第三十七話: 胡蝶の夢 ④
◆まえがき◆
池矢の告白への氏家のつなぎ部分がことのほか長くなってしまったので
今回は池矢の告白の頭部分までを一旦UPします。
では、胡蝶の夢「第4話」
お楽しみください!(^v^)
「えっ!?…それって、あのサッカーゲームの……」
霧島は身を乗り出して氏家と池矢の顔を交互に何度も見直す。
「うん。この人それ作った人」
「え?え?え?…じゃぁつまり、この人が独房に入ってひどい思いしなかったらイレブンウィナーズってこの世に誕生しなかったってこと?」
「まぁ、変な話ですが……そうとも言えますね」
霧島は興奮状態になり、妙な奇声をあげて氏家の話に食いついた。
「アンビリバボー!こりゃ、まさしく〝事実は小説より奇なり〟だ!…いやー、そりゃあきっと報奨金とかも、ガッポガッポ出たでしょう?」
「まぁ、今の人はそう思っちゃいますよね。でも、残念ながらそんなに良い思いはできませんでした…むしろ、会社を辞める決意が固まったと言いますか…」
氏家の答えに霧島の声のトーンはあからさまに尻つぼみになる。
「え?え?…どういう事?……あれだけ売れてるシリーズを生み出したってのに」
「皆さんそう言いますが、そもそもその時代はまだ〝何かを開発した人にそれに見合った報償を与える〟って慣習自体が企業に無かったんです」
「うわっ…そうなんですか…」
霧島の隣で終始黙っていた池矢も意外といった顔で声を上げた。
「ただ、ちょうど当時、どこかの会社で『青色発光ダイオード』を開発した社員が、会社ともめにもめて裁判になった事件があったんです。企業の個人に対する態度は、その辺りから激変しまして…」
「あー、それ聞いたことある!……確か、その社員が勝訴して何億円も手に入れたんでしたっけ?」
「さすが霧島さん、よくご存じで。…あれの裁判結果って、100億とか200億とか、そんな感じのとんでもない額の支払いが会社側に命じられたんです。つまり〝『職務発明』といえども、それによって会社に莫大な利益が生じた場合は、開発者はそれに応じた『発明の対価』を得る権利がある〟っていう判決内容だったんです」
「に、200億!……まじか!?」
「凄い金額ですね……それ、えらい騒ぎになったんじゃないですか?」
「当然大騒ぎになりましたね。その事件、結果的には会社側が10億くらい払って和解したんですけど、一連の騒動は『企業における開発者の権利』が真面目に考えられる良いきっかけになった訳です」
「ふむふむ…」
霧島は話を聞きながら未だ若干納得がいかない、といった顔をしている。
「それで、大手のゲーム会社とかは、世間が騒ぎ始める前から鼻を効かせてキッチリ対応を始めてまして、『すごい売上げをあげたゲーム』を開発したチームや個人に、それなりの報奨金を出すようになったんです」
「なるほどね~。そんな経緯があったんですね」
池矢はそう言ってうなずくと右手に持っていた日本酒をくいっと一口のど奥に流しこむ。
「で、結局もらえたの?もらえなかったの?……お金は」
霧島は結論が知りたくて、そわそわし始めている。
「実は初代を出した翌々年くらいにウェイブ社でも大々的な『表彰パーティー』が実施されまして…そこで、売上げに貢献したイレブンウィナーズも表彰されて、それなりの報奨金はでたんです。……その頃には私はチームを抜けていて他のゲーム開発を進めていたんですが、私も〝功労者〟って事で壇上に呼ばれました」
「なんだ!……ちゃんと表彰されたんじゃないの。そうこなくちゃね~」
霧島は安心した様子で、池矢に続いて放置していた自分の酒グラスに手を伸ばす。
「実は表彰式当時、イレブンウィナーズはシリーズ的に何種類目かの制作に入っていて、関係スタッフもそれなりの人数になってたんです。それで、『報奨金はチームへの貢献度で分配さりれました』って事で、各々にその明細が入った封筒がその場で配られたんですが…」
「素晴らしい!立ち上げ人ですし、ワクワクしますね。それは」
「額は!?……金額はどのくらい!?」
池矢と霧島はニヤニヤしながら氏家の反応に注目する。
氏家は突然二人の前に人差し指を一本立てて見せ、こう告げた。
「これ以下でした」
