第三十五話: 胡蝶の夢 ②
◆まえがき◆
氏家と池矢の前に現れた第三の登場人物「霧島」。
彼は一体何者なのか?
では、新章第2話のはじまりはじまり~
「あれ?…霧島!」
「やっぱり池矢か。そのガラの悪そうな作務衣で、多分お前だろーなってさ」
「一言多いわ!……いやしかし、おかしな巡りあわせだな。今夜は……」
「いいかな?同席しても」
池矢の話などまるで耳に入っていな風なその男は、氏家の方に顔を向けて二イッと意味ありげな笑みを投げかける。
「ちょっと!ひっこんでなさい。…あ、氏家さんコイツ、私の高校時代からの友人なんですけど……一緒に呑んでもイイですかね?」
池矢は少しばつが悪そうに、氏家向かって小さく手を合わせた。
「…あぁ、全然構いませんよ。むしろ賑やかになって良いじゃないですか」
店主は目の前で繰り広げられる珍問答などまるで興味なし、といった様子で鼻歌を漏らしながら、相変わらずマイペースで湯呑を口に運んでいる。
図々しく割り込んできたその男を中心に三人はおでん屋の一片を占拠した。
「霧島です。初めまして。…職業は、え~~と………現在休職中です」
「休職中?」
「何だお前、まだ定職についてないの?……氏家さんコイツ、2~3年くらい前までは新聞社でブンヤみたいな事やってたんですよ。でも、そのあとずーっとブラブラしてて…」
「そ。正確には3年とちょいかな。うひひひ」
「うひひひってお前!……まぁ、いいよな。家が金持ちな奴は気楽でさ」
「そうそう。誰かさんみたく超貧乏とは真逆だからね~僕の環境は……でも、これは僕のせいじゃないからねぇ」
霧島は悪童のような笑みを見せながら、目の前のはんぺんに箸を伸ばす。
「こーいう奴なんですよ。……まぁ、悪い男じゃないんで腐れ縁が続いてるんですが」
「そ。良い男だからね。僕」
「やめい」
どこかで聞いた覚えがある夫婦漫才のような二人の会話に氏家の表情が自然と緩む。
「霧島さんは今、お仕事しないで何をなさってるんですか?」
「あ、めんどくさい事聞いちゃった…」
氏家が何気なく放った質問に池矢が眉をひそめる。霧島はなぜか背筋をピンと伸ばし、あらたまった感じで役者っぽく語り始める。
「今は人間について考えてます。…あ、学生時代に哲学をかじってまして、そっちに戻ったというか………で、合い間で〝詩〟を書いて過ごしております」
「詩?」
氏家はハトが豆鉄砲をくらったような顔になり、池矢は口に含んでいた酒をこぼしそうになる。
「お前、大学の専攻〝理論物理〟だろが。…氏家さん、気を付けてくださいね。コイツ人を煙に巻くクセがあるんで」
「あほか。ちゃんとやってたの!哲学も!趣味だけど。……詩だってちゃんと書いて、ネットにUPしてんだよ。『みてみん』とかに画像付きで…まぁお前なんかには全く縁がない世界だろうけどさ…うひひひ」
「カンジ悪いなぁ~、相変わらず」
ずけずけと言いたい事を言う霧島のペースに巻き込まれつつも、池矢は苦笑いでまんざらでもないといった様子だ。
「ところで、そう言うあなたの方は…えーと、うじえ?さん?」
「あー、これは失礼しました!……お二人の話が愉快すぎて自分の自己紹介をすっかり忘れてました…『氏家』です。ゲームをつくる仕事をやってます」
三人はあっという間に打ち解け、宴は進んでいく…
時が止まったように感じつつグラスを傾ける彼らとは正反対に、その奇妙な夜の時計の針の進みはまるで早回しの映画の様に加速していった。
※※※※
―― AM 1:20 ―
「つまり、量子力学的に言うなら物体は認識するまで存在しないって訳です。僕らはそんな朧げで脆い世界に生きているんですよ…」
かなり酒が入った霧島は、顔を紅潮させつつ上機嫌でかれこれ10分以上熱弁をふるっている。
「あ、それなら聞いた事あります。…アインシュタインが月を指さして〝ならあの月は、誰かが見るまで存在しないって事かい?〟って、息巻いたとかいう…」
「そうそう、それです!まぁ、本当に本人がそう言ったかどうかは定かじゃぁありませんがね。で、要するに…」
「ちょっと質問!」
霧島のターンを終わらせるきっかけを作ってやろうと切り出した氏家だったが、話途中であっさりと霧島にバトンを取り返されてしまう。すかさず、池矢がそのバトンを強引にねじ獲った。
「人生はどうなのよ?お前が良く言ってた〝プラス何とか〟の神様の説明だと、起こっている事柄の全ては、そもそもガッツリ確定されてるんじゃなかったっけ?」
池矢は意地悪そうな笑みで霧島を問い詰める。
