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〜死の章〜

「Destroyed day」   〜死の章〜

                                                    

雨。雨が降っていた。目の前には地面。硬いゴツゴツしたアスファルトが広がっていた。後頭を撫でてみる。         

「痛ェハズだよな・・・。」

手にはどっぷりと赤い液体がついていた。自分でも意識が遠のいていくのが分かった。体も冷たくなってきた。震えが止まらない。しかし、不思議と怖くは無かった。  

「これで・・・・逝けるな。」

ふと、あいつの顔が頭に浮かんだ。そして、うっすらと涙が出てきた。


 八月九日。ジリジリと照りつける太陽の中、俺は学校へと急いでいた。そんな俺の横を走る人間がいた。

「ちょっと速くない?」

息をゼエゼエさせながらそいつに言った。

「全然。なんだったら、もうちょっと速くしようか?」

といってニコッと笑う。

「謹んでお断りいたします。」

解答にいたるまで0.1秒に満たなかった。

「だったらつべこべ言わずに走るっ!」

こっちの方は息も切れてない。さすがは陸上部部長なだけはある。逆に俺は自由気まま身。つまり帰宅部だ。男女の差があるとはいえ、横の奴のペースについていける訳が無かった。

「あと3分でチャイム鳴るよっ!スパートォ!!」

というと、物凄い速さで俺の視界から消えた。今から俺の脚で学校まで5分はかかる。「・・・・・。」

とまった。もう間に合わないと知った以上、走る理由は無い。しかも微妙に遅れて行って担任にどやされるのも嫌だった。適当にぶらつくことにした。走った、ので喉が渇いた。と、都合よく目の前に自動販売機がある。それに近づくとポケットから小銭を取り出して投入口に入れた。

「ポカリか・・・アクエリか・・・。」

悩みに悩みぬいていると、背後に気配を感じた。

「気配を気づかれるとはまだまだ詰めが甘いっ!」

そう言うと、俺は振り向いてチョップを寸止めした。・・・つもりだった。右手に伝わる鋭い衝撃。そして目の前の人物は、紐の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。・・・しばらくの間・・・。

「うわあああ!!」

俺は訳が分からなくなって自動販売機に頭突きを5発程全力でかました。・・・落ち着いたところで状況確認。目の前に倒れる長身の女子。遠くから鋭い視線を浴びせる通りがかりのおばちゃん数名。額から血が流れている俺。そして時間は午前9時。

「うわあああ!!もう授業始まってるじゃん!」

ダッシュ!と洒落込みたいところだったが、目の前に倒れている女子を見捨てていくわけにもいかない。そしてまだポカリかアクエリかも決めてない。俺はとりあえずアクエリを買ってから女子に声をかけた。

「おいっ!!大丈夫か?」

ついでに揺さぶってみる。

「・・・・」

無反応。脈を確認。

「一応、脈はあるな・・・。」

この制服は同じ学校だ。さらによく見てみると、学年は2年。つまり俺と同じだ。ちなみに襟のところについているボタンで判断した。

「・・・ん?」

さらによく見るとクラスは3組。

「三組か・・・担任があれじゃ大変だな・・・。」

ウンウン、と頷きながら重大なことに気づく。

「俺のクラスじゃん!!」

・・・さて。名前・・・・名前・・・・・。確か・・・・・。

「まっいいかっ!!」

俺自身あんまり女子と話すほうじゃないし・・・。

「まぁ・・・・・とりあえず運ばなきゃな・・・。」      


教室に行く前にこの女の子を保健室に連れて行かなければならない。その間見られなければいいのだが・・・・・。だが、心配とは裏腹に誰にも見られることなく保健室に着いた。当然といえば当然だ。今普通なら俺も教室にいてつまらない先生の声に耳を傾けていなければならないのだから・・・。保健室には担当の西山がいたが、彼女は女の子の事については何も言わなかった。ただ、早く授業に戻るようにと、一言俺に告げた。

教室に着く前に一時間目終了のチャイムが鳴り響いていた。

「もうそんな時間だったのか・・・・。」

はあ、とため息をついてそう呟いた瞬間だった。ゴツン!!

「あいたっ!!」

なにか硬いもので後頭部を叩かれた。振り返るとそこには・・・・・・。担任がいた。

「やあやあ雪之瀬君じゃないか・・・。」

右手に学級日誌を持っている。おそらく凶器はあれだろう。

「あははは・・・先生、おはようございます。」

俺は引きつった顔で笑いながら言った。

「ふむふむ、一時間目をサボっていいご身分だねぇ〜。」

冷ややかな笑いを俺に向ける。

「あぅ、すみません・・・・。」

小声で返す。

「んん?何かな?」

こいつめ・・・・白々しい・・・・。睨んでやろうかと思ったがなんだかどうでもいいような気持ちのほうが大きくて、ははは・・・、と適当に相槌を打った。

「そういえば美沙紀も休んでいたな・・・・。」

ぽつりと担任、吉田が呟いた。

「美沙紀・・・・、誰ですか、それ。」

・・・うちのクラスにそんな奴いたっけ?

「はぁ、クラスメイトの名前ぐらいちゃんと覚えておけ、雪之瀬。」

ため息をつく吉田。

「緒方だ。緒方美沙紀。」

分かったか?といわんばかりに俺を睨む吉田。

「緒方・・・・?」

知らん。誰だ、それは。

「まあいい・・・。さっさと教室に行きなさい。もうすぐで二時間目が始まるぞ。」

呆れ顔で俺を見ていた吉田がくるりと踵を返した。自分でよびとめておきながら・・・・・なんだよあいつ。俺も踵を返した。


「ちぃーいっす。」

クラスの男子が数人俺に声をかけてくれた。俺はそれに片手で答えた。席に座ると横にいた秋山に声をかける。

「久しいな、我が友よ。」

すっと右手を差し出す。

「・・・・・・。」

同じく秋山も右手を差し出した。互いの手のひらが触れようとした瞬間だった。

「甘いわあああ!!」

「その手に乗るかああ!!」

同時に叫んで差し出した右手をそのまま相手の顎に・・・・・。ゴツン!!

「いでっ!!」

どげしっ!!

「がはっ!!」

何者かが俺の頭にげんこつをかませたのだ。さらに追い討ちをかけるかのように秋山の右ストレートがもろ顎に入った。

「ててて・・・・・、なにすんだよっ!!」

何者かのほうを見てその後に投げかけようとしていた罵声をごくりと飲み込んだ。

「や、やあ沢北さん、な、な、何か用かな?」

沢北と呼ばれたその人物は今朝、俺の視界から一瞬で消え去ったあの少女以外他ならない。

「ま、も、る、く〜ん?今まで何していたのかな〜?」

顔は笑っているが声は笑っていない。

「え、ええっと・・・・ほら、あれだよ、あれ、なあ秋山?」

「何で俺に振るんだよ!!」

「あれって何かなぁ〜?」

・・・・・・・・・・頼む、頼むからその体の芯が凍るような笑顔はやめてくれ・・・。

「ああ、まあ、簡単な話、さぼったんだわ、うん、これが。」

これ以上のごまかしは無駄と悟った俺はそういいきった。

「雪之瀬君?」

や、やばいこいつが苗字で呼ぶときは・・・・・。

「な、なんでしょう?」

ぎこちない笑顔で答える。

「死んで。」

一時間目の我がクラスの休み時間は『しばらく、美しい映像をご覧ください』が流されるほど、ヴァイオレンスかつクリューエルだった。         


「ふわあああ・・・・・終わったああ。」

授業、といっても夏休み中の課外なので三時間で終了だ。ちなみにこの学校はよその学校とは少し違ったシステムで課外を行っている。まず、基本的に違うのは課外の絶対出席である。だから休んだりすると当然内申に関わってくるという訳だ。そのかわり課外を受けるのに一切お金を必要としないのだ。まあ、こっちにとってみればありがた迷惑この上ないのだが・・・・・。

「きつい学校に入っちまったなあ・・・。」

今更のようにぼやいて教室を後にした。

「・・・・・・・・・あ。」

昇降口まで来てあることを思い出した。

「あの子、どうしてるかな・・・・。」

あの子とは当然、俺がチョップを喰らわせてしまったあの女の子のことだ。

「様子くらい、見たほうがいいよな・・・。」

一度手にとった革靴をもう一度元に戻し、保健室に足を運んだ。

「あれ?」

だが、そこには保健室担当の西山がいるだけで彼女の姿は無かった。

「先生、今朝の子は?」

なにやら書類の整理をしている西山に尋ねた。

「ああ、あの子かい?あの子なら二時間目の中頃に今日は気分が悪いって言って帰っちまったよ。」

こちらには目もくれず返答する西山。相変わらず変な婆さんだ。

「今、婆さんって言ったかい?」

ギクッ!!

