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養女のウソ

幼い子が死んでしまうお話です。

愛するお母さんのことを最後まで気遣います。

リアルな幼女の物語を目指しましたので、ご一読ください。


「女の子です」


「女の子ですか!わあ、嬉しい〜!」


その声は、ちょっと能天気なくらい、純粋に嬉しそうだった。


きっと私のお母さんは、女の子なら、いつか一緒に女子トークだって出来るし、それに野球着だって洗わなくていいって考えたんだろう。


その声は、不思議とまだ耳にしっかりと残ってる。


ううん、本当は意外でもない。これから、一生この声はどうしても忘れられないだろうなって、その声を聞いたときから、赤ちゃんながらなんとなく直感してたんだと思う。


それを当時聞いた私が笑ってたわけじゃないと思うけど、でも、大きくなってからこの声を鮮明に思い出すだけで、私はいつも笑顔になってしまうのだ。


まあそんな記憶を残してくれたお母さんと私のお父さんは、その後私を児童養護施設の前に置き去りにしちゃうんだけど。


でも嬉しいものはしょうがない。


「。。。だから、自分の子どもには親が喜んでる姿を沢山見せて、喜んでもらいたいなって」


「知らねーよ!子どもなんて、ませたこと言ってんじゃねー!」


「ばーか」、そう言って、先程まで私に愛の告白をしてくれていた男子が、訝しみながら去っていってしまう。


その時私は、親のことをよく覚えているだけで、子どもでも結構大人びれるものなんだろうなあって、冷静に思っていた。放課後の帰る準備をして、この話はもういい、おしまい。


そんな、大人っぽいって言うよりはサッパリしてて、何事もあんまり気にしない子だったかな、小学生の頃は。


あ、遅ればせながら伝えておくけど、これから始まるのは私、海藤恵海の人生の大事な一部分のお話。では、話を続けます!


。。。中学生の頃は、友達に沢山マンガ借りて読むのが趣味になって、楽しかったけど、みんながいいなって言ってるものがどうしても自分に合わなくて、それがちょっとした悩みだった。


それは私のギターの才能だったりしたんだけど、もちろん私は軽音部としてかなりギターに打ち込んだし、練習が大嫌いだったわけじゃない。


私はギターと、ちょっとだけ歌が、上手かったらしい。


でも、それが出来て何になるのかってイメージが、人生全体とかのイメージが、きっとどうしてもまだまだ湧いていなくて、練習に身が入りきらなかったし。いくらみんなが褒めてくれても、じゃあみんなは人生それでどう変わったの?って聞き返したくなっちゃうような子だった。


別に、本当に聞き返したことはないけど。


当時の私は友達もいて社交的だったと思うし、人のことが分からないって悩みも、人が分かりすぎるって悩みも特になかった。


その場にいる人と楽しくいて、時々ちょっとだけ羽目を外す。それだけで心が十分だって私に言ってた。


ただ、高校に入ったら部活は変えるかなってぼんやり思っていた。


そんな中学生時代だったかな。


あ、恋愛は残念ながらご縁がなかった。彼女持ちの先輩にずっと憧れてたら、中学生なんてすぐに終わってたよ。


そしていよいよ華の高校生。


と言っても、みんなが憧れるようなキャピキャピのお嬢様学校なんかじゃない。

その辺にある、なんならちょっとヤンキーチックな人も通ってるって噂のある学校。


だけど私は、その学校がこの辺で一番学生の人数の多い高校だってことを、とっても気に入っていた。


きっとそれは何をするのも自由。色んな人と付き合ってみてもよし、誰か一人を見つけてもよし。そんな少し早くも懐かしくなっちゃうような、そんな学生時代の楽しさが、こういうところではでは見つかるんじゃないかなって。


早めに一人で登校して、まだ空席の目立つ教室の席につく。ご丁寧に席には簡易的な名札が置いてあって、座る場所に悩んだりはしなかった。

きっと、すごく几帳面な、そうだなあ、きっと女の先生でもいるに違いない。


「楽しみ。。。」


周りの人もいないので、小声でそう呟いてみる。


すると。その声の直後に続くように、教室のドアがガラリと開いた。


「わりーって、ぎゃはは!」


「困るって〜、、、ったく」


それは2人組の男子生徒だった。一人は少し背の高い、色白の生徒。大きな声を出していた方だ。


もう一人は、なんというかちょうど中肉中背。。。ちょっと華奢?目を引くような容姿ではなかったけど、特に悪いとも思わないような、、、どちらかと言うとカッコいいとかじゃなくて、おおらかとか、可愛いとかのタイプの男の子。


彼はもう一人の色白の男の人に話しかけられて、平凡そうな相槌をうっていた。


でも、その様子が、ちょっとだけ一歩引いた大人のように見えて、正直に言うと、なんだかいいなと思った。


彼の所作。見た目。確かに特に非の打ち所はないかも。

それに。


彼のその表情が。。。私にはすごく、印象的だった。


その表情を作るあなたがどれだけ人のことが大事なのか、私にわかる。誰も傷つけない表情を必死に探して、いつもそれを心がけてるんだろうなって伝わる。


決して威張らないでも、みんなに安心を与えてくれそうな、そんな人間味。


憧れちゃう、かな。


私は早速、自分の見たことのないタイプの人間に出会えたことに結構舞い上がった。


彼から影響を受けたら、彼と話したら、私ってもっとずっと素敵な人にならない?なるかも。


私はこれからのことに思いを馳せた。


それとなんていうか、あなたに憧れながら言うのもおこがましいんだけど、元々私とどこかが似てるのかなって。そして、そのどこかは、実はもしかすると少なくとも私にとって、とても大事なところなのかもしれない!って感覚。


そして、君が私の隣の席に座った時には、早くも心の高鳴りを感じていた。


そんな不思議な体験だったよ、初めて君を知った時は。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺は宮先慎嗣。


