カンジキ・フューチャー
カンジキ、を付ける。
両足に、付ける。
雲に、降りる。
雲の上に、足を下ろす。
足は、雲に、沈み込まない。
雲の表面に、停止する。
雲は約一キロメートル先まで、切れ間無く続いている。
このまま歩いて、駅の上空まで行けそうだ。
雲を通して、上空から、駅を覗き込んでやろう。
駅の様子が、人々の様子が、行きかう車やバスの様子が、ジオラマみたく、フィギュアみたく、面白いことだろう。
ちまちま、キビキビ、ザッザッと動いて、面白いことだろう。
残念ながら、そこから先に行くことは、断念しよう。
あれだけ雲の切れ間に距離があったら、ジャンプして、次の雲に飛び移ることはできない。
雲の切れ間から地上に落ちて、グシャ。
「はい、さようなら」で、一巻の終わり。
エルルは、サクサク歩く。
雲の上を、サクサク歩く。
雪の上を歩くのとは、やっぱり違う。
雪の上ではザクザクだが、雲の上はサクサクだ。
おんなじ様なカンジキを付けていても、やっぱり違う。
エルルは、雲の切れ間まで、来る。
しゃがみ込んで、雲の切れ間から、地上を見る。
手も膝も含め、カンジキを付けた足以外、雲に着くことはできない。
そんなことをしたら、そこからズブズブと、雲の中に、沈み込んでしまう。
そのまま、地上に、落ちかねない。
雲の切れ間から覗いた地上は、中途半端。
駅や人々や車は、リアルより小さいが、ジオラマやフィギュアよりは大きい。
それも、仕方が無い。
雲自体が、地上十八メートルに作られた、人口の雲。
落ちたら死ぬのは確実だが、温度や気圧等、地上にいるのと、なんら変わらない。
何なら、上着を羽織れば、寝間着とか部屋着とかで、出掛けられるレベル。
エルルは、興味を無くし、すぐさま、覗き込みを切り上げる。
来た道を、戻る。
雲の上には、チラホラと、人が見える。
歩いている人が、いる。
走っている人も、いる。
家族で散歩している人も、いる。
みんな、カンジキを、付けている。
色取り取りのカンジキを、付けている。
でも、デザインは、みな一緒。
円型の枠の中に、時計の文字盤のように、ワイヤーが走っている。
真ん中に、取り付け具が、設置されている。
ここに、それそれの靴を嵌めて、カンジキを履く。
イメージは、昔ながらのカンジキよりも、忍者の使う道具に近い。
忍者が、水上を歩行する時に使う道具、水蜘蛛。
それの何廻りか、小さくなったもの。
それぞれの靴のサイズに合わせて、カンジキも様々なサイズがある。
基本、靴の前後の長さに合わせて、円型は形作られている。
見た感じ、靴の左右に、小さなワイヤーの扇が付いた感じ。
みんな少し、大股に歩いている。
老若男女関係無く、大股で歩いている。
元々、がに股の男の人や女の人には苦にならないだろうが、総じて、若い人は、歩き難いだろう。
その為、靴の内側の扇部分は、縦に立てて、折り畳めるようになっている。
雲の薄い所以外、ぶ厚い所や通常の厚さの所は、外側の扇だけで、大丈夫になっている。
試した者もいないので、まあ、大丈夫だろう。
尤も、少しでも薄いと判断すれば、みんな、内側の扇も開くが。
エルルの子供の時分は、カンジキは、こんなに進化していなかった。
まして、カンジキで、雲の上を自由に行き来できるようになるとは、思いもよらなかった。
カンジキの進化の、第一の波は、エルルが、中学生の頃に来る。
それは、雪上歩行に使うカンジキを応用して、雲の上に立つことから始まる。
なんでも、雲の構成物とカンジキの構成物を反発させることで、それは成り立つのだとか。
当時、地上五十センチの高さに人工的に作られた雲に、白衣の科学者らしき人が乗っている写真が、新聞に載った。
それを見て、エルルは、『おお、リアル孫悟空鵜!』と思ったものだ。
カンジキが進化したことで、雲の役割が変わる。
いや、役割が変わると言うより、新たな役割が加わる。
実際の雲とは別に、地上十八メートルの高さに、人工的に雲が作られる。
その雲は、道のように、縦横無尽に、張り巡らされる。
地上の道は、人、車、自転車等で、今や、渋滞や混雑のしっ放し。
早急な対策が、常日頃から、望まれていた。
そこで、カンジキの進化を契機に、「雲の道」を設けることになる。
雲の道は、歩行者専用とされ、地上十八メートルに、設けられることとなる。
十八メートルならば、航空機などにも支障が無く、電線にも引っ掛からない。
十八メートルもの高さなので、安全面にも、充実が図られる。
雲の道の際には、大人の背の高さくらいの柵(これも、雲製)が、設けられる。
自然の条件で、どうしても、薄い所や切れ目はできてしまうが、それらについては、迅速に情報提供される。
各自のカンジキに、その情報を受け取る受信機が、標準装備されている。
毎年、どうしても、事故は起こってしまうが、その数は、交通事故の何百分の一、何千分の一と云ったところ。
エルルは、駅の上空の雲に、辿り着く。
雲から駅の入り口までは、螺旋が、下り伸びている。
螺旋になった、滑らかなスロープが、伸びている。
エルルは、螺旋スロープを、歩き下る。
螺旋スロープに出会う度、どうしても、滑り下りてしまいたい衝動にかられる。
でも、先に下りている人のことを考え、グッと我慢する。
先行く人に、ケガをさせるわけにはいかない。
ズボンの尻を、破くわけにもいかないし。
駅には、ちらほら、人がいる。
まあ、いつも通り。
ターミナル駅では無いので、いつもこんな感じ。
電車の到着時刻までは、まだ間がある。
エルルは、駅に備え付けてある、パンフレットを見る。
各地域のパンフレットが、並んでいる。
北、東、中、西、南、最南、いろんな地域のパンフレットが、並んでいる。
北のパンフレットの表紙写真は、雪深い。
そして、中央には、丸いテントのような白い小屋が、写っている。
どうも、雪で出来ているようだ。
『カマクラか、これ』
エルルは、そのパンフレットを手に取り、思う。
『カマクラやな、これ。
‥ ええやん』
エルルは、パンフレットの写真を、しげしげと見つめる。
『いっぺん、経験してみたいな、中入ってみたいな。
秘密基地みたいで、なんかええな』
ボー ‥
シュッポシュッポ ‥
シュッポシュッポ ‥
エルルが、自分の思いに飛んでいると、列車がホームに入って来る。