「い、いえ何も・・・」

俺はその場から逃げるように飛び出した。

「ふう、怖ェ怖ェ・・・・。」

保健室の西山は婆さんと言われるとぶちきれることで有名だ。怒らせたら命の保証は無い。

「ってかあの子大丈夫かな・・・。」

チョップ程度とはいえ、仮にも気絶させてしまうような衝撃だったのだ。まあ大丈夫じゃないことは確かだろう。

「今度謝っとかないとな・・・。」

はあ、とため息を吐いて学校を後にした。

 

「さてと、どうすっかな・・・。」

日が傾くにはまだ時間がある。あれこれ行く場所を考えたが結局商店街に行くことに

落ち着いた。ただ、商店街に行ってもぶらぶらするだけなのだが・・・。CDショップや本屋などに行って時間を潰していると辺りは薄暗くなリ始めていた。大きなあくびをして空を見上げた。

「黄昏か・・・。」

そう言って進行方向に目を戻したとき、見知った人影が視界に入った。

「あれは・・・・。」

流れる青髪に、割と高い背、そして不思議な感じのする雰囲気を纏った例の女子がそこにいた。脇のほうにあるベンチに腰を下ろし、空に広がる黄昏を見上げていた。俺はなぜかその光景に鳥肌を立てた。その光景があまりに現実とは思えないほど美しかったためだ。その女子に近づくと声をかけた。

「よう。」

左手を上げて笑いながら彼女を見た。

「・・・・・・・・?」

こちらを一度凝視すると、頭に?を浮かべて視線を空に戻した。

「俺だよ、俺。ほら、朝の時の・・・。」

彼女はもう一度こちらを見るとまじまじと観察するように首を動かし始めた。そして、待つこと約三分。

「・・・・・・・・・・・・ぁ。」

どうやらやっと思い出したようだ。俺はどかっと彼女の横に腰を下ろした。

「今朝は悪かったな。」

ごめん、というかんじに頭を下げる。

「・・・・・・・・・・・・・。」

しかし当の本人は俺の話を聞いているのかいないのか、相変わらず空を見ていた。俺はかまわず話を続けた。

「今日さ、二時間目の途中で帰ったって西山が言ってたけど、大丈夫?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

しかし、その言葉にも反応せず、ただただ空を見るばかりだった。二人に沈黙がきてしばらくしたときだった。がたっとベンチを鳴らして彼女は立ち上がった。

「!!」

突然のことで俺はかなりびびってしまった。

「・・・・・・・・来る。」

ぽつりとそれだけ呟くと彼女は商店街の寂れたほうに向って走り出した。

「ま、待って・・・!!」

まだきちんと謝っていないので彼女の姿を見失わないように走り出した。が、しかし。

「ムチャクチャ速ぇ・・・。」

俺が追いかけようと走り出した頃にはすでに彼女は俺の視界から消えていた。

「こりゃ沢北なんか目じゃねぇぐらいに速ぇ・・・。」

探し出そうかと思ったが、別に謝るのは今日でなくてもよい。そう結論付けると我が家に向って歩き出した。途中で見かけた捨て犬がなんだかひどく悲しく見えた。

 「ただいま〜・・・。」

と、言っても返事は無いのだが・・・。一人暮らしは楽な分、こんなところがちょっぴり悲しい。とりあえず私服に着替え、ベッドに腰を下ろした。時計をチラッと見ると、針は午後七時四十分頃を指し示していた。

「もうこんな時間か・・・。」

といっても別にすることは無い(宿題とかでてるけど)。

「飯にするかな・・・。」

そう呟いた直後。  ピーンポーン!!

「んあ?誰だよ、こんな時間に・・・。」

まあなんとなく思い当たる節はあるが。

「はい、どなたですか?」

「護、あたしだよ〜。」

「え〜っと・・・誰?」

「あたしだって!!分かんないの?」

「すみません、どなたでしょうか?」

「・・・・・・殺すわよ?」

「よお、時恵。」

「わかってんならさっさと開けてよね・・・。」

ガチャ。

「どうしたのさ?」

「あのさ、護。もう晩御飯食べた?」

「いんや、これから食おうかとおもっとったんやけど?」

「普通に話せ、普通に!!」

「すみませんでした。」

「よろしい。でさ、お母さんが晩御飯作るんだけど、もし迷惑じゃなかったら食べに来てもらいなさいって。」

「ほぉ、それはそれは・・・。ってかさ、そんなの電話で連絡くれよ。」

「あんた、自分でうちまで来れる自信・・・・あんの?」

「・・・・・・・・。」

「ないでしょ?」

「はい。」

「やっぱりね・・・・。で、どうすんの?」

「もちろん行くけど?」

「そ。じゃあさっさと用意しちゃってよ。」

「ちょっち待ってくれ。」

・・・・・・・・・・・・・・・。

「よし、じゃあ行こうか。」

「そうね・・・・・って鍵閉めた?」

「閉めてないけど?」

「大丈夫なの?」

「学校行くときも掛けて無いんだから大丈夫だろ?」

「ま、あんたの家なんだからあたしはどうだっていいんだけど。」

「まあそういうこった、気にすんなって。」

そんな会話をしながら沢北家に向かった。

 

「ふーむ・・・相変わらずどでかいお屋敷だなぁ・・・。」

敷地はゆうに五千坪はあるだろう。

「なあ、時恵。」

「何?」

「この家ってさぁ、敷地とかどれぐらいなわけ?」

「あんたそれ訊くの何回目だと思う?」

「何回目だったっけ?」

「七回目よ。ほんと馬鹿なんだから・・・。」

「それで、どれくらいあるんだったっけ?」

「確か・・・十二万坪ぐらいね。」

「・・・・・・・・。」

「その沈黙も七回目ね。」

ふう、とため息をつく時恵。十二万坪・・・・・・。うちの家もそこそこの金持ちで親父とお袋が住んでいる家なら三千坪ぐらいあるけれど・・・。その約四十倍・・・・・・。俺の家はお袋が女優で親父が国会議員だからそこそこの金持ちなのだが・・・。この沢北家は電気機具専門会社で、世界でも一、二を争う大手の会社だ。その本社は従業員を一万五千人ほど抱えていて、支店は世界に千件以上存在する。さらにその下には子会社、下請け・・・・あとまあ色々。傘下のグループ全部の従業員の総数は日本人口を軽く上回る…らしい。つまり、この沢北時恵はその沢北グループのご令嬢なのだ。・・・俺も初めて見たときは騙された。今ではその性格は知っているものの、容姿だけはそこらにいる女の子とでは比較にならないほどのものだ。