「こんにちは」


「自己紹介の時間、和やかで良かったですよね」


「これから、クラスメイトとして、どうぞよろしくお願いします」


「あ、ああ、、、よろしく、お願いします」


今日は高校の入学式。


俺も社交的じゃないほうじゃないとは思うけど、隣の席に座っていた女子がいきなりそんな風に挨拶をしてきてくれたことに、ちょっと驚いた。


敬語なのに、距離は近いと言うか、おしゃべりなもんなんだな、女子っていうのは。


まあこんなことに驚くのは、俺が中学生時代は男子校に通っていたせいかもしれない。


もしかしたら中学時代に女子のメンタリティは想像がつかない変化を遂げていて、俺がこれから努力を怠った場合、俺はそのギャップを一生理解できずに終わるのかもしれない、なんて思う。


ーチャイムが鳴って、今日は早くも下校の時間になる。


今日は始終平和で、何人かとも話すことができたし、初日としては十分な日だったんじゃないかと思う。


周りに適当に挨拶をして、靴を履き替え、学校の外に出ると、校門のあたりに小さな人影が動いているのが見えた。


見ると女子がウロウロとチラシのようなものを道行く人に配っているようだった。


「軽音部に、入りませんか?」


「軽音部に入りませんか?」


彼女はとても懸命な様子なのだが、みんな綺麗に彼女の周りを避けて素通りしていく。俺が見る限り、今のところ配れたチラシは0枚。


俺は少し気が重くなりながら校門へと歩いてくと、彼女が案の定こちらに向けてチラシを手渡してくる。


俺はそれを事前に決めていた、出来るだけ彼女になんの期待も持たせないような表情と声で受け取る。せめて1枚くらい、彼女の頑張りには報いてもいいはずだと思った。


「ありがとう」


「ありがとうございます」


「え」


俺の声と立て続けになって、俺が通り過ぎた背後から声が聞こえた。


振り返ると、今日隣の席に座っていた女子が、俺と同じチラシを持ってこちらを見ていた。


通り過ぎる学生たちには、チラシはもらわないって流れみたいなものがあったから、彼女のその行動に、少し驚く。


名前は、海藤さんだったかな?


完全に目があったから、一応話しかけてしまう。


「君ももらったんだ、、、チラシ」


「はい。一生懸命配っていたので、つい。。。」


「軽音部のチラシだってちらっと見えてたんですけど、なんだか受け取っちゃいました」


彼女は少し足早になって、俺の隣に合流してくれながら話しを続けた。俺も続けて彼女に話題を振る。


「興味ないの?軽音部」


「まあ、ないといいますか、やめとこうって思ってます」


「なにそれ?なんか嫌なイメージでも?」


「いえ、イメージというか、もう中学の頃にやったので」


「新しいことのほうが面白そうかもって」


「まじ?経験者なの?えー、続けないともったいなくない?」


「いえ、、、あっ、うーん、、、」


「、、、そうですね、そうかも知れないです」


「あはは、決心弱いねぇ」


「あはは、そうですね」


「、、、宮先くんは?」


「お、海藤さん、だよね、名前覚えててすごいね」


「隣の席ですからね。印象強くて」


「そうね。うーん俺はねえ」


「そうだなあ、目立つのはそんなに好きじゃないねえ」


「多分、こういうのって学校行事でみんなの前で演奏したりするじゃん?それはちょっと、嫌っていうか、想像できないね」


「そうですか。。。でも、例えば音楽書いたりするって役もありますよ」


「作曲!?うわ、考えたことなかった」


「私、中学の頃、作曲には憧れてて、ちょっとだけ曲を書いたりしたんですけど、どれも最後まで書けなくて」


「高校では1曲は作ってみたいって気持ちはあったんですよ」


「何かを言い切るっていうのは難しいです」


「みんな、言いたいことがあっても、それを言葉にまとめるのは難しいでしょう?」


「、、、そうだなあ。難しそー。でも、ありがとう、そんなこと言ってくれて」


「ちょっと視野広がったと思う。うん、作曲、悪くないね。興味ないことないわ、俺」


「そう、、、それは、良かったです」


そんな話をして俺たちは、帰り道で別れた。


翌日からもチラシを配っていた彼女は校門にいて、結局俺と彼女は、海藤さんは入学3日後に、俺は入学4日後に、彼女に声をかけたのだそうだ。


俺達は、部員を集めて軽音部を始めることができた。


それからは毎日部員たちで一緒につるんだ。

登校や下校で一緒に行けるやつとはいつも一緒だったし、放課後はもちろん部活で集まったり、それ以外にも一緒に買い食いやカラオケに行ったりするようになった。


俺は基本的には異性とは2人で行動するってことはなかったんだけど、そうこうしているうちに、海藤とはよく一緒に帰り道などに寄り道をするようになった。


そういえば、極めてナチュラルに向こうから話題を振ってきたのだが、海藤は孤児なのだそうだ。昔両親が施設の前に海藤を置いて行ってしまったのだという。

それを聞いて驚かないことはなかったのだが、海藤の心の傷ということではあまりないような言い方だったっと思ったし、むしろ赤ちゃんの頃のお母さんの記憶があることを誇らしげに話していたくらいだったので、俺としても、海藤の見方とかに、特に変化はなかった。いや、ちょっとだけ、親のことを一途に思える海藤に以前よりも尊敬の念を抱いた。


