第六話: 氏家 仁 ④
◆まえがき◆
未曽有の大震災が起きた2011年。
その13年前、1998年が今回の舞台です。
この時代は氏家がまだK社でバリバリと働き、夢を追っていた時代…
お話はその思い出のワンシーンからスタートします。
では第六話、はじまりはじまり~。
(※2/5にUP予定でしたが、早めに準備ができましたのでUPしてしまいました…(^_^;))
********
1998年 とある寒い秋の夕暮れ時。
「あれ、遠山君?」
「あっ、氏家さん。…氏家さんも阿佐ヶ谷なんですか、住まい?」
前方をうつむき加減で歩いてきた若者が会社の後輩に似ていたので、声をかけてみると案の定本人だった。
我々は、4年前に鳴り物入りで突如業界に登場した家庭用ゲーム機「プレイジョイ」のソフトウェア開発に携わっており、互いに別チームではあったが、私のチームが先行して制作した社内初の家庭用フルポリゴンゲーム「イレヴンウィナーズ」から派生してスタートした2つの「3Dスポーツゲーム開発チーム」のうちの一つに彼が所属していた事から、何度かチーム視察に訪れ会話を交わしていたという間柄であった。
「俺も阿佐ヶ谷。…あ、これから軽く飲みに行くんだけど一緒に行く?」
「全然かまいませんよ」
突然の誘いに気さくに同意してれた彼とともに、我々は商店街の中ほどにあった飲み屋の暖簾をくぐった。順当に割りものからスタートする彼に対し、私はマイペースにいきなり熱燗を注文する。
「いきなり日本酒ですか」
「寒いからね」
しばらくは当たり障りのない最近おこった周囲の出来事など話すが、話題はすぐにゲーム開発の話になる。先に口火を切ったのは遠山の方だった。
「ところで、今やってるゲームの件なんですが…」
「ああ、あの〝霧〟のゲームね」
彼のチームは「新人がメイン」で構成された珍しいチームであったにも関わらず、同メンバーで最初に制作した〝オリンピック競技〟をテーマにした3Dゲームをしっかり完成させ、かつ、次作に繋げたという実績が評価され、オリジナルゲーム開発を任されるに至っていた。
遠山は、新チームのディレクターという立場で現場を仕切っていたが、今回、彼がチャレンジしているゲームは、先行で他社から発売され既に大成功を納めていたビッグタイトル「バイオデッド」と同じホラーゲームであり、何かにつけてこの〝お化けタイトル〟と比較されていたのだった。
「正直なところどう思います?……売れますかね」
「売れる売れる。あの霧の感じ、すごくイイしさ。……ムービーも不気味だし」
「え?…ああ……そうですか」
それまで難しい顔をしていた遠山の表情が緩まる。
「でもあの霧はよくやったよね。あれなら遠景の処理落ち全く気にしなくていいしさ。初期の〝背景がボコボコ出たり消えたりするストレス〟も、最新画面見たら全くなくなってるし、雰囲気良くなったよね」
「ええ。…表示係はうまくいきました」
「前のスポーツゲームみたくパーツがすっ飛んだり、変形したりはしないんだよね」
「ないと思います」
遠山は苦笑いする。
「そう言えば、遠山君とこにムービー作ってる活きがイイ若いのいるでしょ」
「…ああ、須藤君ですね。彼がなにか?」
「俺さ、最近までよく会社の仮眠室使って泊りの作業とかしてたんだけど、同じカンジでしょっちゅう仮眠室に泊まってる若い奴がいてさ。何の気なしに話しかけたら君んとこのムービー作ってるって聞かされて、少し話をしたんだよね」
「はぁ。…彼、何か気になる事でも言ってましたか?」
「実は、ゲームは作りたくないんだとさ。ムービーだけやっていたいって」
「あ~なるほど……で、氏家さんは何と?」
「作んなきゃイイじゃん、て言っといた」
「えっ?」
あまり感情を外に出さない遠山が、ちょっとギョッとした顔をする。
「会社に言ってムービー部とか作ってもらえば良いんじゃない?って言ったら笑われちゃったよ。こっちはかなり真面目に返したつもりだったんだけど…」
「そうですか。…なかなか会社に意見するっていうのも難しいですからね。普通は」
遠山は意味深な笑みを浮かべながらつまみを突いている。
