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発狂  作者: 羽夢屋敷
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第一話: 顔のない子

2022年にプロットを完成させ、同年に発表する予定だったミステリー小説です。

色々な問題が重なり着手できなかったのですが、2023年末に事故で入院し、

元の状態に戻るまで数ヶ月はかかるとの診断を受けた事からベットの上での執筆再開となりました。

状況が状況ですので、どこまで続けられるかは正直なところよく見えていない、という現状です。


とはいえベストは尽くします!

皆さま何卒よろしくお願いいたします。。。



  挿絵(By みてみん)






    発  狂    

            羽夢屋敷









  周っているのは

  メリーゴーランドという名の

  ねずみの回し車


  いじくられた確率の渦の中で

  じたばたとあがく僕たちは


  滑稽な道化師なのか?

  はたまた

  ただの燃料なのか?


  いずれにせよ僕らの本質は

  ただの変数の寄せ集めに他ならない。







   一・  顔の無い子



 まーちゃんには顔が無かった。

 俗に言う顔面には物を食べ呼吸をするための穴が一つ、

ぽっかりと空いているだけ。

 だから、まーちゃんには表情というものが無い。

 周りの人は、そのぽっかりと空いた穴の両端が「上がっているか下がっているか」でまーちゃんの気持ちを察するしかなかった。

 逆を言えば、まーちゃんが他人に自分の感情を伝える方法もそれしかない訳だから、これはもうめっぽう損なことのように思えるが、当の本人はそんな自分の顔面をわりと気に入っていた。

 

 まーちゃんは、大人たちが季節の変わり目に馴染みのホテルに集まって行う「大宴会」が好きだった。

 宴会は大抵20~30人程度の規模で、ホテルの大座敷の宴会場を貸し切って行われた。ホテルに集うのは殆どが中年のいかつい男たちだった。このイベントに家族を連れてくる者は珍しく、そもそも連れがいても宴会に参加させるのは極力避けるのがあたり前であったから、実際のところ毎回どの位の人数が集まっていたかは定かではない。

 当時4~5歳だったまーちゃんが、なぜその宴会に参加しだしたのか?今となっては理由を知る由もないが、今は亡き〝まーちゃんのお父さん〟が、宴会でいつも上座の方に座っていた事が関係していることは、ほぼ間違いなかろう。

 とにかくまーちゃんは毎回、宴会に集った男たちの膳から少し離れた場所にちょんと陣取って、彼らが繰り広げる乱痴気騒ぎが終わるのをじっと待っていた。

 「終わりを待つ」…そう、まーちゃんのお目当ては実はこの宴会ではなく、会の終わりに、大人たちによって決まって行われる〝儀式〟の方にあった。


 宴会が終わると、手ぬぐい片手に顔を赤らめたいかつい一団がホテルの廊下を大浴場目指し闊歩していく。ご機嫌で鼻歌を歌う者、すれ違う一般人をからかう者、浴衣の片肌を脱いで〝モンモン〟を見せながら肩で風を切る者…時代劇の大名行列の様にぞろぞろと我が物顔で進むその最後尾で、マーちゃんはちんどん屋のビラ巻きの様にはしゃぐ。

 もうすぐその瞬間がやってくるのだ。

 

 一団が大浴場に到着して裸身をさらすと、まるで蜘蛛の子を散らすように周囲の人間は「さぁっ」と居なくなっていく。入り口の引き戸をガラッと一気に開け、大人たちは浴場になだれ込む。

 大人数でいきなり湯船につかっては息が詰まるので、当然のように多くは洗い場の方に腰掛ける。


「いーーち!……にーーい!……さーーん!……しーーい!……」


 ぼんやり薄白く霞む湯煙の中に「竜」や「虎」、「弁天様」や「巨大な鯉」が怪しく蠢く…それは、さながら温泉の中に意図的につくられた〝生きている絵〟の美術館とでも言える光景だった。まーちゃんが大人たちの宴会を楽しみにしていたのは、この美術館を堪能できるからであった。

 当時のまーちゃんにとって、自分の周囲に常に空気のように存在していた入れ墨の男たちは『強さ』と『カッコ良さ』の象徴であり、それこそ当時の子供達の間で人気だった「ウルトラマン」や「仮面ライダー」に勝るとも劣らないヒーローそのものであった。そして、男どもが背負った入れ墨はまさに

「ゴジラ」に出てくるような〝人知を超えた怪物〟であり、それらに向かって号令をかけるまーちゃんは、さしずめ『怪物たちの王様』というところだ。ぐるぐると巡る妄想の中、まーちゃんは精一杯の大きな声で目の前の背中を数え続ける…


「ごーーお!……ろーーく!……しーーち!……はーーち!……」


 それはまさにまーちゃんにとって至福の時間であった。



 ある時、この宴会にまーちゃんのよく知った老人が参加した。

 短髪で痩せて背が小さく、初代水戸黄門のような皺くちゃ顔。その顔に深く刻まれた二つの目はいつも半開きで、起きているのかいないのか?一体どこを見ているのかすら分からない。そんな奇妙な表情をした老人だった。

