第四十三話: エピローグ
◆まえがき◆
長かったこのお話も、今回が最終話となります。
では物語の結末、どうぞお楽しみください…
エピローグ
周っているのは
メリーゴーランドという名の
ねずみの回し車
いじくられた確率の渦の中で
じたばたとあがく僕たちは
滑稽な道化師なのか?
はたまた
ただの燃料なのか?
いずれにせよ僕らの本質は
ただの変数の寄せ集めに他ならない。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
2023年 8月 新宿。
ざわつく街の息吹と行きかう人々の雑踏の音が朦朧とした頭をゆっくりと揺り起こしていく。
「ここは?………いかん!……何曜日だ?今日は?」
どこかの汚い路地裏に積まれたゴミ山の中で目が覚めた私は、慌てて自分のポケットをまさぐりケータイを取り出す。その画面の割れ具合をみて一瞬で先日の記憶が蘇り、とりあえずその日に仕事が無い事にほっと胸をなでおろした。
「危なかったな昨日は………あの車……いきなり突っ込んできやがって」
私はまとわりつくゴミ袋をかき分けながらゆっくりと上体を起こし、前方に放り出された両足をゆっくり曲げてみる。昔の大事故で一時は使い物にならなくなった左脚の古傷が相変わらずしくしくと痛むが、どうやら大した怪我はしていないようだった。
「そうだ」
先日、豊洲の清掃現場のタワーマンションの責任者に送ったメールをチェックする。未だ既読にもなっていない。
最近、というかここ半年ほど前からではあるが、危険物やあまりに酷い未分別ゴミが出されている場合は〝上へ報告するように〟とのお達しがあった。その決まりに則り先日も現場の写真を送ったがのだが、先日のゴミ庫の状況は最悪であった。
袋から突き出したワイングラスの切っ先
液漏れして床にまで散らばった残飯や汚物
直に打ち捨てられたオムツの束やペットの糞…
酷い捨て方をされるフロアは大体決まっているし、集積所の醜悪さが増す乱痴気騒ぎが行われるのも大概は月末か連休明けなので、常に心の準備はしていた。だが他人の残飯を片づけるのはやはりいつまで経っても嫌なものだ。特に、それがよくわからない外国人のものだと思うとなおさら虫唾が走った。
『あんたがゲームを作ってたのってそもそも大昔の話でしょ。……ていうか、アパレルちゃんの話とか、シルバービームの話とか、なんか眉唾なんだよね~。しかもその格好でそんな話されてもさぁ~……信憑性ないんだよな~』
不意に、昨晩、新宿の家電屋での買い物帰りに寄った居酒屋で遭遇した若者連中との会話がフラッシュバックし、嫌な気分が蘇える…
※※※※※
「ちょっと聞いてくれみんな!このおっちゃん面白いよ~。なんかゲーム作る人らしいんだけど、昔、中央線沿線をぶらついてた芸能人を大勢知ってるんだとよ~」
どこからともなく「ウォー!」という動物の鳴き声のような歓声が上がる。
「あと『イレヴンウィナーズ』の立案者だとか言ってるんだよねー」
――まじかー!――
――ウケる~――
歓声は続く。
「でも今ググったら何も出てこなくてさ~、ウィキもないし~」
――え~――
――フカシだろそんなのー――
辺りでブーイングが始まる。
「まだあるぞ!…そんで、言うに事欠いて『モンストーン』の立ち上げスタッフだったんだとさ~。話ぶっ飛んでんだよ~」
――ファーンタジー!フゥーーーッ!――
誰かがホロホロ鳥のような奇声を発した。
奥の方からどっと笑い声が聞こえる。
私は相手がゲーム好きだと聞き、聞かれるがままについつい自分の昔話をしてしまった。ついでにサービストークで「世の中の人が殆ど知らない芸能人の昔話」などもしたものだから、会話は自然と「現実離れ」した妙な雰囲気に変わっていった。そこですぐ止めれば良かったのだ……すぐ止めれば…
売れない時代は〝名前だけでも覚えて帰って欲しいシリーズ!〟と叫び、絵かき歌をうたっていたシルバービーム。貧乏芸人で売っていたが中野のバーのBIPルームで仲間たちと高級葉巻を吹かしていたアパレルちゃん。今や超売れっ子のイケメン俳優「兵頭拓馬」らもその一派だったこと…等々、調子に乗って相手が食いつきそうな話をしたのが完全に裏目に出る形になってしまった。
