第一話
1560年、桶狭間で今川義元が盛大に逝ったのと同じ頃。
長宗我部元親22歳は初めての戦。つまり初陣を迎えようとしていた。
ターゲットは安芸国虎。自分を蘇我さんの末裔だと思っている奴らである。
「昔の名前で食ってるタイプだな。安心しろ。秒で終わる。さっさと消しにいくぞ」
長宗我部国親にそうは言われても元親はヒャッハーするような性格ではない。
姫若子とかいわれてるくらいなのである。
安芸城に到着するまで攻撃を受けるのではないかと心配していたが安芸国虎が籠城に方針転換したため初めて城攻めも経験することになった。
安芸国虎が安全地帯から元親を発見すると、デカイ声で侮蔑を始めた。
「男かと思ったらなんだ!女か!戦場プラプラしてんじゃね~!しかし!噂通りのベッピンさんですなぁーッ!」
安芸国虎の嗄れた声が、城壁から谷に反響した。兵どもが下卑た笑いを漏らす。
元親は、槍の石突を地に突き立てたまま黙していた。
その白い肌、通った鼻梁、長い黒髪。確かに戦場に立つ者より、琴を弾く姫君に似ていた。
だが、その静けさの奥に炎があった。
父・国親が馬上から笑った。
「元親。世間がどう言おうと関係ない。でも姫が殺してるほうが絵面が面白いと思う」
元親は何を言っているのか‥しっくりこなかったが‥眼差しは揺れない。
そして低く呟く。
「……ならば、最初の血は夜襲で頂こう‥」
彼の動きを見ていた家臣がざわつく。
初めて血の匂いを欲した瞬間だった。
深夜、雨が細く降り、安芸城の石垣に冷たい雫が走った。
元親は黒装束をまとい、僅かな供回りを率いて堀へと忍び寄る。
姫若子が夜襲などできるものかと嘲った安芸勢は、眠気と油断に呑まれていた。
最初の短剣が閃く。
闇の中、元親は敵兵の喉を一突きした。
声もなく崩れ落ちる男。その血が元親の頬を濡らした瞬間、彼の中で何かがはじけた。
「……これが、戦か」
以後、姫若子と侮られた青年は、人を斬るごとに冷徹な武将へと変貌していった。
翌朝、安芸国虎は城門に突き立てられた首を見て絶句する。
そこには、昨日共に罵った兵の顔があった。
「次は……お前だ‥安芸国虎‥」




