第三十九話: 胡蝶の夢 ⑥
◆まえがき◆
今回は、この告白ゲームの言いだしっぺである「霧島」の告白ターンのお話です。
彼が切り出した「ピストル」の話、この後一体どんな展開をみせるのか?
では「胡蝶の夢・第6話」、お楽しみください!(^v^)
「ピストル、撃ってみたくない?」
「?……ピストルって、拳銃?………ですか?」
氏家は眉をひそめて慎重に聞き直す。
「そ。……本物のピストル持ってるんだよ、僕」
霧島のあまりに突拍子もない発言にどう返答すれば良いかのわからず、氏家は思わず池矢の方に助け舟の視線を送った。
「おいおい、いきなり物騒な事言い出すなよ。…さすがに冗談だろ、それは」
池矢は引きつった笑みを見せながら霧島を問い詰める。
「いやいや、本当本当。……学生時代に手に入れたヤツがあるんだよ」
「学生時代に手に入れたって………切手とかコインの話じゃあるまいし」
「氏家さんのおっしゃる通り。そんな簡単に本物の銃なんか手に入んないって。…どうせ精巧なモデルガンかなんかだろ?」
食い下がる霧島に対し、二人はその言葉を真っ向から否定する。
霧島は〝やれやれ〟といった感じで、少し困った顔をして見せたが、直ぐに池矢の方に顔を近付けて、思いだせよとばかりに小声で語りだした。
「大学時代に写真部の友達と中東に撮影旅行に行ったって話した事あったよな。……あん時だよ。その銃を手に入れたのは」
「……!ああ、言われてみればそんな事あったな。………確かその翌年に…」
「そこん所はいいのよ。…とにかく、あん時に奴が市場でそのピストルを手に入れてきてさ、……それが僕の手元に来ちゃったってこと」
「???……市場?……撮影?」
「こいつ、学生時代に紛争地帯に撮影旅行に行ったんですよ。当時仲良かった友達と二人で…」
「紛争地帯に?……そりゃまたどうして?」
氏家は話が全く飲み込めず、借りてきた人形のように首をかしげて目をしばしばさせている。
「ああ~霧島、…お前、ちゃんと氏家さんにも説明しないと…」
「そうだね。いきなりこんな話しても全然通じないよね」
霧島は今度は氏家の方に向き直り、コホンと一つ咳ばらいをしてから説明を再開しだした。
「僕、趣味が写真でしてね。中学の時から何となく撮ってて、その流れで大学で写真部に入ったんです。そこで変な奴と知り合ったんです。……氏家さんは「キャパ」、ご存知ですか?ロバート・キャパ」
「キャパ……すいません、ちょっと写真の世界には疎くて」
「わかりました。…そのキャパって人は戦場カメラマンとして凄く有名な人なんですけど、若くして戦地で地雷を踏んで死んじゃった人なんです。でも、戦場の一コマを独自の視点でリアルに切り取る写真家だったんで、歳が近い事もあってか彼に心酔する若者がとても多かったんです……大学の写真部で、そのキャパを異常に意識してる面白い男がいましてね」
「赤川君ね」
池矢もその人物を知っているらしく、絶妙なタイミングで相槌を入れる。
「そう。…それで、その男と良くつるむようになったんですが、大学3年の時にそい
つが突然『俺も実際に紛争地帯で写真を撮ってみたい』って言いだしたんです」
「なるほど」
「で、お前も付いて行っちゃったんだよな。アフガニスタンに…」
「僕が言いたい所だったのに!そこ!」
先に肝心なところを池矢に説明されてしまった霧島は、口惜しそうに小さく舌打ちする。
「!?……アフガニスタンですか!?今、ものすごく危険じゃないですか?…ていうか、あの辺は昔からずっと紛争してるような……」
あまりに無謀な渡航計画に、氏家は素朴な質問を投げかけた。