「ラプラスの悪魔だよ、ラ・プ・ラ・ス!…仰るとおり、未来もひっくるめて予め全ては確定してるって話。だけど、あれは普通の角度から見た場合の話。確率論と運命論は皆が思ってるよりはるかに深い関係にあるんだって」
「でもさ〝神はサイコロを振らない〟って、お前の敬愛するアインシュタイン様もおっしゃっていたよな。たしか…」
興奮状態の霧島に、池矢は面白がってさらに食い下がってみせる。
「アホか。予定調和の話じゃないんだって。相変わらず受け売りばっかだなお前は…あ、失敬失敬。氏家さんの事ではありませんよ」
この状況下でいきなり氏家の発言へのフォローを入れる霧島の器用さに、氏家は口に入れていた日本酒を思わず吹き出しそうになる。
「池谷、二度は言わんからよく覚えとけよ。神はサイコロを〝振らない〟んじゃなくて〝振れない〟の!…残念ながらそこん所はアインシュタイン先生と見解が違うんだよな~。……正しくは、神様は自分じゃサイコロ振れないから、人間を作って自分の代わりにサイコロを振らせてるんだって」
「???……なんで神様が俺たちにそんな事させるんだよ?」
「なんでって、神様は俺たち全員の内に居る存在だからだよ。言ってしまえば神様もまた真理に囚われた奴隷に過ぎないのさ。量子力学は結構イイ線行ってるって訳」
「???」
「我々は無限の選択肢の中を彷徨い、確定した答えに辿りつく。しかもその道程もまた無限に分岐している……単純な多重構造じゃないぞ。〝大海を彷徨うアメーバの如き〟エネルギーのうねりとでも言うか…ラプラスの悪魔は量子力学的には無限であり、決して死なないのさ。矛盾しているようで実は全く矛盾していない…むしろ足りないところを補完しあってるんだよ。車輪の両輪みたいにね」
「ヤバい。また始まったぞ。霧島の妄想モードが……氏家さん、気をつけて下さいよ。変態にアテられないように」
「こらっ!アホぬかせ!…ああっ!………僕のおでんがっ!」
食べようとして箸の先に掴んだ竹輪麩を皿に横に落っことし、すっとんきょんな声で罵声を放つ霧島の姿に池矢が腹を抱えて笑いだす。
霧島は納得いかないという顔をしつつも、その目尻は穏やかに笑っている。
「こーいうヤツなんですよ。池矢って男は。いつも斜に構えてどっかで人を小馬鹿扱いしやがる…」
「そんな事ないだろ。お前の話が複雑過ぎて訳わかんないんだって」
池矢は呆れ笑いで状況を的確に表現する。
その憐みの表情をよそに霧島は真剣な顔で今度は氏家の方に問いかける。
「何となくは分かりますよね、氏家さんなら。……つまり『人間=不死のサイコロ』ってことなんです」
「…はあ……何と言うかどうも……………サッパリでして」
―ゲラゲラゲラ!―
氏家のきょとんとした顔に池矢が堪えきれず笑い声を高める。
「ほら見ろ霧島!氏家さんだって分かんないとさ」
「うっさいわ!」
三人は顔を見合わせて笑い合う。
「いやしかし……君ら二人とも夢を諦めたとは言ってるけど、良い時期もあった訳だしさ……正直言うと、僕からしたら実に羨ましい限りだよ」
突然、おでん皿をじっと見つめた姿勢のまま霧島がボソッとつぶやく。
霧島はそのまま氏家の方を向いて目を細めた。
「しかも、池矢とあなた…今日会ったばかりとは思えない親密っぷりで、びっくりです」
霧島がいきなり静かになってしまった事にギョッとして、池矢がフォローを入れる。
「ここへ来る前のバーでお互い結構深い話をしたからな。で、こーなってる訳。……ですよね。氏家さん」
「まー、………ですね」
「ほらほらそのカンジ。何か妬けるねぇ……つまり、僕は後から来た分、親密度が足りてないって訳だよ」
「らしくないぞお前、気持ち悪い!」
「十分親密になってるじゃないですか」
二人の言葉などまるで耳に入っていないという体で、霧島はなおも続けた。
「一つゲームをしましせんか?……我々の親密度を更に深める為に」
「?」
「ゲーム?」
霧島の奇妙な提案に、二人は「いかがわしいぞ」といった表情で顔を見合わす。
「はい。……〝互いに今迄他人に話した事のない秘密を打ち明ける〟 ってゲームです。どうです?面白そうでしょ?」
(つづく)
◆あとがき◆
先日の夜中は眠すぎて寝落ちしてしてしまい、本日UPとなりました。(^_^;)
次回から3人の秘密の話が順に展開していきます。
1番目はゲーム屋の氏家が語り部になる予定です。
ゲーム屋ですから内容はゲーム絡みになること必至ですが、一体どんな話が聞けるのでしょうか?
次話UPは深夜か明日予定。
お楽しみに!(^v^)