「どうしたの、さっきから黙り込んじゃって。」

「え?い、いやなんでもない。」

「そ。ならいいのだけれど。もうすぐ本館に着くから。」

「ああ、わかってるよ。」

今思えばそんなご令嬢と幼馴染だというのは不運なのだろうか幸運なのだろうか・・・。

「さてと・・・。」

時恵が玄関先にあるインターホンを押す。

「はい、どちらさまでしょうか?」

スピーカーの向こうから声が聞こえる。

「私よ、私。時恵。」

「お嬢様でしたか、もうしばらくお待ちください。」

時恵は俺の前では自分をあたしと呼ぶが、親しくない者の前や、この家に帰ってきたときは自分を私と呼ぶのだ。

ガチャ、ギィィィ・・・・。両開きの大きいドアが音を立てて開いていく。

「お帰りなさいませ、お嬢様。」

中から数名のメイドが出てきた。

「香苗さん、お嬢様と呼ぶのはやめて下さいと言ったでしょう?」

その中の一人に時恵が声をかける。年は俺たちより七、八ぐらい上だろうか。

「では、なんとお呼びすれば?」

「時恵でいいわよ。」

「そんな・・・それは困ります。」

「じゃあもうなんでもいいからお嬢様だけはやめてくれる?」

「かしこまりました、お嬢様」

はぁ、とため息をつく時恵。

「わかるな〜その気持ち。俺の家(本家)にもメイドさんが二人いるけど、坊っちゃんて呼ばれるのかなり抵抗あったもんなぁ〜。」

「やっぱりそうよねぇ・・・。」

はぁ、と同時にため息をつく俺たち。

「そういえば久しぶりだな、この家に招待されるのも。」

「そうね、二年ぶりかしら。」

「もうそんなになるのか・・・。」

「高校に入ってから結構そんな時間つくれなかったもんね。」

「俺はいつだって暇だったけどな。」

「あんた・・・・・・、護君はそうだったろうけど、こっちの都合もあるのよ。」

「ま、そうだろうな。・・・ところで今日は何でまた晩飯に招待されたんだ?」

「護君、何も聞いていなかったの?今日はお母さんがご飯作るから久しぶりに招待しようということになったのよ。」

「ああ、そうか。しかしこんなに大勢のメイドさん(ひい、ふう、みい、・・・玄関だけで十人以上いる)がいるのにわざわざ自分で作るのか。」

「うん・・・今日は久しぶりに皆がそろったの。だから・・・。」

「へぇ、そうか。・・・ってそんな大事な席に俺まで入ってきていいのか!?」

この家族が全員そろうなんて滅多に無いのに・・・。っていうかその点に関してはうちも同じだけど・・・。

「そんなこと気にしないで。じゃあ私いったん部屋に戻るから・・・・香苗さん、護君の案内、よろしくね。」

「かしこまりました。」

それだけいって時恵は長く続く廊下の奥に消えていった。

「それでは護様、こちらへどうぞ。」

さっ、と俺の二歩前辺りに立って時恵が消えていった反対側の廊下を指した。俺はそれに無言で従った。

「お嬢様と随分仲がよろしいようですね。」

歩き出して少ししてから香苗というメイドさんが俺に話しかけてきた。

「そうでもありませんよ、ただ、腐れ縁なだけです。」

意外なことを言われたので俺は少し戸惑ったが何気ない言葉で返答することが出来た。

「そうですか・・・。」

なんだか煮え切らない様子だ。

「どうかしたんですか?」

香苗さんは一度こちらを見ると話を続けた。俺たちはいつの間にか立ち止まっていた。

「お嬢様は私とお茶をなさるとき、いつもあなた様のことを話されます。」

一瞬どきりとしたが平然を装って答える。

「あははは、俺の悪口とかでしょう?今日も遅刻したー、とか授業中寝てたー、とか。」

が、香苗さんはふるふると頭を振った。

「違います。今日も話ができた、とか一緒に登校できたとか、そんなことを話されます。そして、その時のお嬢様はとてもいきいきしておられます。」

あの時恵がそんな・・・・。

「つまり、私が言いたいことはこういうことです。誠にさしでがましいことなのですが、もう少しお嬢様に親しく接してはいただけませんでしょうか。」

「・・・・・・・・。」

「お嬢様はいつもお一人です。旦那様や奥様、大旦那様や大奥様はいつもお忙しいのでお嬢様に接する機会があまり取れていらっしゃらないのです。」

「でも、あなたたちがいるじゃないですか。」

「いえ、私達は所詮、雇われの身ですのでお嬢様はあまり心を開いてはくださいませんのです。ですが最近少しお変わりになられました。私にあなた様のことについてよくお話になられるようになってからは・・・・。」

「もういいです。」

俺は少し大きめな声で言った。

「申し訳ございません、そんなつもりでいったのでは・・・・。」

「もういいです、もういいですから早く行きましょう。」

「本当に申し訳ございません・・・。」

それからしばらく無言で歩いた。

「ここです。」

一つのドアの前で香苗さんが立ち止まった。

「先程の話、お嬢様には黙っていて下さいますか・・・?」

「わかりました」

「ありがとうございます・・・・それでは・・・・。」

そこに俺を残して香苗さんは少し先のドアを開けてその中に入っていった。俺もドアを開けて中に入る。

「おお・・・・。」

そこはおそらく客室だろうか、粗相の無いよう綺麗に整えられていた。装飾も中々のものだ。俺はソファに腰を下ろしてボーっと空間を眺めた。ガチャ。不意にドアが開いた。

「やっぱりここに居たね。」

時恵だった。

「お前なぁ、ノックぐらいしろよ・・・。」

「気にしない気にしない。」

トテトテと歩いてきて俺の隣に腰を下ろした。

「っていうかやっぱりって、ここ以外にも客室があるのか?」

「うん、あとこの部屋と同じ様な作りなのが九つはあるかな。」

「ここと同じような部屋があと九つも・・・。」

一瞬気が遠くなった。

「あ、でもこの部屋が一番良い部屋なんだよ。あと他にも小さな客間が3階の東間に五十ほどあるんだけどそこよりここのほうが断然いいわ」

「そ、そうか。」

なぜだか分からないけど少し安心した。

「もうすこしでご飯できるって。」

「楽しみだな時恵のお母さんの料理。」

「うん、わたしもすっごい楽しみ。久しぶりだもんねぇ・・・。」

「時恵のお母さんって無敵のアイアンシェフだからな。」

「そうね、確か今、二十三連勝中だっけ?」

ガチャっとドアが開いた。

「二十六連勝中よ。」

「あ、お母さん!!」

「こんばんは、久しぶりね護君。」

「は、はい、お久しぶりです。」

(ど、どうでもいいけどノックしないのは家系なのかな…)

「ふふふ、そんなに緊張しなくてもいいのよ。」

時恵のお母さんだ。この人を見れば時恵がこんな素晴らしい容姿であるのも頷ける。年はもう四十近くなのだろうが、そんなことは微塵にも感じさせない若々しさと美しさを兼ね揃えた人だ。

「い、いやぁ・・・時恵のお母さんがあまりにも綺麗だから・・・。」

「まぁ、ありがとう。でも、護君のお母さんほどじゃないかな?」

「それもそうよね。」

時恵が横から口を挟んだ。

「護君(親の前なので呼び方が変わっている)のお母さんは女優だもんね。」

「ははは・・・売れない女優だけどな。」

「あらあら、そんなこと言って・・・雪之瀬梓、もとい冬瀬梓といえば全国で知らない人はいないんじゃないの?」

「そ、そんなことないですよ。」

時恵と時恵のお母さん(楓さんだったか)は顔を見合わせてくすくすと笑っていた。

「くすくす・・・ごめんなさい、そうそうご飯が出来たんだったわ、行きましょうか。」

「そうね。」

「すみませんね招待していただいて。」

「いいのよ、大勢で食べたほうがおいしいでしょう?」

「そうよね。」

「そういうもんですかねぇ。」

「そういうものよ。」

にこっと笑って楓さんは部屋を出た。

「私たちも行きましょう。」

「ああ。」

俺たちもその客室を後にした。で、時恵に案内されながら食堂に向った。

「ってなんなんだここは!!」

俺が想像していたような長ーいテーブルに椅子が沢山あるようなそんな光景はそこには無く、八畳間ぐらいで畳が敷いてあってその真ん中に大きめのちゃぶ台みたいなのが置いてあって、その上に刺身やらなんやら和風のものが並べてあった。

「どうかした?」

ん?といったかんじで時恵が覗き込んでくる。

「いや、なんかこう、長いテーブルみたいなのと沢山の椅子を想像してたんで・・・・。」

「ああ、もちろんそんな感じの部屋もあるわよ?でもそんなところで和食なんか食べたっていまいち雰囲気出ないじゃない?だからここで食べるの。」

「そ、そうだったのか・・・。」

そんなとこまで凝ってるなんて・・・。すごい。

「やあ、護君じゃないか!久しぶりだな〜。」

「はい、お久しぶりですお父さん。」

「おやおや、義父さんなんて・・・もうそんな関係なのかな、二人は。」

交互に俺と時恵を見る・・・・・確か・・・・・・・・司さんだったっけ・・・。

「お父さん、何言ってるの!!」

「ははは、真っ赤になって言っても説得力が無いぞ、時恵。」

「もう、黙ってないで護君もなんか言ってよね!!」

「こらこら時恵、お父さんたちに遠慮しないでいつもみたいに護と呼べばいいじゃないか、ははは。」

「お父さん!!」

見ると、司さんの前にお酒が置いてある。すっかり出来上がってしまっているようだ。

「護君、こんばんは。」

「ああ、御爺さん、こんばんは。」

「安心しなされ、わしはそこの馬鹿息子みたいに言ったりはせんよ。」

「は、はあ。」

「なんだい、父さん。馬鹿息子はひどいじゃないか。」

「そうかい、それじゃあ阿呆息子でどうかね?」

「ひでぇな父さんは。」

この親子って・・・・。

「護ちゃんじゃないかい、久しぶりやねぇ。」

「お久しぶりですね、御婆さん。」

「あら、皐って呼んでくれなきゃいやん。」

「あ、あはははは・・・。」

皐さんも時恵の御婆ちゃん、楓さんのお母さんなだけはあって六十半ばを迎える人にしてはいまだに三十代後半の若さを保っている。化け物か・・・この人は。若い男の生き血でも吸っているのではなかろうか。

「ときに護ちゃん。」

「は、はい!なんですか!?」

「時恵ちゃんとはどこまでいったのかい?」

「へ!?な、なにを・・・。」

「こら、皐。護君をからかうんじゃない。」

「だって、勝さ〜ん・・・気になるんですものぉ〜。」

「こ、こら、皐!人前で抱きつくんじゃない!!」

・・・・・・・皐さんも酔っているのか。

「ごめんね護君。うちの人達、皆こんなで・・・。」

「いいよ、楽しいじゃないかこういうの。」

なにより俺の家ではまずありえなかった光景だし・・・。俺、母さんの手作りの晩御飯食べたのって生まれて何回だろう・・・?

