士の好む白いローブの土くれをぱんぱんとはたくと、言った。


「助けてくれたみたいで、ありがとう」


「ああ……いや、咄嗟に君を抱えて逃げてきただけだから」


「それでも」


 相手は人間だ。あの飛竜が彼らの中でどれ程の強さを有しているのかは知らないが、無難にここは場を凌ぐ方を選んだ。どうやら意識を失う数秒前に見たジルニトラの最期の一件は忘れているらしい。よかったよかった。


「不躾だけど……何故この神殿にいるの? ここは一般人立ち入り禁止区域なんだけど……」


「え、そうなの?」


 まさかそんな展開になるとも知らず、つい本音が出た。どうしよう、と考えた結果、一番怪しいが一番無難な方向に話を持って行った。嘘をつくのは少々心苦しいが、しかたあるまい。誰が自分は捨てられた遣い魔ですと言うだろうか。ここまできたら、もう人間の振りをするしかない。


「実はどうも俺記憶が何処か曖昧で……。ふらふらと当てもなく彷徨ってるうちにこの森に入っちゃったんだ」


「記憶喪失?」


 全くその通りだと言うように頷く。少女は親切にも説明を始めてくれた。この子は人を疑ったりしないのだろうか。言動からしても、雰囲気からしても、どこかの貴族の令嬢、だったりするのか。


「ここは青の森と言うの。通称:魔の力の聖域(サンクチュアリ)。樹齢数千年を迎えた木々が、その身の内に精霊を宿して、自ら魔力を発していると考えられているわ。世界に4箇所しかなくて、全部その森を保有している国が立ち入り禁止にしている筈なの」


「へえ……。で、君はどうしてここにいるんだ? 許可を得た者なのか?」


 得意げに説明していたのに、その問いを投げかけると途端に、目を右往左往させてまごついている。……どうやら嘘がつけない性質らしい。


「君も不法侵入者、か」


「わ、私は強い召喚獣を得ようとして、魔力の満ちたこの森に来たのよ」


「ああ、それが行き過ぎて、さっきの飛竜ね」


 それにしゅんと俯く。それが久しく見ていない、生まれたばかりの魔獣の仔を連想させて、思わず頭をぽんぽんと叩いた。


「ま、無事に逃げられたんだし、いいんじゃないですか?」


「そ、そうよね」


 うんうん、とやや無理やりな気もするが頷いている少女を見て、俺は本題を投げかける。というか、そろそろ耐えられなくなってきたこの腹をどうにかするしかない。多分今俺は餓死寸前だ。いや、冗談抜きで。


「で、ちょっと、悪いんだけど……」


 それを意識し始めるともう駄目だ。ずるずると崩れ落ちるようにしゃがみ込みながら、だんだん小さくなる声で言った。少女の顔がきょとんとする。どうも思った事をすぐ顔に出す性分らしい。


「ちょっと……何か…飯…くれないかな……?」


「は?」

アシュレイの口調が安定しない…

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