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騎士団は王城近くに訓練場を備えている。道場のようになっており、絶えず、騎士たちが訓練を欠かさない。
街へ来た初日、私は剣豪のおいちゃんに言われるまま、騎士っぽい恰好をして剣を腰にさし、門を叩いた。
今思えば、道場破りか腕試しのあほんだらあみたいだけど、地方育ちの女の子はそこまで知らなかった。
もちろん、門の前で、子どもがくるとこじゃないよと言われ、猫のようにあしらわれる。
今思えばあほなんだけど、おいちゃんは私に言っていた。『入り口で、猫のようにあしらってくる奴がいたら、喧嘩うってきたと思ってやっちゃっていいぞ』。素直なお馬鹿な私はそのアドバイスをうのみにする。
後ほど、このおいちゃんはただ私をけしかけて、古い馴染を驚かせたかったのだとつくづく思い知るのだ。
その時の無知な私は、のしてしまったのよ。そこにいた男三人。
今もってお馬鹿な私に、顔を覆いたくなるわ。
それからあれよあれよと中に入って、一番偉い人が出てくるまで、暴れたの。『中に入ったら、一番偉いのが出てくるまで、暴れてみんしゃい』。おいちゃんを信じ込んでいた、とことんあほな私を呪ってください。
街を知らない私は、王都出身のおいちゃんが言うことがすべてだった。騙されたと知った時はもう遅い。
一番偉い騎士団長が現れて、名乗りを上げた。これもおいちゃん命名。
「剣豪直弟子クレスがまいりました」
その場が、しいんと静まり返った。
剣豪の名で静まったことと、私のことが事前に連絡が行っていたと判明。こんどは私は、「ほえっ!」と、陸にあげられた間抜けな魚のように閉口する番だった。
おいちゃんに言われたことを暴露すれば、騙されたと団長に諭される。
「あの人はむかしっからそうだから」
その場はそれで収まってしまった。ふぉぉぉ。私は恥ずかしくなり、その後さんざん頭を下げた。
常識しらずの私に、騎士団長は分からないことがあれば、なんでもきいてくれていいよと親切なことまで言ってくれて、最低限のまともな知識を入手するパイプを手に入れた。
おいちゃんの言動を照らすと、私はそうとう騙されかけていたことが判明した。あのくそじじい。戻ったら、ぜったい羽交い絞めしてやる。
私は姫騎士として認知されると思いきや、団長以下全員言った。
「さすが剣豪の直弟子だね。そんなに若くて、華奢なのに、大の大人がかなわない男の子なんて初めて見たよ」
冷たい汗が流れたわ。
かくして、男を十人以上のしてしまった私を誰も女の子など思うこともなく、未だ男の子だと思われて、訂正のしようもないまま来てしまった。隠れ男装令嬢となり、騎士団の客人として、稽古をつけてもらっているのである。
お昼ご飯を食べて、下宿を出た私は、急いで騎士団の稽古場へ向かう。
「おはようございます」
騎士団の入り口に立つ顔なじみに挨拶して奥へ向かった。
団長が立っていた。
「遅くなりました」
寄っていくと、頭を撫でてくれる。へへっとうれしくなる。団長は息子のように私を可愛がってくれる。息子ってのはなんだが……、息子なのだ。
「今日は、紹介したい子がいるんだ」
「こ?」
どうしよう、女の子だったらと妙な発想が浮かんで、頭を振った。
「おいで、ライアン」
背後に手招きして呼ばれた人影はバツの悪そうな顔をしていた。
「おじさん、子ども扱いはやめてください」
「悪い悪い。小さい頃から知っているもんで、ついついな」
ぴしゃりと言い返されて、手のひらを立てて、団長は謝罪する。
私はどこかで見た、と思った。
「あっ……ああ……」
思い出した。朝に来た、おぼっちゃんだ。