「そう、よかった。護君がそうなのならいいんだけど。」

「こらぁ〜護君〜こっちに来ていっしょに飲みなさ〜い。」

「お父さん!!私達未成年よ!!」

「ヒック!そんなのどうだっていいから、ヒック!こっちに来なさい。」

「は、はぁ・・・。」

・・・・・・・・・・・こうして、賑やかな沢北家の食卓は夜遅くまで続いたのだった。


「悪いね、すっかり世話になっちゃって。」

俺が外に出たとき、あたりは漆黒の闇に包まれていた。

「全然そんなこと無いよ。皆喜んでたし・・・。それよりいいの?一人で帰れる?」

「何、ようは来たときと逆の道をたどればいいだろ?それくらい余裕だって。」

「それもそうだけど・・・。」

「他になんかあんのか?」

「う、ううん!別になんでもない!」

「あっそ、じゃあまた明日な!」

「馬鹿、明日は課外休みでしょ?」

「あ、そうか。」

「で、でも課外なくてもさ、会おうと思えば会えるわよ?」

「はは、なに変な言い回ししてんの?」

「べ、べつになんでもないわよ。」

「じゃ、そろそろホントに帰るわ。家の人たちに宜しく言っといてくれや。」

「うん、わかった。」

そして俺は片手を上げて別れを告げた。

「帰る時、あの人に会わないでね・・・。」

そう呟いた時恵の声は俺の耳には届かなかった。

 

「しかし、この時間に一人で帰るのはいろんな意味で怖いな〜。」

夏なのでおばけがどうのこうのという怖さもあるのだが、危ない人たちがこの辺は出没しやすいので特に怖い。

「よし、こんな時はさっきまでの楽しかったことを思い出そう!!」

・・・・・・・・・・。

「あ〜、なんだかわかんないけど余計に寂しくなった・・・。」

はあ、とため息を吐いて空を見上げた。青ざめた満月がなんだか不気味だ。しかも満月がくっきり綺麗に見える割には星が全く見えないというのも、どことなく不気味に感じられた。そして、視線を進行方向に戻した。するとその視界に人影が写った。

「うわ、怖い兄ちゃん系の人じゃないだろうな・・・。」

・・・・・・・じゃないな。スカートはいてるし。

「いや、あれは・・・・・。」

青ざめた月の光に照らされたその人物は他ならない、今朝の女の子だった。いや、後姿なので正確にはわからないが、うちの学校の制服を着ているし、あの不思議な雰囲気を纏い青髪の少女であったので、それが今朝のあの子であるということが当然のように感じられた。

「ねえ君、こんなところでなにを・・・・。」

俺が言い終わるか終わらないかぐらいのところで彼女は地面に倒れこんだ。

「え!?」

俺は慌てて彼女の元に駆け寄った。

「お、おい!しっかりしろ!!」

何があったのか、ぐったりとしていて呼吸も少し不安定で・・・それに。

「こ、これは・・・・。」

彼女の右腕に何か赤い液体がどっぷりと付着していた。

「け、怪我しているのか!?」

俺はどうするか迷った。救急車を呼ぶにしても俺は一切のお金も持ってきていないし、テレホンカードも無い。焦って焦りまくった末、

「しかたない、俺んちもすぐそこだし・・・・。」

今朝のように彼女を担いで走り出すのだった。

 

「大丈夫かな・・・。」

彼女の右腕についていた血と思われる液体が彼女の体内から出たものではないということは分かった。・・・・・・・別に不純な動機があって彼女の体を調べたわけではないので、その辺は勘弁していただきたい。俺が彼女を部屋に連れ帰ってまず後悔したことは、救急車はお金が無くても呼べるということだった。次に後悔したことは、女物の着替えなんぞ俺は持っていないということだ。しかたないので俺のパジャマ(洗濯したやつ)を着てもらっている。

「しかし・・・・あの血は誰のものだったんだ・・・?」

ま、考えたところで正解するわけが無い。今日はもう遅いのでこのまま寝ることにした。・・・・・・・・・・・・・ゆかで。

 

ジリリリリリリリリリリッ!!カチッ!!