みんなにも色んな過去や想いがある。作詞をするときなどには特に、そんなことが心を去来した。


そんな日々が過ぎて、夏休みもみんなで時々集まって過ごして、俺はとうとう1曲書き上げてみて、9月になる頃。


いつものように部活終わり、その日は海藤と俺が最後まで教室に残っていた。


すると、もう随分と親しくなってきた海藤が笑顔で、ひょっこりとこちらを覗き込んできた。


「私とデートに行ってくれませんか?」


「はあ!?」


「ぇでで、デートって言ってもほら!学校から近くの駄菓子屋!今日!」


「ああ、いつもの、買い食いってことな。。。それをデートとは言わないだろ」


「いや、付き合ってないんだから、そういう意味では取らないかと思って。。。」


「。。。」


「。。。」


「あはは」


「ごめんね、部員で気まずくなっちゃやり辛いのに、変なこと言っちゃって」


「いや、変でもないけどさ」


「いや、そういうことはそう隠すもんじゃないと思うし。それに相当海藤とは仲いいからさ。まさかって思っちゃったわ」


「。。。いやじゃなかった?」


「え?」


「いやじゃなかったなら、比較的嬉しいけど」


「何いってんだよ、嫌とか、そういうのは、、、」


「、、、ない、けど、、、」


そこまで言うと俺は、自分が赤面しているのではないかと気づき、ハッと顔を伏せる。


海藤はそんな俺の様子を見て、少し赤くなった顔で、いつもより優しそうに微笑んでいた。


駄菓子屋にて。


「いらっしゃい」


「どうも」


「どうもー」


私達は店長のおばちゃんに軽い挨拶をして、商品を眺め始める。おばちゃんは糸のように細めた目で、その様を見守ってくれていた。


「その駄菓子が好きなんだねえ、息子とおんなじだ」


「息子さん、いらしゃるんですね」


「仲、よさそうだな」


「いやいや、それが全然そうじゃないのよお!」


「えっ、そうなん、えですか。。。?」


「頭が良かったのに職人になるってね。そういうもんだから、おばちゃん、昔もったいないんじゃないかって喜んであげなかったのさ」


「そこからあんまり喋らなくなってね」


「息子が結婚してからは、仲良しのお嫁さんと2人でいるから、母さんとは会いたくないんだって、ますます避けられてるんだよ」


「昔はあんなに可愛かったのに、悲しいもんさ」


「。。。お話、ありがとうございます。でも、おばちゃんの子どもさんはきっと、おばちゃんが好きですよ」


「私、昔ちょっとだけ一緒だったお母さんのことを、どうしても未だに嫌いになれません」


「親とちょっとでもいい思い出があったら、子どもは親を、親が思うより好きになるもんです、どうしても。。。」


「。。。そうかい。ありがとうね」


帰り道。先程の話で、少ししんみりとした空気が流れながら、俺たちはアイスを食べながら歩いていた。


「さっきのはナイスフォローだったなあ。駄菓子屋のおばちゃん、嬉しそうだった」


「そうだったらいいけど、適当なこと言っちゃったかもって、不安もあるかな、、、あはは」


「そんなことはない、嬉しそうだった。。。なんていうかさ」


「恵海はきっと思いやりのある人だと思うんだ」


「いやいや!というか、慎嗣くんにだってあるじゃない、思いやり」


「俺なんかは、相手のことを気にしてはいるけど、それは相手が傷ついたら、自分も嫌な目に遭うかもっていう自己保身だったりもするんだよな」


「そのビビってる気持ちが思いやりとかってものを伝えるには、邪魔なんだ」


「しかも恵海は、そうなれるように、そんな風に、自分を律してるんだろ?それは、すごいことだと思う」


さっきから何を真剣なことを言ってるんだと思う。それに俺ばかりがべらべらと喋った感じもして、ちょっと空気が読めていないかもしれなかった。


少し沈黙すると、彼女も少しだけ沈黙し、何故かその歩みを遅くした。


「。。。それは、宮先くんのおかげなんだよ。。。」


「どうありたいか、宮先くんのことを考えると、宮先くんとこれからも一緒にいたいって思うと、自分がどういう人であればいいか、イメージがつく気がするの」


「宮先くんにカッコつけてるだけ、って意味じゃないよ。私、未来のことなんてわからないんだし、今どういればいいかなんて本当はもっとわかっていないのに、なんだか私人間らしく、割といい人間らしくいられてる。宮先くんが私の心の指針に、、、心の支えになってる」


「何だよそれ、仰々しいなあ。でもそうだったら嬉しいよ、いやほんとに」


すると海藤は歩みを完全に止め、こちらに澄んだ目を向けてきた。バックには夕日があって、白く綺麗に輝いていた。


「好きです、宮先くん。」


「もっと私に、人生をください。一緒に人生を作ってください。」


「好きです、、、もし出来れば、付き合ってください」


「は?」


「それ、本気で言ってんの?ジョーク?」


「ジョークではありません」


「会った日から、好きになっていました」


「こんなに仲良くなれて、とっても幸せだけど、やっぱり友達って、言われたくない」


「宮先くんと付き合いたい」


「。。。それは、さあ」


「。。。付き合って、変わっちゃうかな?俺たちって」


「それは、、、変わらず、部活するんじゃないかな?」


「俺もそう思う。、、、じゃあさ、付き合うか」


「え??」


「このままじゃ、海藤が友達って言われるのが嫌なだけじゃなん。付き合っても、変わらず俺ら楽しいじゃん?」


「じゃあ、、、付き合っちゃえばいいって、俺は思うよ」


「て、手、、、繋いだりは変わるかもよ?」


「安心しろよ。俺は嫌じゃあないよ」


「そうなんだ、、、」


「付き合おうって、言ってくれる?」


「付き合おう。海藤。、、、友達じゃなくて、彼女になってよ」


「。。。っ!はいっ、お願いします!」


こうして秋の初め頃に、俺達は付き合い始めた。


それから、部活もいつも通り。

ただ、2人になると、よく手をつないで帰った。俺達はそういった意味で仲を深めることに、純粋な喜びを感じていた。


一時期11月の文化祭での演奏という大仕事にてんやわんやだったが、無事に舞台を終えることが出来て、俺達はあっという間に2年生になり、また俺たちらしく春を過ごして、夏休みになった。


部内恋愛はちょっとした部内騒動(イベント?)が起きた後2組目が出来ていたし、あんまり俺たちが茶化されたりすることもなかった。


まあ部活メンバーはみんな、個性豊かだけど根がいい奴らばっかりなんだよな。


そんなこんなで俺と恵海は平和に高校2年生の夏休みに突入し、部活もバイトも充実した夏休みを送っていた。


ある日、恵美が夏休み中の宿題をしに俺の家に来たとき。帰宅して何の気なしにポストを開けてみるとそこにはここからちょっと離れた川辺で行われる花火大会についてのお知らせが入っていた。


