第十九話: 池矢 創 ③
◆まえがき◆
とりあえず、連投分が仕上がったのでUPします!
(まずは一安心……)
では、池矢の章「第三話」
お楽しみください。。。
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下仁田での一日の始まりは早かった。
セッちゃんは畑仕事を午前中に済ませてしまう為に毎朝5時過ぎに起床していた。布団を片付け、身支度を整えると、まずは家に張り巡らされた雨戸を開け、庭の手入れをする。それが終わると軽い朝ごはんをささっと済ませて畑に出る。休憩を入れつつ2~3時間畑作業をしたら、午後は菓子など食べながらテレビを視たりしてまったり過ごす。たまに近所に住む住民が顏を出し、自分の所で採れた収穫物を置いていくので、そんな時は茶など出して他愛のない雑談に花を咲かせたりもする。そして、夕方前に掃除と洗濯を終わらせると、晩ごはんを食べて風呂に入り9時前には布団に入る。セッちゃんはそういう毎日を規則正しく何十年も繰り返していた。
その生活の中に俺が入り込む訳だが、俺自身の毎日の日課は当然セッちゃんのそれとは全く異なっていたので、二人は数日かけて互いのリズムを確認し合い、折り合いをつけてうまい流れを作って行った。
俺の方が夜12時過ぎまで何かしらの作業をしていたから、まずは普段空き部屋にしていた三畳の「仏間」を俺の作業部屋兼寝室に使わせてもらう事にした。
セッちゃんは朝が早いので、睡眠の妨げにならないよう静かに作業し、次の日はセッちゃんが朝ご飯を用意してくれる朝7時迄に起床、布団を片付けて身支度して食卓につく。
この〝ルール〟が二人で決めた最初のとり決めだった。そして、最終的に落ち着いた1日の流れはこうだった。
朝ごはんを食べ終えたら「山に入って絵を描く」為の支度をし、セッちゃんに作ってもらったおにぎり2つを持って家を出る。
国道沿いのバス停まで下りて行き、午前中に1本しか出ていない8時発のバスに遅れず乗車する。
目的地の山のふもとで下車したら徒歩で描画ポイントを探して廻り、夕方4時迄ひたすら絵を描く。
5時台のバスで帰宅し6時までに家に戻る。
セッちゃんと一緒に晩ごはんを食べ、風呂に入った後は仏間に戻って作業の続きを2時間ほどやる。
寝る前に少しだけ共通一次試験用の復習をし、12時過ぎたら布団に入り、東京から持参したカセットケース程の小さなラジオを片耳イヤホンで聞きながら眠りにつく…。
この一連の決まった流れで二人の平穏な日々は経過していった。だが――
厳しい縛りで遂行されるこのルーティーンは予想だにしなかった結果を招く。
山に籠って3ヶ月が過ぎる頃、俺は自分の身体に異変が起きている事に気が付いた。言葉で説明するのは難しいが、何かしら物を観察する時の「物の見方」が以前とは完全に違っていたのだ。
『物を目で見ない』
というのが一番近い表現かもしれない。
はじめはこの訳のわからない感覚に困惑し、「山中に滞在しすぎて頭が変になったのではないか?」と不安になったりもしたが、特段生活に支障が出るという訳でもなかったから放置していた。しかし、これが絵画制作とは関係ない部分で問題を起こし出す。
それは、なんとも言葉にしづらい感覚だった。まるで、〝対象物と合体する〟ような感覚、〝自分が薄まって消えていく〟様な奇妙な感覚だ。その感覚が強まっていくにしたがい、俺の「絵を描くために手を動かす時間」は「只々景色をぼーっと眺めるだけの時間」に侵食されていった。そして、揚句の果てには山道のゴミ拾いをしたり、気になった虫の歩みを追ったりと、我にかえってハッとするような奇行を繰り返す様になって行ったのである…
群馬ごもりを始めてから3ヶ月半が過ぎようとしていたある日、俺は当初半年を予定していた滞在期間を半分に切り上げ、逃げるように東京に戻ったのだった。
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『ズキン!』
右手に持ったカンヴァスに描かれた絵を眺めながら、セッちゃんと過ごした下仁田の家での想い出に浸っていた俺は、手に走った〝刺すような鋭い痛み〟で、強引に現実に引き戻される。俺はその絵を一旦左手に持ち替え、右手の甲の方に目をやる。
痛みの主は、拳の上に刻まれた5指と手甲を真っ二つに分断するように走る一本の古傷だった。
「またこいつか」
一見〝張り付いたムカデ〟の様にも見えるその異形の傷を見つめ、俺は無意識に小さくつぶやく…
不意に手元に戻った1枚の小さな油絵。
それは、俺が十代の記念に挑んだ『100号の油絵』の習作だった。そして、その大作とこの右拳の傷は切っても切れない深い関わり合いを持っている。
傷の痛みを引き金に、大作が誕生した当時の記憶の扉が弾けるように開いた。
「どっち側なんだ…お前は」
毒虫の毒が一気に体に流れこむ様に「若かりし日の痛々しき記憶」が溢れだす。
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1986年 11月。
俺は、自分の通帳の残高を眺めて頭を悩ましていた。
群馬に籠る前、大家に『受験準備の為に半年ほど田舎に籠りたい』という相談をしたところ、「なら、留守の間は家賃を少し減額しましょう」という願ってもない提案を受け、受験用にため込んでいた金もあった事から、俺は喜んで半年分の家賃を前払いした。その時は〝東京に戻ったらまたバイトをかけもちすれば良い〟くらいに安直に考えていた。だが、いざ戻って仕事を開始してみるとその生活は思った以上に過酷で厳しいものだった。
大学入試までに貯めておかねばと思っていた額は30万。前回試験に挑んだ時も、半期の授業料と当面の生活費として30万ほどの金を準備していたから、金に関してはそれと同額を溜めておく、という算段だった。
当時借りていた部屋は『家賃3万5千円』の風呂なし六畳。そこに食費やら光熱費やら何やらと生活に必要な金を加えていくと、最低限必要な生活費は毎月10万程度。ここからはみ出た金を貯蓄に回す訳だが、毎月できる上乗せはせいぜい3~4万だ。
11月の時点で俺がやっていた仕事は、群馬入りする直前までやっていた「早朝の清掃バイト」と、時給の高い「24時間喫茶での深夜労働」。この2つで生計を立て、〝貯蓄分〟として週末に日雇いの労働に出ていた。これらを馬車馬のように回してギリギリの流れを作っていのだが、そんなハードワークにようやく体が順応しだしたある日、俺のその後の計画に大きな影響を及ぼす運命の出会いがひょんな形で訪れる…
「あれ?…ソウくん?……久しぶり!」
「?……」
「俺だよ、近田だよ!……チ・カ・ダ・ショウイチ!」
「!…しょーちゃんか!……いや~、随分背が伸びたね~。全然わからなかったよ」
たまたま昼番にまわった新宿でのバイト帰り、駅の改札の前で突然声をかけてきた〝サラリーマン風の綺麗なスーツ姿〟のその男は、よく見ると小・中学と同じ学校に通っていた幼馴染の近田であった。
(つづく)
◆あとがき◆
平日は仕事でくたくたになってしまうので執筆速度も落ちると思いますが、続き分は既に途中まで書き進めております。
おそらく、次回「第4話」は明日~明後日中にはUPできるかと…(^_^;)
この気力、
どこまで続くかなぁ~…(笑)




