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不完全な概念と、緩やかな略奪者たち


「美術館なんて、中学の校外学習以来やわ。なんか緊張するなあ」


六本木は、まるで地雷原でも歩くかのように、美術館のタイルを慎重に踏みしめた。対照的に、美大出身の友人・神谷は、ポケットに手を突っ込んでリラックスしきっている。

「何も構える必要ないって。観たいものを観て、想うことを想えばいいんだ」

そんな神谷の「通」な態度に気圧されながら、六本木は展示室の中央に鎮座する「作品」に目を向けた。


そこには、ただの白い画用紙を丸めたような筒がひとつ、台座の上にポツンと立っている。その横では、学芸員が彫像のように静かに立ち、来場者がラインを越えないよう、無言の圧を放っていた。


「……なあ、神谷。お前は美大に行って変わったけど、昔は一緒に『不完全戦隊クウム』で熱くなってたよな」

「クウム!……懐かしいな。変身に失敗して『ログイン失敗』で止まるヒーロー」

「そう、あの細身のフォルムな!工作の時間、みんな粘土で作ったよな。……お前だけ、どう見ても『おにぎりに蟹が乗った何か』作って、先生に笑われて全員の作品ぶっ潰してたけど」


二人の会話が熱を帯び、ついには変身ポーズまで飛び出したその時、静寂を愛するはずの学芸員が、意外な反応を見せた。

「……私も、クウム好きでした」

学芸員は乙女チックな手つきで、胸ポケットからクウムのボールペンを取り出した。「大好きです!」という言葉とともに、彼はロボットのようにカクカクと横に揺れ始める。その動きは、クウム劇中で発生する伝説の「バグ」を完璧にオマージュしていた。

「大好きです! 大好きです! 大好きです!」

異様なトーンで繰り返す学芸員の姿に、六本木は引き、神谷は「流石です!」と身を乗り出した。この美術館、何かがおかしい。


そこに、いかにも普段着の二人組、虎門と霞関がふらりと現れた。彼らは美術品を鑑賞するどころか、展示されている「白い筒」をひょいと持ち上げた。

「おい、何して……!」

六本木が止める間もなく、霞関はその中から出てきた小さな筒を、カンフーのような手つきで虚空へぶっ飛ばした。芸術作品をゴミのように扱うその所作には、一抹の敬意も感じられない。


焦る六本木たちを余所に、虎門は自らのトートバッグから、ゴトッと音を立てて「おにぎりに蟹が乗ったような」奇妙なオブジェを取り出し、台座に据えた。

「学芸員さん!作品がすり替えられてるぞ!」

神谷の怒号が響く中、判明したのは驚愕の事実だった。

「ご苦労様です!」

学芸員が虎門たちに深々と頭を下げる。なんと、この「おにぎり蟹」こそが、今日搬入されるはずの本物の芸術作品『無限の白い概念』だったというのだ。


「時代が、俺に追いついた……」

かつて工作の時間に同じものを作って笑われた神谷が、恍惚とした表情で呟く。


だが、物語はそこで終わらない。

遅れて駆け込んできた警備員が、顔を真っ青にして叫んだ。

「ちょっと!白い筒の作品を持って行ったのは誰だ!?」

警備員の話によれば、つい今しがた「白い筒(偽物の概念)」を持ち去ったのは、世界で二番目に窃盗額が多いと言われる「怪盗ササキ」の一味、通称『□□□団』。大胆かつ、呆れるほどに緩い手口で知られる窃盗集団だ。


「えへへ、私たちのこと知ってくれてるんですか? 嬉しいなあ」

いつの間にか戻ってきた学芸員と作業員風の男たちが、照れくさそうに頭をかく。

「明日は世田谷の美術館なんですよ」

「50年前に先輩がすり替えた偽物に価値が出ちゃったから、本物(おにぎり蟹)を戻しに来ただけなんです」

堂々と明日の犯行予告を残し、爽やかに去っていく略奪者たち。


「堂々としすぎやろー!」

六本木たちのツッコミが、誰もいなくなった展示室に虚しく響く。

目の前には、ただただ「おにぎりに乗った蟹」が、無限の白い概念を湛えて静かに佇んでいた。

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