白煙を噴き上げ、車輪を規則正しく回転させ、入って来る。
先頭を走る車両は、まさにSL。
黒光りする車体を輝かせ、煙突を頭上高く掲げている。
煙突から出る白煙は、出だしこそ真っ白だが、すぐに拡散して透明となる。
残念ながら、流れる白煙、とはならない。
先頭車両こそSL様だが、これ所謂、リニアモーターカー。
SL様の先頭車両も、客車も、貨物車も、磁石の力で動いている。
先頭車両が噴き出す白煙は、酸素。
酸素を発生する物質を処理して、白く色付けた酸素を、煙突から噴き出している。
処理の際、得られた動力で、先頭車両のみ備えている車輪を、廻している。
なんでも、森林伐採や砂漠化に伴う酸素不足が、目に見えて、世界中で問題になっているので、それに協力しようということらしい。
車両に酸素発生装置を備え付ければ、常時発生、ある程度安定した数量発生が、見込めるとのこと。
ささやかながら、全世界への自然保護アピール、らしい。
SLリニアは、白煙を巻き散らしながら、車輪をせわしなく廻しながら、ホームに滑り込む。
先頭車両以外は、静かに穏やかに、ホームに滑り込む。
ガッタン ‥
所定の位置で、止まる。
止まって、数瞬置いて、客車のドアが開く。
人々が、吐き出される。
わらわらと、乗客が、降りて来る。
エルルは、人の波を、見つめる。
みるみる増大する人の波を、見つめる。
人の波の中に、お目当ての人物を見つけたのか、手を振る。
相手方も、エルルに気付いたのか、手を振り返す。
二人は、互いに、歩み寄る。
人波を、かき分けかき分け、歩み寄る。
「久し振り」
まずは、エルルが、言う。
「そうやな」
ピュルルも、答える。
「二年振り、くらいか?」
「そんなもんやろ」
「最近どや?」
「ぼちぼち。
そっちは?」
「こっちも、ぼちぼち」
「そうか。
まあ、元気やったらええわ」
「お互いにな」
エルルとピュルルは、顔を見合わせ、微笑む。
「電車、遅れたんか?」
エルルが、訊ねる。
「あー、人身事故」
「誰か、飛び込んだんか?」
「ちゃうちゃう。
線路に寝てたホームレスを、轢いてしもたらしい」
「なんでそんなとこに、寝とったんや」
「なんか、酒呑んでたらしいで」
「酔っぱらっとったんか」
「そやろな」
エルルは、少しばかり、口調を変える。
「最近、そんなん、多くないか?」
「そういや、そやな」
「なんでやろ」
「ホームレスさんの住めるとこが、少なくなって来たんちゃうか」
「なんで?」
「ほら、地上は、車とか公共交通機関とか、
そんなん専用になって来たやん」
「うん」
「その代わり、雲の上は、歩行者専用になって来たやん」
「うん」
「ホームレスさんが住んでたとこ、不法占拠やけど、
歩道の近くの安全なとこ住んでる人、多かったやん」
「うん」
「地上から歩道が消えてゆくに従い、ホームレスさんの住めるとこも減り、
危険なとこに住まなあかんようになって、そういう事故が増えて来た、
ってことやろ」
「そーかー」
エルルは、思い付いたように、続ける。
「なら、雲の上に住んだらええやん」
「あほか。
なんで、法を侵して住んでる人を、お役所がわざわざ助けるねん」
「そういや、そやな」
で、ピュルルは、肩を竦ませる。
鋭角に両肘を曲げ、掌を上にして、言う。
「で、『ほったらかしにされたホームレスさんは、ますます死なはる』、
ちゅうこっちゃな」
「死なはりますか?」
「このままやったら、死なはるな。
お役所にとっては、
『税金払ったへんやつは、行政サービス受ける資格が無いから、
俺ら知らんで』、ってなもんやろ」
「いや、払ってるやん」
「払ってるか?」
「老若男女、払ってる」
「そうか?」
「消費税」
「ああ、そやな」
「税の地方分配金とか受け取ってへんの東京都だけのはずやから、
東京都民以外は、老若男女大きな顔して、「税金、払ってます」って、
言えるやろ」
「確かに。
もし、それを考慮してへんのやったら、お役所の怠慢やな」
「金だけ取って、何もしてへんことになるな。
ホームレスさんも、飯とかは買ってるやろうし」
「 ‥ かと言って ‥ 」
ピュルルは、声を曇らせて、続ける。
「『どうするのか?』とか、難しいとこやな」
エルルは、不思議そうに、小首を傾げる。
「なんで?
ホームレスさん、雲の上に上げたらええやん」
「どうやって?」
「カンジキ、ホームレスさんに配って、上に上がってもらったらええやん」
「誰が?」
「いや、お役所が ‥ 」
エルルは、ここで、気付いたかのように、顔を歪める。
ピュルルが、エルルの気付きを、言葉にする。
「『ホームレス全員分のカンジキを、手配しよう』と思たら、
莫大な数になる」
「そやな」
「で、その数揃える為に、多大な金を使わんとあかん」
「そやな」
「そんなこと、お役所が、先送りとか骨抜きとかでウヤムヤにせずに、
真剣に取り組むとお思いで?」
ピュルルに訊かれ、エルルは、答えざるをえない。
「私が、間違ってました」
ピュルルは、それに加えて、被せる。
「その上、ホームレスさん、上に上げたら、
雲の上で住むところ、用意せなあかんし、
雲の上の治安に、今以上、気い付けなあかんし」
「そやな」
「ますます、やりそうにないやろ」
「はい」
エルルは、認めざるをえない。
「 ‥ でもな~ ‥ 」
エルルは、釈然とせず、続ける。
「このまま現状維持やったら、ホームレスさんの事故、
増えこそすれ減らんやん」
「そやな」
「それ、あかんやん」
「いつもの、弱者切り捨て、やろ」
ピュルルは、切って捨てる。
「 ‥ う~ん ‥ 」
エルルは、悩む、頭を巡らす。
いい考えは、出ない、出そうもない。
カンジキの機能は、ますます上がる。
値段は、ますます下がる。
雲の上を歩ける機能に加え、雲を(踏み)固める機能も当たり前になる。
これにより、人が歩む度に、道は出来る。
しかも、道自体、フワフワせずに、しっかりとした物となる。
もう一つ、GPS機能が標準装備、となる。
元々は、雲の上の徘徊老人に対する、対処機能だった。
それが今や、色んな場面で、駆使されている。
子どもの迷子防止目的とか、社員の外回りサボり防止目的とか。
一部、GPS機能装備が都合悪い人からは、とやかく苦情が出る。
プライバシーの侵害とか、なんとか。
が、すぐに下火になる。
よく考えてみれば、既にプライバシーは、ある程度、侵害されている。