「ん・・・・。」

不快な騒音で俺は目を覚ました。

「って目覚ましが心地よい音楽でも困るけど・・・。」

はっ、と思い出してベッドを見た。

「・・・・・・・く〜・・・・・。」

気持ちよさそうに寝息を立てている少女が一人。

「ってなにどきりとしてるんだ俺はぁ!!」

自分の不純さに泣いた。





「う・・・・ん。」

その声で目を覚ましたのか、彼女は上半身を起こしてこちらを見た。

「・・・・・・・・・・誰?」

「うう・・・一応クラスメイトなんだから顔くらい覚えていてくれ・・・・。」

ってそれは俺も同じだけど。

「・・・・・・・・ここ、どこ。」

「俺の家。」

「・・・・・・・・・・そう。」

彼女は再び横になった。

「ってこら!!起きろ!!」

再び上半身を起こす。

「・・・・・・・・・・・・・何?」

「君、名前は?」

「・・・・・・・・・・・・。」

彼女の目が何かを訴えている。

「俺は雪之瀬護。」

「・・・・・・ああ、雪之瀬護・・・・?」

「そうだよ・・・・?君は?」

「・・・・私・・・・私は・・・・・緒方・・・・・・・美沙紀・・・・。」

「緒方美沙紀・・・?」

その名前どこかで・・・。ああ、先生が言ってた子って、この子のことだったのか。

「緒方でいいかな?」

「・・・・・・・・・。」

軽く頷いた。

「緒方さ、昨日あんなとこでなにやってたわけ?」

「・・・・・・・・・・・。」

「それに、君についていたあの血は・・・・・。」

そこで緒方は自分の右腕を見る。

「・・・・・・・・・・。」

「あの、いや、その・・・・。」

「・・・・・・・・ありがとう。」

「へっ!?」





「・・・・・・これ。」

そういって緒方は自分の着ているパジャマを掴んだ。

「怒って・・・・・ない?」

「・・・・・・・・別に。」

「良かった・・・。で、あの血って何の血だったの・・・・?」

「・・・・・・・・・。」

「いや、どうしてもってわけじゃ・・・。」

「魔物。」

「へ?魔物・・・?」

そうだとばかりに頷く緒方。俺はぺたっと緒方の額に手を置いた。

「熱は・・・無いな。」

「・・・・・・・・。」

「大丈夫?」

「・・・・・・・・信じられないのね・・・・・・・。」

「いや、そりゃ、だって・・・・・。」

「見つけたのが雪之瀬君で幸いだったわ。」

「え?」

「・・・・・・雪之瀬君も私と同じ、力を持つものだから・・・・。」

「な、なんのこと・・・?」

「信じられないのなら見せてあげる・・・。」

そう言うと、緒方は俺に向って右手を差し出し、それに左手を添えた。

「何をするつもり・・・・・。」

「喋らないで。」

「・・・・・・・・・。」

彼女は目を閉じ、何かを唱えた。

「目覚めよ汝。古の力とともに・・・・。」

「・・・・!!!」

体が動かなくなり、声も出ない。

「願わくばこの地に帰らんことを。」

「!!!!」

血が沸騰しているかのような感覚に囚われる。

「始まる・・・・・。」





肉体が軋みを上げ、意識が飛ぶ。

「ぁぁ・・・・・・・っぐぁ!」

表皮にひびが入り、爪が硬く、長くなっていく。

「これは・・・・予想以上ね・・・・・・・。」

「う・・・・がぁああ・・・・・・ぐぅっ・・・・・ぁああ!!」

やがて、意識が戻ってきた。

「終わったようね。」

「く・・・・・俺は・・・・一体・・・・・・。」

「自分の姿を見てみる?」

緒方は目を閉じて右手で大きめの楕円形を描いた。

「光は汝を映す鏡となる。」

キィィイイ!!緒方が描いたような楕円形の光がそこに現れた。そしてそこに映っていた俺は・・・。

「なんだ・・・これ・・・。」

そこに映っていたのはまさしく、化け物というにふさわしいものだった。

「それは、雪之瀬君・・・・・・あなたよ。」

「嘘・・・・・だ・・・・。」

「これは現実なの。」

「こんなの嘘だ・・・・・・。」

「やっぱりショックが強すぎたようね・・・・。しかたないか・・・・。汝、虚の姿を現したまえ・・・。」

「ぐっ!?」

今度は苦しみを味わうことは無かった。俺の体が一瞬光ったが・・・。

「自分の姿を見て・・・。」

「これは・・・・俺だ・・・・・。」

「でも、さっきのも雪之瀬君、あなたなの。」

「どういう、ことだ・・・・?」

髪も元の長さに戻り、爪はいつものちょっと深爪になって、筋肉質の体はいつも通りの運動不足の体になっている。・・・・・さっきのは一体なんだったのだろう。

「説明・・・していいかな?」

それに緒方のこの力は・・・?分からないことが多すぎる。

「わかった、話を聞こう。」

分からないことが多すぎるので話すことが多くなるだろうと思い、俺は飲み物とスナックを台所か





ら持ってきて緒方の横に座った。

「今からすごい話をするって言うのに結構余裕ね。」

半ば呆れ顔で緒方が微笑む。

「性分なんだよ。」

「面白い性分ね。」

「いや、もういいから話をしてくれ。」

くすくすと笑っていた緒方の顔が急に引き締まった。

「まずは・・・何から訊きたい?」

訊きたいこと・・・・。多すぎて何から訊けばいいのか・・・・。

「多すぎて分からんから勝手に話をしてくれ。」

「それも性分?」

「いや、そりゃもういいから・・・。」

「分かった・・・じゃあ話すわね。そうね・・・いきなり大きなことから話そうかな。」

「大きなことでも、ちっちゃなことでもいいからさっさと話してくれ。」

「あなたと私は兄妹なの。」

「ぶっ!!」

思わず飲んでいた炭酸飲料を噴き出した。

「ごほ、げほっ!!」

「あらあら・・・お決まりのリアクションね?」

「ど、どういう意味だよ。」

「どういう意味も何も・・・・お決まりのリアクションだなぁって。」

「そうじゃなくて!!俺と緒方が兄妹だなんてどういう意味なんだよ!!第一、名字が違うじゃねえか!!」

「名字・・・?違って当然じゃない?」

「なんで!?」

「う〜ん・・・・だからそれは順をおって説明するから、とりあえず落ち着いて。」

「・・・・・・・・・。」

「良し。こっちから一方的に話すわ。とりあえずは黙って聞いてて頂戴。」

「分かった。」

「あなたと私、正確にはあと二人の私たちの兄弟は皆、この世界の人間じゃないの。」

「・・・・・・・・・・・!!」

「この世界と表裏一体の世界、パラレルワールドと呼ばれる次元が私達の本当の居場所。」





「パラレル・・・・ワールド・・・・・。」

「双方の次元は互いに、もしもの関係で成り立っているの。」

「もしもの関係・・・。」

「私達が存在するはずの次元は裏の次元。こっちの世界が表の次元なの。そして・・・・こっちの世界では私達は本来、存在しないはずだった。」

「・・・・・・・・・。」

「私達は表では存在せず、裏にのみ存在する特殊な人間なの。・・・・・この意味分かるわよね?」

「なんとなくだけど・・・。」

「新たな存在が裏にのみ誕生した。これによって双方の次元のバランスは崩れた。パラレルワールド・・・つまり、私達のもしもの世界において、こっちの世界とは違うことが起きるというのはしばしばあることなの。でも・・・・誕生においては決して食い違うことは無かった。例えば、片方の次元で生まれた子がもう一方の次元では違う親の元で生まれるというケースは頻繁に起こるわ。でも、それは親が違うというだけで、その子供自体は双方の次元に同時に誕生するの。ま、私達は特殊だから今のケースからは外れるわね」

「親が違うだけで、子供はきちんと生まれるわけだからバランスは崩れていない。」

「そういうこと。で、その崩れてしまった次元のバランスが大きな歪みをもたらしたの。」

「まさかそれが・・・・。」

「そ、魔物ってわけ。」

「俺たちが原因で魔物が生まれた・・・・。」

「それで、私達が兄弟って話なんだけど、それは元々の母体が一緒だからなの。・・・わかる?」

「微妙。」

「つまり私達の本当の世界では、あなたと私の母親が一緒・・・ってことなの。」

「でもこっちの世界では違う・・・。」

「それがどういうことかは今から説明するわ。あなたと私、そしてあと二人の私たちの兄弟はあっちの世界で一度死んでるの。」

「ぶっ!!」

また噴き出した。

「は、はぁ?」

「またお決まりのリアクションね。」

「それはもうどうでもいいから・・・。俺達ってなんなわけ?おばけ?」

「はいはい、あせらないあせらない。」





「どこの世に自分が死んでるって言われてあせらない人間がおるんじゃあ!!」

「話を戻すわ。」

こいつ・・・・。

「なぜ死んだか。私達は殺されたのよ。災いを呼ぶ忌まれし子供達だ・・・っていわれてね。私達だけじゃない。お父さんも、お母さんも殺された。」

「なんだよ・・・・それ。それ、何か変だよ。そっちの世界って信仰が強すぎるんじゃないのか!?」

「無理もないわ・・・・。じゃあ、こんがらがるといけないからパラレルワールドについて詳しい説明をするわ。」

「余計にこんがらがる気がするんだが・・・・。」

「パラレルワールドはこっちの世界に比べると、文明の進化がかなり遅れているわ。過去の分岐点でパラレルワールドはこっちの世界とは違う進化を選んだ。こっちの世界では文明、でもパラレルワールドは力という進化を選んだの。」

「それってさっきみたいな・・・。」

「そうよ。魔法の力・・・こっちの世界の言葉を借りればそういう言い方になるわね。」

「俺のは・・・・・?はっきりいって魔法っぽくなかったんだけど。」

「う〜ん・・・・・あの力はまれなのよね・・・。普通の力とは違うの。」

「俺みたいな人間はそうはいないということか。」

「私みたいな人間ならたくさんいるわ。」

「一度見てみたいな・・・・あっちの世界。」

「そうね・・・見ておいてもいいかも。」

「って!見れんのか!?」

「見るというか行けるんだけど・・・・。」

「いや、行けるのか?という意味の見れんのか?だったんだけど・・・・。」

「あ、そうだったの・・・。で・・・・・行きたいんだ?」

「そりゃまあ・・・・俺の本当の世界とやらを見てみたいしな・・・・。」

「そう、でも行くからには命の危険も付きまとうわよ?」

「え、えぇ!?なんで?」

「当然じゃない?私達はあっちの世界で殺されてるのよ?」

「う・・・・そうだった。でも、な〜見たいな〜。・・・・・いや、止めておこう・・・・・。死にたくないし。」

「賢明な判断ね。それに局地時空転移なんて疲れちゃうようなことはあまりしたくないの。」





「なんだって?キョクチジクウテンイ?」

「簡単に言えばあっちとこっちの世界を行き来する魔法みたいなものよ。」

「すげぇな・・・・他になんか出来んの?」

「まあ色々出来るわよ。物を燃やしたり、凍らせたり、曲げたり、引き裂いたり、弾き飛ばしたり・・・・・・。」

「ああ、もういいよ。なんか怖いことばっかだな・・・・。」

「そんなことないわよ?さっきみたいな鏡のようなのを創ったりも出来るし、簡単な傷からある程度の重傷まで治したりも出来るしね。」

「ある程度の重傷って・・・・?」

「例えば・・・・複雑骨折とか、心音停止からだいたい五分以内のポンプ機能回復とか。」

「お前、それってある程度じゃなくてかなりの重傷だぜ・・・?」

「でも・・・ガンとか・・・・ある程度進行している病は治せないわ。もちろん老衰もね。」

「それ治せるんだったらお前医者になれ。」

「いやよ。私、勝負師になるのが夢なんだから。」

「冗談だって・・・・・って勝負師!?」

「うん。この力があれば近い未来なら視る事が出来るもの。競馬なんて軽い軽い!!」

「頼む・・・頼むから普通に生きてくれ。ああ・・・・んで?俺の特別な力というのは?」

「あれは私があなたの力を無理やり引き出したもの。あれはあなたの守護神みたいなものね。本来はあなたが死にかけたりしたときにあなたの意志とは関係なく発動するものみたいね。ちなみにその時は先ほどと同じように意識が残るなんて事はないわ。もう一人の自分みたいなものが自分の意識を制御しているって感じかしら。」

