第三十六話: 胡蝶の夢 ③
◆まえがき◆
いよいよ第三の登場人物「霧島」が提案した告白ゲームが始まります!
3人はそれぞれどんな秘密話を打ち明けるのでしょうか?
では注目の「第三話」、お楽しみください!(^v^)
「〝互いに今迄他人に話した事のない秘密を打ち明ける〟ってゲームです。どうです?面白そうでしょ?」
「秘密を打ち明ける?」
「それは…確かに面白そうではありますけど…」
二人の反応を見た霧島はさらに畳みかける。
「ね。絶対面白いですから、……やりましょやりましょ!。ささ、みなさん手を前に出してください~、じゃんけんしますから」
「ええっ!?」
「おまえ強引な…」
「せーの、じゃんけん、ぽん!」
霧島の勢いに二人は反射的に右手を振り出してしまう。
「勝った勝った!私は当然〝しんがり〟で行かせてもらいますよ。……池矢、これが本当の予定調和ってヤツだよ」
「バカ抜かせ!……つーかホント悪運強いよなお前」
池矢は、言い出しっぺの勝ち逃げを口惜しそうに嘆く。
結局、次も負けた氏家が一番手、二番手が池矢、そして最後が霧島の順で、この奇妙な告白ゲームが始まった。
「いや困ったな、さっきのバーで色々話しすぎちゃったし……何を話せばいいやら」
後頭部をかきかき首をかしげる氏家の姿に、ここぞとばかりに池矢が切り出す。
「バーで聞こうと思って聞けなかった話を聞いちゃってもイイですかね?…ちょっと聞きづらい話だったんで、さっきは躊躇しちゃいまして……」
「ええ。この際、なんでも話しましょう」
いい調子に出来上がってきた氏家は、腹を決めた風に笑顔で即答した。
「独房………なんで入っちゃったんですか?」
――ブーーッ――
池矢のあまりに無遠慮な質問に霧島が驚いて酒を吹き出す。
「池矢お前、……そりゃ、失礼すぎやしないか、オイ!?……」
「黙ってろって……俺はどうしてもこの人がそんな悪人には見えないんだよ。だから内心そこの所が引っ掛かって仕方ないんだ。……どうです?話してみませんか?」
池矢から突然真剣な眼差しをぶつけられた氏家は、一瞬ギョッとした表情を見せはしたものの、口元に笑顔を見せて静かに答えた。
「こんな話、他人が聞いてもちっとも面白くないと思いますけど……お望みとあらば」
※※※※
――199×年 7月×日 早朝朝5時。――
その日、私はひどく酔っていた。
夏休み休暇を前にし、私が所属する部署の全員が一堂に参加する大規模なビアパーティーが開かれた後の事だった。宴が終わり、自分が住む駅に辿り着くと、私はその足で家には帰らず、転々と立ち飲み屋や居酒屋を渡り歩く…まさに、絵にかいたような〝はしご酒〟だった。
大学卒業のタイミングで大手ゲーム会社に就職が決まり、配属先でまとめた自分の企画が運よく認められ、商品化に向けて作業が順調に進んでいた。そんな順風満帆な状況とは裏腹に私の気持ちは暗かった。
「果たして、自分に務まるのか………いや、やるしかない」
私が住んでいた古ぼけた木造アパートでは、失業中の若い女が私の帰りを待っていた。女は私より一年早く大学を卒業して社会人となったが、会社との折り合いが悪く、入社後数か月で精神を病んで職場を退職していた。
大学時代に知人の紹介で知り会ったその女は文学の才能に秀でた才女で、大学時代、『食べられる野草』を熟読せざるを得なかった極貧生活を送る私の事を面白がってよく家に遊びに来ていたのだが、いつの間にか半同棲のような生活を送る相手となっていた。だが、彼女が社会生活を早々にリタイアし「精神病院」に入ってしまった辺りから、二人の関係に亀裂が入っていった…
女が入院していたのは軽度の病棟であった。彼女との面会は入院中の患者も使用する食堂が利用され、二人の対話は患者らの居る中、至極自然な感じで行われた。
とはいえ、
「お兄さん、アメ玉あげる~」
「隊長!おはようございます!」
「先生~今日はちゃんと回診来てくれますよね~…」
見知らぬ女性からアメ玉をもらったり、老人に敬礼されたり、危害こそないものの彼らの中で女を待つその時間は〝全て自分のせいでこうなっているのでは?〟という強迫観念がまとわりつき、苦痛だった。
私が新社会人としてスタートしてから間もなく女は病院を自主退院した。そもそも入院時も強制入院という訳では無く『診断の結果〝入院可能〟であったから自主的に入院した』という経緯だったので、実は退院時期の最終判断も本人自身に委ねられていたのだ。