「100万いかなかったの?……まあ、現実はそんなもんか……」
霧島が気の毒そうに眉を八の字に歪める。
「いえ。桁が違いますね」
氏家の言葉を聞いて霧島のテンションが爆発する。
「1000万!?…1000万近くも出たの!?」
「いえいえ、逆です。下ですよ…」
予想外の返答に霧島と池矢は驚いて顔を見合わせる。霧島はすぐに向き直り、声を荒げて聞きただす。
「まさか10万円以下ってこと???」
「もっと下で…」
氏家のセリフに動揺し、霧島は持っていたグラスに口もつけずにそのままテーブルに戻してしまう。
「いちまん!?……いやいや、ありえないよそんなの!冗談よしなさいよ氏家さん」
呆れ顔で捲し立てる霧島をよそに氏家は表情をピクリとも変えず、鉄仮面のような冷ややかな笑みを浮かべたまま、じっとコップの中の酒を見つめている…
「確か6千500円とか、7千500円とか……一万以下で末尾が500円だったのだけは鮮明に覚えてるんですけど……千の位は忘れましたね」
「………まじか…」
「…………」
二人の表情がひきつったそれに変わる。
氏家はなおも続けた。
「子供の小遣いみたいな額でしょ。…さすがに頭にきて、会場の隅っこで報奨金の明細を封筒ごとビリビリに破いてゴミ箱に捨てちゃいました。で、いたたまれなくなって、丁度ダンサーがバカ騒ぎみたいに踊って皆で盛り上がってたんで会場を飛び出して家に帰っちゃいました。はは……」
「…………」
「…………」
既に二人の顔に笑みは無かった。常におちゃらけて上手いこと場を盛り上げる霧島も、さすがに言葉をなくして完全にフリーズしていた。氏家はハッと我に返り、慌ててその場をフォローしようとする。
「す、すいません!なんか……檻に入った理由を聞かれたのに話が完全に脱線してしまいました。……いや、お恥ずかしい…つまんない話を長々としちゃって」
頭をかきかき照れくさそうに笑って見せる氏家の姿に、池矢がようやく口を開く。
「いえ、なんと言うか……あんまりな話でどう反応して良いのわからず…こちらこそすいません」
「そうそう。つまんないんじゃなくて、びっくりして言葉が出なかっただけだからさ。気にしないでね。うーちゃん」
「やめい!馴れなれしい」
霧島の悪ふざけと池矢の絶妙な切り替えしで、ようやく場に笑いが戻る。氏家の笑顔を確認し、池矢は真面目顔で質問を再開した。
「……つまり、それで氏家さんは会社に見切りを付けて辞めちゃった訳ですか?」
「たしかに気持ち的にはそこで何かブツッと切れちゃいました。ただ、まだ借金を抱えてましたしそこは忍の一字でした……とりあえず、その時に作っていた新作ゲームに集中しようって事で、次の日からは普通に会社に行ってましたよ」
「なんとも……ご愁傷さまなことで」
「その新作って……どんなゲーム作ってたんです?僕知ってるヤツかな」
霧島は興味をそそられたらしく、必要以上に氏家に顔を近付けて質問する。
「ステージ上に落ちてる物を投げまくる『ポイットポイット』っていうパーティーゲームを作ったんです。まぁ、それも例によって完全に好きな用に作れはしなくて……『ボムボムマンみたいに4人でワイワイ楽しめるアクション主体のパーティーゲーム』っていう会社からのお題があって、それに則って作ったゲームでした」
「ポイットポイット…聞いたことないなぁ。池矢は?」
「お前が知らないのに俺が知ってる訳ないだろ。ゲームはやらんし…」
霧島は期待が外れて少し残念そうな顔をする。
「まぁ、日本じゃそんなに売れなかったから知らなくて当然です。大体、プレイジョイのコントローラーのジャックは2つだけでしたし、4つ付けられる付属品自体がまだすごく高価でしたから…」
「??……じゃぁ、なんでそんなお題だすのさ?会社は」
「まぁまぁ、会社からの理不尽な要求はこの際無視だ、霧島。……氏家さん、続きどうぞ」
「どうも。……一番の不運はゲームの発売タイミングでした」
「発売時期?」
「そのポイットポイットってゲームの購入者のターゲットは『小中学生』だったんですが、その当時その層の子供たちの間で〝あるゲーム〟が流行り出してて、とんでもない勢いで業界を席巻し始めてたんです」
「そんなゲームがあったんですか」