「じゃあ俺が殺された時、どうしてあの力は発動しなかったんだ?」

「あのときも発動したわ。けどあなたは殺された。数百人の神官クラスの人間の命と引き換えに。」

「命と引き換えって・・・・?俺が殺したのか?」

「そうね。そうなるわね。けどそれはあなたの意志じゃないわ。」

「そ、そうだよな〜。うんうん!!俺のせいじゃない、俺のせいじゃない・・・。」

「でもこれからはあなたの意志でそれを行わなければならない。」

「な、なんで?」

「魔物とか・・・あっちの世界からの使者とか。簡単に言えばあなたの命を狙う者達ね。」

「殺さなきゃ・・・いけないのか?」

「殺らなければ殺られる・・・・。それが現実よ。」





「何か俺・・・安全でおっとりした平和の世界から、ゲームとかでよく見る少年たちが殺しあう、えげつない世界にワ〜プ〜したみたいな感じだな。」

「実質それに近いわね・・・。わたしもそうやって今まで生きてきた。」

「よく俺今まで生きていられたな・・・。」

「幸運中の幸運ね・・・。まぁあなたは特別に気配を感じづらいっていうのもあるみたいなんだけど。」

「で?俺の力は他にどんなモンだ?」

「無いわ。」

「マジか・・・?」

「特別な力が無いというだけよ。あなたはそのままで十分強いわ。」

「この運動不足の体が・・・?」

「見た目ではそうだけど今のあなたにはどこから来るのか分からない・・・説明できない力が宿っているわ。」

「へぇ・・・・どれくらいのもんだ?」

「そうね・・・ちょっとこれを持ってみて。」

「このペットボトルか・・・・?」

俺が飲み干した1.5リットルのペットボトルだ。

「こうでいいのか?」

「ええ、それを縦に押しつぶしてみて。」

「縦に・・・・?さすがにそれは無理だろう。」

・・・・・・・ぐしゃっ!!

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「ねっ!!」

「ねっ!!じゃねぇよ!!ぺっちゃんこじゃねぇか!!」

「すごいでしょ?」

「すごいけどかなり危ないぞ。」

「悪用しちゃダメよ。」

「怖すぎて出来ネェよ!!で・・・どれくらいなんだ?今、余裕でこれが潰れたぞ。こんなもんじゃないんだろ?」

「そうね。今のままでも・・・・握力はスチール缶をプリンでも握りつぶすかのようにくしゃくしゃに出来るし、キックだったら屋久杉の樹齢千年物の幹を真っ二つに出来るし、殴るんだったら軽く大岩に穴が開くような力が引き出せるはずよ。」





「我ながら怖い・・・・怖すぎる。もう俺の力についてはいいや・・・。一番訊きたかった事があるんだけど。」

「何?」

「俺たち・・・・死んだのにどうして今生きてるんだ?こっちの世界では俺たちは誕生しなかったんだろ?」

「・・・・・・・・あっちの世界でお祖父ちゃんが助けてくれたの。私達の魂のみをこちらの世界の女性の胎内に飛ばした。恐ろしく高位の局地時空転移だったの。普通の人間が局地時空転移を使うだけでも命の危機にさらされるというのに、普通の転移じゃない・・・・心魂局地時空転移を使ったんだからお祖父ちゃんはその後廃人になった。お祖母ちゃんはその後を追って死んだ。・・・全ては私たちが産まれたせい。私たちなんて産まれなければ良かったのかもね。」

「・・・・・・・そんなこと言うんじゃない。そんな事言ったら俺たちを救ってくれた祖父ちゃんや産んでくれたお母さんに申し訳がつかないだろ?」

「・・・・・・・・・・・・。」

だが緒方はまだ俯いていた。

「それにしても・・・・・。どうしてお祖父ちゃんはそこまでして俺達を助けたんだ・・・?」

その問いに緒方は顔を上げる。

「魔物よ。私達の誕生とともに産まれた・・・・・・忌まれるべき存在の生物。奴等は並ではないわ。こっちの世界にもあっちの世界にもいるんだけど、あっちの世界の高位魔導師でも太刀打ち出来ない程の力を持っているの。神官が束になってかかってやっと勝てるぐらいの強さなの。」

「あの・・・・神官ってどれぐらい強いの?」

「強いものになれば、その冷凍系の呪法は琵琶湖を軽々凍らせることが出来るわ。でもそんなことが出来ても魔物の体には半永久呪法反射能力がついてるから無駄なのよ。」

「ああ・・・・また難しい言葉が・・・・。簡単にしてくれ。」

「簡潔に言うと呪法は魔物には効かないって事。」

「へ?それって・・・・緒方の力は効かないって事じゃないのか?」

「察しがいいわね。でもハズレ。私にも力があるから。」

「まさかこの腕で大岩を粉々に出来るとか?」

「人を化け物みたいに言わないでよ!!」

「あの・・・俺出来るんじゃないの・・・?バケモノ・・・。」

「私の力は呪法だけよ。あ、でも身体能力はその辺の男より格段上よ。でも・・・・どうして力に目覚めていないあなたのチョップぐらいで気絶しちゃったのかしら・・・?」





「ああ、あれは雪之瀬流最強奥義・秘拳寸止手刀だ!!あれは受けたものの意識を奪ってしまうという恐ろしい技なのだ!!」

「す、すごいわね・・・・。」

「いや、冗談なんだけど。もういいや、話がそれた。で、結局緒方の力はなんなんだ?」

「呪法っていったじゃない。」

「でもその呪法は魔物にも通じるんだろ?」

「先を越されたわね。その通りよ。私の呪法は魔物に通じるの。」

「どうしてなんだ?」

「さぁ・・・・そこは私にもよく分からないの。多分、半永久呪法反射能力以上の力で無理やり貫いているのではないか、と思うわ。」

「えぇ!?琵琶湖も凍らせる奴より強い奴なのか、おまえは?」

「私だったら太平洋も氷漬けよ。」

「お前のほうが怖ぇよ・・・。」

「それでもあなたのもう一方の姿の半永久呪法反射能力には多分通じないわ。あれは特別だもの・・・・。」

「そんなに強いのか、あれは。」

「私の最強の呪法を持ってしても貫くことが出来ないわ。さっきあなたがあの姿になったとき感じたの。」

「ふぅん・・・。あのさ、今日はここでもう止めないか。」

「どうして?」

「ま、俺だって色々とな・・・・考えることがあるんだよ。」

「まあいいわ。それじゃ、今日はもう帰るわ。」

「ああ、またな。」

部屋を出て外の階段を下りて遠ざかっていく緒方の足音が、なんだか切なく感じられた。

「はぁ・・・・まだ一時か。別にすることないし・・・・もう寝よう。・・・・そういえばあいつってお喋りだなぁ・・・・。最初の印象とちょっと違うような・・・・。」

・・・・そうこう考えているうちに意識は深く沈んでいった。

 

ジリリリリリリリリリ!!

「ああっ!!うるさい!!」

ドゴオォォォ!!

「・・・・あ。またやっちまった。」

目覚まし時計がメチャクチャになってしまった。





「ああ、これで七個めか・・・・。」

俺が真実を知った日から三週間あまりが過ぎた。今まで何の危険も無かった生活が嘘のように騒がしくなった。あっちの世界から殺し屋が来るわ魔物が現れるわで本当に大変になった。

