5.戦場の報せ
オスヴァルドが出征してから、数週間が経った。
工房には以前の静けさが戻っていた。
私は日常の作業に戻ろうとしていたが、心はどこか空っぽのように感じていた。
金槌を握り、剣の刃を叩きながらも、気持ちは別の場所にある。彼が出発した朝のことを思い出すたび、胸がざわつくのだ。
「無事に戻ってくるよね…」
そんな思いが頭から離れない。
戦場に向かう彼を見送った時、彼が笑顔で言ったあの言葉が、今でも胸の中に残っている。
毎日が同じように過ぎていくが、心のどこかで、何かが欠けているような気がしていた。
「私はただの鍛冶師の娘。依頼で剣を鍛えただけ。それ以上のことは…」
自分にそう言い聞かせようとするが、彼が戦場でどうしているか、無事なのかという不安が消えることはなかった。
そんなある日、工房の扉が静かにノックされた。
父が応対に出て、私は少し離れたところでその様子を見守った。
扉の向こうには王国の使者が立っていた。
胸に騎士団の紋章をつけ、表情はどこか緊張している。
私の心臓は一気に早鐘のように打ち始め、何か良くない知らせではないかと不安が押し寄せた。
使者は静かに頭を下げ、父に何かを話し始めた。
そして、その瞬間、使者の口からオスヴァルドの名前が聞こえた。
「騎士オスヴァルド様は、戦場で重傷を負いましたが、無事に命を取り留めました。彼は今、後方で治療を受けています」
その言葉を聞いた瞬間、胸が強く締め付けられるような感覚が走った。
足元がふらつき、呼吸が浅くなる。
生きている、それが何よりの救いだ。
でも、彼が負傷したという事実に、私の心は揺れ動いた。
「彼が…傷を負った…」
頭の中で、その言葉が何度も反響した。
使者はさらに続けた。
「騎士オスヴァルド様から、貴女にこのことを一番に伝えるようにとの依頼を受けております。彼は貴女が作った剣が彼の命を救ったとおっしゃっています。そして、必ず無事に戻りたいとの事です」
その言葉に、私は再び息を飲んだ。
オスヴァルドが私の剣を信じ、私の手で作られたものが彼を守ったと言ってくれている。
心の中で大きな感情が渦巻いた。
使者は一通の封筒を私に手渡した。
封筒にはオスヴァルドの名前が書かれている。
震える手でそれを受け取り、しばらく見つめた後、ゆっくりと封を切った。
手紙には、彼の手書きの文字で、戦場でどのように剣を使ったのか、そしてその剣が彼を守ったことが記されていた。
文章は短く、余計な飾りはない。
それでも、彼が生きていること、そしてその命を私の作った剣に託していたことが、強く伝わってくる。
「君の剣が私を守ってくれた。本当にありがとう。無事に戻ったら、君に直接伝えたいことがある。」
その言葉を目にした瞬間、私は胸が締め付けられるような思いに駆られた。
安堵と同時に、彼が負傷したという事実が、私を動揺させる。
剣は彼を守った。
それでも、彼が傷ついたということに、私の心は深く傷んだ。
「私の剣が…それでも彼は傷ついた…」
自責の念が込み上げ、胸の中をかき乱す。
工房の片隅に腰を下ろし、手紙を抱きしめながら、私はしばらくの間、自分の気持ちを整理しようとした。
彼が無事であること、それが最も重要なことだ。
でも、それ以上に、彼が私の剣に感謝し、私に伝えたかったことがあると言ってくれたことが、心に深く響いた。
「私は何を期待しているんだろう…」
しばらくの間、手元の仕事に手がつかず、工房の片隅で思いにふけっていた。
だが、オスヴァルドの無事が確認できたことで、私の中に新たな決意が生まれた。
「彼が無事に戻るまで、私は最高の剣を鍛え続けよう」
その思いが、私の心に火を灯した。
私は炉に再び火を入れ、新たな剣の製作に取り掛かった。
彼が無事に帰ってくることを願いながら、自分の手で彼を守る武器を鍛え上げる。
その決意が、私を再び前へと進ませた。
作業に没頭することで、不安を少しずつ紛らわせ、手元の剣に集中する。
私の手は以前よりも確かで、迷いがない。
彼を守るために必要な最高の剣を作り上げるという使命感が、私の心を支えていた。
そんな時、父が私に近づいてきた。
父は、私の変化に気づいていたのかもしれない。
静かに私の隣に腰を下ろし、優しく微笑んだ。
「オスヴァルド様が無事で本当に良かったな」
父の声には、安堵と温かさが滲んでいた。
「彼が戦場で戦い続けられるのは、間違いなくお前が鍛えた剣のおかげだ」
「そうだと…いいんだけど…」
私は小さな声で答えた。
父は続けて語った。
「私も昔、若い頃に騎士たちの命を預かる剣を鍛えたことがある。戦場で戦う者たちを守るのは、我々鍛冶師の役割だ。お前は見事にその役割を果たした。これからもその心を忘れずに、鍛冶を続けなさい」
父の言葉は、私の心に深く染み渡った。
私もまた、命を守るための鍛冶を続ける。
それが私の使命であり、オスヴァルドを支えるための道だと改めて強く感じた。
手紙の最後の一文が、心に深く刻まれた。
「無事に戻ったら、貴女に直接伝えたいことがある」
彼が何を言いたかったのか、その言葉が何を意味するのかを考え続けながらも、私はただ、彼が無事に戻ってくることを信じるしかなかった。
彼が戻ってくる日まで、私は自分の役割を果たし続ける。
そして、その時が来たら、彼が伝えたいことを聞く覚悟を決めよう。
「彼が無事に帰ってくることを信じて、私は待ってよう」
心の中でそう誓い、私は再び剣を鍛えるために炉へと向かった。
私の使命は、彼を守ること。
彼が再び戦場に出ても、私の剣が彼を支える。
私はそれを信じて、鍛冶に没頭した。