9,
学院の大きな庭園で催される王太子主催の園遊会が始まる。
針子が忍んで下宿先を訪ねてきて、体に合わせつつドレスは出来上がった。当日まで学院は休んだ。私が行っても、ピリピリした空気に巻き込まれるだけだと忠告された。
当日はライアンが遣わした馬車に乗り込んだ。大通りまで出向いてもらい、私を拾ってもらった。下宿先まで馬車が入っては目立つので、待ち合わせ場所は遠くにしてもらった。
学院についたら、ライアンが連れてきていた侍女に、ドレスを着せてもらって、髪を結ってもらった。お化粧はちょっと遠慮しておいた。かわりに扇を持たせてもらう。
重苦しいドレスを着て、椅子に座って待っていた。ライアンが途中一度顔を出し、笑い返すと手の甲にキスを残して、忙しそうに去って行った。
元凶の王太子もやってきて、美辞麗句を並べていたけど、耳を通り過ぎる。
舞台は整った。
王太子が前面に立つ。迎え撃つは公爵令嬢。
王太子の後ろに控える男爵令嬢は、公爵家の子息の手を取り、かろうじて立っている。
学院生は固唾を呑んで見守っている。
「公爵令嬢マージェリー・ウールウォードに王太子デヴィッド・グランフィアンは婚約破棄を申し渡す」
王太子の高らかとした宣言のもと、かくして戦いの火ぶたは切られた。
マージェリーは呆れ顔で、白々しい目をむける。
「殿下。婚約とは、家と家の契約であります。そのような個人の勝手で破棄を言い渡せるものではありません」
「マージェリー、君の所業は目に余る。公爵家の子女がとる行動ではない。公衆の面前で、一人の令嬢を階段から突き落とした。
地位をかさに、君が罪を逃れようとしても、矜持に反する行いを罰せるのは僕しかいないだろう」
「どの口がおっしゃいます。あなたがこれまでにお声をかけた令嬢は、片手を超えています。婚約者がありながら、王太子が誇れる行動とは言えません」
どっちもどっちという言葉が脳裏をよぎる。これはあれだ、本当は、似た者同士の喧嘩に近いのではないかしら。
ライアンを見上げると、どうするとばかりに目配せされた。
ふうと息をついて、声をあげた。
「殿下、マージェリー様」
殿下の横に立つ。周囲の目線が私に向けられた。マージェリーは冷たく私を見つめている。
「マージェリー様が私を階段から突き落とした。確かに、そのようなことはありました」
場がしんと静まり返った。殿下が、ほら見ろと言わんばかりの目をする。そういう問題ではないので、私は続けた。
「私は、男爵家の者です。殿下や公爵家の方にたてつく気はありません。他の方もそうでしょう。厄介ごとにはまきこまれたくないはずです。
前提として、私は、殿下のことをお慕いしておりません」
会場がざわめき立つ。殿下が瞠目しても、私は知らない。マージェリーでさえ、眉をピクリと動かした。
「マージェリー様。私は、あなたの想い人を奪う気は毛頭ございません。
ただ、あなたに嫌われますと、学院では息苦しくなります。そのような私の学院生活を脅かされたことは甚だ遺憾であります。
こと、階段から突き落とされた件は、私にも落ち度があります。あの日、私は酔っていたのです。前日に飲みましたお酒が体に残ってまして、不覚にも転んでしまったのです」
周囲がどんどんと色めき立つ。
「殿下」
私は続いて、殿下を睨みつける。
「なんだ」
「もう一度言います。私は殿下のことをお慕いしておりませんし、今後もお慕いする見込みはございません」
私は前に進み出る。マージェリーの前面に立った。
ほわっと笑った。マージェリーも目を丸くしつつ、口元がほころびかけて、慌てて扇で顔半分を隠した。
「ご心痛、ご心配、いっぱい不安にさせて、ごめんなさい。はっきり申し上げればよかったのですけど、立場もあって大きな声では言えませんでした」
