第八話: 氏家 仁 ⑥
◆まえがき◆
やはり大部屋では執筆活動は困難を極めます。
(周囲は認知症の人達のぼやきに溢れ、夜は消灯で作業は無理ですから…トホホ)
さて、
渾身のアイデアが不採用となった氏家ですが、
若きクリエイターの情熱は、これくらいの事では止まりません。
彼が次にとる作戦やいかに?……
では第八話、お楽しみください!
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1992年 初夏。
――未来のゲームが作れないのなら、それに繋がるユーザーを育てれば良い――
渾身の妙案に蓋をされてしまった私が次にとった策は、アプローチを変えた持久戦でもってこれに挑む。という新たな戦略だった。
「子供に〝自分の力で作る〟という気持を芽生えさせ、かつ実行できるソフトを…」
一つの決意の元、私は1本のアプリの仕様を完成させた。
商品の名は『おどる絵日記』。
おどる絵日記は、〝遊びながら子供の創造意欲を高める〟という売り文句のもと、早くから文字を覚えだした幼児~本格的に学校で文字を教わりだす小学校低学年層をターゲットとして設計された4~7歳向けの「ピクチャーノ専用ソフトウェア」で、様々な種類のアニメーションスタンプ(画像自体がモーションデータを持ち、個々のアニメを展開するスタンプ)と文字スタンプを組み合わせて、ブロックを組み立てるような感覚で〝動く絵日記〟を作成する。という「知育アプリ」だ。
〝子供の創造意欲の向上〟という商品コンセプトを実現させる為に、アプリは達成すべき2つの課題を掲げていた。
課題1:4~5歳の幼児を如何に飽きさせずにモニターに注目させ続けるか?
課題2:文字を覚えたての小学生に如何に「日記を作る意欲」を発生させるか?
後者の「意欲を駆り立てる方法」についての答えは比較的簡単に出せた。とにかく『子供が喜ぶようなア二メスタンプ』を沢山用意する事。彼らが描いた「手書きの絵」と組み合わせる事で効果を発揮する〝面白い動き〟のスタンプや〝汎用性の高いエフェクト的スタンプ(炎、水、光、天候など)〟を揃えておけば、それだけでも十分な効果が期待できたからだ。
が、問題は前者の方だった。
「幼児を飽きさせない」というテーマのもと、私が必要な手法としてまず注目したのは、一般に広く出回っている『触って遊ぶ幼児用玩具』の類が共通してとっている手法〝日常の様々な動きを玩具の遊びの中に取り入れる〟というものだった。
これは例えば、「ボタン操作に伴う押し込み運動」や「数珠的なスライド運動」、「ダイヤルをルを回す回転運動」や「叩いて音を出す打撃運動」…といった〝物に対するアプローチとその反応を楽しむ行為〟そのものであり、乳幼児が自らの身体を使って学ぶ〝基礎学習〟のようなものであるから『これは絶対外せない』と思ったのである。
結果、画面上の操作パネルの隅々にそれらを散りばめる。という構成に至り、その方向で画面の基本デザインをまとめた私は、その時は安易にこう考えていた。
〝触って楽しめる部分が沢山あればとりあえずは飽きないハズ〟
だと――。
だが事はそう単純ではなかった……。
「これはまずいぞ」
そう思ったのは〝日記〟部分以外の操作仕様が全て入ったテスト版で、実際の操作テストを行った時の事だ。このアプリの基本画面には、子供が画面上で操作するカーソル(〝手〟の形のアイコン)の動きを〝眼〟で追い、何かのアクションが実行されるたびそれに応じた反応をする『サポートキャラ』が画面の右上に常に表示されており、このキャラが〝子供のアクションを誘導する〟という仕組みが備わっていた。
この辺の仕様は、ほぼイメージ通りに機能していた。だが、最重要部分である〝触って遊ぶ〟部分に根本的な問題が発生したのである。
「どう?一応、仕様通りに入れてはみたけど…」
プログラムを組んでくれた先輩の亀戸が聞いてくる。
「仕様はちゃんと反映されてますね……ただ」
「ただ?」
「何と言うか……マズイですこれ……いじっていて全然面白くない」
「えーー!?どーゆう事よ?」
自分でも「あれれ?」と感じる第一印象だった。訳が分からず動揺が走る。
実際の絵日記を組み上げるメイン部分以外に散りばめられた「仕掛け部分」は確かに仕様通り正常に動いている。だが、それらをいじっても何の感動も無いのだ。
「ここを触るとこうなるのか~」
「こっちを触るとこうなるのね」
「ああ、ここも動く…」
「で、だから何?」
画面を操作して感じたのはそんな感想だった。「ここをいじったらこういうリアクションが起きました」という感覚以外、込み上げてくる思いが何もないのである。
――なぜだ?――
ここで私は、初めてこの仕様の根本的な欠陥に気付く。
「……触感が無いんだ」
よく考えれば極めて当たり前の事であった。
触ってその感触を楽しむ物をいくらリアルにモニターに再現しても、それはあくまでモニター上で起きる出来事。ボタンを押したら上映される短いムービーを〝ただ見る〟ようなもので、肝心の〝触感〟には程遠い感覚の違いであった。