あの時より正装になっているし、髪もまとめられている。群青の髪が印象的な男性だ。切れ長の目がかっこいい。あの時の困った顔はなりを潜めている。りりしく、芯が通った隙のない男性に見えた。
店に来た男性は幻だったのかしら。私の脳内に疑問符がわく。
「俺が、剣豪の直弟子が来ていると話したら、会ってみたいと言ってな。まだ学生だから、ここへそんなにこないが。なあに、俺が稽古をつけているから、そんじょそこらのやつには負けないくらい強いぞ」
がっはははと団長は笑う。
「おじさん。それじゃあ、紹介になりません」
ライアンは私をしっかりと見据える。まじめな顔に心臓が跳ね飛びそうだった。
「はじめまして、僕はライアン。公爵令息のライアン・ストラザーンです」
「剣豪直弟子のクレスです。よろしくお願いします」
私はじっと彼を見た。最初にパン屋で会った戸惑いの面影は一つも見られなかった。
稽古場で一緒に訓練し、汗を拭いて帰る。
今日は楽しかったですと社交辞令は忘れずに立ち去った。男爵家から見たら、公爵家は上すぎて、どう接していいかわからない。地方の田舎男爵家の私には、雲の上の人だ。
そりゃあ、市井のパン屋で戸惑うし、銀貨も出すよね。
「お前が勝ってくれたら、俺少しはあの人に勝った気になれて気分いいんだよな~」
団長が、ライアンに耳打ちしているセリフはしっかり私の耳に届いていた。
翌日、私は普通に学校に行く。
早起きして、学校に行くまでの二時間くらいはパン屋のお手伝い。焼き上がりが一番並ぶ時間だから、厨房の奥もしっちゃかめっちゃか。私は会計に、焼き立てパンを運ぶに大わらわだ。
一通り並べ終えたら、朝ご飯をもらって部屋に行き、これまた食べながら、朝の支度をする。
パン屋の看板娘から、制服を着れば学園の地味令嬢に早変わり。髪をくしけずり、ストレートに戻す。平凡な茶色い髪でも、すけばそれなりにはみられるかな。薄く化粧もすれば、別人になれる。
大ぶりな伊達メガネをかければ完成。地味令嬢誕生ってことで、よろしく。
パン屋さんに勤めていると、やっぱり賄いはパンが多い。朝だけでは食べきれない。パンを裂いて、チーズとハムとレタスを詰めれば簡単なお弁当にもなる。これでいつも学食代がうく。おかみさんに感謝。貧乏領主の男爵令嬢は、王都の市民と同レベルの生活しか経験ないのよ。
教科書と一緒につつんだお昼ご飯もカバンにいれる。かごに残った最後のパンを食んで、私は下宿を飛び出した。
貴族学院の門は通常は馬車が通る。貴族の子弟はたいてい馬車通いだ。
そんな御者を雇う財力も、馬や馬車を維持する甲斐性もない。もちろん、王都に屋敷さえない地方男爵家だ。実家の維持費だけ捻出できているだけ立派なのだ。
そんな田舎から都会に憧れてやってきてなお、貧乏な私。いずれは田舎にもどるとしても、この三年間は、それなりに楽しく過ごしたいの。そう、目立たず、健やかに……。
走っていた私は馬車の影に隠れていた人影を見逃した。
「あっ、だめぇ!」
叫ぶ間もなかった。横を向いて歩いていた青年と私はどかんとぶつかった。
「ひやああぁぁ」
間抜けな声で、はねとばされて、しりもちをつく。
ガランと眼鏡も外れて、道へからんと乾いた音を立て転がった。
両膝を立ててすっころんでいる恥ずかしい姿に、慌てて足を閉ざし、両手でスカートごと太ももを押さえた。
顔が火照った。真っ赤になって、おずおずと見上げると、金髪碧眼の端麗な青年が目をぱちくりさせていた。
きれいなお顔が近すぎて、まぶしすぎて、私はばっと下を向いてしまった。
彼の手がすっと伸びて、私の両手をつかんだ。
ほえっっと顔をあげると、まぶしい尊顔に、完璧な笑顔が輝いている。
「僕と、おつきあいしてください」
寝ぼけたことを言われて、呆けたまま言葉を失った。
「殿下」
ライアンが走ってくるのが見えたところで、キャパーオーバーになり私は卒倒した。




