第五話: 氏家 仁 ③
◆まえがき◆
2/4UP予定でしたが、連投でUPしてしまいました。
幸いな事にまだ大部屋に空きが無いようで個室での作業が続けられているので、この隙にできるだけ書き進めようと、痛む中臀筋にムチを打って執筆を続けている次第です。
(ホウコウ筋が外側筋群の代わりに頑張って『奉公』中……専門的すぎか(笑))
さて、物語は「悪い冗談」の固まりのような男〝DJオカベ〟の展覧会の話となります。
画廊を訪れた氏家の反応やいかに?
では第五話、お楽しみください。
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次の日 6月 ×日 16時。
「まぁ、こんなもんだよな………そもそも絵畑とは無関係な男なんだから」
画廊を出た私は、近くの公園で頭を冷やしていた。
途中で買った菓子パンの切れ端を足元を物欲しそうにウロウロしている鳩に放りながら〝若干の妙な期待感〟を持って会場を訪れた自分に苦々しく言い聞かせる。初めからある程度予想はしていたものの、やはり展示されていた作品群はとてもではないが「絵画」と呼べる様な代物では無かった。
展示物は、どこかから取り込んできた名所や名画の写真をコラージュしたものをパソコンで画像加工し、それを電脳チックなデザインの額にはめ込む、といったワンパターンの繰り返しで『最後に電光装飾を施して一丁あがり』的な、拍子抜けするほどお粗末なものであった。
集まった5~6羽の中の1羽が、馴れ馴れしくバサバサッと席の横に置いたペーパーバックの上に飛び乗ってくる。
「こら!…お前、荷物に乗るんじゃないよ」
鳩は掃った手を器用に避けて地面に降りると、何事も無かったかのようにように再び頭を前後に振り振り、次の餌の投入を待つ仲間の中にすっと溶け込んだ。
私は会場で配られたA3サイズほどあるかと思われる不必要に大きいバックの中から、これまた不必要に大きいパンフレットを取り出し中身を確認してみる。
――『未来を切り開く新鋭アーティスト/DJ・OKABE―』――
「自分で「新鋭アーティスト」とか言うか?……悪い冗談だぜまったく…」
恥ずかしげもなくでかでかと書かれたタイトルと、その下で黄色と黒の縞模様のサングラスをかけ、下品に笑う作者のアップ写真がいきなり目に飛び込んでくる。その横のページには、深い意味があるのか無いのか、どうにも捉え所のない作者の「アート持論」がつらつらと踊っている。
私は文章の3行目あたりでうんざりし、気分を切り替えようと「作品」と書かれた次ページをめくる。しかし…現れたのは絵画作品ではなく、左ページには彼がDJの傍ら活動しているバンドのライブ写真、右ページはDJ機材の横でポーズを決める彼の写真が並んでいるという有様だ。
「何だこれは???」
狐につままれた気分になり冊子全体をペラペラとめくって流し見をすると、なんと、そのパンフレットに絵画作品が載っていたのは最後のページのみで、あとはよくわからない夜の街の切り取り写真と作者の意味不明な主張が延々と展開する、という始末である。
私は蓋をするようにパンフレットを閉じる。
こんな男が新時代を牽引する次世代リーダーとして祭り上げられているとは…
辟易して天を仰ぐ私のつま先を、ちょんちょんと小さな嘴がつつく。
「でもまぁ……俺も似たようなもんかもな」
業界でのモノづくりの情熱は冷え切り、流れてきた仕事をそつなくこなす、というスタンスに落ち着いてしまった自分を改めて顧みると、結局は「流れに乗っているだけで何も生み出してはいない」ような気になり、言いようのない虚無感に襲われる。
「漫画家になる」
それが子供の頃の夢だった。
漫画を読む事と描く事に明け暮れた小学生時代に好きだった漫画家は「楳図かずお」「日野日出志」「つのだじろう」「永井豪」「とりいかずよし」…そして当時の私の神様だった「手塚治虫」大先生。あとの漫画家の作品は殆ど読まず、漫画といえばこの6人の漫画をただひたすら読みふけっていた。
当時の手塚先生は、既に誰もが認める漫画界のレジェンドの地位に君臣しており、彼を崇拝する者は多かったが、「日野日出志が好き」という小学生はあまり居ないだろうと思う。彼は俗にいう「カルトホラー漫画」を描く作家だからだ。
日野日出志にハマったきっかけは、彼の単行本『地獄の子守歌』だった。私はこの本に衝撃を受け、保存用と普通に読む用の2冊を買ったばかりか、後者に至ってはコーヒー牛乳をこぼして汚れてしまった為に再購入したので、同じ漫画を都合3冊持っているほどのハマりぶりであった。
日野日出志のような強烈な成人向けホラーに熱狂する〝ませた子供〟と思いきや、永井豪の作品は「デビルマン」より「へんちんポコイダー」の方が断然好き。という変な子供でもあった。