だが、この部分をこのアプリから外すことはできない。これはこの商品の本幹に関わる重要部だ…
――どうする?何か手はあるのか???――
「おいおい~、俺は言われた通りやってんだからさぁ、ちゃんとしてくれよな~」
私は、あきれ顔の亀戸に嘆願し、仕様について一日考え直す時間をもらった。
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「触感をデジタル画面で表現……さて、どうしたものか?」
最初に浮かんだのは〝音〟にこだわってみる。という手。
アイテム類をいじった時に出るSE(擬音)は、そもそも〝実物に似た音〟をチョイスはしていたが、リアリティを追うのではなく〝それっぽい質感や重量感を感じる音〟になる様、チョイスし直すという対応だった。
大きなボタンには『重くて低い音』、小さいボタンには『軽くて高い音』をあて込む。『聞こえないであろう部分に、あえてそれっぽい音をあて込む』…という感じで、こちらはすんなりと新データの準備が進む。だが、どう考えてもこれだけでは足りない。音だけで劇的な変化があろうはずもない。
私はテーブルの上に置いた大小様々な物体を前に、それらを持ち上げたり引っ張ったりする行為を繰り返すが、一行に何も浮かぶ事はなくただ不毛な時間だけが過ぎていく…
「だいたい、モニター上で起きてる事だからなぁ…画面を見るのと実際に触るのとじゃ、大違いだし…」
私は何気なくテーブルの端にあった広辞苑に手を伸ばした。
「くそ重いな」
その紙の塊は想像以上に重く、脳が腕の筋肉に指令を出した後、ちょっとの間を置いてテーブルから宙に浮かぶ…
「!」
私はハッとして持っていた辞書をドスンとテーブルに戻した。
「〝時間〟…だ!」
閃きが消えないうちにと、私は慌てて亀戸のデスクに飛んでいき、矢継ぎ早に質問した。
「亀戸さん…アイコン類に触った時に対象が反応する迄の時間速度って変えられますか?」
「変えられるけど…何で?」
「それで触感を出したくて?」
「触感?……触感って触った感だよね?……ちょっと何言ってんだかわからないんだけど…」
私は、画面上で触れるスイッチ類の「重さや質感」を『本体操作部(ピクチャーノ本体側のボタンとタッチペン)の〝反応速度の違い〟と〝アニメの展開速度の違い〟で疑似的に表現できるかもしれない』という仮説を訥々と亀戸に説いていく。
「うーーん……良くわからんが、そこまで言うならちょっとやってみるか」
30分ほど自分なりの想定される効果となぜそうなるのか?を説明したところで亀戸はようやく一文字に閉じていた口をあけた。
「ありがとうございます!調整回数、なるたけ少なくすませますので…」
「たのむよー。一気に沢山変えるのは結構めんどくさいんだから……で、時間の調整単位はどうする?1秒刻みでいい?」
「…0.5秒……いや、コンマ1秒刻みだとありがたいんですが」
「!!コンマ1秒~~!?それホントに必要あるのかよ??」
「はい。1秒だとどう考えても長すぎそうで…」
「だからってコンマ1秒って……まぁ仕方ねーからやってやるけどさぁ。2~3回で頼むぜ差替えは。あんまりここで時間とってらんないんだから」
亀戸は私の突拍子もない要望を渋々ではあるが苦笑いで引き受けてくれた…
調整のさ中、改めて実感したのは「1秒の長さ」のこと。
1秒という時間は本当に長い。実際の所、「0.1秒」を体感的に実感するのはかなり難しい事だろう。だが、これが「0.2秒」になると勝手が変わってくる。驚くべき事に0.2秒という時間になったとたん、誰もが如実に差がわかる速度になってくるのである。
「たかだか反応の時間調整で操作感がこんなにも変わるとは…」
当初は〝何となくそんな気がして~〟というレベルで開始した調整実験であったが、その効果のほどを目の当たりにした私は、人間の感覚の繊細さに驚嘆するとともに、デジタル表現の奥深さを肌で実感したのだった。
そして、最終的には当初予定を大幅に上回る微調整を繰り返し、それなりの手触り感が出た所で、この記念すべき「気付き」の作業は幕を閉じたのである…。
(つづく)
◆あとがき◆
実は「絵日記アプリ」の後には、
簡易アニメーション制作アプリ「アニメつくっちゃおー」、オリジナルメカ制作アプリ「メカニック博士」と〝創作アプリ〟を続けていき、
満を持して『オリジナルキャラバトルゲーム』を再浮上させる作戦でしたが、流れは意外な方向に進んで行きました…
いや~。ゲーム業界、恐るべし…
第九話は2/13(火曜)に発表予定!
でわでわ~(^^)/
※お詫び※
先行してある程度書き進めていたお話も、残すところ3回分程度…
この環境では、ストック消化後の執筆は超スローペースになる、もしくは一旦休止状態になってしまうかと思います。
ゴメンナサイ。。。
(神様はどこまでも残酷だ…)