俺達は自然と目を合わせ、俺が「行く?」と手短に確認すると「うん」という簡潔な答えが返ってきた。


花火大会、当日。


俺達は電車の最寄り駅から開催場所である川辺まで、歩きながら少し雑談をしていた。


「花火、人生2回目なんだ〜♪」


「と言っても、1回目は赤ちゃんの頃、お父さんに抱かれながら、お母さんとベランダで」


「へえ、そんなことよく覚えてるなあ恵海は」


「えへへ〜いい思い出でしょ?」


「家族で花火か。。。俺は父さんが忙しくて、小さい頃はなかったなあ。少なくとも、覚えてる範囲では」


「いいな。そんな思い出があって」


「ふふふ。。。」


会場についた俺達は、お互いのバイト代をはたいて遊びまくった。たこ焼きやリンゴ飴はもちろん、金魚すくいや射的では、子供の頃の恥ずかしいエピソードを話すという罰ゲーム付きで2人で競い合い、程よいエピソードが思いつかなかった俺はマジに本気になった。。。


楽しかった。


花火本番。会場には所狭しと人がいたが、雨の予報もあったせいか、俺達はなんとか河川敷にシートをひいて、そこで一緒に花火を見る事ができた。


花火は実に綺麗で、その打ち上げられる順番だったり、組み合わせだったりに、なんとなく職人のこだわりを感じさせ、俺は感動してしまった。


打ち上げは1時間半ほど行われたらしかったが、全くそんな時間は感じなかった。花火を見て、時々手に持ったシェイクを飲み、横目で恵美も楽しそうに目を輝かせているのを俺は見ていた。


帰り道。


「楽しかった?」


「これが人生最後の花火でもいいってくらい、楽しんだ」


「そう!よかった。。。」


恵美は体を引きながらくるりと回転させるようにして、こちらを振り返って、こちらに笑顔を見せ、また向き直った。


「。。。私ね、ちょっと言ったと思うけど、お父さんとお母さんと、赤ちゃんの頃家のベランダから花火を見たの」


「それで、私ほんとはその時のお父さんとお母さんの顔、、、全然覚い出せなくて。。。。」


「勝手にそれは幸せな思い出だったんじゃないかなって、思い込もうとしてたけど」


「ほんとは、それが家族の本当の幸せな思い出だったのか、私にはわからないの。。。」


「。。。」


「でも今日、新しく、花火を見たっていう、誰かとの幸せな記憶だって胸を張れるものが、やっと出来たんだなって」


「そう思うと、感慨深いなあって」


「そう思うとあのとき、お父さんとお母さんがもし幸せそうな顔をしてなかったらって、、、どうしても気になっちゃう気持ちが、やっと消えるかもって」


「。。。きっと消えはしないよ。お父さんとお母さんが、恵海は好きなんだから」


「。。。好きって言ってるだけで、ほんとは自分の気持ちも向こうの気持ちも、よくわかんないんだよ?」


「でも変だよね。ずっと、楽しかったって思おうとしてきたんだと思うの」


「それは、禁忌に触れたくないって気持ちみたいなものだった」


「それは、2人が不幸そうだったりしたら、今も昔も、嫌だからなのかな」


「それは、好きだってことだろ。いいじゃないか、不安なままで。。。もちろん、2人が幸せそうだったって思い出せたりすると、もっといいのかな。。。?」


「花火、たくさん見に行こうよ?それで、思い出そうぜ、その記憶」


「もしも嫌な記憶を思い出してしまっても、愛について正しい記憶を持つことは、きっと人をダメにしたりしないよ」


「それでも恵海は新しく、思い出す前よりもっと幸せに生きていける」


「そうしようよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それから私たちは高校を卒業して、それぞれ奨学金で、私は専門学校と、慎嗣くんは大学に進学した。


私は2年間、ちょっとしたビジネスとプログラミングの勉強をさせてもらったし、慎嗣くんは日本文学とかの学科に入って、日々活字に触れて楽しんだんだって。


学生時代、ありがたいことに私たちは、とてもゆっくりと成長させてもらえて、積み重ねるように時を過ごした。


何が変わったかって言うと、どのくらい人を心で許せるようになったかってことかな。


なんだかんだ、自分にできないことにふれて、人のできないことをたくさん想像してきたからだと思う。


そんな風に人は、年とともに前に進んでいくものなんだって、なんとなくわかってきました。


卒業を意識し始め、慎嗣くんより2年も早く社会人になっちゃう、、、もしかして、生活のギャップで、恋に溝が出来たらどうしよう!って思ったこともあったんだけど、実際そうはならなかった。


なぜって、慎嗣くんが大学2年の頃、大学1年から続けていたバイト先に、正社員の打診を受けたのだ。慎嗣くんはその会社のことを心底気に入っていたようで、大学生活よりも3年生からはそっちに行くことを選んだ、のでした。


「実際文系は図書館に行けばおんなじ様な勉強は自分でも出来るよ。少なくとも、俺の場合」


とか言ってたかな。


だから私たちは仲良く学生時代を終えて、社会人になるのを期に、アパートを借りて、入居初日には家でパーティーをした。


社会人になっても軽音部のみんなとかとの交流もあったし、、、やっぱり生きていくのに頑張らないといけないってプレッシャーを学生の頃より感じることはあった、けどそれでも元気に慎嗣とも支え合いながら、充実して、幸せに過ごしていた。


そうして、慎嗣くんと花火を見るのは、毎年の恒例行事になって、一緒に花火を見たのは5回を数えた。


(そのうち1回は、軽音部のみんなで集まって、だったんだけど)


6回目の、私たちが21歳になる年の花火大会から同棲していたマンションに帰ってすぐ、私は慎嗣くんにプロポーズを受けた。



そうして私は、慎嗣くんと結婚した。



なんだけど、、、子どもができないって、診断を受けた時には、やっぱりショックだったなあ。。。

しかも2人共、そんな体質だったんだっていうんだから、どこかそれが運命、みたいなことも感じた。


そして、子どもについてちょっと衝突した後、結局私たちが下した決断はー。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


家族は自分が大事だから作るものでしょう?


