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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

益田、天ざるそばを大盛りで。

作者: 猫舌
掲載日:2023/03/06

45歳独身男性、幸せを求めて。

日常のすることなすことに人生観、傷ついたり自覚したり。

島根県益田市、国道沿いの蕎麦屋。


駐車場が狭く、席も少ない。

口開けに駐車場に車の無い時しか寄らない。


普段は冷たい山かけそばの大盛り。

丼にたっぷりの蕎麦。

真っ白なとろろに覆われて、卵黄が載せてある。


まず、とろろと蕎麦だけ。

丼の中を卵黄が崩れないようにゆっくり手前だけかき混ぜ、啜る。


出汁ととろろ、蕎麦の調和。


45歳、胃に負担がかかる年代だ。

若い頃は鴨南蛮、天麩羅蕎麦を大盛りで常に食べていた。


自分の加齢を噛み締めつつ、蕎麦を味わう。


三分の一を食べたところで、卵黄を崩して食べる。

卵黄のコクがたまらない。

身体に滋養を補給していると強く感じる。


締めに薬味のネギ,わさびを加えてさっぱり。

幸せな日常だ。



だが、今日の自分は違う。


注文したのは天ざるそばの大盛り。

この蕎麦屋の最高メニューだ。


天麩羅、中年男性の天敵。

胃腸へのダメージが計り知れない。


今まで他の客が注文しているのを見たことがない。

どのくらいの量があるのか分からない。


でも、今日は天ざるそば大盛りなんだ、やりたいようにやるんだ。


会社の同期が退職して独立すると聞いた。

決断力が羨ましい。


45歳独身。

自分は人生今までやりたいようにやってきたつもりだ。


だが、本当にそうか?


いつからこの蕎麦屋で山かけそばを食べるようになった?

いつからコンビニのペペロンチーノを食べなくなった?

ビュッフェは?焼肉屋は?いつから行かなくなった?


病気で医者から酒を止められたが、お前は自分の好きなものを好きなように食べてきたじゃないか。


いつからか、自分で自分を蔑んではいないか。


で、天ざるそばの大盛り。


ここのざるそばは美味い。

シャッキリとした歯応え、香る風味、爽快な喉越し。

良い蕎麦だ。


で、2皿をくっ付けた重の蕎麦の隣にある、天麩羅。


蕎麦を半分食べてから、天麩羅を蕎麦つゆで味わう。


薄っすら緑色が透けて見える天麩羅、春菊?

かじるとほっこりとした甘みとジュワッと出てくる瑞々しさ、ツユと野菜の旨み。


心の中で叫ぶ。

『店主を呼べ!』


もちろん声には出さない。

短髪白髪の上品なお爺さんに迷惑はかけられない。


でもね、江戸前の蕎麦屋の天ぷらに、ブロッコリーは無いと思うのよ、私。

うん、美味しいのよ、凄く。


オネエ化してしまったが、次の天麩羅に箸をつける。


海老天が2本。

ぷりぷりな大きめの海老天。


1本は後に回して、海老天をじっくり味わう。

美味しいわあ。

天ざるそばの天麩羅の基本は、やっぱり海老天ね。


で、かき揚げ。

薄めの細切りの玉ねぎと牛蒡のかき揚げ。

玉ねぎの甘みとしゃくしゃく、牛蒡の風味と歯応え。

はあ、美味しい。

かき揚げ1つでご飯1杯がいけそう。


次、かぼちゃ。

月形に切ったかぼちゃ。

甘くて衣のさっくりと中のほっこりがたまらない。


で、舞茸。

きのこの代表格、美味しくないわけがない。

蕎麦に合わせようとする箸をなんとか止める。


ん、エリンギもあるの?

店主はこっそりキノコ推しなのかしら。

歯応えがしっかりして良いわあ。


ところで、天麩羅多くない?


良く考えてみたら大盛りのざるそばと天麩羅の体積が同じだったわ。


で、茄子。

かき揚げの半分くらいの幅だけど、厚みがある。

茄子の旨みと吸い込んだ油の風味、もはや罪。


天麩羅の締めに蓮根。

ほっくりしゃくしゃくして落ち着く。


もう一つ野菜の天麩羅があったけど、何か覚えていない。

記憶がとんでしまった。


天麩羅を食べ終えた時、店の扉が開いた。


ご高齢のご夫婦が店内を見渡す。


4人がけのテーブルが3つ。


1番奥の隅の席に私、テーブル一つを占拠。


入口に近いテーブル、1人客が対角線で使ってる。


で、最後のテーブル。

さっき電話を受けたおばあちゃん、テーブルの上に『予約席』の札を置いてたっけ。


ちなみに私は45歳独身男性。


身長175cm、体重90kg。

白髪混じりの短髪で、眼鏡をかけているが目つきはよろしく無い。


腹の出たプロレスラーの体型。

服装は黒いジャンパーの上着、黒い綿ズボン、青いサンダル。


心の中でつぶやく。

『私の前側が2席空いているのよ、隣側に向かい合わせでも、相席オッケーよ。』


ご高齢のご夫婦の顔が引き攣るのが見えた。


店員のおばあちゃんが言った。

「席が空いたらお伝えしますので、車でお待ちいただいたら。」


ご高齢のご夫婦は店を出て車に戻った。


私の目の前には半分残していたざるそばと、1本の海老天。


猛烈な勢いで蕎麦を啜り、海老天をかじる。


「蕎麦湯を置いときますね。」

おばあちゃんに手のひらを向けて蕎麦湯を置くのを止める。


一度蕎麦が気管に入って咽せたが、限界突破の速さで食べ終わる。


すぐに席を立ち、支払いを済ませて車を走らせた。


『慣れないことはするもんじゃない。』

『猫舌のお前が天ざるそばを食べるなんておこがましい。』

『今まであつものは避けてきたじゃないか、長々と席を占拠して食べて。』


スッと入ってパッと出る、独り身の食事は無言で侘しくなければいけなかった。

わかっていたさ。


でもさ、たまには良いと思ったのよ。

好きなものを周りを気にせず、ゆっくり味わって食べたかったのよ。


でもね、ご高齢のご夫婦が笑顔で仲良さそうに蕎麦屋に入ってきた時に感じたの。

邪魔しちゃいけないなって。

長く待たせちゃいけないなって。


私頑張って早く食べたのよ。


周りを気にしすぎだって何度も言われてきたわ。

相手を気遣いすぎて『良い人』止まりで終わるって。


結婚しても相手に迷惑かけるだけ、そう思い続けてきたの。

もう諦めているわ。


やりたいようにやるって言ってたけど、無理みたい。


でも、自殺する勇気はないし、周りに迷惑をかけたくないから踏み切れない。


虚勢を張ってささやかに目立たず生きていく。

図体は大きめだけどね。










私は間違っているのかしら。

でも、この生き方に縋り付いてきたの。

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― 新着の感想 ―
[一言] そばがとにかくおいしそうで……すごく食べたくなりました。 本作のメインの天ぷらそばの描写は勿論(ブロッコリーにはびっくり……)、個人的には山かけ好きなので、そちらの描写が素晴らしくて。 何回…
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