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発狂  作者: 羽夢屋敷
34/44

第三十四話: 胡蝶の夢  ①

◆まえがき◆


物語はいよいよ終盤章「胡蝶の夢」に入ります!

では新章の「第一話」、はじまりはじまり~



  挿絵(By みてみん)





   七・   胡蝶の夢




 


 

 ―― 2011年 6月×日 22:50―



「まぁ、そんな訳で油絵の道からは完全に外れてしまったんです」


 自分が何故絵を描けなくなってしまったのか?その経緯をひとしきり氏家に話して聞かせた池矢は、右手のグラスの中で緩やかに波打つブッカーズを静かに口に運んだ。氏家もその動きを追うように神妙な表情で自分のグラスに手をかける。

 しばし、二人の間に静寂の時が流れる。


 半分飲み干したグラスを池矢がテーブルに置こうとしたその時、入口のドアベルが鳴り、濡れた傘を片手に常連っぽい中年の男がゆっくりと店に入って来た。

「こんばんわ~。いやーすごい雨だったねー」

「いらっしゃい。…外、まだ酷いですか?」

「ああ~、まだちょっと風が強いけど雨は丁度止んでるよ……あれ?席いっぱいかね」

 男は即座に店内の状況を把握したらしく、残念そうな表情を浮かべる。

「あっ、雨止んでるなら僕ら出ますんで」

 雨が上がっているという情報に、すかさずカウンターの若いカップルが反応する。

「おやおや、これはこれはおありがたいことで」

 眉間のシワを一瞬で引き伸ばし、変面のような速さでスパンと満面の笑みへと表情を切り替え、変な日本語で受け答えするその男の姿に店の空気が瞬時に和む。一部始終を上目遣いで見ていた池矢の顔も自然とほころんでいる。それを見て氏家の方も一安心した風に表情を緩ませる。




「しかし何というか…少し池矢さんが羨ましい気もします」

 沈黙を破って唐突に切り出したのは氏家の方だった。氏家の全くもって意外な発言に池矢はきょとんとした顔で反応する。


「羨ましい?……こんなクソみたいな失敗人生が羨ましいと??」

「ええ。…池矢さんはある意味やり切ったじゃないですか。私なんか実際一番やりたかった事は全くできてなかった口ですから…」

「!?……さっき言ってたアレ、イレヴンウィナーズを立ち上げたじゃないですか。ゲームの事なんか全然わからない私だって名前くらい知ってますよ……あれがやりたかった事ではないと?」

 一見華やかに感じていた氏家の経歴を本人自らが否定しているそのおかしな状況に戸惑いを感じながら、池矢はその矛盾を指摘する。

 氏家は静かに説明を再開した。


「あのゲームを作った時は確かに〝これ以上は無理〟って所まで自分を追い込みましたね。ただ、本当はスポーツゲームなんかじゃなく、ずっと温めてたオリジナルゲームの方をやりたかったんです。」

「オリジナルゲーム…どんなゲームです?」

「ホワイトラビリンス……『W・L』っていうパズルとアクションとRPGを融合させたようなゲームなんですが……いや、ちょっと専門的になっちゃいますね。説明が…」

「ゲームの事は良くわかりませんが、まぁ話してくださいな」

 小さく苦笑いしながら「でんと構えなおす」池矢の姿勢に安心し、氏家は言葉を続ける。

 

「イレブンウィナーズを出した直後の話なんですけど、個人的に進めていたそのオリジナルゲーム企画を会社に出したんです。100ページくらいの分厚い仕様書を作って、それを次期新規案件として『これでもか!』って勢いで会社側に提出したんですよ」

「100ページ!それが多いのか少ないのかは良くわかりませんが……つまり、そっちのゲームの方は作れなかったって話ですか?」

「ええ。完全にボツ扱いでした。『このボリュームのものをやるのは時期尚早』って言われてバッサリですよ。……ところが、この話は続きがありまして」

「続き?」


「〝企画は却下〟って話で終わってくれればまだ良かったんですが、その仕様書……私が知らないうちに、そのままマリオン社に提出されちゃったんですよ」

「え?え?どういえ事ですか?……マリオン社って、あのゲーム機で有名なマリオン社ですか?」

「はい、あのマリオンです。実はその当時、マリオン社は海外の有名なゲーム会社と組んで高性能の家庭用ゲーム機を共同開発してたんです。ゲームハードの立ち上げ時期ですから、マリオン社も積極的にソフトメーカーに声掛けをしてゲームを集めていたんですが、そこにウチも乗っかったって訳です」