一見、片方だけの人生がうまく回っているようにも見えがちな二人の関係は、必然的に徐々に歪み始め、残念ながらこの時期においては、何かと増えていく〝もめ事〟をだましだまし解消していくという、ぎくしゃくした日々が続いていた。
「まぁ、あなたの仕事は順調みたいだし、二人ならなんとかなるよね」
彼女が退院時に放った言葉は、喜びというよりもむしろ恐るべきプレッシャーとなって私の四肢に絡みついた。
そしてその日、事件は起こった。
強引な〝はしご酒〟のせいで家に帰る途中で力尽きてしまった私は、とある会社前の植え込みで気を失ってしまった。
そこに日課の〝水まき〟をしに中年男がやってきて『汚らしくて乞食かと思った』という理由でいきなり私に水をかけてきたのである。別に、嘔吐して辺りに吐しゃ物をまき散らしていたとかそんな状況でもなく、実際は、只々疲れ切ってそこにしゃがみ込み、そのまま意識を無くしてしまっただけなのだが、その男にとっては
〝飲み会帰りっぽい若造が自分の会社の前で気を失っている〟
という事自体が許せない様子に見えた。
激怒しながら高圧的な態度で接してくる男に対し、水をかけられつつも〝申し訳ないな〟と思えた私は、
『すぐどきますから水をかけないでください』
と嘆願し、その場をふらふらと離れた。
だが、まだ酒が全く抜けていなかった私は朦朧としながら数メートル進み、再び次の植込みの前でしゃがみこんでしまう…
その状況がよほど気に入らなかったのか、男はホースをずるずると引きずりながら私に近寄ってくると、今度は私の頭めがけて水をかけ始めたのである。
「じゃまじゃま!早くどっか行け!」
『やめてください!犬や猫じゃないんだ!』
「乞食やろう!さっさと失せろ!」
男はずぶ濡れ頭の私をよそに、何食わぬ顔で悠々と水まきを再開し始める。
――乞食…――
〝貧乏だけは嫌だ。金が無い状態で苦しい生活をするのは懲り懲りだ〟そんな気持ちと闘いながら必死に生活してきた自分にとって、それは屈辱極まりない響きであった。
男の心無いその言葉に、堰き止めていた私の中の怒りが爆発する。
『水をかけるなと言っただろ!』
体の血が沸騰して血管が膨張したように感じた次の瞬間、私は男に対して足を蹴り上げていた。足は運悪く水まきで丁度しゃがみ込んだ男の顔面に命中してしまう。
そこからはとっくみあい状態となり、まだ酒が残りフラフラ状態だった私は簡単に男の会社の玄関脇に押し倒され一方的に足蹴にされ始める。
「この乞食野郎!……よくも蹴ってくれたな!」
「やめろ!……やめてくれっ!……」
男は鬼のような権幕で狂った様に私を踏みつけ続けた。だが、しばらくすると何を思ったのか突然道路の方に出ていき大声で叫び始めた。
「暴漢だっ!誰か助けてくれーーっ!」
――暴漢だって?……俺が?…――
突然の出来事に私は頭が真っ白になる…
「誰かはやくっ!……早く警察をよんでくれーー!」
このままでは〝自分は暴漢にされてしまう〟と気付き、戦慄を覚えた私は必死に何とか立ちあがって男の元に駆け寄ろうとする。だが体に負ったダメージは相当ひどく、今度は痛みでまともに歩けない…
男は会社の前に止めてあった車の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねながら叫び続ける。
「警察ーーーーっ!警察ーーーーっ!」
「待てっ!この卑怯者!」
「警察を呼んでこいつを捕まえてくれーーーーっ!」
「ふざけんな!この野郎!○○××!○○××!」
びっこを引きずりながらも何とか相手を捕まえようと懸命に進む私と〝カエルの様に飛び跳ねながら大声を張り上げる男〟の奇妙な寸劇が繰り広げられている最中、けたたましいサイレン音を響かせながら送迎タクシーかのように白黒の車が到着した…
※※※※
「それで、そこから警察署に一月近く拘留されて良くわからない取り調べを受けて、良くわからない書類に拇印を強要されたりしまして……挙句、小菅の独房に2週間近く入れられてしまいました……トータルで40日近く檻の中に居たかな…」
「居たかなってアナタ……その話だと、こっちが先に手を出しちゃったとはいえ、向こうさんもあなたに危害を加えたんですよね?…そこん所はどうなったんです?」
「そうですね。確かに警察署に運ばれてから1週間近くまともに歩けない程の状態ではあったんです……実際、あちこちアザだらけで、急所の真横には靴の裏の模様がわかるほどの漫画みたいな青アザがしっかり刻まれてましたから、相当な威力で踏みつけらたのは明らかで…」