昔、自分がそう施設の人に言ったのを今でもよく覚えてる。何度も何度も思い出して、多分一生忘れようがない。


なぜ私が何度もこのことを思い出すかといえば、それは誇らしいからだ。自分が幼いながら、大人も何か言い返したり出来ないような、大人な意見を持っていることが。


そしてその意見で、ちゃんと自分を守れることが。


ここは児童養護施設。

私は麗美。もうすぐ小学生1年生だ。


私は、親から暴力を受けて、親が失踪して、ここに預けられた。

私の長所は、割と冷静なところ。

よく言うと落ち着いてる子、悪く言うと冷めた子ども。


施設の子とは仲悪くなかったけど、でも超絶仲良しって子もいなかった。事情がある子ばかりだからか、突然泣き始めたり、みんな自分のことでいっぱいいっぱい。きっとまだ、生き物として、誰かと本当に仲良くなろうとか、そういう段階じゃあないんだろうと思った。


このとき私は、誰かを愛するなんてないと思っていた。


そんなある日。


私と割と仲の良い、ちょっと突然拗すぎてしまう曲を持った女の子が、トテトテとこちらに向かって歩いてきて、私に言った。


「麗美ちゃん、お母さんが迎えに来たのかもよ」


「え?」


「女の人がね、麗美ちゃんのことで、お部屋の中で泣いてたんだよ」


「。。。」


私はもしかして、という強い思いに駆られた。そこから何をやってもいまいち手につかなかった私は、チラチラと施設の人にもしかしたら呼ばれるのではと気にしていた。


すると本当に、「麗美ちゃん、お客様が来てるのよ」と声をかけられ、私は別室へと案内された!


人生で、こんなにワクワクしたことはない。私は自分で背伸びをして、できるだけ早く大人用の部屋のドアの扉を開けて、中に入った。


「こんにちは」


「。。。」


「麗美ちゃん、挨拶挨拶」


そこにいたのは全く知らない女の人と若い男の人だった。


私の目から輝きが消えて、代わりにイライラのような感情がふっと湧き上がった。

だからさあ。お母さん、あれは、ないでしょ、愛。そりゃ迎えになんて来るわけないでしょ。


私はでもこんなこと聞いてないよって思って、すぐにうつむいた。


。。。誰?お姉さん、お兄さん。


「この人たちはね、麗美ちゃんの家族になるかもしれない人よ」


「これから麗美ちゃんは、この人たちとたくさん話して、それで家族になるか決めるの」


「家族?」


「養子って言ってね。血が繋がってなくても、家族になれるのよ?」


「こんにちは、麗美ちゃん」


「こんにちは」


「おばちゃん、施設の皆さんに話を聞いて、麗美ちゃんの事が気になっちゃって。。。この人も、あなたのお父さんになるかもしれない人も、もしかしてあなたが私たちの娘になってくれたらって。。。思っています」


「出来れば、嫌わないでほしいな。。。よろしくね」


「。。。お小遣い、くれますか?」


「え?」


「えっ?」


「ええ?」


「あはは、麗美ちゃんったら、そんなこと聞いたら、お姉さんたちに嫌われちゃったらどうするの」


「すみません、ねえ?」


「いえ、いいんです。ちょっと。。。」


そう言ってお姉さんは隣のお兄さんと施設の人を連れて部屋の隅に行って、内緒話をしているようだった。


戻ってきて席についたお姉さんは、ゆっくりと、私の目を見てこう言った。


「今日は帰るね。でも。。。」


「私はやっぱりあなたを、お迎えしたいなと思ってます」


「また来るね、麗美ちゃん」


そして、その日からそのお姉さんはよく施設に来て、どのくらい服を買ってくれるとか、お小遣いはこのくらいよ、とか、このくらいのお金があればどこどこでこのくらいのお買い物ができるよってことを事細かに話してくれて、私は新しい生活のイメージがどんどん膨れていった。


お姉さんのことも、ここにいるみんなくらいには好きになってきた頃、「また帰ってこれるなら」と、お姉さんたちの養子になることにOKを出した。


お姉さんは私に「ありがとう」と言ってくれて、何と返したらいいか分からなかった。


そしてある日を境に、私はお姉さんたちの家で生活をすることになった。


家に帰ると、すぐに晩御飯が用意された。


「ちょっとまってね」


と言われ、お姉さんは櫛とゴムをタンスの引き出しから取ってきて、私の後ろに座った。


後ろにいられることがなんとなく嫌で、そっぽを向いていると、髪が結われる感覚がした。櫛でぐいっと後ろに頭が引かれ、手の中で髪が束になっていく。


私はじっとその時間を過ごした。


「完成?どう?」


「ありがとう」


この髪型、頭が突っ張る。。。ちょっとだけそう思っていたけど、嫌な気はしなかったし、やっぱり気を使って、言わなかった。


その髪型のまま夕ご飯を食べた。髪が前に落ちてこなくて、食べやすかった。


そしてその後、オフロに入った。お姉さんが説明がてらと一緒にオフロに入ってくれて、体を洗ってくれて、湯船に入った。


「すべらないように、熱くない?長湯しすぎないように」とお姉さんは色んなことに気を使ってくれて、私はお姉さんは優しいって人かもしれない、と思った。


次の日、お姉さんと一緒に簡単なケーキを作った。ちょっと指についたクリームを舐める私を、あなた、リラックスしたもんねえ、とお姉さんが笑顔で見つめてくれた。

私がこの人を笑顔にしたのだ、となんとなく確信出来て、嬉しかった。お母さん。そう呼んでも良い存在。それが私に出来たのかも知れない、とその時初めて、実感した。


それから時々、お風呂も一緒に入ったし、料理にも一緒にチャレンジした。楽しくって、時間の過ぎるのが早かった。


それ以外にも新しい習慣も出来ていった。


私は缶コーヒーが好きで、よく一緒にお出かけするときの道すがら、お母さんと一緒に缶コーヒーを飲んだ。


その頃にはすっかりお母さんが笑顔になることを期待するようになっていて、私はコーヒーを一口飲んだお母さんの顔色を見つめる。


こんなにお母さんが幸せか気になってしまうなんて、こんなの私の片思いじゃないかって不安になる事もあった。


だって、今まで仲良くなってきていた友達だって、いつもここぞというところで、私の期待と違う表情を見せて、やっぱりこの関係は私の勘違いだったかも知れないって思うんだ。


でもお母さんはそんなふうに不安になるといつも、私を膝に乗せて抱きしめてくれる。


いつでも、私に向き合ってくれて、笑顔を見せ続けてくれる。


お母さん。お母さん。


それに、私がもっと好きかもしれなかったことは、お母さんは上機嫌になると、いつの間にか歌を歌っちゃうってこと。


私がいるから上機嫌ってことも、ないことはなかったんだろうけど、それよりもなんだか、歌を歌うお母さんは一人の人間らしくて、、、きっと色んな私の知らない記憶にも、想いを込めながら歌ってるの。


