1.依頼の受け取り
今日はいつもと同じ一日になる、そんな風に思っていた。
工房の炉は穏やかに燃え、赤々とした炎が私と父を包む。
私たちの周りには、仕上がったばかりの剣や鎧が光を反射して輝いていた。
私はロレッタ、この工房で鍛冶師として父と共に武器を作り続けてきた。
栗色の髪を肩まで伸ばしているが、作業中に邪魔になることが多いので、いつも無造作に束ねている。
父から学んだ技術は確かで、私自身、仕事には誇りを持っている。
鉄の焼ける香りと金槌のリズムが心地よい日常の一部。
剣を一振り仕上げながら、顔にかかった髪を払いのけ、再び金槌を振るう。
こうして剣を叩き、形を整えていく瞬間は、何よりも私にとって特別な時間だ。
父はいつも通り、黙々と鎧を作っている。
時折、言葉を交わすこともあるけれど、大抵は沈黙だ。それが心地よい。
工房の静けさの中、炉の燃え盛る音と金槌の打音だけが音を奏でる。
でも、心のどこかで物足りなさを感じる自分がいるのも確かだ。
毎日が同じ繰り返しで、自分の知らない外の広い世界が、私を呼んでいるような気がする。
でも、その声に応える方法がわからない。
私はただ、今の仕事に集中するしかない。
その時、工房の扉が軽くノックされた。
普段、街の人々が訪れることはあまりない。
私は金槌を止め、父と目を合わせた。
「誰だ?」
父が尋ねる。
扉がゆっくりと開き、そこに立っていたのは若い騎士だった。
彼は堂々とした姿で、金と銀の装飾が施された鎧を身にまとっていた。
背の高いその男は、鋭い青い瞳で工房を見渡す。
私の心臓は一瞬止まり、次の瞬間に強く鼓動し始める。
この静かな工房に、こんな高貴な存在が現れることは、まずなかったからだ。
「王国に仕える騎士、オスヴァルドといいます」
彼は柔らかくも威厳のある声で言った。
微かに頭を下げながら、私たちを見つめている。
私は息を飲み、次に何を言えばいいのかわからなくなった。
しかし、父は変わらず冷静だ。
「それで、どういったご用件ですか?」
父が問いかけると、オスヴァルドは腰から巻物を取り出し、私たちに広げて見せた。
「特注の剣をお願いしたい。来たる戦場において、私の命を守ることになる剣を。力強く、そして確実に振るえるものが私には必要です」
彼の言葉には、重い責任と期待が込められていた。
私はその言葉を聞いて、空気が重くなっていくのを感じた。
剣は戦士の命を守る。
ましてや、この騎士のような高位の人物からの依頼ともなれば、失敗は許されない。
「王もこの剣の出来栄えに期待しています」
オスヴァルドが付け加えた瞬間、父も静かにうなずいた。
「これは容易な仕事ではないな」
父は少し間を置いて言葉を選んでいた。
「だが、我々は鍛冶師だ。国からの依頼とあれば断る理由はない」
私は息を詰めて彼の言葉を聞いていた。
父が何を言うか、心の中で予感していたが、それでもその瞬間が来ると緊張せずにはいられなかった。
「この仕事は、私の娘に任せることにしよう」
父は私を見つめながら続けた。
「この子が作る剣ならば、問題ないだろう」
私は驚きと同時に、父の言葉には誇りと信頼が込められているのを感じた。
緊張しながらも、私は心の中で決意を固めた。
父の信頼を裏切るわけにはいかない。
オスヴァルドは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し、私に視線を向けた。
「君が作るのか?」
彼の声には疑念ではなく、むしろ興味と期待が込められていた。
私はしっかりと頷き、胸を張って答えた。
「はい、私が責任を持って作ります。最高の剣をお届けします」
心の奥では不安が渦巻いていたが、それでも職人としての誇りが私の言葉を支えていた。
オスヴァルドの鋭い青い目が、私の目を捉えた時、その瞳の奥には何かしらの期待のようなものが垣間見えた。
その時、彼が工房の一角に目をやった。
「昔、ここに来たことがあるような気がする…」
彼は独り言のように呟いた。
私もその言葉に引き込まれた。どこかで見覚えがあるような顔。
しかし、それがいつ、どこでだったのか、はっきりと思い出せない。
「昔のことだ。今はいい」
彼はそう言って微笑み、話題を切り上げた。
「剣の完成を楽しみにしている。君がどんな剣を作るのか、期待している」
最後にオスヴァルドは穏やかにそう言い残し、工房を後にした。
扉が閉まると、工房に再び静けさが戻った。
父は黙って作業に戻り、私は立ち尽くしながら自分に課された大きな責任を噛み締めていた。
「最高の剣を鍛えてみせる」
自分にそう言い聞かせ、私は金槌を再び握りしめた。