全国民の95%以上が持っているケータイのほとんどに、GPS機能が付いているのだから。
『何を、今更』という感じだったんだろう。
値段は、企業努力、技術革新、切磋琢磨のお蔭か、滑るように下がる。
今まで一人に一足くらいだったカンジキが、一人に二、三足くらいになる。
一足当たり、今までの半値か、70%OFFくらいの値段になる。
まるで、液晶テレビの値段の変遷、を見るようだ。
相変わらず、ホームレスさんは、事故に遭っている。
死亡者も、減らない。
高度維持、って感じだ。
遂に、幾つかのNGOが、幾つかのNPOが、腰を上げる。
腰を上げて、お役所、政府、政党等に、ガンガン陳情する。
『ホームレスの置かれている現状を打破する為、ホームレスの雲の上居住を認めろ』、ってとこだ。
その根拠には、カンジキの機能向上と値段低下が、上げられる。
ホームレスさん一人ひとりにGPS機能が備われば、治安維持に役立てられる。
また、カンジキの値段が、ホームレスさん一人ひとりに配布できるほど、下がって来ている。
『まあ、ええか』とお役所側が本格検討に乗り出した時、当も当のホームレスさん側から、少数だが苦情が寄せられる。
なんでも、『GPSとかで監視されるのはかなわん。俺らは、自由を享受したいんや』、とのことらしい。
まさに、『はあ?』、だ。
ホームレスさんでも、どうやって手に入れたかは知らねども、既にケータイを持っている人は多い。
それで今更、「GPSは嫌」、って言われても。
いや、管理とか監視と、便利とか『痒い所に手が届く』は、表裏一体のものですから。
『自由は、いろんな覚悟をしてこそ、いろんなもの切り捨ててこそ、のもの』、ですから。
そういう『意味が分からん』ホームレスさんをスルーするかのように、体制整備、資材準備は進められる。
ホームレスさん一人ひとりに、カンジキが配布される。
そして、ある日、一斉に、ホームレスさんの居住地は、雲の上に移される。
その日は一日中、雲の上へ移動するホームレスさんの映像で、テレビもネットも持ち切り。
各人の話題も、それで始終する。
エルルは、道をゆく。
雲の道を、ゆく。
道から少し離れたところに、ホームレスさんの居住地は、ある。
一軒一軒、独立している。
距離を取って、一軒一軒、立ち並んでいる。
集落や長屋には、なっていない。
確かに、この感じでは、『徒党を組んでとか、集団化してとかの行動は、取り難い』、と思われる。
「プライベート、プライベート」と唱える、ホームレスさんも多いし。
ホームレスさんの居住地は、穴や雲の薄くなっている処(或いは、自然条件等で、そうなることが予測できる処)と、人々が往来する歩道との、中間地点にある。
つまり、『歩きゆく人々が、危険地帯に入り込むのを防ぐ防波堤』、のような役目をしている。
また、道とは距離を置いているので、歩きゆく人々に与える妙なプレッシャーを、最小限にしている。
ホームレスさんの事故率、死亡率を下げる。
雲の上を利用する危険率を、下げる。
雲の上の、治安を維持する。
カンジキの機能向上、値段低下が、好ましい変化を生み出す。
カンジキの進化がもたらした、これも好ましい変化。
ホームレスさんの住居は、半円の中抜き状のもの。
これも、カンジキの(踏み)固め機能を使って、雲から作ったらしい。
白い色目と云い、形と云い、雪国のカマクラに酷似している。
カマクラが、道添いに、道と距離を置いて、ポツポツと立ち並んでいる。
見ようによっては、幻想的、メルヘンチックな光景。
遥かな高みから見れば、道沿いに半円のキャンドルが並んでいる様にも見え、それは益々協調されるだろう。
「出歩かないお年寄り」
「はい?」
「出歩かないお年寄り」
「なんや、それ?」
「いや、新聞記事」
ピュルルが、新聞の記事を、エルルに折り示す。
それは、お年寄りが出歩かなくなって、寝たきり、家に居たきり、の人が増えていることを伝えている。
出歩かなく、運動することが無くなって来た為、お年寄りの間に、ロコモティブ・シンドロームが激増している。
それは、『雲の上が、歩道になってから』と、軌を一にしている。
お年寄りが、雲まで行くのを億劫がって、雲の上の歩道まで、行きたがらないらしい。
それで、自然、運動量が減っているらしい。
確かに、ハードルは、高い。
雲の上の歩道まで、約十八メートル。
建物四階から五階分とは云え、お年寄りに「自力で登れ」と言うには、酷。
それを考慮して、雲の上の歩道より高いビルには、雲の上の歩道に繋がる出口を設けることが、法令で定まる。
そのようなビルには、エレベーターを設置していることが多い。
これらのビルを活用すれば、自力を最小限にして、雲の上の歩道に出ることも可能。
が、出歩くお年寄りは、増えない。
増えたとしても、雀の涙。
どうやら、お年寄りは、そもそも、動きたくないらしい。
そして、歩道が雲の上に移ったのをこれ幸いに、それを『動けない(動きたくない)』理由付けに使っているらしい。
「筋斗雲」
「はい?」
「筋斗雲」
「あの筋斗雲、かいな?」
「そうその、筋斗雲」
ピュルルが、新聞の記事を、エルルに折り示す。
それは、カンジキの新たに加わった機能を、伝えている。
雲を操作する機能が加わったことを、伝えている。
それは、カンジキの底部と周りに雲(状の気体)を発生させ固定し、カンジキごと靴を包み込むというもの。
そして、それが補助移動機能を有しているので、カンジキを履いている人間は、最小限の力で、移動等の行動を取ることができる。
サイズこそ小さけれど、形こそ違えど、まさに筋斗雲。
両足に、小さい筋斗雲が、一組付いているようなもの。
「別に、雲の上まで行かんでええんやて」
「はい?」
「筋斗雲作るの、別に、雲の上でなくてもええんやて」
「どこでもええの?」
「そう。
自分の家でも、ええんやて」
ええやん、ええやん。
エルルは、ピュルルの言葉に、被せて思う。
カンジキの筋斗雲機能を使えば、雲の上の歩道に、労せず到達することができる。
お年寄りも、今よりもっともっと、雲の上の歩道に、行き易くなる。
いや、これで、なんやかんや理由付けをするようなら、認めてくれ。
そもそも、動く気が無いことを。
夏涼しくて、冬暖かいところに、尻落ち着けたいだけのことを。