そんな私の知らないお母さんの一面が見えるときのことが、私にはあったかく思えた。


お母さん。お母さん。お母さん。


ずっと一緒にいてください。


私はこの関係を大事にしないほどのバカではなかったから、折に触れて、お母さんに好きだって伝えた。どんどんとそれを伝える頻度は多くなった。


それに、もちろん、お父さんのことも大好きだった。


でもちょっとだけ好きって思ったりするのが恥ずかしくて、あとちょっと、お父さんは忙しい。


休日出勤だとかも時々していて、休みの日には基本的にソファの上でグッタリと過ごしていた。でも近くに行ったらニッコリと笑いかけてくるのが、大好きだった。


、、、そうこうしているうちに、私は小学校に入学した。


新しい友達もできて、喧嘩するってことも学んだ。基本的に喧嘩は相手への期待で生まれるってわかって、嬉しかったし切なかった。


人生最初の夏休み。私はお父さんとお母さんに海に連れて行ってもらった。

お父さんは車の運転もあるから、疲れちゃってるんだよってお母さんに言われて、その日は帰ってからお父さんの肩叩きをした。


9月の頃だったと思う。

ある日、お父さんがコンビニに行くよ、欲しいものはある?って言うから、アイスが欲しいと答えて、お父さんを見送った。


お父さんは10分もせずに帰ってきて、私と目が合うや否や、すぐにあっと声を上げた。


「ごめん!アイス、忘れた」


「え〜」


「ごめんごめん」


「しょうがないわよ、こういうこともある。麗美、我慢しましょう」


「いやでも、やっぱり欲しいよな?」


「。。。」


「これから買ってくるよ」


「あなた、麗美に甘いわね。。。」


「。。。ありがとう、お父さん」


「いいって!そういえば俺もまだ買ってないものあったし」


「そう?」


「アイス、忘れないでね。。。」


「ははは、今度こそ忘れないよ、行ってくる!」


あんまり甘やかすようになったらダメですからね、とお母さんに言われながら、お父さんは早足で靴を履いて玄関を出ていった。


そして。


お父さんは途中で車に轢かれて、そのまま帰らぬ人になった。


私もお母さんも、とても泣いた。お母さんは、もう花火に行けないのねって、見ているこっちが胸が痛くなるように泣いていた。


。。。それから数ヶ月が過ぎただろうか。

お母さんはめっきり歌わなくなってしまった。昔のどこか懐かしい曲をお母さんが口ずさむのが、大好きだったのに。


それに、お母さんは最近、ちょっと様子がおかしくて、よくボーっとしている。


それに私と目があっても、なんの感情も起こらないような濁った目をすることが度々になった。


そんなある日。


私が家でお留守番をしていると、お母さんが家に帰ってきた。目を見ると、またお母さんは濁ったがらんどうのような目をしていた。


「おかえりなさい」


「。。。あなた、どちら様?」


「え?お母さん。。。」


「お母さん、って、、、私子どもはいないけど」


「お母さん!私だよ、麗美だよ。。。」


「知りませんよっ。迷子?警察に言わないとねえ。。。」


お母さんはバックからスマホを取り出し、近所の警察署の番号を調べ始め、私は呆然とそれを見ていた。


「お母さんっ。。。!」


お母さんがスマホを触る手がピタリと止まった。目から涙がポロポロとこぼれて、こちらを振り返った。


「麗美!」


小走りでこちらに駆け寄り、お母さんはそのまま私のことを抱きしめた。


「ごめんねえ、愛してるからねえ。。。!もう絶対に忘れたりしないから、だから、安心してね、麗美。。。!」


「お母さん、麗美だよ、麗美だよ。。。!」


。。。そう言っていても、お母さんは度々少しの間私の存在を忘れるようになった。。。


お母さん。ごめん、私がお父さんにアイスを買いに行かせたから。。。あのときは本当はわがままだってわかってたんだよ。なのに、私はお父さんをいかせた。


だってさあ、私って、、、養子なのにね。。。

それは、私が嫌になるよね。。。?


でも、お母さん。

私はお母さんを守るから。

宮先恵海さんを守るからね。


4月。

桜は満開に咲いているのに、全く匂いがせず、どことなく生命力のない風景。私は小学2年生になった。


「お母さん、桜、きれいだね!」


「。。。」


お母さんとお買い物に出かけたんだけど、今日はお母さんの調子が普段より悪かった。


。。。失敗しちゃった。こんなときに外に連れ出したりしたら、転んじゃったり、危ないよ。。。


一緒にいつもの横断歩道を渡っていたとき、お母さんが突然ピタリと足を止めた。見ると目は虚ろに濁っている。


こんなところで立ち止まっては危ないと、お母さんの手を引っ張るのだが、お母さんはあるき出そうとしなかった。

私は駆け出し、ちょっとだけ私のほうが先に進んで、お母さんの方を振り返る。


「お母さんー!こっち!早く!」


そう言うとお母さんはピクリと反応をして、目に生気が戻ってきていた。


よかった。。。


そう思った瞬間。


あれ?あのトラック。。。


止まらない。。。?


「お母さん!!」


私は無我夢中で駆け出し、お母さんを思いっきり突き飛ばした。


「保護者は私ですっ」


「お、俺、救急車呼ぶから!」


「なにか、、、なにか反応してっ!」


すごく遠くのほうで、そんな声が聞こえたような気がして、目を開けた。


「そんな。。。!麗美!ううっ!」


ぼんやりと見えていた。


。。。お母さんがこちらに向かって走ってきてくれたことは、ぼんやりとした意識の中、気配でわかった。


そこから、視界がだんだん定まってきて、お母さんが自分の頭を抱えてうずくまっているのが、見えた。


私は心配になって、声をかけてあげたいと思う。


でも中々、それが体に伝わらないのだ。


「お」


やっとそんな声が口から漏れて、自分の口が肉体と接続されたと知る。


その声に気付き、うずくまった体勢から顔を上げるお母さん。お母さんは、見るからにとっても動揺しているようだった。


四つん這いになって、こちらに身を引きずりながら近づいてくる。


「お嬢ちゃん!?」


「。。。お嬢ちゃん名前は!?名前は、なんていうの?」


「自分のお名前、ちゃんと言えるかなっ!?」


その言葉に、まぶたがピクリと震えた。


名前は、、、?