 彼はいつも店の奥のレジの後ろの長椅子にふんぞり返って、対面の角に設置された小さなテレビの方を向いたまま置き人形のように動かなかった。一見すると〝洋服を着たお猿さん〟のようにも見えたこの老人の事をまーちゃんは親しみの気持ちを込めて「まんとひひのお爺ちゃん」と呼んでいた。

 「まんとひひのお爺ちゃん」は、池袋駅近くの雑居ビルの2階で、お婆ちゃんと二人で小さな麻雀屋を経営しており、まーちゃんは母に連れられこの雀荘に定期的に足を運んでいた。寡黙で不愛想な旦那とは打って変わり、おばあちゃんは大変愛層の良い人で、まーちゃんが店を訪れる度に満面の笑顔で何かしらのジュースと茶菓子を与えてくれた。

「まんとひひのお爺ちゃん」もこの時だけはこちらに視線を向けて


『たべな』


 と声を発していた。

 その「まんとひひのお爺ちゃん」が宴会に参加しており、なんと上座の中央にでんと胡坐をかいて座っていたのだ。


「あっ!まんとひひのお爺ちゃん…」

「しっ!そんな呼び方よしなさい!」


 まーちゃんの言葉が終わらぬうちに、ものすごい速さで母の掌がまーちゃんの口を塞いだ。


 その日の宴会は少し変だった。

 いつもなら賑やかな雰囲気で始まるその宴が、今まで感じた事のないピリピリした緊張感に包まれており、一人の大人により何やら真剣なスピーチが行われると、ようやく『乾杯!』の音頭がとられた。


「今日は静かにしててね」


 母の言葉に、大人たちにとってこの宴会が〝特別な会〟である事を子供ながらに察したまーちゃんは、慣れない正座の姿勢をしばらく続けねばならない事を覚悟する。


 まーちゃんがその足の痺れの苦痛から解放されたのは、大人たちの何やら難し気な話が終わった後の事、宴の場に数名の芸者が加りようやっと場の空気が和み始めた頃の事だった。


「足…もう正座はやめていいよ」


 号令に従い折りたたんだ足をほぐすと、待ってましたとばかりに我慢ならない痺れが脚全体を駆け巡る。まともに動く事ができないまーちゃんは、四つん這いの姿勢のまま「うう…」と唸りながら、その不快な感覚が退けるのを待つ。

 子供の不格好な姿を冷ややかな目でじっと眺める母。母は「私は関係ありませんよ」とでも言っているかのように、眉をひそめ、呆れ顔で失笑している。

 一連の母の反応に、今日の自分がこの場に相応しくない存在なのであろう事を直感し、まーちゃんは今まで感じたことのない不安に飲み込まれて行った。

 まーちゃんを不安にさせたのはその場の空気だけではなかった。いつもは皺くちゃの顔に埋もれ、どこを見ているかわからない「まんとひひのお爺ちゃん」の二つの瞳が飛び出すようにカッと見開かれ、始終あちこちを睨み付けているではないか。まーちゃんには、それが何より気味悪く、気になって仕方なかったのである。

 脚の痺れが取れ、普通に座れるようになった後もまーちゃんは「まんとひひのお爺ちゃん」から目が離せなくなっていた。


「まーちゃん、その足!……びんぼうゆすりはダメよ!」


 母の声にハッとし、まーちゃんは慌てて自分の足の方に目をやる。

 視線に飛び込んできたのは、カクカクカと壊れたおもちゃのように細かく上下動をしている自分の膝であった。他人がしているのを見るのが嫌いだった〝貧乏ゆすり〟を無意識に自分が行っている事にマーちゃんは衝撃を受ける。


「早く部屋へ戻りたい。もうここには居たくない…」


 普通の4~5歳児なら、泣いてダダをこねて部屋に返してもらっても良いようなシーンではあるが、周りにいる屈強で野蛮で〝理屈など微塵も通用しない獣〟のような集団がどういう集団なのか?をまーちゃんは物心ついた時から身近で見ていた。即ち、彼らがどんな時、どういう反応をするか?それはそれはよぅく知っていたのである。

 額から流れ落ちる「嫌な汗」を拭う事もできず、まーちゃんは只々時間が過ぎて行くのを置物のように待つ…。置物?そう言えばいつもは「まんとひひの爺ちゃん」が〝置物〟で自分がその前ではしゃぐ、といった構図がまったく逆転している。

 その事に気付いた時、まーちゃんの中にあった嫌な予感は現実のものになる。


「むぁーちゃん!こっちこい!」


 宴会がスタートしてからしばしばこちらをちらっと見るようなそぶりを見せていたひひ爺様が、あからさまにまーちゃんに視線を固定させ、そのホウキのような細い手の先に付いた骸骨のような骨ばった掌をひらひらと動かしている。

