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2.作業の中での交流

 それから、オスヴァルドは週に数回、工房に足を運ぶようになった。

 いつも正確な時間に現れ、静かに扉を叩く。

 最初は緊張したが、彼が来るたびに少しずつその存在に慣れてきた。

 それでも、彼が工房に入ってくるたび、工房の空気が少しだけ変わるような気がするのは、どうしてだろう。


「刃の硬度はどのくらいまで仕上げていますか?」


 最初の訪問時、彼はまっすぐに剣の進捗を確認しに来た。


「今はまだ鍛錬中ですが、鋼の硬度はしっかりと保たれています。硬さとしなやかさのバランスを大切にしているので、戦場で振るいやすい剣になるはずです」


 私は少し緊張しながらも、誇りを持って答えた。


「鍛錬の回数は?」


 オスヴァルドは続けて質問する。

 彼の質問は的確で、真剣そのものだった。


「もう少し時間をかけますが、あと二度ほどで十分な強度が出るでしょう」


 答える私の声は少し硬かった。

 彼との会話はあくまで形式的で、距離を感じるものだったが、仕事に対する姿勢は共感できるものがあった。


 それでも、彼が来るたびに少しずつその壁が薄くなっていくのを感じていた。


 ある日、私は剣の刃を繊細に磨いていた。

 細かい作業で、刃を完璧に仕上げるための大事な工程だ。

 オスヴァルドが工房にやってきて、黙ってその様子を見つめていた。

 そして、ふと静かに言った。


「君の技は見事だ。この繊細さは、並大抵のものではない」


 その言葉に思わず手が止まった。

 誰かに、ましてや高貴な騎士にそんな風に褒められることなんて想像していなかったからだ。

 私は少し照れくさくなりながら、そっと「ありがとうございます」と返した。

 心の中では、嬉しさがじんわりと広がっていた。


 それからも私は、彼が来ていても同じように真剣に作業に没頭し続けた。

 父からの信頼もあるが、外から正当に評価されることは、私にとって大きな励みになっていた。

 オスヴァルドの言葉が私を支えているのかもしれない。


 時間が経つにつれ、私たちの会話も少しずつ変わり始めた。

 仕事の話だけではなく、ふとした瞬間に別の話題が生まれるようになった。


「ここから見える風景は美しいですね」


 オスヴァルドが工房の窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。


 私は少し驚きながらも微笑んだ。


「そうですね。この景色は私も大好きです。毎日見ても飽きません」

「騎士団の城とは全く違う穏やかさがある」


 彼の声にはどこか温かさが感じられた。


 その一言をきっかけに、私たちはお互いの世界について少しずつ語り合うようになった。

 オスヴァルドは戦場での厳しい現実について話してくれた。

 しかし、それは決して暗い話ではなく、彼は冷静に、そして前向きに語っていた。


「戦場は厳しい場所だが、だからこそ、こうして戻ってきた時の穏やかな時間が貴重に感じるんだ」


 彼は遠くを見つめるように話した。


 私はその言葉を聞き、彼がただの「戦士」ではなく、責任感と内面的な強さを持った人間であることを改めて感じた。

 オスヴァルドが語る戦場の話は、単なる戦闘ではなく、彼の生き方そのものを表していた。


 ある日、私が作業を続けていると、外はすでに日が沈んでいた。

 ふと、オスヴァルドが優しい声で言った。


「こんなに遅くまで働かなくてもいい。明日また続きを見せてくれれば十分だ」


 私は刃を握りしめたまま、少し反論するように言った。


「でも、まだ終わらせていない作業があって…」


 オスヴァルドは微笑みながら首を振る。


「君の手に任せている。焦る必要はない」


 その言葉に私は一瞬戸惑った。

 騎士としての厳しさを持ちながらも、彼の誠実さと優しさが感じられる瞬間だった。

 彼が私を信頼していることが伝わり、その言葉が心に響いた。

 私は静かに「わかりました」とだけ答えた。


 それからというもの、オスヴァルドとのやり取りが続くたびに、私の中で彼に対する感情が少しずつ変わり始めていた。

 私はただの鍛冶師の娘、彼は王国に仕える高貴な騎士。

 そんな身分差があることを意識せずにはいられない。


 でも、彼と話をするたびに、その身分の違いを忘れてしまう自分もいる。

 彼は私を一人の人間として、そして職人として尊重してくれている。

 そう感じるたび、心の中で湧き上がる感情を抑えるのが難しくなっていく。


 やがて、剣は形を成し始めた。

 オスヴァルドもその進捗を見て、少し冗談を混じりにこう言った。


「これなら、私の命を預けても安心できる」

「まだ完璧じゃないです。もっと仕上げてからですよ」


 私は彼の言葉に笑いながら答えた。


 私たちはお互いの仕事に対する敬意を持ちつつも、徐々に親近感を感じるようになっていた。

 彼の誠実さ、そして私の技術に対する信頼が、少しずつ私たちを近づけていく。


 でも、その近さが私の心をかき乱す。

 剣がほぼ完成に近づくにつれ、私はますます彼との距離を意識せざるを得なかった。

 私はただの鍛冶師の娘。

 彼のような人に惹かれるべきではない、そう自分に言い聞かせる。


 そんな時、オスヴァルドが真剣な表情で言った。


「君が作る剣が、私の命を守るんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、私は彼のために最高の剣を作ることが、自分にとってどれほど重要なことなのかを感じた。


 私の技術が、彼の命を守る。


 その重大さが私の中に強く響き、私は職人として、そして一人の人間として、彼に何かを伝えたいという想いを抱き始めていた。

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