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3.二人の繊細な距離

 私は今日も工房で剣を鍛えていた。

 揺れる炎を背にして、真剣に刃を磨きながら、父に教わった技術を繰り返していた。

 だが、心の片隅には、王国の騎士オスヴァルドの姿が浮かんでいた。

 彼は週に何度も工房を訪れ、私の作っている剣の進捗を確認してくる。

 彼との会話はいつも仕事の話ばかりだったが、その中で、彼が私に少しずつ信頼を寄せていることがわかるようになってきた。

 それが心地よかった。


 その日も、彼は工房にやってきた。

 扉を叩く軽い音が響き、振り返るとオスヴァルドの堂々とした姿が目に飛び込んできた。

 彼はいつものように冷静で、落ち着いた雰囲気をまとっていた。


「ロレッタ、今日の剣の具合はどうだ?」


 彼の声はいつも通り低く、どこか威厳を感じさせる。


「順調です。今は刃の最後の仕上げをしているところです」


 私は真面目に答えたが、心の中では彼を意識してしまい、少し緊張してしまう。

 彼との会話は仕事を中心としたものから始まる。

 私は彼の視線を感じながら、作業を続けた。


「そろそろ剣の感触を試してみたいが、どうだろう?」


 オスヴァルドが真剣な目で問いかけてきた。

 そのまなざしから、彼がこの剣にどれだけ期待を寄せているかが伝わってくる。

 私は一瞬考えた後、頷いた。


「試し斬りに行くのはいいですね。外の空き地でやってみましょうか?」

「そうしよう。この剣がどれほどのものか、私自身の手で確かめたい」


 彼の言葉には信頼が込められていた。

 仕事の話だからか、彼の口調は少し硬い。

 私は剣を持ち、彼と一緒に工房を出た。


 外の空気は少しひんやりとしていた。

 私たちは無言で歩き、工房から少し離れた空き地へ向かう。

 途中、オスヴァルドが何度か私をちらりと見る。

 彼の視線に気付いていたが、結局何も言葉は交わさなかった。


 空き地に到着すると、私は剣を手渡し、彼がそれを慎重に握りしめるのを見守った。

 オスヴァルドはその剣を見つめ、深い青い瞳を細めていた。


「良い剣だ。バランスも良いし、重さも申し分ない」


 彼の評価に私は胸を撫で下ろす。


「ありがとうございます。もう少し試してみてください」


 オスヴァルドは頷き、剣を振り始めた。

 その動きはしなやかで、一切の無駄がない熟練の技だった。

 私は彼の姿を見ながら、心の中で安堵の息をついた。

 彼がこの剣を認めてくれるなら、私の努力も報われる。


「すばらしい。君の技術には本当に驚かされる」


 彼は剣を鞘に戻し、私に向かって言った。

 その言葉は真剣だったが、どこか温かさも感じた。

 私は照れくさくなりながら、そっと微笑んだ。


「ありがとうございます。まだまだ学ぶことはたくさんありますが、最善を尽くしています」


 すると突然、空からぽつりと雨が降り始めた。

 私たちは驚いて空を見上げると、すぐに雨が強くなっていった。

 オスヴァルドは周囲を見回し、すぐに木陰を見つけて私を手招きした。


「ここで少し雨宿りをしよう」

「そうですね」


 私たちは木陰に駆け込み、雨が止むのを待った。

 オスヴァルドは自身のマントで私を雨から守ってくれる。

 雨の音だけが響き、私たちはしばらく言葉を交わさなかった。

 その静けさが逆に私を落ち着かせた。


 ふと、オスヴァルドが私の髪に手を伸ばし、軽く触れた。


「髪に葉がついている」


 オスヴァルドは私の髪から小さな葉をそっと取り除いた。

 その仕草があまりにも自然で、私は一瞬戸惑う。

 その瞬間、私たちの目が合い、ふいの沈黙が訪れる。

 心臓が少し早くなるのを感じながらも、私は何も言えずに彼の顔を見つめていた。

 彼もまた、目を逸らさなかった。


「すみません、気づかなくて…」

「いや、問題ない」


 彼は少し微笑んだ。

 その笑顔が、今までの彼とは少し違うものに感じた。

 固い騎士の一面ではなく、彼の内面にある優しさが垣間見えた気がした。


 雨が止んだ後、私たちは工房へと戻った。

 私は作業台に戻り、再び剣を手に取り調整を始めた。

 オスヴァルドもその様子を見守りながら、静かに言葉を続けた。


「ロレッタ、君の鍛えた剣は本当に見事だ。これまで多くの剣を見てきたが、これほど完成度の高いものはそうそうない」


 オスヴァルドが真剣な表情で言った。

 その言葉に、私は驚きと嬉しさを感じた。

 彼のような熟練の騎士にそう言われることは、自分の技術が認められた証でもあった。


「ありがとうございます。騎士にとって剣は命を預けるものですから、最善を尽くしました」


 私の言葉には誇りが込められていたが、同時に不安もあった。

 私はふと、今まで一度も彼に聞かれていないことが頭に浮かび、ためらいながらも質問してみた。


「オスヴァルド様、もしよかったらお聞きしたいんですが…あなたは、この剣を本当に信頼してくれますか?」


 自分でもなぜそんな質問をしたのか分からなかったが、私にとって、彼の答えが何か大切なものに思えた。


 彼は少し驚いた表情を見せたが、すぐに頷いた。


「もちろんだ。君の作った剣が、私の命を守ってくれると信じている」


 彼の言葉は真っ直ぐで、揺るぎないものだった。

 私はそれを聞いて少し安心したが、同時に自分の内心を語るべきだと感じた。


「私、時々不安になるんです…あなたの命がこの剣にかかっていると思うと、十分なのかって」


 私の声は少し震えた。

 オスヴァルドの前では、いつも自信を持っているように見せていたが、実はそうではない。

 彼が私をどう思っているのかが、次第に気になっていた。


「君は自分の技術を疑っているのか?」


 彼は少し意外そうに聞いてきたが、その声にはどこか温かさがあった。


「そういうわけではないんです。でも、あなたのような立派な騎士が戦場に行く時、私が作った剣で本当に命が守れるのかって…」


 オスヴァルドは私の言葉を静かに聞いていた。

 そして、しばらく考えた後、優しく微笑んだ。


「ロレッタの剣には、ただの武器以上のものがある。君の誠実さ、そして一つ一つの技が息づいているんだ。それを持って戦うことで、私は君が私を守ってくれていると感じれる」


 その言葉に、私は心の重荷がすっと軽くなるのを感じた。

 オスヴァルドの言葉は、ただの依頼主からの評価ではなく、もっと深いものを感じさせた。


「ありがとうございます…そう言っていただけると、私も少し自信が持てます」


 私たちの会話は少しずつ柔らかくなり始めていた。以前のような形式的なやり取りではなく、もっと自然で、心に触れる言葉が交わされていた。


 その夜、私は工房に残り、一人で作業を続けていた。

 オスヴァルドの言葉が頭から離れなかった。

 彼はただの依頼人ではなく、私にとって特別な存在になりつつあった。


 彼のために、最高の剣を鍛え上げなければならない。


 私は決意を新たにし、炉の前で再び剣に向き合った。

 オスヴァルドがこの剣を手にしたとき、彼が安心して戦場に立てるように。


 そして、私は自身の全てを込めた。この剣が、彼の命を守る剣になるように。

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