「当時だって危険でしたよ。なんてったってアフガン紛争中でしたから……実際あの辺は渡航禁止エリアに指定されてた程ですし………だからこいつら『インド旅行に行く』とかなんとか言って、周りを騙して出かけたんです」
「そうそう。『ガンジス河で沐浴してくるから』って言ってね……うひひ」
霧島の変な笑いを池矢が苦い表情で手で払う。
「でも、そんな危険区域に入って全く無事って訳には行かなかったのでは?」
半ば呆れつつも、そのバイタリティに関心した氏家は興味本位で霧島の話をほじくり始める。
「それがラッキーな事に無事だったんです。…ただ、色々工夫はしましたよ。とにかく金持ってない風なボロ着を着て、ワザと頭もぼさぼさにして、顔とかにはいつも泥をつけたり…とにかく日本人臭を消す努力をしました。あと、若く見えないように髭も生え放題にしてたり…」
「そもそも、お前も赤川くんも老け面だから良かったのかもな」
「うっさいわ!」
霧島は池矢のちゃちゃに対し肩口の高さに拳を振り上げて見せる。
池矢は笑いながら小さく手を合わせて謝罪のアクションをする。
池矢の演劇ぶったその態度に冷ややかな目線を送った後、霧島は氏家の方に向き治って真面目顔で説明を再開する。
「実は、実際は僕らカブール入りする手前で挫折しちゃいまして……つまり、正確にはアフガニスタンまで入れなかったんです。……いろいろと調べて、インドからパキスタン経由でなんとか入り込むつもりだったんですが、どうやってもビザ申請が通らなくて……」
「なんだ、そういう話だったのか。初耳だったなそれは」
「いや、逆に良かったんじゃないですかね。……それで無事だったのかも知れませんし」
氏家の言葉に今更ながら納得したように霧島は無言で小さく首を縦にふった。
「じゃぁ、さっき言ってた拳銃ってのはそのパキスタンで手に入れたって事?」
池矢の質問に霧島は斜め上に視線を上げ、記憶を辿るように訥々と説明を続ける。
「パキスタンとアフガニスタンの境に〝カイバル峠〟っていう場所があってさ。そこまでは行けたんだよね。逆に言うと、そこまでが限界だったって話。……で、結局、パキスタンに2週間ほど滞在して帰国したんだけどさ、帰国して二人で牛丼屋に入った時に、相方が『これ持って来ちゃった』って紙袋を僕に渡す訳よ」
「え?……まさかそれが」
氏家の顔が、嫌な虫でも見るような表情に変わっていく。
「そ。ピストルが入ってたもんだから、まー僕もびっくりしたよ。……カイバル峠って、あちこちで市場が開かれててさ、そこで普通に武器とか並べて売ってるんだよね。……あいつ、僕が見てない時にいつの間にか買ってたんだと。そのピストル」
そこまで話すと霧島は残っていた日本酒を一気にグッと飲み干し、これで終いですとばかりに、空になったグラスを「トン!」と強めにテーブルに置き、ニッと不気味な笑みを見せた。
「ちょっと待てよ霧島。……なんかこの話、少しでき過ぎじゃないか?」
しばらく黙って霧島の説明を聞いていた池矢が、霧島の表情を見て何かに気が付いたのか意味ありげな苦笑いで切り返す。
「………」
霧島は二人には視線も合わせず、ただニヤニヤして自分の小皿に残ったおでんをついばんでいる。
「え、え、……ひょっとしてこれも冗談とか言うんじゃないでしょうね?……ここまで引っ張っておいて冗談だったらさすがに怒りますよ、私も。」
氏家がやれやれ、といわんばかりの表情でつっかかる。
「じゃぁ、確かめてみる?」
「?」
「??」
霧島の口から出た意外な言葉に驚いた二人は、反射的に互いの顔を見合う。
「そりゃどういう意味だ?霧島」
「どうもこうも言葉通りだよ。確かめるのが一番早いからね」
「言葉の意味がわかりませんよ」