「はい。マリオン社の『パケットモンガー』ってゲームです」
「パケモン!?やった、やった、俺も馬鹿みたいに」
霧島が嬉しそうに目を丸くして声を張り上げる。
それを制しながら、池矢が冷静に会話を再開させる。
「パケモンなら私だって知ってますよ。子供たちがやりすぎて社会現象にもなってたゲームですからね。……アレが販売されたのと同時期だったと?」
「パケモンが世に出たのはポイットポイット発売の前の年でしたけど、大爆発したのは翌年、つまり我々がゲームを出した年だったんです。そこから玩具を出したりシリーズ展開したりと……その頃には〝子供たちが集まればパケモンをやる〟っていう風潮が見事に出来上ががってました。まぁ、マリオン社が総力あげて出してきたゲームですし、私どもが2人で作った弱小ゲームなんかでは、そもそも太刀打ちできなかったって話でもあるんですけどね」
「なるほど…」
「いや~しかし、うーちゃんはつくづく運が無い男だよねー」
「こら」
霧島はさすがに疲れた感じでやっと自分の酒に口をつける。
氏家は苦笑いで話を続けた。
「でもウチらのそのゲーム、海外ではそこそこ評判良かったんですよ。E3っていう大きなゲームショーが毎年向こうで開かれるんですけど、そこで〝本年度の革新的ゲーム〟ってジャンルで最終選考まで残ったりして……それで、結局続編も作らせてもらえたりもしたんです。……そんなこんなで〝7年間〟我慢して借金を返し切った所でようやく会社を辞めました」
「なんとも…………ご苦労さまでした」
池矢が気の毒そうにぽつりと告げる。
「池矢……この話って、なんだ……ひよっとして、これはもう笑う所か???」
「いや、笑うところではないだろ」
「もう笑っちゃってください。呆れちゃいますよねこんな話…」
そう言いながら、氏家は自虐的な乾いた笑いをこれみよがしに二人に見せる。
「うひっ、うひ………笑えんわっ!こんなのっ!」
「お前~」
強引におちゃらける霧島の姿に、池矢が苦笑いで深いため息交をつく。
「しかし、最悪っぽいのをピンポイントで当ててきますよね。氏家さんは…」
「だよな~。池矢も相当貧乏だったし、不幸だったって知ってるけど、ある意味その上を行ってるね。氏家さんはさ」
池矢はうなずきながらもちょっと複雑な表情をして、最後は首をかしげる。
氏家は霧島の言葉の後に自分の想いを補足する。
「いえいえ。さっきバーで池矢さんの昔話聞きましたけど、お金の苦労って事で言うなら私なんか恵まれてるかも…って、正直思っちゃいました」
「そーね。貧乏自慢だったら、やっぱりチャンピオンは池矢だわな。なぁ、池矢」
「うっさいわ」
二人の夫婦漫才に氏家は思わず含み笑いをこぼす。
「あ、私の話はここまでです。……すいません。なんかまた長々と」
「いーの。いーの。ある意味貴重なお話でしたよ……なぁ、池矢」
「そうね。こんな話ネットで調べたって出てきやしないだろうしね」
「はい。じゃぁ次。池矢君、お願いします」
「!……ちょっと、切り替え早すぎ。ちょい待ち」
池矢は慌てた感じで手元の酒をまた少し体内に補充するとふぅっと一息つき、小皿のがんもどきに箸を伸ばした。
「そっちかい!……それじゃなくて話だよ、話。……あっ、できれば明るい話ね。重くないカンジのがイイな」
「お前、難しい事を……そもそも人に言わずに秘密にしてる事ってのは、大抵は暗くて陰湿な内容が多いんじゃないか?」
「そこを何とか」
「そーだなぁ…………あ!……あれを話しちゃおうかな」
池矢は何か良い話を思い出した様子だが、それを話すのに若干迷いを見せている。
「話せ。話せ。」
霧島が調子よくせっつく。
「さっきのバーで100号の大作を展覧会に出したけど、入選すらしなかったって話しましたよね」
池矢は氏家の方に向き直ると再び真剣な表情で切り出した。
「はい。覚えてます。……その右手が最悪の状態の時に描いたヤツですよね」
「あの話って実は続きがあるんです」
「続き……とは?」」
「アレ、最後の入試の直前にもう一度別の展覧会に出したんです」
(つづく)
◆あとがき◆
次回は池矢の告白となります。
UPは今夜~明日にかけてを予定しています。
お楽しみに!(^v^)




