彼女を褒めると自分が死ぬ
授業が始まって、三十分程経った頃。俺は、隣の視線に猛烈に悩まされていた。授業に集中したくても隣の嶺奈からの視線で全く集中ができない。
黒板の内容をノートに板書する時もずっとノートを覗かれ集中するにも出来ない。
こんな状況がかれこれ二十分前から続いている。なぜ見ているのかも、聞くに聞けない。そんにも俺に教科書を見せるのが嫌だったのか……。
今だって、田垣先生が指定したページの行を目で追っているのに嶺奈は、俺の事を見ている。授業に集中出来ないし、気まずい。見て見ぬふりをしているが、いつまでも続く訳が無い。
ずっと見られているのもなんか、ムズムズするし、かと言って放置しとくのも何だし、やっぱり聞くしかないか。
俺は、嶺奈に聞こえる声で静かに聞く。
「嶺奈さん? 俺の勘違いだったら悪いんだけどさ、どうしてずっとこっちを見ているの?」
「……」
「嶺奈さん?」
ボーッとしている嶺奈に、俺は、再び声を掛ける。そうすると”ビクッ”と体を揺らした嶺奈が慌てた様子で俺の問い掛けに返事した。
「別に? ただ峰希さんって以外に字が上手いんだなと」
突然すっとそんな事を言われた俺は、全身(主に顔)に熱が伝わった。
単に字を褒められただけで、俺は、褒められていない、だから自意識過剰になるのは、辞めよう。
一、二回深く深呼吸をして、俺は、隣で視線をこっちに向けている嶺奈に言い返した。
「字が上手いか、初めて言われたな。でも、嶺奈さんも上手だよ?」
ほら? と言って嶺奈が板書しているノートを覗き込む。
ノートを覗き込み俺が、褒め言葉を並べて言うと、嶺奈は、俺の耳元で若干の吐息を混ぜながら――
「あ、あの……流石に褒めすぎです。私だって普通の女の子なので、そんなに褒められたら恥ずかしいです……」
嶺奈に、耳元でそう囁かれて俺は、我に返る。
(ふぁぁぁぁぁぁい!? 今この冷酷姫、俺の耳元で何囁いたんじゃぁぁ!? しかも俺は、早口で何言っとるんじゃぁ!)
俺は、内心で喚いている心の中の自分を机の角にぶつけまくって、落ち着かれる。
冷静に深呼吸をして、俺は、彼女の方を引き攣った笑みを向けながら見る。
「あ、あはは……今の早口で言った言葉は、忘れてね……? 耳元で囁かれた言葉も忘れるからさ……」
「嫌に決まってるでしょ……? 私、心に来た言葉は、絶対に忘れないって決めてるの」
嶺奈は、頬を紅色に染めながら甘く微笑んでそう言い放った。
俺は、嶺奈が放った、言葉の意味が理解が出来なかった。
出来なかったが、嶺奈が甘く微笑んだ表情に俺は、少し”ドキッ”と胸が揺さぶられた。