「で、最終的に今は〝ビル清掃員〟をやってますって…あり得ないでしょ~」
「仲間うちにFFをつくった奴がいるから、データ打ち込みの仕事くらいだったらいつでも紹介できますよっ!」
「体力に自信あるなら、掃除じゃなくてモーションデータのモデルとかさ~」
さんざからかわれた挙句、こちらがトイレに立っている間に若者グループらはさっさと会計を済ませて店を出てしまっていた。
不愉快極まった私は、現実に蓋をするかのように喉の奥に酒を流しこむ。
3杯…
4杯…
私の頭の思考はみるみるうちに淀みだし、最後は完全に停止してしまう。
※※※※※
どうやって会計を済ましたかも分からない。
気が付くと私は、よくわからない見たこともない汚らしい路地裏をまるで迷子になったドブネズミのように、古傷でガタ着いた左脚をかばいつつ、ヒョコヒョコと歩いていた。
そしてやっとの思いで路地裏から出た矢先、横方向から勢いよく車が突っこんできた。
それが最後の記憶だった。
目が覚めたのは、狭い雑居ビルの隙間の薄汚いこのゴミ捨て場だった。
『ズキン!』
後頭部に強い痛みが走る。
私は反射的に後頭部に手を伸ばし、痛む箇所を手触りを確認する。
「………良かった。コブができてるだけみたいだ」
ふと胸元に目をやると、残飯のカスがまるで初めからそこに装飾されていた模様の様に一つにまとまって上着に同化している。私はその固まりの中から麺らしき物体をつまんで引き剥がす。
ツンとした酸っぱい臭いが立ちあがり、鼻腔が刺激される…
――粗大ゴミだな……まるで……――
『キィーーーーーーーーーーーーン』
頭上を旅客機とは似ても似つかない形のよくわからない飛行機が低空飛行で飛んでいる。国内機が飛べる高さではないからおそらく米国機だろう。
不気味な鉄の鳥を眺めながら、ぼんやりと先週あった出来事を回想してみる。
「あいつ……死んだんだな」
池矢の身内と名乗る女から連絡が入り、それを知ったのは先週、金曜の事だった。
奴と出会ったのは何年も前の事だったが、『池矢』という名前を聞き、直ぐにあの奇妙な夜の出来事が思い出されたのは、奴が残した衝撃が私にとってそれほど深く、不可解極まるものであったからだ。
女の話では池矢が死んだのは半年前だそうで、訳あってすぐに私に連絡をとりたかったのだが近隣者に私の事を知る者も居らず、その捜索を諦めていたのだと言う。
そんな折り、久しぶりに池矢の古い荷物を整理していたら偶然私のケータイ番号が書かれたメモを発見し、悩んだ末、連絡をしてきたとの話だった。
「訳あって探していた」との事で一瞬訝しんだが、なんでも奴が死ぬ間際に「氏家という男に渡してほしい」と言って彼女に託していた物があったそうで、懐疑心より好奇心が先立ち、その〝預かりもの〟を確認がてら、私はその女に会う事にしたのだ。
「こちらになるんですが…」
そう言って女に手渡された新聞紙の固まりを慎重に開いてみると、それはあの夜、公園の木の下で見つけた懐かしい〝キャンドルスタンド〟だった。
「メノラーキャンドルですね……なぜこれを私に?」
「さぁ……私にも解りませんが、とにかく渡して欲しいと言われたもので……」
事件後、駅前の屋台が店を出す事は二度と無く、あの幻のバーの事を調べても何もわからなかった。
実は女から話を聞くまで、私はあの日の彼らとの出会いを一種の心霊的な何か、或いは昔話にある狐とか狸といった『あやかし』の類が起こした幻だったのでは?と考え、その記憶自体を胸の奥底に封印していた。
だが、池矢はきちんと実在していたのだ。
「やっぱり現実だったんじゃないか……」
長いこと引っかかっていた胸のつかえがとれ、久しぶりに心が安らいだ私は、女に丁寧に礼を言い、その場を去った。
ゴミ溜まりに横たわった姿勢のまま私が思い出していたのは、遠い昔のあの夜の出来事だった。バーテンダー、おでん屋の主人、池矢、霧島… 今となっては懐かしささえ感じる不思議な一夜の記憶だった。
