4.騎士の出征
炉の中の真っ赤な光が私の顔を照らす。
私は刃に集中しながら、最後の仕上げに取り掛かっていた。
オスヴァルドのために作っている剣は、これでほぼ完成。
あとは刃をさらに磨き、柄に装飾を施すだけだ。
これまで数週間かけて、彼が戦場で必要とする最強の武器を作り上げた。
だが、私の手は少し震えていた。
「これで彼を守れるのかな…」
その考えが何度も頭をよぎる。
もちろん、自分の仕事には誇りがある。
今までに数多くの武器を作ってきたが、こんなに大事な依頼は初めてだ。
オスヴァルドの命が、この剣にかかっていると思うと、ただの仕事以上の責任感が胸に重くのしかかっていた。
剣が完成した頃、夜の帳がすっかり下りていた。
炉の赤い光だけが工房を照らし出し、静けさの中に緊張感が漂っている。
そんな時、工房の扉が静かにノックされた。
「入ってください」
私はすぐに扉に向かい、答えた。
扉を開けると、そこにはオスヴァルドが立っていた。
彼の表情はいつも通り冷静だが、どこか戦場に赴く覚悟が表れていた。
「こんばんは、ロレッタ。剣は…仕上がったか?」
「はい。ちょうど今、最後の仕上げが終わりました」
私は無言で剣を手渡した。
オスヴァルドは静かにその剣を受け取り、鞘から抜き出して光に透かして確認した。
彼の青い瞳が鋭く剣を見つめ、目を細めながらじっくりとその出来栄えを確かめている。
そして、満足そうに頷くと、再び鞘に収めた。
「これほどの剣ならば大丈夫そうだ」
彼は静かにそう言って笑った。
その言葉に私は少し胸を撫で下ろした。
しかし、同時に胸の中に寂しさがこみ上げてくる。
明日、彼は戦場へ行く。
私の作った剣を手にして。
工房の中に一瞬の沈黙が訪れた。
お互いに何かを言いたいのに、何を言えばいいのか分からないまま、ただ炉の火の音だけが静かに響いていた。
「ロレッタ」
オスヴァルドが口を開く。
彼の声は、これまで聞いたことのないほど真剣で、感情がこもっている。
「君が作ったこの剣は、私にとってただの武器ではない。君の心と技術が込められている。それに、この工房は…君がいるこの場所は、私にとって特別な場所だ」
その言葉に、私は驚きを隠せなかった。
胸が熱くなるのを感じた。
しかし同時に、私は自分の立場や身分の違いを考え、感情を抑え込んでしまう。
彼の言葉にどう応えればいいのか、戸惑いが心に広がった。
「私の鍛えた剣が、あなたの期待に添えたのならば…それが何よりの幸いです」
私は少し距離を置くような言葉を選んだが、心の中では「彼にもっと何か言いたい」という思いが渦巻いていた。
オスヴァルドは私の答えに静かに頷き、それ以上は何も言わなかった。
ただ、再び短い沈黙が工房に流れた。
翌朝、私は父と共に工房の前でオスヴァルドを見送る準備をしていた。
まだ薄明かりの中、王城の前には彼の部隊が集まっていた。
騎士たちは整然とした列を作り、出発の準備が進んでいる。
馬の蹄の音が石畳に響き、戦場へ向かう緊張感が周囲に漂っていた。
私は小さな声で父に呟いた。
「あの剣でよかったのかな…」
父は静かに頷き、優しく励ましてくれる。
「お前が作ったものだ。大丈夫だ。きっと彼を守ってくれる」
部隊が工房の前を通りかかる。
するとオスヴァルドが馬に乗り、こちらに向かってきた。
彼は真っ直ぐに私を見つめながら告げる。
「無事に戻ったら、君にこの剣にふさわしい感謝を伝えたい」
その言葉に、私は一瞬戸惑った。
剣にふさわしい感謝?
感謝の言葉はもう貰った。
彼のその言葉は何を意味しているのだろう?
だが、今はその意味を深く追及する時間はなかった。
「あなたの無事を祈っています」
私は必死に心を落ち着けて、精一杯の気持ちを込めて返した。
オスヴァルドは軽く頷くと、馬を進めていった。
その背中が徐々に遠ざかり、小さくなっていく。
私はその背中を見送りながら、心の中で「無事に帰ってきて」と何度も祈り続けた。
騎士たちの姿が完全に見えなくなった後、私は工房で作業に戻ろうとしたが、手が止まってしまった。
なぜか心の中がざわざわして、いつもの作業に集中できない。
オスヴァルドがいなくなったことが、こんなにも大きな不安を感じさせるとは思わなかった。
ふと、自分の作った剣のことが頭に浮かんだ。
「あの剣は彼を守ってくれるだろうか…」
その思いが何度も胸を過ぎる。
しかし、私は最後に自分に言い聞かせた。
「私は最善を尽くした。あの剣は、私の最高傑作だ」
そう信じるしか、今の私にはできることがない。
それでも、彼が言い残した「この剣にふさわしい感謝」という言葉が、心の中に残り続けている。
彼は私にこれ以上、何を伝えたいのだろうか。
その答えが、いつか彼と再び会う時に分かるのだろうか。
心の中に、確かな想いが芽生えていることを感じながら、私は再び金槌を握りしめた。