突然漂いだした不穏な空気にその場はちょっとしたパニック状態になる。霧島は二人を諭すように、落ち着いた声で言い放った。
「埋めてあるのさ。この近くに」
「!?」
「なんだって!?………近くってお前、……どこだよ?それ?」
土地勘のある池矢がその言葉に激しく反応する。
「まぁ、落ち着けって。………区民プールの横に公園があるだろ。あそこに1本だけ〝サルスベリの木〟が生えててさ。その下に埋めたんだよ。赤川の思い出の品と一緒にね」
「ちょっと待てよ、お前、その公園って……ここから100m位しか離れてないじゃないか!よりによってそんな駅近くに埋めるなんて」
池矢の言葉など全く耳に入ってないふうに霧島は強引に話を再開する。
「どうする?これから三人で掘り出しに行ってみようか?……『タイムカプセル』みたいで面白そうじゃないか」
「………」
「………」
若干興奮気味に顔を紅潮させる霧島に対し、氏家と池矢は冷めた表情で完全に黙り込んでしまう。空気を全く読まない霧島は、お構いなしに問いかけ続ける。
「どうする?……行く?行かない?」
「………」
「…お前……よくもそんな!」
三人の間にしばし沈黙の時間が流れる。
「なぁーーーんてね!びっくりした?二人とも?……凄くよく練ってある話でしょ、このストーリー!……しかしまーその顔はないな~……君らにも見せたいわその顔!……ケッサク!ケッサク!あはははっ……」
霧島が突然大声で高笑いを始める。
「きさまっ!……またやりやがったな!」
「ちょっと、霧島さん!……度が過ぎますよ、ほんとに~……」
池矢は真っ赤になって本当に少し怒っているようにも見える。氏家はあまりの緊張に自分が握っている拳が汗だくになっている事に気付き、安堵のため息を付いた。
「いや~すいませんでした。……しかし、これは半分は君らのせいでもありますからね。二人があまりにも奇特なお話をするもんでつい、ね……」
「ついね、じゃないって、……いい歳こいて全く変わらんなお前は」
「くくく……三つ子の魂なんとやらって言いますからね~。人間、そうそう変わるもんじゃないの。……いやしかし、氏家さんは本当に人間ができてるというか、おっとりしていらっしゃる……この池矢なんかは、すぐに自分を主張してきますからね~、そもそも〝夢追い人〟気質ですからどんどん突き進んじゃうタイプでね」
「やめなさい、友達の悪口は!」
池矢の顔にようやく穏やかな笑みが戻る。
「夢を追うのは人間の自由……でも〝自由って思ってる奴ほど自分が奴隷になってる事に気付かない〟って、かの有名なゲーテ師匠も言ってたしね。人間、不自由くらいが丁度良いのにさ。………あ、そうだ!」
霧島は唐突に始めた講釈を唐突に切り上げ、手元にあった箸袋のヘリを割いて丁寧に広げると、取り出したボールペンで突然何かを書き始めた。
「俺はお前で、お前は俺で~……近づいては離れ~…ごにょごにょ……」
「お!これはこれは霧島先生お得意の〝詩〟を書き留めていらっしゃるのですね」
池矢が揶揄い半分の変な野次を飛ばすが、霧島は我れ関せずの姿勢を貫き、あっという間にその紙にびっしりと文章を書き連ねた。
「はい、これプレゼント。…家に帰ってから読んでね。君らから受けたインスピレーションで書いたヤツだから。………その辺に捨てちゃダメだから」
霧島は四つ折りにした箸袋を念押ししながら氏家に手渡した。
「あ…ありがとうございます。ちゃんと無くさず持って帰りますからご安心を…」
「池矢!…今、字を書いてみて気付いたんだけど、僕ぁもう相当酔っぱらっているようだから先に帰っても構わないかな?」
「え?……あぁ、グラスも空か。……ウチらは全然構わないですよね、氏家さん?」