そして、色んなことを、勿体付けて偉そうに、言い訳に使わんでくれ。
都合が悪くなったら、逆ギレせんといてくれ。
医療費控除、介護財源等、社会保険的なことが、国の財政を圧迫している。
老年人口等の増加が、医療の人手不足を、助長している。
国(お役所)と医療界(医師会)は、利害の一致をみる。
そして、共に、ある政策を推し進める。
高齢者一人ひとりにカンジキを配り、歩くことを推奨する。
高齢者に、「もっと動いてください。歩いてください」と、大々的にキャンペーンする。
カンジキの購入に際しても、何%かの補助を設ける。
ここまで来て、やっと、雲の上の歩道に、お年寄りの姿を見掛けるようになる。
あるいはO脚で、あるいは杖を着いて、あるいはカートを押して、えっちらおっちら歩いている。
ある意味、微笑ましい。
なんか、ある意味、健やかに安心する。
お年寄りが、部屋に、家に閉じ籠っているのは、なんか、気持ち良くない。
空気が淀んで来そうで、雰囲気が爛れて来そうで、それがジワジワ浸透して来そうで。
そんなお年寄りが、一日一回、短時間でも、自分の足で外に出てくれれば、大分違う。
いや、雲泥に違う。
空気は流れ、清浄な空気と入れ換わる。
雰囲気も一変し、光が差し込んで来る。
家人の気分も、前向きに上がる、と云うもの。
雲の上は、
カマクラ・キャンドルのホームレスさん、
えっちら歩くお年寄り、
ぴょこぴょこ歩く子供達、
そんな子供達を愛でるお母さん達、で、いっぱいになる。
二十代~五十代までの男性は、ほとんど、見受けられない。
二十代~三十代までの女性も、ほとんど、見受けられない。
たまに、その年頃の男性も女性もチラホラ見掛けるが、概して、カジュアルな服装をしている。
スーツ等は、着ていない。
その年頃の男性に当てはまるエルルとピュルルは、雲の上の歩道をゆく。
歩道の上は、子供達と、お母さん達と、お年寄り達がほとんど。
歩道から外れて、ホームレスさん達がいる。
エルルとピュルルに、視線が、突き刺さる。
表立ってはいないが、ステルスな視線が、突き刺さる。
『いや、別に、見ていませんよ。(でも、実は、ガッツリ見ています、気にしています。)』の視線を、ビシバシ感じる。
この時間帯、この平日の昼間、エルルとピュルルの年頃の男性が、このあたりにいること自体、おかしい。
自営業、フリーター、まともな職業についてない人。
ゲイカップル、家庭崩壊、天涯孤独同士。
危ない、ヤバい、気を付けろ。
様々な思考を含んだ視線が、投げ掛けれる。
『やれやれ、またか』
エルルは、飽き飽きして、思う。
この『それとなく糾弾』の視線には、常日頃から、晒されている。
受け止めてますとも、日常茶飯事。
ピュルルと、眼を合わす。
ピュルルも、『しょーがねーなー』の笑みを浮かべている。
『まあ、そうやわな』
『そら、そう思うの、しゃーないわな』
エルルとピュルルは、眼で会話する。
「でもなー」
エルルが、口に出す。
「なんや?」
「心地ええねん」
「何が?」
「こっちの方が。
下にいる、より」
「ああ」
ピュルルも合点して、続ける。
「そう言うたら、俺もやな」
「何でやろ?」
「こっちの方が穏やかで、まったりしている感じがする」
「ああ、それはそんな気がするな。
時間が、雲の下より、ゆっくり流れているような気がする」
「なんや、雲の下の方が、五倍増しくらいで、時間速いような気がする」
「確かに」
エルルは、『そうかー』とばかりに、続ける。
「そこで、気付いたんやけど」
「うん」
「こっち、老化も緩やかでない?」
「はい?」
「いや、雲の下一辺倒で生活したはるお年寄りより、
雲の上に来たはるお年寄りの方が、元気とちゃうか?」
「それは、動いたはるからやろ。
雲の下ばっかりの人より、ロコモになりにくいんやろ」
「ほんでか」
ピュルルは、合点した顔を浮かべる。
「なんか、分かったんか?」
「緩やかな老化」
「はい?」
「動いたはることで、ロコモになりにくいとかその他諸々の働きがあって、
老化が緩やかになったはるんちゃうか」
「ああ、なるほど」
エルルは、辺りを、見廻す。
確かに、元気で動いているお年寄りが、多い。
動きの軽さが、行動の軽やかさ、心の柔軟さにも繋がっているのか、子供達、お母さん達と交流している人も、多い。
子供の世話を手伝っているであろうお年寄りも、何人かいる。
「あ~、ほっこりすんな」
エルルは、改めて、感想を、漏らす。
「 ‥ でも ‥ 」
エルルは、一抹の不安も、漏らす。
「こんだけ、雲の上と下で、流れる時間が違うと、
人の有り様とか生き様とか、違って来るんちゃうの?」
「ああ、そうかもしれんな」
「ギスギス度とか余裕度とか、懐の深さみたいなもんが、
全然、違って来るように思う」
「まあ、そうかもしれん」
「その違いが深く濃くなって、断絶生み出したりせえへんやろか?」
エルルの問いに、ピュルルは、サラッと答える。
「ああ、生まれるんちゃうか。
その兆候、あるし」
エルルは、少し驚く。
「もう、あんの?」
「うん。
雲の下の人々の一部が、雲の上の人々の穏やかな生活を見て、
「もっと、雲の上に仕事を廻せ」とか、言ってるらしい」
「うわっ、ウザ」
「自分で、創意工夫して、仕事をスムーズにこなすことをせずに、
『増えた仕事を、他人に無責任に丸投げするようなもん』、やからなー」
「まさしくに、『自分を棚に上げ、自分がされて嫌なことを人にする』
感じやな」
「そやな。
だから、亀裂、断絶、時間の問題」
「であるか」
エルルは、小さく、溜息をつく。
そうして、またぞろ、動き出す。
圧力団体、ロビー活動団体、集票マシーン団体、その他諸々、蠢き出す。
そう云った、財界に代表される機関に圧され、政界、官界も動き出す。
それに伴い、お役所も腰を上げる。
ここで、お役所は、ハタと困る。
雲の上に仕事を振っても、振った仕事が完遂されることは期待できない。
いや、それどころか、かなりの高確率で、中途半端に終わることが想定できる。
雲の上と下では、仕事量とか活動量とか云ったものが、半端無く違う。
まさに、雲泥の差、月とスッポン。
比率にして、0.01:99.99くらいになると、思われる。
単純に、仕事は振れない。
多分、振った仕事は、中途半端になる。
振った方の見識が、問われる。