「じゃあ、尚更ですよ!おかしいじゃないですか?……喧嘩両成敗とか、そういう風にはならなかったんですか?」
氏家の話を聞いていた霧島は興奮して鼻息を荒げた。
「残念ながら、ならなかったんです」
「なぜ?……さっぱりわからん!!!」
「………」
霧島とは対照的に池矢はだんまりを決め込み、難しい顔でこの話に耳を傾けていた。
「池矢、お前も何とか言ったらどうだ?……おかしくないかこの話」
「……たぶん相手でしょう。ポイントは」
「???」
その返答に、霧島はさらに混乱した様子を見せる。
池矢はいたって冷静に言葉を続けた。
「この話が事実だとしたら、答えは簡単……〝何を言っても無駄〟って事だよ」
「おっしゃる通り」
池矢の答えに氏家は静かに首を縦にふった。
「ええっ!?さっぱりわからんぞ!……二人とも一体何の話をしてるんだ!」
「お前、ディベートは強いけどこういう話はてんでダメだな。……つまり、相手が悪かったって事」
軽いパニックを起こす霧島に池矢はあきれ顔でゆっくりと言い聞かせる。
「あのな、ダンプに引かれそうな虫を誰か助けたりするか?……それに、その虫で滑ってもし車の方に傷がついたらどうする?……つまり、そーいう事なんだって」
「!……あ~。なるほど~」
そこまで聞いて霧島はやっと合点がいったという表情になる。
「相手は、いかがわしい会社の社長様とか……ひょっとして、ヤクザですかね?」
「もっとタチが悪い……その街の顔役の政治家一族の御方だったんです。相手は」
「政治家!」
「あちゃ~…こりゃアウトだわ」
氏家の答えを聞いた二人は、全く同じタイミングで後方にのけ反るアクションを見せる。
「ただ、幸運な事に会社での私の企画商品が丁度開発途中という状況だったので、会社側も動いてくれて、賠償金さえしっかり払ってくれるなら、これ以上事を荒立てるつもりはない、という言質を先方にとってくれたんです。ですから、裁判は不本意ながらもすんなり終わったんです。ところが…ところがですよ……」
「ところが……どうしたんですか?」
突然、言葉を詰まらせた氏家に、池矢が心配そうに身を乗り出して聞き直す。
氏家は自分に勢いをつけるかの様に日本酒をぐっと一口喉に流しこみ、なお続けた。
「会社が『責任を持って本人に払わせます』って言ってくれたのはありがたかったんです。実際、気持ち的にもずいぶん楽になりましたから……でも、それが却って相手につけ込まれた部分でもありまして……最終的に先方から来た請求額は諸々こみこみで400万円近くになってしまったんです」
「400万!?……こっちは一発の蹴り。向こうは倒れてるところをボコボコに踏みつけやがったクセに???」
霧島は再び〝訳がわからん〟という表情に戻り、肩を落とす。さすがの池矢も苦虫を噛みつぶしたような表情で奥歯に力を込めている。
「氏家さん……この話って、そこで終わりじゃないですよね。何だか嫌~なキナ臭い匂いがプンプンしてならんのですが…」
「おいおい池矢…これ以上落ちるところないだろこの話。やめなさいって…」
「さすが池矢さん。鋭いな……」
「!」
池矢と氏家のやりとりに、霧島は思わず固唾を飲んでだまりこんでしまう。
「裁判も終わって、給料から分割で先方に慰謝料の支払いを開始しようという正にそのタイミングで私の企画商品も無事に商品として出荷されたんですが、その時になって突然会社側から『依願退職』をしてください。との命令が下ったんです」
「えーーーーーっ!」
「そりゃひどい!」
さすがの池矢も口をへの字に曲げ、やり切れないといった表情を露わにする。
「いや、それ……どうすんのよ?……ね、一体どうすんの?」
霧島は、事件が今ここで起きているかの如く動揺し、池矢と氏家の顔を交互に覗き込んだ。氏家は静かに答える。
「どーするもこーするも、その時点で400万以外に大学の奨学金の返済金が300万円近くありましたからね…社会人スタート直後にいきなり700万の借金を抱えて会社を追い出されるような事になるなら、これはもう野垂れ死にだなと思いまして…そりゃぁもう必死に食い下がりましたよ。〝何でもいいから会社に置いてくれ〟って言って…」
「わかります……バイトで返せるような額じゃないですしね。そんな金額」
池矢はボソッと小声でそう言うと、そのまま天を仰いで何かを考えはじめた。