名前は、って、お母さん。。。


お母さんを見ると、そこに濁りは一切なくて、やけにきれいな、澄んだ目をしていた。


それを見て、残酷な事なのかもしれないが、私の直感は一瞬で何が起きたのか理解した。そして何が起こったのかを悟るやいなや、意識に反して、瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちていった。


。。。お母さんは辛いことが起こりすぎて、きっとこれからしばらく、休憩しないといけなくなったんだ。


それだけは、弾かれたように理解した。でも、体と、頭のどこかがそれをどうしても受け入れられないと私に言う。


ああ、お母さん、体、大丈夫かなあ。。。

お母さん、それでも、それは少しショックだなあ。。。


見ると、お母さんも私に必死に話しかけながら、絶え間なく泣いているようだった。


「しっかりして!ああ、もう、なんで、おばちゃん涙がとまらない、泣いてる場合なんかじゃないのに」


「お。。。」


「。。。おばちゃん。。。」


「しゃべれるのね!よかった。。。!お嬢ちゃん、お名前なんて言うのかな?」


「おばちゃん。。。」


「なあに?」


「おばちゃん、おばちゃん、、、」


「なに?お嬢ちゃん?どうしっっ。。。ひっく」


「おばちゃん。。。。。。」


「お嬢ちゃ、、、」


「ひっく」


「っくうう、ひっく、」


「。。。ねえ?」


「おばちゃん、あなたと会ったこと、沢山会ったことあるのかなあ?おばちゃん、懐かしい気持ちがして、思い出さないとって気持ちがしてたまらないんだけど、お嬢ちゃんの名前もでてこないのよ。。。」


やっぱり、そうだ。。。

お母さんは、今、私のことを覚えていないんだ。


お父さんを、失ったショックと、私がいなくなるんじゃないかってショックで、心が堪えきれなくなっちゃったんだ。


お母さんは、お母さんだってことを、休まないといけなくなったんだ。


多分、これからしばらくは、戻ってこれないだろう。


お母さん。。。


本当に死ぬ前になると、自分はもう長くないって、わかっちゃうんだな。。。


私、きっとこのまま死んじゃうよ。。。


こんなときにお母さんって呼べないなんて、お別れも言っておけないのかなあ?


それは、とっても。。。っ


、、、でも。でもそれは、、、


それだけお父さんのことを大好きだったってことだし、、、


それは、やっぱり私が事故にあったのは、そのくらいショックなんだってこと、だよね。。。?


少し頬が緩んだような気がした。けど、それがお母さんに伝わっているか、よく分からない。


、、、とっても、愛してるよ、お母さん。


私も、もしお母さんに嫌われちゃったりしたら、その記憶を全部消してしまいたい。


そのくらい、愛してるって気持ち、私にもわかるから。愛してたら愛してただけ、心が深くなって、相手がいなくなると辛いから。


私ね、お母さんへの愛がどれだけ深くなってしまったか、自分でもわからない。


変な例えだけど、最近私は、お母さんのことを考えると、心の沼に頭から食べられてしまうよう。


きっとお母さんへの愛が、私の体のどこかになってしまったんだ。きっと私みたいに誰かを愛した人を解剖したら、みんな同じ何かが出てくるに違いない。


お母さん。。。


お母さん、私最後はお母さんにとびっきり優しくしたいっ!


。。。その私の体の中の何かが言うの。言って心の中に渦が出来てるの。


お母さんを元気づけようって。。。!お母さんを、守ろうって。。。!


だから、きっと少しだけ、お話しておかなくちゃ、、、


(ーー以後BGM開始ーー)


「あのね、、、おばちゃんは私の」


「私の、、、『恩人』なんだよ」


「あのね、ある日私たちは、引かれ合うように出会ったの。。。


そこからね、おばちゃんは私をオフロに入れてくれたり、一緒にケーキを作ってくれたり、、、とっても仲良く過ごしてくれたんだよ」


「週に一度は、近所のスーパーに一緒に行って、帰り道にあるベンチでよく缶コーヒーを買ってくれた。そのコーヒーの味が、私が世界で一番好きなコーヒーの味になったんだよ。。。?」


「手袋を買ってくれてね、私はその手袋をつけて、1人で散歩しに行くのが好きだった。。。おしまいには、家でもその手袋を着けてみるようになっていって、流石におばちゃんに止められちゃった」


「そうやって、、、おばちゃんは」


「おばちゃんは、私が元気になるまで、一緒にいてくれた、、、」


「それでね。。。」


「私たちはね」


家族だったんだよ。と言いたくなって、もちろんやめる。


今はただ、お母さんが、私との思い出を、なかったことにはしてほしくないんだ。。。偽物の記憶でもいい、お母さんに、お母さんの記憶のピースを埋める何かをあげなきゃって、そう思ったの。


記憶がすっぽりとなくなってしまったらきっと、その正体のわからない喪失感で、お母さんが苦しむだろうから。

お母さんは、今も泣いてて、きっとこれからも本当の本当には、お父さんや私のことを、なかったことには出来ないだろうって思うから。


だから今はちょっとだけ嘘をついて、でも本当に伝えるべきことだけは、どうにか伝えておきたかった。


「ほんとに、すごく仲良し、、、」


友達だった??ううん、それも言えない。。。それは、もしお母さんが本当の記憶を取り戻したとき、私がそう言った事実は、、、きっとお母さんも傷つけるから。


なんて言おうかな。。。?難しいな、、、私たちのことを伝えるのは。やっぱり、考えるほどどうしたって私たちは家族だった、としか言えない。

そんな愛を、きっとお互いに感じていた。。。


お母さん、ずっと一緒にいてください。


そんな本音に言葉が詰まって、涙が目から滔々と流れる。思いつく言葉思いつく言葉が、お母さんを傷つけてしまうんじゃないかと思って、口に出すことができない。


私は顔をくしゃりと歪ませてしまう。喉がひりついて、うまく開かなかった。


「そう、そうなんだねえ。。。私たち、仲良しやったんだねえ。。。仲良しで、お風呂も一緒に入って、コーヒー飲んだんだねえ。。。」


「それはきっと、幸せだったんだろうねえ。。。」


「なんで忘れてしまったかわからないけど、どうにかして思い出したら、きっとすごく幸せな気持ちになれるだろうね。大事な思い出に、なるだろうね。。。」


「おばちゃん。。。」


「ねえ、怪我が治ったら、またおばちゃんと一緒に過ごしてよ?」


「おばちゃんわかるのよ、おばちゃんとお嬢ちゃんは本当に相性バッチリなんだろうって!だから今まで、おばちゃんもそんなに世話焼いたんだろうし、おばちゃん達、これからもずっと幸せなのよ!私たち、きっとずっと一緒なの。。。」