 上座の中央で少し前のめりに胡坐をかき、赤ら顔で傍らに置かれた肘おきに上体を預けているその姿から、すでに爺様が相当に酔っぱらっている事がわかった。


 「おい坊主!ご隠居様が呼んでるだろーが!はよ行かんかい!」


 誰かが大声で怒鳴った。まーちゃんはどうしたらよいかわからず、父の方に視線を投げるが、父はこちらはに何の関心も無い様子で、隣に座った芸者からの杯を満面の笑顔でもって受けている。

 まーちゃんは恐る恐る「まんとひひの爺ちゃん」の前へと足を進めた。


「むぁーちゃん!おめぇは、いつもウチにくっとあれだ、じゅすの○×▽めぇが◇○×でよ、×▽○○だよなぁ!?」


 爺様の言葉は呂律もよく回っておらずうまく聞き取れなかったが、その笑顔から彼が上機嫌である事はすぐに伝わってきた。まーちゃんは少し安心する。


「よぁ、むぁーちゃん!じゅすの○×▽めぇは×▽○○××だろ!?」


 再び爺様がまーちゃんに何かを問いかけてきた。

 だが、よく聞き耳を立ててみてもやはりそれが何を意味しているのか分からない。


「お爺ちゃん、酔っぱらってて何を言ってるかよくわかんないよ。」


 困ったまーちゃんは最大限の笑顔をつくって見せ、爺様に答える。すると今までの彼の笑顔がさぁっと一種で鬼の形相に豹変した。


 『なんじゃーー!ナメとんか、このわっぱがーーっ!』


 次の瞬間、とてもホウキの力とは思えないほどの衝撃がまーちゃんの顔面を走った。爺様の鉄拳は子供の顔面を無慈悲に貫き、その小さな標的を軽々と2メートルほど先に吹き飛ばした。

 額と鼻部分を中心に伝わってくるそれまで味わったことのない燃えるような激み…大人であっても悶絶して暴れそうな場面であったが、なぜか反射的にまーちゃんはそうはしなかった。否、何か得体のしれない黒い予感がまーちゃんに〝そうする事をさせなかった〟のだ。

 激痛を押し殺し、ゆっくりと四つん這いで起き上がろうとしたまーちゃんの鼻の穴と口から赤黒い血が噴き出し、畳の上をお好み焼きのようにゆっくりと広がっていく…


「お、すごいぞ!泣いてないぞ!この坊主」


 一連の珍劇に気付いた周囲の男たちはその情景に一斉にゲラゲラと笑い出す。

 一体何が起こっているのか?そして、何がそんなにおかしいのか?訳が分からないままにまーちゃんは助け船を求めるように父の方に視線を投げた。

 視線の先の父は、特に何もないような風に今までと同じ姿勢を保ち、盃を口元に運んでいたが、その視線は明らかにこちらを凝視しており、まるで何かを吟味しているかのような、冷たく鋭い薄ら笑いを浮べている。


「かるくなでたんだ、かるくよーっ!はははははははは!」


 爺様は満足げな笑顔で男たちの歓声に応えている。

 その高笑いを聞きながら、まーちゃんは畳に広がる紅い池に視線を戻した。


「あっ!?」


 自分の目鼻が「ぽろぽろっ」と真下におっこちて、池の中に沈んでいくのが見え、まーちゃんはぎょっとする。慌てて目と鼻のあたりを手でまさぐるが、つるつるで何も感じられない。一体どこを切ったのか分からないが、不安になるほどの大量の血が、から次へと小さな口の中にあふれ出てくる。このままでは窒息する。

 むせかえり、その血を吐きだそうとした時、先ほどの黒い予感が再び頭の奥でつぶやいた。


 ――飲み込め!外に出しちゃだめだ!――


 声に従い、まーちゃんは口の中に広がる血を無理やり喉の奥に流し込んだ。


「いつまでやってんだー。もういいからひっこめー」


 芝居に飽きた観客のごとく、一人が野次を飛ばす。

 場の笑い声が再び「どっ」と高まる。


 まーちゃんはかろうじて顔面に残った「小さな穴」の両端を可能な限りに引き上げて目一杯の笑顔をつくり、ひょこひょことびっこを引きながら場の隅っこに設けられた自分たちの席にもどっていった。 

 やっとの思いで座布団に座ったまーちゃんをじっと見つめていた母が苦笑いしながらポツリとつぶやいた。


「まったく、お前は本当に面白い子だね…」




 それ以来、まーちゃんはこの宴会に参加する事はなくなった。

 宴会以前にこの奇妙な小旅行に同行する事自体しなくなった。

 大浴場の儀式に加わり、馬鹿みたくはしゃぐ事もできなくなったが、そんな事はもうどうでも良くなっていた。




 まーちゃんのヒーローは、まーちゃんの顔と一緒に、どこかに消えてしまったのだ。




           (つづく)


「手まりの森」が二章途中で休止中ですが、

こちらの執筆を優先してしまいましたこと、

ホラーファンの方々には深くお詫び申し上げます…


(※第二話は1/28(日曜)夜に発表予定!でわでわ~(^^)/)


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