「ちょっとちょっと!……でも結局なんとかしたんですよね。したと言ってくれ!」
霧島は〝もう耐えられない〟といった様子で声を高めた。
「そう。霧島の言う通りです。…だって結局その会社は長かった訳じゃないですか?……一体どんな手で、その無茶苦茶な窮地を切り抜けたんですか?」
「当時の上司だった開発部の部長が、直接上長に掛け合って助けてくれたんです」
「…………なんと!」
「それはすごい…」
冷め切った場の雰囲気に、ようやくポツンと一滴の暖が燈る。
「『嘱託』って制度……聞いたことありますか?」
「しょくたく?」
「聞いたこと無いな~」
「本来は定年退職した人が定年後に同じ企業と雇用契約を結べる〝非正規雇用〟の特例制度らしいんです。給料もぐっと減って、いつでも会社側が自由に解雇できるっていう厳しい契約なんですが『〝正社員として残す事はできない〟というのが上の決定事項であるなら、その制度を利用して〝非正規社員扱い〟で何とか私を会社に残せないか』って事で、その上司が上側と交渉してくれたんです。私の方にも、こういう制度があるけどそれで頑張って粘ってみるのはどうだ?って声がけいただいて…」
「なるほど。」
「でも、首の皮一枚でつながってるそんな状態で、どうやって状況をひっくり返したんですか?……そこから大逆転が起きるとは、にわかに想像できませんが…」
「そうですよね。実際、復帰後すぐに入れられたのは特殊なハードを作る新規商品チームで、そこでは静かにほとぼりが冷めるのを待っていたってのが現実でした。それから1年ほど経過して、事の経過を知っている一部の上長たちの頭も冷え始めた頃にチャンスが巡ってきたんです」
「チャンス?」
「はい。…お二人とも『プレイジョイ』はご存知ですか?」
「さすがに知ってますね」
「子供がいる家ならどこにでもあるゲーム機だからね~」
池矢と霧島は互いに顔を見合わせて〝あんまり馬鹿にするなよ〟といった微妙な表情で互いの腹の内を確認しあっている。
「あれのモック版、つまり発売前のサンプル機の仕様が大手ゲーム会社に一斉に送られてきて、参入をうながされたんです。で、ウェイブ社もそこに載せるゲームを作る為に選抜チームを作ったりしだしましてね」
「この流れはもしや…」
「?」
池矢が何かに気付いた感じで目を細める。
霧島は相変わらず全く話が読めないといった様子でポカンとしている。
「その当時、金がかかり過ぎて危険だって事で皆に敬遠されていた3Dモデルの開発ツールが2セットだけ会社の隅っこで埃りを被ってたんです。で、ダメ元で「誰も使わないなら使わせてもらえないか」って交渉してみたら、『それ、取説も英語版しかないし辞書くらい分厚いし…誰も何もフォローできないから覚悟してね』って念押しされただけで、意外とすんなりOKが出たんです…」
「3Dモデル……ああそれ、ポリゴンとか言うやつですか」
霧島が〝この話なら分かるぞ〟という勢いで話に食いついてくる。
「そうです。『SOFTIMAGE』っていう、映画のCGシーンとかを作るのに使われる最新のツールでした……で、思ったんです。このチャンスを死ぬ気でモノにしなけりゃ二度と浮き上がれないぞって……そこからは会社に連泊連泊で…それこそ、死んじゃうかも?ってくらい極限まで自分を酷使した訳です」
「なるほど。で、肝心のゲームは?」
霧島は催促するように話を急かす。
「はい。それで、自由にモデルを作って色々なモーションを組み込んでデータ化させるって所まで何とか出来る様になったんです。そしたらそのタイミングで会社から中国人の先輩プログラマーを紹介されまして……2人だけでしたが、やっと正式な開発チームとしてスタートできたんです。で、その方と二人三脚で作ったゲームが…」
隣で、トン!とコップを置く音が響く。
「私はわかりましたよ。もう」
一度置いたコップを目の高さまで持ち上げ、池矢はしたり顔で微笑んでいる。
「そう。それが〝イレブンウィナーズ〟だったって訳です」
(つづく)
◆あとがき◆
先日、
ゲーム業界の方から「描写が生々しい」というコメントをいただきましたが、本作はあくまでも〝フィクション〟です。
書かれている内容は架空の物語ですので、くれぐれも勘違いなさらぬよう宜しくお願いいたします…(^_^;)
次話のメインは池矢の告白となります。
UPは明日(1/20)予定です。
お楽しみに!(^v^)