何も答えないマージェリー。私は、彼女に再び背を向ける。殿下をじっと睨みつけた。
「殿下。マージェリー様の行動の原因はあなたにあります。女性に無用な嫉妬心を抱かせ、不安にさせました」
ざわっと会場に、ひそひそ声のさざ波が走る。
「その結果、様々な家に迷惑をかけて、多大な手間をかけているのです。それさえ分からず、恋だの愛だのにこだわるお花畑な男性なんて、本来は、男として価値などないのです。
自分に向けられている愛情にも応えられない男が愛をささやくなど……」
すうっと息を深く吸う。
「片腹痛いわ!」
肚からあげた恫喝が会場全体に響き渡った。
私はドレスの胸元をつかんだ。ぐっと引っ張れば、纏っていた衣装が剥がれ落ちる。大ぶりな布と化したドレスをぐるりと宙に投げまわし、背後にざっと投げ捨てれば、私は騎士の姿になる。
会場全体が息をのんだ。殿下が目を見開き、わなわなと震えている。
「お初にお目にかかります。
剣豪の直弟子クレスと申します、殿下」
私は地を蹴り上げて走った。殿下のすぐ目の前に立つ。背の高い殿下を下からずいっと睨みつける。
「自分の気持ちの赴くままに、なさりたいなら、それ相応の責任はとるものです」
手にしていた扇を刀代わりに、殿下の首元に沿える。
「我が師はその方面にも秀でております。一度、教えを乞うことをお勧めします。一人の女性もまともに扱えない殿下には、そうとう厳しい訓練が待っていますでしょう」
殿下の頬をつっと汗が流れた。まともな刀身であれば、お前の首など狩っていたわと脅しをかけた。
私は一歩引く。剣を払うように扇を流した。その場にいた全員が、その扇に刀身の幻影を見止めて恐れを抱いた。剣豪の直弟子を名乗るだけのことはあると息をのんだ。
凍り付いた会場に、拍手が鳴り響いた。
全員が音の方へ振り向く。そこには拍手をしながらゆうゆうと近づく剣豪がいた。
「いやあ。さすが、俺の弟子だ。よくできました」
ニコニコと嬉しそうに手を叩き続ける。ごつごつしい壮健な男性が、軍服のような礼服を着てゆっくりと歩み寄ってくる。
マージェリーの横に立つ。
「大丈夫か。もう、心配いらない」
優しい声をかけた。
私は「おいちゃん」と呼んで駆け寄り、マージェリーの横に立つおいちゃんに抱きついた。いつものようにおいちゃんは私を抱き上げる。
「頑張ったな~。偉いぞ~。言いたいことちゃんと言えたなあ」
「頑張った。ちゃんと頑張れたかなあ」
「上出来、上出来。まったく、俺のおいっこが迷惑かけてすまなかったなあ。先週に早馬で連絡きたときは驚いたぞ。まさか、こっちで早々にこんなことに巻き込まれるなんて思わなかった」
私は、おいちゃんの頭をぎゅっと抱いた。
「ライアンも助けてくれたし、パン屋のおかみさんも優しかった。騎士団の人たちも親切だったよ」
そうかそうかと、背中をさすってくれる。
おいちゃんは抱いていた私をおろす。
「ねえ、おいちゃん。こっちにきたんなら、女関係ちゃんと納めてこれたの」
「ああ、まあなあ。ボチボチだ」
私は両手を広げてみせる。
「奥さんの旦那さんとか、娘さんのお父さんに、土下座してきた」
「おっ……おう。ちゃんとしてきたぞ。それに今回はこれぐらいだ」
おいちゃんは私に片手を広げてみせる。
その手のひらに私は、親指と小指を曲げて三を示す指をのせた。
「じゃあ、実際はこれくらいだね」
会場全体が凍り付いていたことなど、私は知る由もなかった。
「おじうえ、これはいったい」
殿下が震える声をかけてきた。
私ははっとする。
「おいちゃんが、おじ?」
「ああ、俺ね。剣豪でもあるんだけど。一応、王弟でもあるんだよ」
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