毎度のことながら、振った方 ‥ お役所に、批判が集まる。
『どうしたもんか?』
こういう場合の、お役所の思考は、ほぼ決まっている。
曰く、
『なら、仕事振る代わりに、金取ったらええやん』
雲の上の仕事量が少なくても、その分、金払ってもらったら、かわせる。
雲の下からの批判の矛先は、かわせる。
上手く、誤魔化せられる。
かくして、雲の上に、税金が、掛けられる。
雲の上の区画を使う、使用料。
雲の上の歩道を使う、使用料。
その他、二、三の名目で、雲の上で活動するにおいて、金が必要になる。
かくして、自然の流れの通り、雲の上から、不満が上がる。
雲の上から、お役所に、苦情、批難が、殺到する。
雲の上から批難するは、雲の上を利用する人々。
お年寄り、(小さい子供のいる)お母さん、(表立ってはいないが)ホームレスさん。
つまり、社会的弱者。
また、弱者切り捨てかよ。
怨嗟の声が、あちらこちらから、上がる。
あちらこちらだけではなく、そちらからもどちらからも、上がる。
気付けば、雲の上全体、怨嗟の声で充満する。
そして、怨嗟の声を合言葉に、不満、苦情、批難の旗の下、雲の上みんなが、一致団結する。
お年寄り、お母さん、ホームレスさんが、一致団結する。
明日のおまんまや生活、今後の人生に直結することなので、そんなこと気にしていられない。
歳の差や男女差、無職とかそんなこと諸々、気にしていられない。
「はい、じゃあ、パスポート見せてください」
「はい」
「はい。
じゃあ、そちらの人も」
「はい」
「はい。
ああ、OKです。
通って下さい」
エルルとピュルルは、通る。
雲の上の関所を、通る。
《雲の上のクニ》に、入る。
関所は、雲の下から続く道毎に、雲の上のエリアに入る境に、儲けられている。
雲の上のクニ発行のパスポートが無いと、入れない。
そして、そのパスポートは、雲の下では、手に入れられない。
雲の上は、半独立する。
国内の、プチ地方自治体みたいに、半ば独立する。
理不尽に仕事を振られそうになって、理不尽に金を徴収されるようになって、行動を起こす。
勿論、雲の上のクニの利用者も、生活の基盤は、雲の下。(ホームレスさん、除く)
その意味で、半独立。
経済活動その他諸々、雲の下に依存しているので、半ば独立。
超簡単に言えば、『俺らの、気持ち良く使っている公園に、ごちゃごちゃ介入してくんな』、と言うこと。
まあ、私的なローカルテーマパークとかにある、『~~共和国』とか『~~王国』みたいなもの。
かと云って、一つの団体として、みんなの力が一つに結集している以上、お役所も、おいそれと手が出せない。
雲の上のクニは、雲の下の行政サービスを受けている以上、至極正当に割り当てられた税金は、キチッと払っている。
が、対して、説明のつかない理不尽なものに対しては、撥ねつけている。
『ごちゃごちゃ言わんと、言う通りに、おとなしく従ってたらええねん』
お役所の本音が、ダダ漏れするかのうようなものは、即座に、撥ねつけている。
そんなわけで、雲の上のクニは、お役所からは、疎んじられる。
お役所が、マスコミを使ったネガティブ・キャンペーンを張り、雲の上のクニに対する負の感情を掻き立てる。
世論は誘導され、人々の中に、負の感情が芽生える。
勿論、雲の下には、雲の上のクニの愛好者もいる。
お年寄りや、小さい子供のいるお母さんは、特にそう。
よって、世代間の断絶が、深くなる。
夫婦間の断絶も、深くなる。
住民間、市民間に、断絶が広がる。
雲の下は、手が詰まる。
お役所は、手詰まりになる。
『こんなはずでは、なかった』
自分らが蒔いた種が、自分らのサービス対象、飯のタネとも云うべき市民間に、断絶を引き起こしている。
なんとも、統治しにくくなっている。
まさに、自分で蒔いた種、天に唾。
こんな時、お役所(お上、政府等)が取る手は、一つ。
力尽く、強制的、無理くり。
『力にもの言わせて、ゆうこと聞かせたろうやないかい』
が、単純に、武装集団とか兵器を送り込めば、今度は、逆に、こちらがマスコミに叩かれる。
ある程度、マスコミ・コントロールできるとは云え、さすがに、これは、叩かれる。
順風が、強烈な逆風になる。
一見、夢がありそうで、イメージもいい。
が、実は、力尽くで、有無を言わせない。
そんな手を、繰り出さないといけない。
お役所は、雲の上と雲の上の高低差に、注目する。
雲の下は、地上。
雲の上は、地上約十八メートル。
ある、国民的アニメのロボットの身長と、同じ。
! ! !
最初は、誰が言い始めたのかは、分からない。
でも、幸いなことに、お役所の中間管理職は多くが、ロボット・アニメ世代だった。
中間管理職と云えば、現場と内勤半々の、実働世代。
雲の上の対応(制圧)に、ロボットが採用される。
ロボットは、武装できない。
自国民に対して、攻撃を想定とするような、武装は付けられない。
また、雲の上に対して、攻撃を想定とするような、大きさのものにはできない。
でも、睨み(監視)は、利かせたい。
ロボットは、約二十メートルのものにされる。
雲の上には、眼から上だけが、ピョコンと突き出している。
お風呂で、顔下半分を水面に沈めて、眼を水際に出した、お父さんの様。
まさに、眼が、睨んでいる。
ロボットは、動かない。
まさに、睨みを、利かすだけ。
動こうと思えば動けるのだろうが、動かない。
たまに、点検するかのように、腕脚ブラブラ、手足グッパするだけ。
あとは、一八〇度、首を廻して、頭を巡らすくらい。
それも、一日に数回くらいのもので、廻る時間は、決まっている。
ちゃんと前もって、廻る数分前には、警告音を発している。
なるべく、雲の上の人々を傷付けないように、悪感情を持たれない様にしているのは、一目瞭然。
図らずも、ロボットは、相反する二つの目的を担うようになっている。
曰く、
プレッシャー、と、親近感、と。
睨みを聞かせて、雲の上の人々に、プレッシャーを与える。
その、首を廻す等のコミカルな行動で、雲の上の人々に、親近感を与える。
雲の下のお役所の、ブレブレなスタンスが、垣間見える。
統制したいけど、親しみも持って欲しい。
厳しく臨まなあかんけど、嫌われたくもない。
いつもの、一種、八方美人的スタンスが、ロボットにも反映されている。
