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証明は確からしさの積み上げ
数学といえども、完璧な証明というものはない。必ず、一部に解釈というものが存在する。論理ギャップともいわれる。
どんなに厳密に記述しようとしても、それは無理。それは。合同と同値の違いと同じだ。意味が同じだから置き換えが出来る。あるいは、例外が見つからないから正しいとしよう。
証明されたかどうかというのは、それが受け入れられたかどうかだ。
だから、今までに発表された方法の中に理解できないからといって、間違いともいえないものもありうる。完璧な証明といのもがあるならば、それは問題の置き換えであって、何の発見もない。だから、証明済みのものでも、いつ反論がでるかわからない。例外がみつかるわけではない。説明が間違っているということだ。
平坦な道のはずが、一旦地下にもぐってたどり着いたら、それは正解ではない。初期段階の証明では、多くの回り道が含まれている。中には、無意味なものもある。それで否定されることはないが、明らかに間違いである。
個人的に理解できないからといって、間違いということもできない。常人が簡単に理解できるなら、難問にはなってない。だからこそ証明ができたと思うなら、多くの人間が確認をし証明できたということが必要だ。