「いや、でもさ、すぐにそういう時代になるって。豪華な3Dムービーがゲーム中に普通にバンバン割り込んでくるような時代にさ。レンダリングの速度だって、とんでもなく上がってる訳だし」
「それはそうでしょうけど」
遠山は私の勝手な持論を聞きながら相変わらず穏やかに笑っている。
「そういえば、一回だけ須藤君にすごく怒られた事があったよ」
「?……何かあったんですか?」
「去年の冬の夜にさ、例によって俺と彼の二人だけで仮眠室使ってた時の事なんだけど、彼がコンビニに買いだしに出てる間に夜間用の出入り口の鍵を開けとくって約束したままうとうとしちゃって……寝ちゃったんだよね」
「ホントですか?……で、どうなったんです?」
「小一時間して気が付いて慌てて鍵あけに行ったら超怒られた。…凄く寒い夜だったからさ。〝死んだらどうすんですかっ!〟て」
「……そりゃあ怒りますね」
遠山は流石に表情を濁してそうつぶやくと、グラスに残った酒を一気に飲み干した。
「だよね。悪いことしちゃったよ。ほんとに……でも彼、凄い真面目だぜ。よくよく聞いたら、何か締切りに追われて泊まってるんじゃなくて単に『SOFTIMAGE』の研究でって言うんだから。……人物を創るのが楽しくて仕方ないんだとさ」
遠山は納得がいっているのか、何度も小さく頷きながら話を聞いている。
「俺なんか、イレヴンウィナーズ作り始めた頃が仮眠室使ってたピークだったけど、あの頃は〝仕方なく〟だったからね。…仕様起こして、モデル作って、モーション打ち込んで、カメラやって、ライティングやって、ムービーもやって…そもそも『独りでやる仕事量か!』って半ギレ状態で渋々泊まってた訳だから…」
「そうですよね~。氏家さんところは、最初は氏家さんとプログラマーの方と2人だけでしたもんね」
「セイさんね。あの中国の人、ホントに凄いプログラマーだよ。…まぁ、もめ事も絶えなかったけど」
「言葉とか大丈夫だったんですか」
「盛さんは日本語ペラペラだからね。それより、考え方がすごく論理的で真っ当だったから……変則的な仕様を出した時に納得してもらうまでが大変でさ」
「というと?」
「例えばロングパス。パス受ける側がボールの受取り有効ポイントに入ったらさ、ウチの仕様だと着弾の数フレーム前からボールの方が選手にくっつように軌道を変えてるんだよ。でもそういう仕様には〝それは不自然でしょ〟ってなっちゃう訳」
「そんな事してたんですか?」
「うん。リアルな展開に見せる為に色んな事やってるよ…カメラの動きとかもそう。勝手に〝フローティングカメラ〟って命名したけど、ボールを追ってサクサク動かすんじゃなくて『ふわぁーん』て感じに動かすカメラワーク」
「?」
「つまり、カメラをビシッと止めず、固定前に必ず動きを緩める遊びのフレームを少しだけ入れるの。…初動時はほんの少し。固定時には多めにね。で、固定される前に移動が入ったら、動きを中断して再スタートさせるってやり方。そうやって実際のカメラでボールを追ってるような〝自然な臨場感〟を出そうとしたんだけど、それだって最初は〝パッと動いた方が絶対プレイしやすいでしょ〟ってもめてたしね…」
「なるほど……色々あったんですねぇ」
ゲームの話は尽きず、気付けばあっという間に2時間ほどの時間が経過していた。
明日も仕事なので、とりあえずお開きにしようという事で席を立つ。
「そういえばなんでタイトル『クワイエット・ゾーン』にしたの?」
何となく聞いてみた質問に、少し赤ら顔の遠山は小さな声でこそっと答えた。
「ベースは〝静岡〟なんです。しずかな・おか……これまだ内密に」
(つづく)
◆あとがき◆
今回は、業界30年クラスの人であれば何となく想起できるであろう懐かしい時代の物語です。
世の中にプレイステーション初代機が出た数年後の時代を切り取っています。
お話はあくまでもフィクションですが、色々と感慨深いところがありますねぇ。
第七話は2/7(水曜)に発表予定!
話はゲーム開発初期の思い出へと更にさかのぼっていきます…
お楽しみに。。(^^)/