中学の頃には本格的に漫画の勉強を始めていて、講談社の児童漫画誌に作品を投稿しようと、きちんとペン入れした漫画を描いたりもしていたのだが、修学旅行に行っている最中に
「もう幼稚だから」
というよくわからない理由で、持っていた全ての漫画コレクションをちり紙交換に出されてしまった事で、この夢は儚く消えてしまった。今思うと、それくらいの事でへそを曲げて描くのを止めてしまった訳だから、早いうちに漫画家の道を諦めたのは正解だったのだろうとも思う。
「あの頃が一番まともだったのかもしれないな…」
足先を一心不乱につつく鳩が、ダメな若輩者に無駄な説教を延々と繰り返す人の良いお年寄りの様に見えてきて、何だか気まずくなる。
「そうだ!……久しぶりに飛騨山でも行てみるか」
ふと、若いころ足繁く通っていた阿佐ヶ谷にある大衆居酒屋の事を思い出し、無性にそこに行きたくなる。酒を飲みたくなったからではなく、そこでよく遭遇していた「オカベ」や「今の私」とは真逆の位置に存在する不器用で気の良いミュージシャンたちの事を想い出したからだった。加えて、その店は私が独房入りした例の事件後、3年の禁酒期間を置いた後に久しく飲酒を再開した記念すべき店でもあった。そこに行けば「汚いものを酒でもって洗い流せる」そんな気がしたのである。
電車に揺られ、中野を過ぎたあたりで「店を最後に訪れたのは10年ほど前」であった事に気付き、急に不安になる。ネットで調べようと反射的にウエストポーチに手を伸ばすが、何となく携帯電話で店の閉店を調べるのは違うような気分になり、その手を引っ込めた。
――『あさがやー。あさがやー』――
聞きなれた列車の発着メロディーを背に南口に降り立った私は、店へ向かい歩みを速めた。歩きがてら、最後に店に行った日に、緑色に髪の毛を染めた「店の名物おばちゃん」から、よく来ていたミュージシャンが自殺してしまったという話を聞かされた事を鮮明に思い出していた。
彼が店のトイレ手前の細長い「小さな座敷」で行っていた賑わいに何度か乱入させてもらっていた私は、当時、ショックで返す言葉が出なかった。何故なら、彼のバンドが当時は少なかった派手なパンクロックバンドで、初期は『色物』として世間で揶揄され続けていた事、そして、結果的にはTVでも大きく取り上げられる程、しっかり成功を収めた事を知っていたからだ。
本人の身に一体何があったか見当もつかないが、不思議と妙な納得感もあり「まじめで繊細な奴ほど早死にするんだな」と、深酒に沈んだ事がつい最近起きた出来事のように思えて胸がつまった。
「結局、下衆野郎の方がのうのうと大手を振って生き残るって訳か…」
考えているうちに、今日も深酒になりそうなそんな予感が募っていく。
残念ながら今の自分には、そういった理不尽に対する「怒り」や「反逆精神」といったパワーは既に残ってはいない。田舎の山奥に佇む、忘れられた石像。誰からも見向きもされず只々じっと雨風を受け入れている、そんな「あきらめの極地」まで自分が来てしまっている事を痛いほど自覚していたのだ。
――受け流すんだ。ただ受け流そう――
言い聞かせるように私はそのカラフルな記憶に封をした。
「あららら…。やってないみたいだ…」
目的地に到着した私は、閉まったシャッターの前で肩を落とした。店自体は存在はしたもののどうやら休みのようである。
「あれ?」
日を変えて出直すか?などと思い巡らしつつ、何となく視線を周辺にやってみると、店回りの様子が以前とはどことなく違う事に気付く。私は頭を2~3回コツコツと掌で叩き、昔の記憶を奮い起こしてみる。そういえば入口の真上に看板があったような気もするが、それが見当たらない。
「あのー…ここって飛騨山って居酒屋さんですよね?」
たまたま通りすがった地元民ぽい中年男に尋ねてみる。
「あ~飛騨山。いい店だったよね~。けど、とっくに閉めちゃったよ。…そこ、今は違う店。うん」
男性はそう言うと、それまで手で押し進めていた自転車にひょいと飛び乗り、にこやかに走り去っていった。
「イイ奴は若くして世を去り、彼らとの思い出の店も消えちまった……か……」
私は、数分の間そこにぼうっと立ち尽くし、古いアルバムを流し見するように暫し昔の思い出に浸った後、気持ちを切り替えて別の飲み屋へと移動した。
(つづく)
◆あとがき◆
分かる方は薄々感づいたと思いますが、最後に出てくるミュージシャンは、もと某有名ロックグループのギタリスト「H」さんのこと。
彼は生前、阿佐ヶ谷の居酒屋でよく飲んでいて、酔っぱらった私の乱入を怒りもせず受け入れてくれる本当に気立ての良い男でした。
(今回のお話は「H」さんに捧げるお話でもあります…)
第六話は2/5(月曜)に発表予定!
色々と溜めこんだ事務処理があるので少し間があきますが、宜しくお願いします。(^^)/




