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発狂  作者: 羽夢屋敷
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第十話: 氏家 仁 ⑧

◆まえがき◆


1990年代後半…

この時代は日本のゲーム業界が次なる展望を抱き、あの手この手で試行錯誤した波乱の時代でした。

企業が巨大化し、事業としての更なる増長を急ぐ時、その水面下では激しい変革が起こるのは自然の理。

とはいえ

「それはどうなのよ?」

という事が余りにも多すぎました…


今回もそんな時代の一幕です。


予定より一日早いアップとなりますが、

第十話、お楽しみください!



  挿絵(By みてみん)





      ********



 浦川が店を出て5分としない内に、店の引き戸がゆっくりと丁寧にあけられる。

 現れたのは、太い黒縁の眼鏡をかけた知った顏の同業者。続いて、彼の後ろから小柄の若い女が、店内の様子を警戒しつつ彼に隠れるようにしてそっと店に入場する。

「あっ、高見さん」

「あれ?氏家さん……早いじゃないですか今日は」

 偶然にも入ってきたのは、PLAY-JOYのポータブル機のゲームソフトでヒットを飛ばすゲームディレクター、高見氏だった。この店「しん介」はゲーム屋御用達の店という訳ではないが、なぜか同業者が集まるという時が稀にある。こういう小さな偶然が、下町の隠れ居酒屋の面白いところであったりもするのだ。


「しんさん、傘どこ置けばいい?」

「あー…その辺の隅っこに置いといてください。傘立てまだ出してないんで」

「じゃあ、ここに置いときますね。…変な天気ですよね~今日は。午前中あんなに降ってたのに午後は嘘みたいに晴れちゃって」

「朝は結構来てましたねー。でも、これからまた降りまねきっと……雲行き怪しいし」

 店主はそう言いながら席に着いた二人におしぼりを手渡す。


 私はもの珍しそうにキョロキョロ辺りを見回す若い女に軽く会釈し、高見に尋ねる。

「会社の人?」

「これ、…ウチのチームの後輩で。店の話したら来たいって言うんで、連れてきちゃいました」

 女は、背中を丸めて小さくなった姿勢のまま丁寧に挨拶した。

「牧田です。初めまして」

「この人、イレヴンウィナーズを作った人。初代のだよ、初代」

 高見はニヤニヤしながら、いきなりぶっきら棒に言い放った。


「ええっ!…ほんとですか!?」

 女の猫背がいきなりピンと真っ直ぐになる。

「やめなさいって、その紹介の仕方…自分だって嫌でしょ、勇者クイッカーの人とか言われたら…」

「いや、全然平気ですけどね私は。…あ。後輩、真面目なんでお手柔らかに…」

「ちょっと!それもおかしいから…」

 いきなり場が和み、我々は4人で乾杯をし直す。高見は新鋭のヒットメーカーというだけあって話もうまく、静かながらに見事に場をリードしていく。


「そう言えば氏家さんは最近何作ってるんです?まだケータイアプリですか?」

「最近はゲーム作ってないんだよね……ちょっと色々あって」

 店主がちらっとこちらに視線を向け、ニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべる。

 私は眉を顰め、無言で店主の会話への参入を阻止する。


「マキタ、この人ケータイアプリもやっててさ……ドコモのiモードの時からだって」

「iモードって……それって初期の初期じゃないですか!?…えと…今までどんなのを作られたんですか?……私がやってたのもあるかも…」


 高見の誘導にまんまと引っかかり、牧田が入れぐいのような速さで食いついてくる。私はほろ酔い頭に鞭打ち、当時の仕事を思い返してみる…

「占いアプリとか、クレパスケンちゃん使った版権ものとか……あ、他社のゲームをケータイアプリ化したりとかもやったなぁ……宇宙防衛隊とか…」


「バーストファイターもやってましたよね」

 私の言葉を遮り、高見が強引に言葉をねじ込む。

「ああ、バーファイ2ね。……オリジナルのプログラム書いた奴が天才肌だったせいで〝コードが意味不明〟って担当プログラマーが泣いてたヤツ」

「うわ~。バーファイもやったんですかー…凄いじゃないですか、それ」


 目を輝かせる牧田をよそに、高見は意地悪小僧のような笑みを受かべ、嬉しそうに付け加えた。

「でも肝心のオリジナルでコケて自分の会社潰しちゃったんですよねぇー」

「やめなさいって、その弄り方!」


 笑いの絶えない楽しい時間が30分ほど続き、少しほろ酔い気味になった所で2人は自社チームの込み入った内輪話に入っていった。私はそっと話からフェードアウトする。



「iモードか………あれはホントに酷かったな」

 高見から出たその単語をきっかけに、再び記憶の旅の扉は開く…




      ********



「マジックカイザーの独占販売権が獲れそうって話…その後どうなりました?」

「それが…ダメでした。……日本じゃそこまで流行らないだろうって事で…」


 トイレの洗面所で偶然出くわした尾形からの返答は、完全に私の予想に反するものだった。

「何のための海外事業室か?って思っちゃいますよ……アメリカでのあのゲームの流行りっぷりをまるで分かっちゃいないんですから。上の方は」


 尾形は「海外商品を研究・開発する」という名目で最近K社にできた研究室に席を置く長身のスマートな男だった。洗面台で手を洗った後、その手をぶらぶらと振り回してそのまま自席へと戻る粗雑な私とは違い、洗面台の前では口にハンケチを銜え、きちんと洗った手をきちんとハンケチで拭く。そんな繊細な人物であった。

