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シャンヴリルの黒猫  作者: jonah
Chapter.1 邂逅
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1話 …虚無へ

 思えば俺は、20年前にこのひとに造られたんだった。なんて、ちょっと現実逃避してみる。

 目の前には閻魔大王も真っ青になって逃げ出すだろう、本当の“神”がいる。人は、この方を『魔人』と呼ぶが、語源となった『魔神』の方が呼ぶにふさわしい。


 まさしく、この方たちは神の領域にいる。


 そして今、俺はこの方のお怒りを買ってしまった。怒りと言っても怠惰なこのひとだ、本気で怒るなんて面倒な事、していないだろうが。


 全ての発端は、俺が違う魔人、ヴュー=エ=ルバ様の遣い魔に喧嘩で負けたことにある。俺は魔人に造られた、人間を元にした遣い魔だ。それに比べて、あいつは遣い魔と使い魔の息子。所謂、サラブレッド。勝てるわけがないじゃないか。しかし、そんな事はこの方の前では些細な言い訳だ。


「アシュレイ。お前にはまだ伸び白がある。それに、奥の手も出さなかった試合であるし、負けても致し方ないと言えなくもない。だから、(わし)としてはお前を手放すのはそれなりに勿体ないとは思うが、ここは他への体面と言う物がある」


 俺の召喚主にして、主人、少女の姿を騙っている“享楽”の魔人、ノーア=ナ=ヴュラ様は老人の様な口調で仰った。実際、この人は千もの時を生きているのだから、間違いではない。


「は」


 彼女の前でひざまつき、首を垂れると、適当に切りっぱなしの黒髪が視界に入る。ノーア様に造られて20年。彼女がふと“夜の闇の色をもつ人間を見て見たい”と思われて、俺は造られた。その後、生まれてまだ1日も経たないうちから過酷な訓練を受け続け、15の時から正式に彼女の遣い魔として働いてきた。


 だが、それも今日で終わる。抵抗しようとは思わなかった。文字通り血反吐を吐いた特訓を受け、使い魔の『刻印』を受けたころは彼女に対して恨み辛みもあったが、7年もお傍にいると、何故かその気持ちも薄らいだ。


「お前を『狭間』へと強制送還する」


「……ッ。今まで…お仕えさせていただき、ありがとうございましたッ」


「うむ」


 何とも思っていないような顔で頷くと、俺に手を翳した。転送の古代魔法だ。


 この方にとって俺達『遣い魔』は代えの利く道具。道具を磨いたりどちらが優れているかを競い合わすことはあっても、代えがきくなら古く劣るモノはすぐに捨てる。


 普通捨てるというならば、他の魔人は使い魔を“消滅”させるだろう。存在自体を抹消させる力を、主である魔人は持っているのだ。


 だが、『享楽の魔人』と言われるこの人の場合、その捨てられる場所は『狭間』と呼ばれる亜空間である。理由は『万が一、(わし)の遣い魔を召喚できるだけの人間が現れたら面白いから』。


 主人の他は、ヒトの中で限られた者が干渉することが出来る。ヒトの言葉で言うならば、『召喚獣達の故郷』とでもいおうか。外からの力がない限り、永遠に孤独と闘うはめになる。時間も空間も何もない、虚無。

 俺の先輩の殆どが彼の地へ送られ、嘘か本当かその中で自我が崩壊し、ヒト型から基の魔獣へと姿を戻したと言う。遣い魔の強靭な精神をも凌駕する孤独と拒絶の白。ただそれだけがある世界。


(だが、俺は違う)


 通常、使い魔は魔人の手から作り出される代物ではない。大抵は強力な同胞はらから――魔獣達の形を変えて人型にするのだそうだ。別に人間を使い魔にしてもいいが、幾ら優秀と言われる者であろうと、人間は弱い。それこそ、よほどの物好き――『享楽の魔人』でもないかぎり、人をモデルには造らない。


 だが俺は生まれた。一から魔人の手に寄って造られた俺の基本は、人間だ。違う要素ももちろん入っているが。根本から違う構造である人間は、狭間に呑み込まれない。だからこそ、そうして人は狭間から召喚獣と呼ばれる名の魔獣を安易に喚び出せ、従わせられるのだ。


 俺の名前は、アシュレイ=ナ=ヴュラ。桃色の髪を持つ少女の魔人、ノーア=ナ=ヴュラの遣い魔。人間族の男、22歳。やがて俺を取り巻きだした赤い光に、諦めたように俺は目を閉じた。





******





 あれからどのくらいの時がたったのだろう。1週間か、半年か、ひょっとしたら10年以上経ったのかもしれない。完全に時間の感覚は無くなったが、俺はまだちゃんと自我を保っている。狭間では腹も減らないし、髪も伸びない。全ての時が止まったかのように、ただ、白い空間が広がるだけ。


 視界の中にはぽつぽつと他の同胞(はらから)達もいるようだが、奴らの眼は無気力で、こちらを見ているのかさえ怪しい視線だった。たまにふっと赤い光と共にやってくる新入りも、はじめのうちは近くにいる奴らを攻撃するが、そのうちそれも面倒になったと言わんばかりに放置を始める。因みに、無気力な奴らも、攻撃されれば仕返す程度の自我はあるらしい。


(俺はアシュレイ=ナ=ヴュラ。桃色の少女の魔人、ノーア=ナ=ヴュラの遣い魔。男22歳……)


 万は越えたであろう呟きは、全て白い空間に呑み込まれる。が、この呟きが、俺の自我を保っているのも確かだった。


 ふと、何処からか風を感じる。ハッとして右を見た。同胞(はらから)がいる。ヒトが『魔の眷族』と呼ぶものたち。対して強くはない、ドラゴン型の種だ。第八世代といったところか。魔人の血が強い程『一』に近づく魔獣の中で、8番目に強い……つまるところ、『魔の眷族』最弱に位置する黒っぽいドラゴンが、白の空間を割った黒い切れ目に吸い込まれていた。直感で分かる。あの(あな)は、外界へ通じている。誰かがあのドラゴンを召喚したのだ。


 何も考えていなかった。無我夢中で、その黒い(あな)に飛び込む。




 安らぎの黒が、俺の身を包んだ――。

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