「ほんと・・・・今までよく生きてこられたよな・・・・。」

そんな微妙な喜びを感じつつ、俺は始業式に向うべく制服に着替え、朝飯を食っちゃったりなんかしたりするのだった。


「おう、おはよう。緒方。」

あれからほとんどの日をこいつと一緒にすごした。と、いうわけで始業式に行くのも一緒だ。

「おはよう、雪之瀬君。相変わらずすごい寝癖ね。」

「そういうお前こそ相変わらずすごい青色の髪の毛だな。」

「遺伝なのよ!!仕方ないでしょ?」

「そうかもしれんが、それでよくうちに学校入れたな。」

「これでも成績はいいから。」

「へぇ、学年でどれくらいだ?」

「学年っていうか・・・・全国で指五本内に入ったことがあるわ。」

「なんかしたな?なんかしたんだろ!?」

「強いて言えば・・・・透視能力かな。」

「ええっと・・・・それって簡単に言えば力を使ってカンニングしたと・・・・?」

「そ、大正解!!」

「大正解!!・・・・じゃねぇ!!自分で力は悪用するなって言っておいて・・・!!」

「いいじゃない・・・・減るもんじゃないんだし。」

「この不良女が・・・・。」

「・・・・・・・・!!」

「どうしたんだ?」

「奴等の気配だわ・・・・ちょっと遠くね。」

「マジか!!・・・・・ん。本当だ。こりゃかなり強いやつだな・・・。どうする?」

「行くしかないでしょ?」

「そうだけど・・・・始業式はどうするんだ?」

「放って置いたら何をするか分からないわ・・・・。」

「よし、じゃあ行くか!!」





「・・・・・・私一人で大丈夫。雪之瀬君は始業式に行っていいわよ。」

「何言ってんだよこんな強い覇気を放つ奴、お前一人で相手に出来るわけ無いだろ!?」

「大丈夫。私、新しい呪法覚えたから。これぐらいなら勝てるわ。」

「本当か・・・・?」

「本当よ、それに・・・・雪之瀬あまり成績良くないんでしょ?始業式ちゃんと出てないと内申とか、厳しいんじゃない?」

「うっ・・・確かに。」

「ね?私は大丈夫だから行ってきていいよ。」

「わかったよ・・・。俺も終わったらすぐ駆けつけるから・・・・・それまでに死ぬんじゃないぞ。」

「誰に言ってるのよ、さあさあ早く行った。あと五分で予鈴が鳴るよ?」

「三十秒あれば着くって。・・・・無理だけはするんじゃないぞ。」

俺はそういうと緒方に背を向けて時速六十キロぐらいで走り出した。

「・・・・・・・さよなら。」

そっと私は呟いた。

 

この大きな覇気はただの魔物が放てるようなものじゃない。きっと十年以上はこの世界で生き続けているはず。こっちの気を相当吸っているのね・・・・・。覇気は大きくても普通の魔物が放つ我武者羅な殺気は感じられない。ただ一途に私にのみ、その殺気をぶつけてくる。・・・・・誰?そこまでの恨みを買うようなことを私はやったのか・・・?覚えが無い。

「ここね・・・。ずいぶん大きなお屋敷だわ。」

私にだけ向けられた殺気はこの建物の中から感じれる。・・・・と、勝手にドアが開いた。

「挑発されてるみたいね・・・。」

その開いたドアから中に入る。

「あなたね・・・・この覇気の正体は・・・!!」

「いらっしゃい良く来たわね・・・・緒方さん。」

「私の名前を知っているの・・・・?」

「ふふふ・・・・クラスメイトの顔ぐらい覚えておいて欲しいものね。・・・・それとも護以外には興味が沸かないのかな・・・・?」

「護・・・雪之瀬君のこと・・・・?」

「そうよ!!あんたは私から護を奪った!!許さないから・・・・絶対に・・・・・殺してやるわ!!」

「魔物ごときが笑わせないで!!人間の姿で雪之瀬君に近づいて・・・・・何をするつもりだった





の!?」

「別に・・・・私はただ護が好きなだけ・・・・。それ以外のなんでもないわ!!そしてそれを邪魔するあなたが憎いだけ・・・・。だから死んでもらう。それだけ。」

「人間の姿をしていてもやっぱり魔物ね・・・・邪魔なものは殺す。本質はその辺の魔物となんら変わりないわ!!」

「何とでも言えばいいわ。さぁ・・・殺してあげる。かかってきなさい・・・・。」

「そうさせてもらうわ!!・・・・光よ!風の刃となりて、醜きものを虚空へかえせ・・・・!!」

辺りが暗くなる。そして次の瞬間には魔物の肩から血が流れ出していた

「くっ・・・・。少しはやるわね。」

「ま、まだまだこれからよ!!(全然効いてないの・・・・・!?私の新しい呪法なのに!!)」

「どうしたの・・・・来ないのならこっちから行くわよ!!」

な、何!?これは・・・・!!

「うっ・・・・・く・・・・・・・。がはぁっ!!ああああぁぁぁぁあ!!」

 

「・・・・・・・!!緒方!?」

「お、おい雪之瀬何やってんだよ。」

「え・・・・あっ・・・。」

全校生徒の目が俺に集まっている。

「あ、あはは〜。あはははは・・・・。」

照れ笑いで誤魔化しながら腰を下ろす。

「雪之瀬・・・・どうしたんだ?」

「秋山・・・・いや、なんでもない。」

「そっか。ならいいんだ。」

「すまんな・・・・。」

さっきの嫌な感じは一体・・・?くそっ校長めぇ・・・!!話し長ぇぞ・・・・・!!

 

「どうしたのかしら・・・・・まさかもう終わり・・・・?」

「く、まだ・・・・まだいける・・・・。」

「しぶといのね。いつまでもつかしら?」

ギリリリリリリ!!

踏みつけられた腰の骨がいやな音を立てる。

「うあああああっ!!」

回復が・・・・・追いつかない・・・・・。





「もう苦しむのも嫌でしょう?殺してあげるわ・・・・・・・。さよなら、緒方さん。」

グググググ・・・・・ギチギチギチ。

「あ・・・ぐ・・・・。」

メキメキメキッ!!グチャッ!!

「あ・・・・・・・・。」

意識が・・・・・。

「邪魔者は消えたわね・・・・・。」

まだ、まだ闘える・・・・まだ頑張れる・・・。

「さて・・・・汚れちゃったからお風呂にでも入ろっと♪」

・・・・・・だめ・・・・・雪・・・之・・瀬・・・く・・・・・・。

 

「・・・・!!緒方!?」

「お、おい!雪之瀬!またかよ!?」

「秋山・・・俺、行ってくる。」

「そうか・・・お前がそう決めたんなら俺は否定しない。だが・・・・必ず、生きて帰って来いよ・・・・。」

「ああ、分かってる。じゃあな!!」

途中、止めに入る先生を何人か跳ね飛ばして体育館を出た。

「って・・・・秋山のやつ・・・・なんで俺のことを知ってるんだ。あいつに話した覚えは無いぞ・・・?」

昔からあんなやつだった気がする・・・・。何も言わないでも俺の心を直接見て理解しているような・・・・そんなやつだった気がする。それと・・・・時恵も。

「そういえばあいつ今日は休みだったな。サボりか・・・?」


・・・・だが、俺が例の大きな気を追って着いた場所を見てその考えを改めた。

「ここって・・・・時恵んちじゃねぇか・・・・。まさか・・・・そんなはず無いよな?」

微かに開いていた両開きの大きなドアから中に入る。

「・・・・誰だ?あれは・・・・。」

時恵の家は玄関を開けると広間がある。そこに誰か倒れていた。それに近寄っていく。

「・・・!!まさか・・・!!」

それに駆け寄ると顔を確かめた。

「う、うわああああ!!」





それは・・・間違いなく緒方だった。両腕を力なく倒して目を閉じていた。

「あははは・・・・冷たいよ、緒方。嘘だよな・・・・冗談だよなぁ?さ、早く起きろよ・・・・。緒方?もういいから・・・・・。さっさと起きろよ。なぁ、おい、なぁ!!嘘だろ!?緒方っ!!おいっ!!目を覚ませ!!死ぬんじゃな!!約束しただろ!?おいっ、聞いてるのか!?・・・・・おがたあああぁぁぁああ!!」

「ま、護・・・・?」

「・・・・!!時恵か・・・・・。」

「う、うん・・・・・。」

俺は緒方をゆっくりと横にして立ち上がった。

「・・・・時恵?」

「な、なに・・・・?」

「お前じゃ・・・・ないよな・・・・・。」

「えっと・・・・なんのことかな?」

「時恵、俺はお前を殺したくない。・・・・・けど、許せない。・・・・・・・・もう一度訊く。緒方を殺したのはお前なのか?」

「・・・・・・。」

コクッ、と頷く時恵。

「そっか・・・・・・お前か・・・・・・。」

「護・・・・・?」

俯いて目を閉じる。今まで時恵と過ごしてきた時を思い浮かべる。その思い出一つ一つに鍵をかける。・・・・・二度と後悔しないように。

「・・・・・・いくぞ、時恵。・・・・・・・殺してやる!!」

「うっ、そっそんな・・・・戦うしかないの!?」

「お前は緒方を殺した!!俺の、俺の大事な妹を!!」

「妹・・・?嘘だよ・・・・。護、彼女を妹としてなんか見ていなかった。護、彼女の事好きなんじゃなかったの!?」

「うるさい!関係ない!!殺してやる、殺してやるぞ!時恵!!」

「私は殺したくないよ!!私は護と一緒に生きたいよ!!私だって護のこと・・・・・・。」

「黙れ!魔物!!」

時恵に跳びかかる。右頬に一撃、左頬に二撃入れて一度間合いを取る。

「ぐ・・・護・・・強い・・・・・。本気出さないと殺される。」

「ああ、本気で来い!!だが、本気を出したところで俺には勝てないだろうがな!!」





「護・・・・本当に、本当にもう戻れないの?」

「戻るつもりなど毛頭無い!!」

「分かった。私、護の事、殺したくないけど、私、それ以上に死にたくない。」

「望むところ!いくぞ!!」

再び跳びかかる。突きを鳩尾に入れて、膝で顎を蹴り上げる。背後に回り、背中に肘打ちを入れて右足で蹴り飛ばす。時恵の体は宙を舞って、廊下の奥の壁にぶつかった。これだけの行動が一瞬の間で行われた。