「ね?」


「これからも一緒に過ごそう!」


「あなたのこと大好きよっ。。。きっと大好きだからっ」


「お、おばちゃ。。。」


ずっと一緒にってお母さんが私に願ってくれてる!

大好きだって、私に言ってくれている。。。


それが心のどこかにある記憶のせいなのか、それとも、今の私を見て言ってくれてる言葉なのか、わからない。


どっちだって、嬉しくて。。。


ーずっと一緒にいてね。ー


例えば。お母さんが死ぬまで私が娘だと思い出さなかったとして、それでも一緒にいれると良い。

出来れば本当の思い出をいつか思い出して欲しいけど、私がそれをゆっくりと思い出すまでの、助けになってあげたい。


例えば。これから私が死ぬとしても、それでもこの瞬間、お母さんを全力で愛したい。

愛は心の中に残って、ちゃんと蓄積されていくものだって思うから、お母さんが幸せだったといつでも思い出せるように、私も彼女の記憶に愛を刻みたい。


、、、これからは私は、、、どんな記憶にでもいい、お母さんの記憶の中の灯火として、ありたいっ。ありたいよ。。。っ!


ずっと一緒に、って言葉には、そんな願いを込めた。。。


私の、万感の思いを。


もうすぐ時間は終わりだよって、誰かの声が聞こえた気がした。そうなんだろうなって冷静に思うと同時に、心に言葉が浮かんで、これだけは伝えておかなくちゃって、胸が熱くなる。


言葉を発したと同時に、涙が瞑った目からポロポロとこぼれた。私の顔は、いつの間にか笑顔だった。


「おばちゃん、これだけは、わかってほしいんだけどね、、、」


「大好きだって、思ってたんだよ。。。」


「お嬢ちゃんっ。。。。。。!」


「お嬢ちゃん!ごめんね、おばちゃん、そんな大事なこと忘れてて。。。!これからずっと、思い出せるまで頑張るから!ありがとうね、思い出をくれて。。。」


「、、、おばちゃん、、、もし、私の怪我が治ったら、ずっと仲良くしてね?約束」


「そうよ、約束!だから、怪我治して、ずっと一緒にいよう!」


「約束だよ。。。」


「また、ね?」


「おい!救急車が来たぞ!」


「搬送、急げ!」


(ーーBGM終了ーー)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「そうして」


「救急車に乗せられるまで、あの子は、幸せそうに笑ってた、と思う。自分勝手な見方かもしれないけど、少なくとも私にはそう見えた。。。」


恵海は、麗美の3回忌に、麗美のお墓を訪れていた。手には小さな花束。傍らには、仕事の同僚である男性を連れているようだ。


恵海は薄暮の9月の少し早い肌寒い空気を受けて、肩の下まで伸びた髪をたなびかせる。


感慨深そうに、恵海は同僚の男に、ポツリポツリと語りだした。


「。。。あの子のことを思い出すと、毎日泣いちゃうの」


「でも、一度失ったかと思った思い出だったけど、覚えていることが出来て本当によかったなあって心から思うのよ」


「思い出すと辛いけど、それでも覚えていたほうがいいって思えるくらい、心から幸せだった」


「ううん、幸せ」


「私は、これからずっと、慎嗣やあの子の愛を感じながら生きようと思うの」


「2人に心から愛されてたって思うから、その気持ちがちゃんと残ってるから、私は幸せなの」


「そうやって、死ぬまで幸せにいようって」


「。。。。。。記憶を思い出すことができて、こう思うのよ」


「好きな人を守れる準備が、私にもやっと出来きたんだって」


「。。。。。。私にも、好きのために傷ついてもいいくらい強くなれる時が、やっと来たんだって」


「それが意外と難しいのね。人生って、思ってたよりも難しいわって感じ!」


「。。。」


「。。。」


「。。。じゃあ行こうか!明日も、朝、早いし」


同僚の男は、墓前のロウソクの灯りが消えないかを確認した後、一拍置いて恵海に言った。


「夕ご飯でも食べに行く?」


「美味しいとこあるの?」


「一応。。。」


「いいねー。楽しみね!」


(↓以下歌詞↓)


私はあなたと一緒にいたい

私はあなたと一緒にいたい

胸に温かな想い灯るとき、君に抱きしめられてる気持ちになる

誰かと一緒に過ごすことは

誰かの心と過ごすこと

手に温かな手袋をつけるとき、君と手を繋いでいる気持ちになる

私はあなたと一緒にいたい

私はあなたと一緒にいたい

そうやって僕ら、ずっと一緒に。

生まれ変わるとしても、きみを愛したい


私はあなたと一緒にいたい

私はあなたと一緒にいたい

胸にこみ上げる想い秘めるとき、君を抱きしめている、気持ちになる

あなたと一緒に過ごすことは

あなたの心と過ごすこと

まぶたにこみ上げる涙思うとき、君に触れている、気持ちになる

私はあなたと一緒にいたい

私はあなたと一緒にいたい

そうやって僕ら、ずっと一緒に

いなくなるとしても、きみを愛したい


(END)


いなくなるとしても君を愛したい。

好きのために傷ついていいくらい強くなれるときが。。。

のあたりがお気に入りのセリフです。

今後とも人情や愛についてのお話を書くと思いますので、何卒どうぞよろしくお願いいたします。

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