第二十三話: 池矢 創 ⑦
◆まえがき◆
入試を間近に控え、一番の問題であった「金の問題」がほぼほぼ解決した池矢。
果たしてこのままうまく事は進むのでしょうか?
では、池矢の章「第七話」
お楽しみください!
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『やぶら』とは、江古田駅ホーム脇の踏切近くにある古びた雑居ビルの地下にある居酒屋のことだ。
この店は置いている酒もさることながら、提供する食べ物も大変美味く、近くにある「理知大芸術学部」の学生御用達の店でもあった。
俺は、千円ちょっとで食事と酒が楽しめるその店に、画材を買いに江古田に出る傍ら幾度となく通っていたのだが、群馬籠り前に店を訪れてから優に半年以上が経過している事をふっと思い出したのだった。
金にも少し余裕ができ気持ちが浮かれていた俺は、いそいそと小さな階段を駆け下り、上機嫌で店の引戸をガラガラと右へスライドさせる。
「いらっしゃい。……あら久しぶり」
来店すると、いつも決まった席で決まった注文をして帰って行く俺の事をホールのおじさんは完全に覚えており、にこやかに声をかけてくれた。
「とりあえず瓶ビールをください。あと焼肉サラダ」
カウンターのコーナーに陣取った俺は、席に着くなりお決まりの台詞を唱える。何もかも順調に行きそうな、そんな予感に包まれながら幸せな時間が過ぎていく…
ところが、小一時間も立たない内に事態は予想もしない方向へと流れだす。
「だから~、今はもう絵より写真の時代なんだって!……そもそも日本の住宅事情ってやつを考えてるか~ちゃんと~」
俺が座っているカウンターの丁度後ろにある横長に並べられた〝座り席〟に陣取っていた10人ほどの理知大生集団から「わっ」とどよめきが上がり、割れんばかりの拍手が飛び交った。
ぎょっとして振り返ると、高そうなカメラを小脇に抱えて途中参戦で集団に加わった「いかにも業界人ぽい」男が、一人立ち上がって声高かに自説をぶちまけてる姿が目に飛び込んでくる。
「絵畑の連中に直接言うのもなんだけどさぁ~。ほとんど居ないでしょー、卒業してちゃんと作家とかで飯食ってる人ってさー」
場は、周囲の仲間から〝OB〟と呼ばれるその男が、集団の中の少数派と思わしき〝絵画科〟連中に、おかまいなしに無神経な言葉を浴びせている、という緊迫した状況だ。
聞き耳を立てていたつもりは無いが、なにぶん真後ろで大声で繰り広げられている会話なので、否応なしにある程度その内容は耳に入ってしまう。どういう流れでそうなったのかは知らないが、宴はどうやら写真科と絵画科が合同でやっている会のようであった。
露骨で図星な表現にバツが悪くなったのか、攻め立てられている側の男が一人、逃げるようにフラフラとトイレ方向に消えて行く。
――見てられんな…――
連中になるたけ関わりたくなかった俺は、音を立てないように静かにカウンターに向き直り、届いたばかりの樽酒を口に運んだ。
「とは言えですよ……写真家だって大変なんじゃないですか?仕事口が沢山あるって言われましたけど、雑誌のカットとか……そんなのばっかでしょ。実際」
絵画科の年長者っぽい男が食い下がる声が響く。関わるつもりは全くないが、俺から言わせれば目くそ鼻くそのようなくだらない罵り合いだ。そもそも、連中はここ一時間ほどよくわからない芸術論をぶち上げ、最終的には全て『社会のせいだ』『社会が悪い』と、そんな事をオウムのように繰り返しているだけだった。
「ちょっと論点が違うのでは」
誰かが言う。
――論点って……あんたらのは与太話でしょ――
心の中の俺が勝手につぶやき、思わず頬がゆるむ。
「ちょっとお宅……何二ヤついてんのよ?」
(つづく)
◆あとがき◆
今回書き上げた部分はUPした倍の量になりますが、全体チェック~校正がまだ完了していない為、中間までのものを一旦UPします。
(ひょっとしたら、所用で本日はこのまま作業できないかもしれないので…)
もし、早めに作業再開できたら夕方に残りをUPします。
ではでは!(^v^)