「そこは、俺に、パスやろ」
「はあ。
なんで、そこでボランチが、SBにパスすんねん」
「いや、俺、上がろうとしてたし」
「いや、FW、相手の裏取ろうとしてたから、普通、そこにパスするやろ」
エルルとピュルルは、喧しい。
ここは、ロボットの周り。
ロボットの周りの、お手製、ミニサッカー場。
子供チーム VS 大人(お年寄り+ホームレスさん+その他の大人)チームの試合を、行なっている。
大人と子供の体格差はあるものの、お年寄りとホームレスさんは体力が無いので、子供チームと大人チームは、互角の戦いをしている。
いや、経験者が混じっているだけ、子供チームの方が、優勢かもしれない。
大人チームで、比較的サッカーに詳しいのは、エルルとピュルルだけ。
よって、他の大人を蚊帳の外にして、二人で言い争っている。
二人は、喧しい。
「キャーッ!」
お母さん方から、突然、声が上がる。
「キャーッ!」「キャーッ!」「キャーッ!」 ‥
観戦していたお母さん方からも、声が上がる。
お母さんが眼を離していた隙に、ちっちゃい子が、ロボットの顔に、よじ登っている。
ちっちゃい子数人が、雲の上に突き出すロボットの顔に、よじ登っている。
よじよじ
じわじわ
と、ゆっくりだが確実に、よじ登る。
「やばっ!」
「危な!」
エルルとピュルルは、ゲームそっちのけで、ロボットの顔に向かう。
他の大人も、ゲームを中断して、向かう。
「「「「「「「「「「「 あーーー!!! 」」」」」」」」」」」
大人達が、一斉に、声を上げる。
一人の子供が、滑る。
ロボットの顔を、滑り落ちる。
滑り落ちしな、他の子を巻き込む。
ドスス ‥ ドシャシャ ‥
落ちた子供達は、『動かしていいかのかどうか』確認後、すぐさま運び去られる。
雲の下へ、運び去られる。
雲の下では、救急車が早くも到着したのか、雲の上まで、サイレンの音が響く。
以後、子供達の滑落事故(ロボットの顔から)は、続く。
ロボットの顔周辺は、立ち入り禁止区域となる。
『ロボットを採用して、親しみを持ってもらおう』の目論みは、脆くも破綻する。
どころか、今回の事故多発で、反発心すら起こっている。
このままでは、雲の上と下の断絶は、ますます深くなるばかり。
ロボットの顔の周りは、立ち入り禁止となったので、人が寄り付かない。
もう一つの目的にも、使えない。
監視に、ロボットの眼が、役に立たない。
ほとほと、お役所は、困る。
八方塞がり、極まれり。
が、ここでも、突破口を開いてくれたのは、カンジキだった。
正確には、カンジキの機能追加。
カンジキに、進化した機能が一つ、加わる。
位置固定自在機能。
今居る位置に、自分を固定させたり解放したり、自由自在にできる機能。
曰く、吸盤機能のようなもの。
壁をよじ登るスパイダーマンとか、そのようなイメージを持ってもらったらいい。
新機能の備わったカンジキが売り出されるに伴い、テストが行なわれる。
吸盤機能の備わったカンジキを大人が付け、ロボットの顔面をよじ登るテストが試される。
結果は上々、上も上。
大人の体重にもビクともせずに、カンジキの吸盤機能は、充分に働く。
ロボットの顔面を、大人達がバランスを取って、グイグイよじ登る。
テスト結果を受けて、ロボットの周辺立ち入り禁止は、解除される。
吸盤機能の備わったカンジキを付けている子供ならば、ロボットの顔面によじ登ることも許可される。
雲の上に幾つか飛び出しているロボットの顔面は、いつでも、子供達に溢れるようになる。
群がっている、と言ってもいいような状態になる。
『親しまれとんな~』と、見る人見る人、ほっこりするような状態となる。
雲の上もホッ、雲の下もホッ。
子供と監視兵器が、なんとも平和に穏やかに、融和している。
それは、なおさず、雲の上と下との融和も、暗に示している。
カンジキの進化。
カンジキの進化によって、いろんなピンチが救われている。
どころか、カンジキの進化で、ここに暮らす人々全体の融和が、実現しようとしている。
ありがとう、カンジキ。
エルルは、付ける。
カンジキを、付ける。
雲の上へと続く、ビルから伸びる道の入り口で、カンジキを付ける。
ピュルルも、付ける。
カンジキを、付ける。
雲の上へと続くビルから伸びる道の入り口で、エルルと並んで、カンジキを付ける。
エルルは、リュックを背負う。
12~15インチのノートパソコンが入りそうな、リュックを背負う。
事実、リュックの中には、B5サイズのパソコンが入っている。
ピュルルも、リュックを背負う。
こちらは、また、大きい。
リュックの幅は、ピュルルの肩幅を優に超え、その長さは、ピュルルの膝裏まで達している。
24~30インチのディスプレイが入りそうな、リュックだ。
事実、リュックの中には、28インチのディスプレイが入っている。
エルルとピュルルは、ワシワシ進む。
雲の上への道を、ワシワシ進む。
リュックが重そうに、肩に喰い込んでいる。
特に、ピュルル。
エルルは、そうでもない。
雲の上に、着く。
入り口でパスポートを見せて、中に入る。
このままでは、雲の上を歩けないので、カンジキを開く。
カンジキを開くと云っても、両足に付いたカンジキは、従来のように、左右に大きく開かない。
ほんの少し、申し訳程度に、左右に開くのみ。
これで充分、機能を果たす。
サクサク歩いて、自転車置き場に近付く。
サクサク歩いて、自転車の傍に立つ。
自転車のカゴに、リュックを入れる。
二人それぞれ、色違いのお揃いの自転車に近付く。
自転車のカゴに、リュックを入れる。
自転車は、タイヤの径が小さい、ミニベロだ。
あまりスピードは出ないが、雲の上を走る分には、これで充分。
勿論、タイヤに、カンジキ機能が付いている。
今日の目的地は、そう遠くない広場だが、さすがに徒歩では難しい。
重いし、疲れる。
なにより、子供達に、こちらを心配して欲しくない。
こちらのことを忘れるくらい、楽しんで欲しい。
エルルとピュルルは、発進準備完了。
サドルに、跨る。
ペダルに、足を掛ける。
「ほな、行くか」
「おお」
ミニベロは、並んで進み出す。
サシャサシャと、進み出す。
ゆっくりのんびり、穏やかポタポタと、廻って進む。
今日の上映開始時間まで、まだ間が、充分過ぎる程ある。
時間と心に余裕を持って、エルルとピュルルは、進む。