 彼と私とは直接の仕事の関係は無かった。だが入社タイミングも近く、よく知った顏だった事もあり、廊下で出くわしたりトイレで出くわした時にちらっと互いの情報を交換し合う、そういう間柄であった。

 その程度の関係にも関わらずこの『マジックカイザー』について語り合う時だけは、二人の熱量は上がった。なぜなら、この商品に対しての二人の見立てはほぼ一致しており、〝これは日本でも必ずブレイクする〟という直観的な確信を共に持っていたからだった。


 マジックカイザーは、2名で行う対戦型のアナログカードゲームで、プレイヤーは十数枚で構成される〝デッキ〟と呼ばれる手札の中から手札を選択、各カードが持つ独自の能力によって互いにライフ(体力)を削りあって戦う。というゲームで、俗に言う「トレーディングカードゲーム」の礎を築いたゲームでもあった。だが、この時期にK社がこの商品の権利獲得に対して下した判断も「NO」だった。


「上の連中、週刊誌とかちゃんとチェックしてるんですかねぇ?あのゲームの広告の連投の仕方、本気度が滲み出てるっていうか異常ですよアレ……日本でも絶対来ますって。あの内容なら」

「氏家さんもそう思いますか。……まぁ、会社としては手は出さないって事が確定しちゃったんで……残念ながらここまでです」


「しかし、なんて言ったらいいのか………もったいないよなぁ~」

「結構苦労して持ってきたんですけどねぇ、この話……」

 複雑な笑みを浮かべて静かに去っていく尾形の後ろ姿を見たのは、ほんの数年前の事だ。そして――




 1998年12月○日。

 その日、社の広報誌を見て私は愕然とした。


<<連載中の漫画『カードキング』をモチーフにした新感覚のトレーディングカードゲームが登場!来年発売予定が決定!>>


「え?え?…これ、丸々「マジックカイザー」じゃないか?……そんな事より、これ作ってる部署は?尾形さんはどうなってんだ?……まさか蚊帳の外??」


 次の年、K社東京支部は今後の開発体制についてある方針を表明した。

〝K社は一旦オリジナルの新規ゲーム作りから手を引き、暫くは既存の作品の続編、もしくは版権ものメインでゲーム開発をしていく〟

 という内容だった。


 時代は、「漫画」「玩具」「ゲーム」といった要素を一つのテーマのもとに合体させ戦略的に商品を販売して行こうという、いわゆる『メディアミックス』の時代に突入していく黎明期にあった。この時、業界に流れていたのは「オリジナルを作る」というリスクを敢えてとるのは愚かな選択だ。という風潮…

 ゲーム業界が守りの姿勢でその地位を固めようとするそんな中、ドコモから携帯電話初のカラー液晶機種の発売が発表されるも、業界の反応はあらかた想像通りのものだった。


『携帯電話のような小さな画面がカラー化した所で、我々業界には無関係』


 大手メーカーを筆頭に、大多数のゲームメーカーはこれに参入せずに静観を決め込んだ。輝かしき2000年を迎えるその直前の業界は、実はとんでもなく消極的で保守的な姿勢を貫いていたのである。




 そしてK社が鳴り物入りで『カードキング』を発売した1999年の春、会社での存在意味を完全に見失った私は、静かに会社を去った…




      ********



「氏家さん。ウチらぼちぼち失礼しますね」


 斜め下から覗き込むようにそう告げる高見の声に、はっと我に返る。

「ああ、もうお帰り?……今日はみんな帰るのが早いな」

「これから他の連中と合流でして…なんか慌ただしくてすいません。…じゃ、しんさん、また」

「あっ、傘忘れずに!」

 傘の存在を忘れて扉に手をかけた高見に店主が付け加える。

 時計に目をやると短針はまだ9にも達していない。今夜は時間の進み方が妙にゆっくりと感じられる何とも奇妙な夜だ…


「ご機嫌でしたね。高見さん」

「そうだね。……いやぁ、イイ感じで揶揄われちゃったな」

「やっぱり、ゲーム……作った方が良いんじゃないですか。また」

「う~ん。……どうだろうねぇ」

 店主は曖昧な私の返事に悪い顔ひとつせず、穏やかな表情のまま手際よく小皿を片付けていく。


「あ、それおわったら酎ハイちょうだい」

「かーしこまりました」



 私は頭上にポツンと灯るオレンジ色の柔らかな明かりを見つめながら、再び記憶の底に潜るべく、深い息継ぎをした。




         (つづく)

◆あとがき◆


大手ゲーム社時代の同期のクリエイターが多臓器不全のため急逝したとの連絡が入りました。

彼が業界で最初に仕上げたRPGのシナリオは素晴らしく、完成稿を見せてもらった時に彼が見せた笑顔が、昨日の事のように鮮明に思い出されます。

今回のお話は、かつて激動の時代を共に過ごした彼に捧げます。


心よりご冥福をお祈りします。



※ご報告※

「書きためた整形済みの小説ストック」も残すところあと一話分…

このタイミングで『日常生活に問題なく対応できるほど身体は回復した』との事で、近く退院できる目処がつきました。

今後は自宅にてリハビリを継続し肉体回復を目指す、かつ、仕事の対応もしていかねばならず、発表のペースは激減するかと思います。

とはいえ、今回は何が何でも連載は続ける気です。

皆様どうぞ宜しくお願いいたします…

(第十一話は2/17(土曜)に発表予定です!)


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