「なるほど〜……でも100ページの仕様書って言ってましたよね?……そんな大事そうな物を他の会社にあっさり渡しちゃって大丈夫なんですか?」

「そこなんですよ」


 氏家はグラスに残っていた酒を一気に喉に流し込むと、吐き捨てる様に言葉を続けた。

「当時のマリオン社は世界的に見ても業界を率先して牽引していくTOPメーカーだったんです……とにかく発言力がめちゃくちゃ強くて。で、その勢いのままとんでもないルールをソフトメーカーに提示してきましてね」

「ルール……ですか」

「はい。ウチのゲーム機に乗せたいゲームがあるなら、まずは〝出したいゲーム毎に企画書を出しなさい〟っていうルールです」

「???」

「つまり、そのゲームの企画書を見て、採用するかしないかはマリオン社が判断するっていう結構きわどいルールを提示してきたんです」

「それって…つまり、まだ作ってないゲームの企画段階から向こうが介入してくるって事ですか?」

「ええ。簡単に言えばそんなカンジですね。でもそこで何を思ったのか、ウチの会社は企画書ではなくて、ゲームの設計図にあたる〝仕様書〟を提出しちゃったんです」


「設計図を出すと………何がどうなるんでしょう?」

「何がどうなるって……非常に間抜けな事になっちゃいますね」

「……間抜けとは?」

「実はその企画、マリオン社でも通らなかったんぜす。ですが、仕様書はぶっちゃけアイデアの宝庫ですから……一度手に入れた後は、好きな所を好きな時に引っ張り出してきて、好きな様に使い放題って事になっちゃう訳でして」

 池矢がたまりかねた様子で言葉を挟む。

「いや、でも……まさか、使わないでしょう?他社から出たアイデアとか…」

 池矢のセリフが終わらぬうちに、氏家が激しい口調で池矢の言葉を遮る。

「とんでもない!業界ではよくある話なんです!だから、どの会社もそういうアイデア部分は極力秘密にして漏れないように開発するのがセオリーなんです」

「ほぉ…そういうもんなんですか…」

 氏家の勢いに若干気圧され気味になり、池矢は小さくうなずく。


「出した者勝ちなんですよ。この業界は……案の定、その翌年にマリオン社が出した『RPGワールド』ってゲームには、「W・L」に明記していたギミックに酷似してる部分がわんさか入ってましたよ。で、さすがに会社に抗議したんです。数十か所の酷似点をまとめた資料を添えて…」

「ふむふむ……で、どうなったんですか?結果的に」

「会社側は〝偶然だろ〟の一点張りですよ……〝お前の企画レベルもマリオンクラスだって事が分かって良かったじゃないか〟って軽くあしらわれてお終いでした」

「うわ……それはえげつない」


 空のグラスを渋い表情で見つめていた氏家は、ハッと我に返ったように視線を池矢の方に向けると、少しはにかんだ様な複雑な笑顔を見せてバツが悪そうに頭をかいた。

「すいません……いつの間にかまた愚痴になってしまいました。要するに何が言いたかったのかというと、自分もやりたい事は明確にあったのに、その失敗で凹んだまま、20年以上自分をごまかしてきちゃったんだな~って……池谷さんの話を聞いててそんな風に思えちゃいまして……」


「なるほど。……でも氏家さんはその間、ゲームを懸命に作り続けてた事は間違いないじゃないですか。やっぱり、全部を一気に捨てちゃった私なんぞより全然マシ、…むしろ素晴らしいんじゃないですかね」