「これまた突然ですね。お家は近いんですか?」
「阿佐ヶ谷北。……早稲田通りの手前辺りだから、この脚でも歩いて10分ちょっとで帰れる距離です」
霧島はそう言って杖で地面を軽くトントンと叩く。
「あ、今日はここ俺が出しとくから」
池矢が気を利かせて驕り宣言をする。
「サンキュー!池矢のオジキ!…オジキ最高ーー!!」
「やめなさいな。ほんとに…」
池矢の満面の笑みが、最後の最後で再び気の抜けたあきれ顔になってしまう…
霧島は氏家の方に顔を向け、真顔で告げる。
「それから氏家さん……今日はあなた達二人の日ですからこれ以上お邪魔はしませんが、くれぐれもお気を付けなさいよ。……今日のあなた、すごく奇妙な相が出てますから…」
「?……奇妙な相?」
「人相ですよ、にんそう……じゃ、私は一足お先に。」
霧島は二人に軽く会釈をすると、軽快にきびすを返してよちよちと小気味よく歩き出した。二人はその後ろ姿を無言でじっと眺める。
「あいつの話に出てきた赤川って奴、実はさっきのアフガニスタン旅行の翌年に単身カブールに乗り込んだんです。で、うまいこと内地入りしたんですが、すぐに死んだという報告が入ってきましてね……バス事故で」
「え?……そうだったんですか…」
「まあ、大使館からの連絡では〝バス事故〟ってなってましたけど、実際はどうだか……遺品はもらえたのに遺体は引き取れなかったそうですから」
「……それは辛いですね」
「あいつ、形見分けで遺族の方にカメラもらったんです。フィルムが入ってたらしいんですが、何が映ってたのかは現像したあいつしか知らないんです……それで、相当感じるところがあったらしくて、そこから奴も報道カメラマンの道にどっぷりって訳ですよ」
「……そんないきさつがあったんですね」
「何と言いますか、切れない因縁を背負っちゃったみたいで……でも、足を怪我して仕事が続けられなくなったのは奴にとって良かったんじゃないかなーって……多分、ケガしてなかったら、日本に帰って来なかったでしょうからね……」
「……帰ってこない?……霧島さんも外国に行かれてたんですか?」
「パレスチナです。……ガザ地区の難民キャンプに2年ぐらい居座って、ずっと写真撮ってたって、そう言ってましたよ」
「あっ!?」
突然、氏家が声を上げた。
「霧島さん、脚、悪いんですよね?……」
氏家は神妙な顔で池矢に問いかけた。
「ええ。今は杖がないと力が入んなくてすぐに転んじゃうみたいですけど……それが何か?」
「ほら、見てくださいよ。杖を上にあげてタップみたいに踊ってませんか、今……」
「まさか!……私、視力が良くないんで、もうぼんやりとしか見えませんが……」
「ん?……あれっ?……今は杖ついて、ひょこひょこ歩いてます…」
「気のせいですよ気のせい……氏家さんまでおかしな事言わないでくださいよ。まったく…」
池矢は苦笑いのままテーブルの方に向き直り、再び日本酒に口元を近付けた。
氏家も同じように自分の酒で喉を潤す。
今までの会話を互いに反芻しあうまったりとした静かな時間が過ぎて行く…
「ところで……変な話して良いですかね?」
池矢があらたまった口調で切り出した。
「どうぞどうぞ。お構いなく」
「自分でも変だとは思いつつなんですが……どうも気になってしまって」
「何がです?」
「公園ですよ」
「!……それって、まさか?」
「そう、霧島が言ってたタイムカプセルの話です。……あれ、実は本当に埋まってるんじゃないかなーって…」
(つづく)
◆あとがき◆
「ピストル」を掘り出しに行きたいという池矢と、内心不安でいっぱいな氏家…
次回の展開やいかに?(^v^)