今日の上映地は、青空上映地。
幸い、空は、真っ青。
真っ青に、晴れ上がっている。
所々に、白雲が数点。
天候には、なんら問題が無さそうだ。
『雲の上から雲を見上げる、か。
なんや、不思議な感じやな』
エルルは、空を見上げて、ふと、思う。
ミニベロ二台は、サシャサシャ、進む。
上映地の近くまで来ると、人が増えて来る。
老若男女の区別無く、人が増えて来る。
ある年代の男女こそ、見受けられないが。
子供、大人の区別無く、眼がキラキラしている。
期待感、楽しみ感が、眼に出ている。
上映地の広場まで来ると、エルルとピュルルは、ミニベロを止める。
既に、観覧側のスペースは、半分以上埋まっている。
前の方のポジションは、立錐の余地も無い。
既に、幾つか、屋台も出ている。
駄菓子関係の屋台が多いらしく、綿菓子、水飴、りんご飴等を持っている子供が多い。
エルルとピュルルが上映する地点のすぐ横に、割り合い大きな、立て看板が出ている。
【 パワーポイント紙芝居の、ルルツーPPKが、やって来る!! 】
タイトルの下に、上映日時が、記してある。
それが、今日だ。
まもなくだ。
ルルツーPPKは、エルルとピュルルのユニット名だ。
簡単に、[エルルとピュルル・パワーポイント紙芝居]と名乗ろうと思っていたが、あまりにも、名乗りが長い。
そこで、「ルル」が付くのが二人なので、[ルルツー・パワーポイント紙芝居]にしようとしたが、それでもまだ長い。
『『もう、むっちゃ、縮めたろ』』
ということで、エルルとピュルルの「ルル」を取って、ルルツー。
パワーポイント紙芝居(PowerPointKamishibai)の頭文字を取って、PPK。
で、ルルツーPPK、になった次第。
著名な拳銃っぽい名前なので、エルルとピュルルも、割と気に入っている。
エルルとピュルルが広場に着くと、広場がどよめく。
広場に居る、老若男女が、どよめく。
特に、子供達が、眼をキラキラさせて、「「「「「「「「「「 わーーー 」」」」」」」」」」と、どよめく。
ここの広場にも、ロボットが顔を出している。
眼を、覗かせている。
そのロボット顔面の前が、今回の上映地となる。
エルルのリュックから、ノートパソコンを出す。
ピュルルのリュックから、ディスプレイを出す。
ディスプレイを、観覧側から見易い位置に、セッティングする。
ノートパソコンを、観覧側とディスプレイ、両方見られる位置に、セッティングする。
ノートパソコンとディスプレイを、接続する。
ちゃんと、操作できるかどうか、テストする。
テストとしていつも、動画と共に、オープニングテーマ曲を流している。
動画は、超能力が人や物の形を取る、バトルアニメ。
それに、音楽を合わせている。
音楽は、クラシック。
エルガーの[威風堂々]。
合わなさそうに思えるが、これが意外と良くて、好評だ。
オープニングでワクワクさせて、本編に入る。
本編は、落語ネタ。
[まんじゅうこわい]。
なんとも、振り幅が大きい。
エルルは、パワーポイントを始める。
最初の画像は、数人の男達が、寄り固まっている絵。
髷を結った、庶民的な和服姿の男達が、何やら話し合っている。
顔を突き合わせて、ああでもないこうでもないと、何やら話している。
「俺は、蛇が怖い。
長くて、にょろにょろしたものは、生理的にあかん」
「俺は、蛙やな。
あの肌の質感が、気持ち悪い」
「俺は、ナメクジやな。
『身体から液体を滴らせて、這いずって進む』って、ゾッとする」
エルルは、声音を変えて、三人の男を演じ分ける。
噺家のように、無声映画時代の活弁士のように、声だけで、演じ分ける。
どうやら、男達は、それぞれの怖いものを、挙げているらしい。
三人の発言が一段落して、画像が切り替わる。
エルルが、キーボードを操作して、パワーポイントを進める。
次の絵は、三人の男が、一人の男を睨んでいる。
「おい、熊さん。
さっきから、全然しゃべってへんやないか」
「なんや、上から目線で、佇まいやがって」
「お前の怖いもんは、何やねん?」
熊さん、三人の男に、責められる。
責められる。
責められる。
「なんやねん、なんやねん。
さっきから黙って聞いてたら、だらしがない。
『人間は、万物の霊長』って言って、生き物で一番偉いねん。
それがなんで、蛇とか蛙とかナメクジを怖がらなあかんねん」
熊さん、逆ギレ。
「ほな、熊さん、怖いもん無いんか?」
男の一人が、熊さんに問い掛ける。
「無いな」
熊さん、スパッと答える。
「蛇とか蛙とか以外でも、虫とかクラゲとか」
男のもう一人が、熊さんに問い掛ける。
「生き物では、無いな」
熊さん、再度、スパッと答える。
「生き物以外、では?」
男の残った一人が、熊さんに問い掛ける。
‥ へへへ
とばかりに、熊さん、照れ臭そうに、顔をちと伏せる。
「実は、一つばかし、あんねん」
「「「 何やねん、それ 」」」
獲物に跳びかかる猛獣のように、三人が、喰いつく。
「饅頭」
「「「 饅頭? 」」」
三人の男は、みな一様に、キョトンとする。
「饅頭て、あの饅頭か?」
「そう、その、饅頭」
「何で、また」
熊さんは、ここでちょっと、居住まいを正す。
「そもそも」
「「「 おお 」」」
「甘いもんが、あかんねん」
「「「 ほお 」」」
「ほんで、食感があかん。
特に、つぶあんの、粒々具合と云うか、ブツブツ具合と云うか、
そんなんがあかん」
「「「 ほお 」」」
「ほんで、饅頭の皮の、ほわほわ具合と云うか、つるつる具合と云うか、
そんなんもあかん」
「「「 ほお 」」」
三人の男の、一人が訊く。
「そんなにあかんか?」
「あかんあかん」
「マジで?」
「マジか」
「そんなやつ、おんねんなー」
「ここに、おる」
三人の男は、顔を見合わせて、ニヤリニタリヘヘヘと、笑う。
そのうち、熊さん、三人の与太話を聞きながら、舟を漕ぎ出す。
うつらうつら ‥ しゅっしゅっ ‥
うつらうつら ‥ しゅっしゅっ ‥
仕舞いに、本格的に寝入る。
鼾をかく、横に崩れる。
三人の男、顔を見合わせ、再度、ニヤリニタリヘヘヘと笑う。
三人は、なんや悪そうな顔で、相談する。
『悪だくみ、ここにあり』みたいな感じで、打ち合わせする。
一人の男が、外出する。
二人の男は、時折、寝入る熊さんを、振り返り見る。