「それで本気か!?そんなんで緒方を殺せるのか!?緒方には本気でこれて、俺にはこれないのかぁ!!」

「どうして・・・・緒方、緒方、緒方って・・・・。護・・・・緒方さんのこと好きだったの!?妹として見てたんじゃなかったの!?」

「しつこい!!なんと言おうとお前が緒方を殺したという真実に変わりは無い!!」

二十メートル程あった時恵との距離を一瞬で詰める。

「もう戦うしかないんだよ!!魔物おおぉぉぉ!!」

指先を硬直させ、時恵の喉に突き立てる。刹那、鮮血が時恵の喉から噴き出した。

「くああああっ!!!だめ!!だめだめだめだめだめだめだめだめだめぇええ!!にげてぇええ!!護うううぅぅぅ!!」

時恵の体がメキメキと音を立てて変化していく。背中からは翼が生え、腕はか細かった時恵の腕から、太くたくましく頑丈なものになり、脚は体毛のようなものに覆われ、メキメキきしみながら成長していく。そして、成長が止まった時恵・・・・・時恵だった物の姿に見覚えがあった。

「嘘だろ・・・・・。」

それは俺の家で、緒方が俺のもう一方の姿を引き出した時の、あのときの姿に酷似していた。

「グゴオォォオオオオ!!」

咆哮するもう一人の時恵。俺は緒方の言葉を思い出していた。それは命の危機に陥った時、意思に関係なく無理やり発動するものだと・・・・。

「それじゃあ・・・・・まさか時恵は・・・・・・。」

俺の妹・・・・・?  そう思ったときだった。化物は俺の首を掴み、窓のほうに向って投げ飛ばした。外にあった木に強く体をぶつけた。

「くっ・・・・・。」

立ち上がろうとして腕を突いたが、体は持ち上がらなかった。腕は折れていた。皮膚を突





き破り、折れた骨が露出している。

「くそっ・・・・・・。」

壁を突き破って化物が出てきた。俺の前までゆっくり歩いてくると、俺の両肩をつかんで持ち上げた。

「何を・・・・・する気だ・・・・・。」

「ゴオオォォォォオオオ!!」

ベキッ!!ボリボリ!!グチャッ!!

「うわああああああああぁぁぁあああ!!」

両肩を握りつぶし、そのまま俺を振り上げて地面に叩きつけた。

「ぐっ・・・・・!?」

おそらくだが臓器をいくつかやられた。

「ゴオオオォォォオオ!!」

俺の前で満足げに咆える時恵だった物。そして、その声を聞いたとき、ついに俺に変化が訪れた。・・・・・・・・・・・・・・・俺の意識はここで途切れた。

 

雨。雨が降っている。雨の中で俺は時恵の亡骸を抱えていた。

「そうか・・・・・・俺、時恵を殺したのか・・・・・。」

俺の体は何事もなかったかのように修復していた。

「・・・・・ちゃん・・・・・・・。」

「・・・・・・ん?」

声が聞こえた。微かな声。耳をすまさないと雨の音に打ち消されてしまうような声。

「・・・い・・・・・ちゃん・・・・・。」

「ああ、時恵・・・・・よかった。まだ生きてたのか・・・・・。」

「どう・・・・して・・・・?殺したいんじゃ・・・・・なかったの・・・・・?」

「お前が妹だと知っていれば・・・・・さすがに殺したりはしなかったさ。」

「うそ・・・・・だよね?お兄ちゃん・・・・・きっと殺してた。」

「そんなことないよ・・・・・。」

「ううん・・・・分かるよ・・・・・。何言っても信じてくれなかったもん・・・・・・きっと。」

「それは・・・・・・・。」

「でしょ?・・・・・・・あ・・・・・もうそろそろだめ・・・かな・・・。さ、さよなら・・・・・・お兄ちゃん。」

「何言ってんだ・・・・しっかりしろよ・・・・・・。」





「ううん・・・・もうだめ。最後に・・・・・魔物になった兄弟は私だけじゃない・・・・・・・・・・・あと一人・・・・。あと・・・・・・一人は・・・・・・・・・あ・・・・・き・・・。」

その時、どこかから光弾が飛んできた。それは時恵の体を貫いた。

「!!時恵!?」

揺さぶってみるが反応がない。

「そんな・・・・・・死んだのか・・・・・・?」

「ああ、そりゃもう死んでるね。心臓を一突き、我ながら正確な狙いだ。」

「・・・・・・・・・てめぇ、秋山!!」

離れたところに秋山が立ってこちらを見ていた。

「おお、怖い怖い・・・・・。ひでえな・・・・アニキ。」

「そうか・・・・・お前が最後の一人・・・・・・俺の弟か!!」

「そうだよ、アニキ。俺は気づいていたよ・・・・・。緒方も、沢北も、そしてあんたも。俺の兄弟なんだって・・・・。だが・・・・俺にはあんたたちとは違う力が宿っていたよ・・・・。人を殺し続けていないと維持できない肉体・・・・・。魔物の力がね・・・・。だけど沢北は違った・・・・。こいつは魔物でありながら人を殺すことなく生き続けることが出来るんだから・・・・・。それはこいつの力がもう一方の自分という能力だったからだ。人間の自分と魔物の自分。それを両立させることで人を殺すことなく今まで生きていた。けど・・・・・俺は違った。俺は生粋の魔物として生まれた。生まれてすぐ母親と医者を殺したよ。そのことはいまだに迷宮入りになってるけどね・・・・・・。」

「そうか・・・・だが俺にとってはそんな事どうだっていい。・・・・・お前、何が目的なんだよ。」

「簡単なことだよ。あんた達三人に復讐することだよ。平和に、ぬくぬくと生きてきたあんたたちにな・・・・!!アニキ、俺はこの日を待っていたよ・・・・。俺があんたに生きて帰ってこいって言ったのは、俺自身の手であんたを殺すためだったんだよ!!」

「・・・・・・・・・。」

「アニキのその力・・・・・・一度放つとしばらくは引き出せないんだよ・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「あの姿になられたらさすがに俺でも勝てない。だけど・・・・・・・そのままだったら。・・・・・・・お前ぐらい殺すのなんてわけないさ・・・・・・。」

「おもしれぇ・・・・・かかってこいよ。」

俺は時恵をそっとねかせて立ち上がった。

「俺は沢北みたいな甘ちゃんじゃないから・・・・・・最初から本気でいくよ。」

俺は秋山に飛びかかった。が、途中で足が重くなって前に進まなくなる。





「局地重圧変化だよ・・・・・。まともに動けないだろう?」

「くそっ!こんなもの・・・・!」

「逆に軽くすることも出来るよ?こんなふうにねっ!!」

俺の足が地面から離れる。

「うっ!?なんだ・・・・これは!!」

五十メートルくらい浮き上がったときだった。ぽつりと秋山が呟いた。

「・・・・・・じゃあ・・・・・・・・。」

刹那、俺の体は高速で落下した・・・・アスファルトに叩きつけられて、・・・・・・・・・・・・・・そして、もう何も感じなくなった。


                 死の章 完 

 


どうも虎じぃです。

このDes〜(メンドィ)高1の時に細々と書いたもので、今読み返してみると設定が無茶苦茶だったりキャラが吹っ飛んでいたりしてある意味面白いなあ……などとは思えませんね。ごめんなさい。

甘くて青いナニカ風味に仕上がってますね。

主人公死んじゃったりで大丈夫なのか…って感じですが、一応続いてるんですよねぇ、コレ。

コチコチ続き打ってはいますが…あの時の価値観と現在の価値観に相違が…;

ま、まあ頑張ってやっていきます!

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