「本当にそう言えるんでしょうか……」

「言えますって」


 二人の間に再び沈黙の時間が訪れる。




 先に口を開き、止まった時間を動かしたのは池矢の方だった。

「氏家さん、あなた、この後どこか行く予定はあります?」

「もう家に帰るだけですけど何か?」

「おでん。……付き合いませんか、おでんでもう一杯」

「おでん?」


 池矢は二イッと不敵な笑みを浮かべると、氏家の方に顔を近付けて小声でつぶやく。


「駅前に夜中から店を始めるすごくイイ屋台があるんです…」




 ※※※※※※※※



 ―― 同日 23:45 ―



 バーを出た二人は、若干足元をふらつかせながらも、ご機嫌で阿佐ヶ谷駅の北口に到着した。雨はすでに止んでおり、頭上には先ほど迄の雨がまるで嘘だったかのように真っ白な月が煌々と輝いている。


「あそこです。……あの銀行の前に出てる屋台」

 池矢の先導に従い、カルガモの子供のようにひょこひょこと氏家がその後に続く。


「こんちわー」

「いらっしゃい。あら……これはこれは、ずいぶんと久しぶりだね~」

 店主とおぼしき老人が満面の笑みで池矢を迎え入れる。

「ご無沙汰してます。今日は珍しく飲み屋で他の客と話が盛り上がっちゃいまして…で、そのままこっちに流れて来ちゃいました」

「ほ~ぉ。いつも一人呑みなのにねぇ~アンタは………珍しい、珍しい」


 店主はそう言ってニヤッと笑う。

 池矢は店に相当通っているらしく、席に着くなり自動的に彼の目の前にグラスが置かれ、なみなみと日本酒が注がれる。


「あ、私にも同じヤツをください」

「ん?ああ、ツーぽんしゅね。わかったわかった」


 二人は適当におでんを注文し、二度目の乾杯をする。


「さてと。何だかまだ色々ありそうですし……氏家さん、今夜は思いの丈を洗いざらい吐き出しちまいましょう。…お父ちゃん、今日はガンガン行くからね!」

 池矢が威勢よく店主に宣言する。


「おぅ!任せろ!」

 店主はそう言って、自分の横に置いてあった湯呑み中の液体をぐいっと飲んでみせた。


「いやいや、お父ちゃんじゃなくてさ。……コッチだからね、呑むのは」

「大丈夫だってよー。コレは焼酎だからよー。かかかか」

 パッと見、70代位に見える店主は既に結構酒が入っているらしく、赤ら顔で嬉しそうに笑いながら、自分の湯呑みに液体を補充していく。

「相変わらずよく呑むよね~、お父ちゃんも。もうさ、結構なお歳なんだから、そろそろ少し控えてもイイんじゃないの?」

「バカ言うなっ!俺から酒とったら何も残んねーんだから、おかしな事言いなさんなって。カッカッカッカッ…」



 店主が腰に手をやって自慢気に高笑いするのとほぼ同じタイミングで、不意に誰かが、池矢の背中をトントンと叩いた。


「もしも~し!」


 声の方を振り返ると、そこに立っていたのはスラッとした細身の体に白いジャージ姿で、どことなく神経質そうなオーラを漂わせる松葉杖をついた中年男だった。男の方も同じようにどこかで呑んでいたらしく、その足元は微妙にゆらゆらと揺らいでる。


「あれ?…霧島!」


「やっぱり池矢か。そのガラの悪そうな作務衣で、多分お前だろーなってさ」

「一言多いわ!……いやしかし、おかしな巡りあわせだな。今夜は……」




 (つづく)





◆あとがき◆


高円寺の高架下で偶然拾って長年育てていたヤドカリ君がとうとうお亡くなりになりました。

かれこれ7~8年は生きていてくれたと思います。

「いつか沖縄の海に逃がしてあげるね」

と、約束をしていましたが、それを果たせぬままに旅立たれてしまいました…


次に沖縄に行ける機会が来たら、せめて「ヤドーン」のお家だけでも海に帰してあげようと思っています。

長生きしてくれてありがとう「ヤドーン」。

向うでおいしい物一杯食べておくれ。


※補足※

次回アップは今日の夜中くらいを予定してます(半分できてるので…(^v^))



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