その度に、熊さんの顔を見て、ニヤリニタリする。
お互いの顔を見合わせて、ニヤリニタリする。
数十分して、男が帰って来る。
大きな袋を、両手に、ぶら下げている。
「買って来たで」
「ええの、あったか?」
「細工は流々」
「それはええ」
買って来た男の言葉に満足し、三人は、ゲへへ笑いをする。
三人の男は、袋からモノ出す。
モノは、子供の握り拳大で、包み紙に包まれている。
それを、寝入る熊さんの周りに置く。
事故現場のように、熊さんの周囲を囲む様に、置く。
一重に囲み置いて、余っていたので、二重に置く。
二重に囲み置いて、まだ余っていたので、三重に置く。
熊さんの周りは、ほぼ三重に、取り巻かれる。
満を持して、熊さんを起こす。
「熊さん、熊さん」
「 ‥‥ 」
「熊さん、熊さん」
「 ‥‥ 」
「熊さん、そろそろ起きいや」
「 ‥ ふあ ‥ 」
熊さんは、ようやく、動き出す。
薄らと、寝ぼけまなこを、開き出す。
三人の男は、にへら顔で、熊さんを観察する。
熊さんは、ようよう、起き上がる。
眼を、徐々に、開ける。
眼は、通常のポジションを過ぎても、開かれる。
そのまま眼は開かれ、まさに『鳩が豆鉄砲くらった』みたく、見開かれる。
「 ‥ なんや、これ ‥ 」
三人の男は、熊さんが期待通りのリアクションを取ってくれたので、満足気に頷く。
顔を見合わせて、ウンウン頷く。
熊さんの周りを三重に取り巻いているのは,饅頭。
包み紙に包まれた、饅頭。
しかも、つぶ餡仕様。
熊さんは、そのまま固まってしまい、動けない。
三人の男は、ここぞとばかりに意趣返し。
先程、『熊さんに、偉そうに言われた』のが、不満だったらしい。
熊さんを置いて、部屋を出て、家を出る。
放置プレイ。
ポツーン
熊さんは、ひとり、取り残される。
饅頭の三重円の中、取り残される。
熊さんは、フリーズしたまま。
三人の男が、家を出る。
道を話しながら、ゆく。
「面白かったな~」
「滑稽やったな~」
「これで、熊さんも、懲りるやろ」
等々、周囲に、三人の話し声が、響く。
三人の話し声が遠ざかって、動く。
熊さんの指が、動く。
手も腕も、足も脚も、首も動く。
熊さん、フリーズ解除。
「ふう」
一息つき、手をブラブラさせる。
首を、左右前後に、コキコキ動かす。
『ワザと』と云うか、『プリテンダー』と云うか、そんなもんも、疲れるもんやな。
熊さんの眼は、三重円に向けられる。
饅頭群に、跳びかかる様に、向けられる。
獲物を襲う豹かピューマの様に、熊さんの腕が伸びる。
しなやかにハイスピードで、手が伸びる。
手は、饅頭を掴む。
やいなや、ハイパーヨーヨーの様に、手元に戻る。
熊さんの元へ、可及的速やかに、戻る。
包み紙を剥くのももどかしく、熊さんは、饅頭にパクつく。
二口、三口で喰い終わると、次の饅頭に取り掛かる。
速攻で、取り掛かる。
アッと言う間に、三重円は、二重円になる。
あれよあれよと言う間に、二重円は、一重円になる。
一重円の半ばまで来たところ、熊さんの手が止まる。
げほっ ‥ げほっ ‥
しきりに、胸を叩く。
水分も取らずに、饅頭を連続喰いした為に、喉につかえているようだ。
そこへ、三人の男は、帰って来る。
『『『 イヒヒ、熊さんはどうなったかな? 』』』とばかりに、窓から家の中を、覗き込む。
「げっ」
「マジ」
「うわあ」
饅頭の円は、一重のみになっている。
しかも、その円も、半分方、消えている。
円の真ん中にいる熊さんと云えば、何を怯えることもなく、鎮座ましましている。
どころか、手には、饅頭。
包み紙を剥いた、饅頭。
歯型がクッキリ残った、喰いかけの饅頭。
「あいつ、担ぎやがった」
「「やられた」」
三人の男は、家の中に、飛んで入る。
部屋にも飛んで入り、熊さんに詰め寄る。
「なんやねん、熊さん。
饅頭怖いんとちゃうんか?」
一人の男が糾弾気味に、熊さんに、問い詰める。
ずいずいーっと、三人の男が、詰め寄る。
お互いの制空圏もなんのその、三人の男は、熊さんに顔を近づけて、詰め寄る。
熊さんは、つかえる胸を押さえ、右手を差し出す。
三人の男と距離を取って、右腕を伸ばし、掌を三人の男に向けて、右手を差し出す。
まあ、ちょっと待て。
ほんで、落ち着け。
つかえる胸が一段落したのか、熊さんは息を吐く。
「ほっ」と、息を吐く。
それを合図に、三人の男は、再び問い詰め寄る。
「「「 どういうことやねん! 」」」
熊さんは、簡潔だが、猛烈に問われる。
「すまんすまん」
「「「はっ?」」」
「ホンマは、饅頭、怖ないねん」
「なんや、それ」
「そういうことかい」
「おかしい、と思た」
三人の男は、口々に、熊さんへ不平を漏らす。
熊さんは、しきりに胸をさすりながら、『ごめんごめん』の苦笑を漏らす。
「すまんすまん。
お詫びに、ホンマに怖いもん、教えるわ」
「ホンマか?」
「嘘やないやろな」
「今回は、大丈夫やろな」
熊さんは、『信用無いな』の苦笑を漏らす。
「ホンマホンマ」
「ほな、何やねん?」
三人の男は、一人が問いを発し、二人が固唾を飲む。
熊さん、溜める。
溜める。
場を、溜める。
「ホンマは ‥ 」
三人の男が、乗り出す。
「お茶が怖い」
ドタッ
ドタッ
ドタッ
三人の男、乗り出し崩れる。
熊さん、つかえた胸をさすりさすり、すまし顔。
エルル、見事にオチを決めて、ドヤ顔。
画面に見入る、パワーポイント紙芝居に見入る子供達を、ドヤ顔で見廻す。
‥ アハハハ ‥ アハハハ ‥
‥ アハハハ ‥ アハハハ ‥
瞬間爆発の笑いではないが、穏やかな笑いが、ジワジワと広がる。
タイムラグはあるものの、ほとんどの子供達に、オチは伝わったようだ。
この噺の面白さが、伝わったようだ。
ピュルルが、まとめ、ラスボス、トリとばかりに、ディスプレイの前に出て来る。
「では、最後に ‥ 」
溜める。
「質問です」
言いながら、ピュルルは、後退る。
颯爽と、後退る。
胸元に置いていた手を、ディスプレイに伸ばしながら。
掌を上にして、『どうぞ』とばかりに。
ディスプレイの画面には、こうあった。
みんなの怖いものは、何ですか?
靴にカンジキを付けた子供達は、一切に答える。
「「「「「「「「「「「「 ロボットが怖い 」」」」」」」」」」」」
おあと (お未来) が、よろしい (好ろしい) ようで
{了}