「そう言えば、カバンに入れっぱなしだったな……」
私は、女から譲り受けた〝池矢の忘れ形見〟をカバンに仕舞い込んだまま、それを一度も外に出していない事を急に思い出した。週末から持ち歩いていたその〝想い出の品〟を確認しようと、私は小脇に転がっていた麻のトートバックに右手を突っ込む。
『………良かった。ちゃんとある』
金属片を包んだ新聞紙に手が触れ、その感触にホッと安堵する。
いつの間にか、それまでの嫌な気持ちは完全にどこかに消えていた。
むしろ清々しいような奇妙なまどろみの中で、私は上空を流れる雲をぼんやりと見つめていた。
するとその時――
――キィーーーーーーーン!――
ついさっき頭上を通り過ぎたはずの飛行機が、どういう訳か先ほどと全く同じ位置に再び現れていた。
はじめは何の気無しにその鉄の塊に目をやっただけだった私は、ある「異常」に気付き跳ねる様に上体を起こす。
「あの飛行機……止まっている!?」
信じ難い事に、飛行機は空中の一点に静止した状態で、つんざく様な飛行音を発し続けていた。
音は徐々に私に近寄ってくる。
いや、
そもそもこの音は本当に飛行機からのものなのか?
音源の位置があちこちに感じられ、まったく特定ができない。
私の心臓の鼓動が速度を上げ、徐々に機械音とシンクロし始める。
―いったい何が起きている??――
周囲にこだまする金属音は、私の鼓動をリードするように加速度的に増大していく…
――キィーーーーーーーーーーン!――
ビルの隙間から向こう側に見える人々の流れがゆっくりと速度を落としていき、昔見たチャップリンのモノクロ映画のワンカットの様にピタリと完全静止した。
同時に、鼓膜を破る勢いで耳を襲っていた轟音がプツンと掻き消える。
そして、次の瞬間−−
『?』
それまで空一面を覆っていた灰色のベールが「わっ」と動きを速め、その切れ間から眩い〝光球〟がぬっと姿を現す。不意に現れた光球の強烈な光に眼球を直撃された私は、反射的にその光を右手で遮る。
『!!!』
逆光でネガ状に黒くなった私の手の甲の上で『一匹のムカデ』がびくんと体をしならせた。私はギョッとし、大慌てでそれを叩き落とそうとする。
『!?!?!?!?』
見直すと、すでにムカデはどこかに消え失せていた。
そして――
私の手の甲には「一本の醜い傷跡」が残っていた。
そう、それは遥か昔、自分に刻まれた苦々しい刻印であった。
「池……矢……?」
私はその傷をまじまじと眺めたあと、そのまま手のひらを返して人差し指を立て、右手で〝ピストル〟の形を作ってみる。
――キィーーーーーーーーーーーーーン!――
先ほどの機械音が再び耳をつんざく。
おかしい。
もう飛行機などどこにも見当たらないのに。
いや、そもそも今起きているこれは何だ?……現実か?それとも私の妄想なのか?
ぐるぐると視界が回る。
何もかもが出来の悪いコラージュのように、頭の中でぐちゃぐちゃに入り混じっていく…
「狂ってしまったのだろうか?…オレは」
私はゆっくりと人差し指を自分のこめかみに押し当ててみる。
不思議なことにその指先からは
金属のような冷たさしか感じられなかった。
いつの間にか手に握られたメノラーキャンドルが、額の真横で小刻みに震えている。
周っているのは
メリーゴーランドという名の
ねずみの回し車
いじくられた確率の渦の中で
じたばたとあがく僕たちは
滑稽な道化師なのか?
はたまた
ただの燃料なのか?
いずれにせよ僕らの本質は
ただの変数の寄せ集めに他ならない。
ならば
否、
であればこそ
『ばん!』
真っすぐに太陽の方に向けられた銃口の先で、エンジェルが砕け散った。
―― カラカラカラ――
ねずみの回し車がどこかで小さく笑った。
完。
◆あとがき◆
細かな調整にてこずり、結局朝の5時近くになってしまいました。
長い間物語を読んでいただき本当にありがとうございました。
改めて後日、きちんと「あとがき」を書くつもりです。
まずは寝るぞーーーーっ!(^v^)




