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公爵令嬢に婚約破棄を言い渡す王太子の非常識をぶった切った男爵令嬢の顛末(短編版)  作者: 礼(ゆき)
短編版

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2/10

2,

 騎士団は王城近くに訓練場を備えている。道場のようになっており、絶えず、騎士たちが訓練を欠かさない。

 街へ来た初日、私は剣豪のおいちゃんに言われるまま、騎士っぽい恰好をして剣を腰にさし、門を叩いた。

 

 今思えば、道場破りか腕試しのあほんだらあみたいだけど、地方育ちの女の子はそこまで知らなかった。

 もちろん、門の前で、子どもがくるとこじゃないよと言われ、猫のようにあしらわれる。


 今思えばあほなんだけど、おいちゃんは私に言っていた。『入り口で、猫のようにあしらってくる奴がいたら、喧嘩うってきたと思ってやっちゃっていいぞ』。素直なお馬鹿な私はそのアドバイスをうのみにする。


 後ほど、このおいちゃんはただ私をけしかけて、古い馴染を驚かせたかったのだとつくづく思い知るのだ。


 その時の無知な私は、のしてしまったのよ。そこにいた男三人。

 今もってお馬鹿な私に、顔を覆いたくなるわ。


 それからあれよあれよと中に入って、一番偉い人が出てくるまで、暴れたの。『中に入ったら、一番偉いのが出てくるまで、暴れてみんしゃい』。おいちゃんを信じ込んでいた、とことんあほな私を呪ってください。

 

 街を知らない私は、王都出身のおいちゃんが言うことがすべてだった。騙されたと知った時はもう遅い。

 一番偉い騎士団長が現れて、名乗りを上げた。これもおいちゃん命名。

「剣豪直弟子クレスがまいりました」


 その場が、しいんと静まり返った。

 剣豪の名で静まったことと、私のことが事前に連絡が行っていたと判明。こんどは私は、「ほえっ!」と、陸にあげられた間抜けな魚のように閉口する番だった。

 

 おいちゃんに言われたことを暴露すれば、騙されたと団長に諭される。

「あの人はむかしっからそうだから」

 その場はそれで収まってしまった。ふぉぉぉ。私は恥ずかしくなり、その後さんざん頭を下げた。

 

 常識しらずの私に、騎士団長は分からないことがあれば、なんでもきいてくれていいよと親切なことまで言ってくれて、最低限のまともな知識を入手するパイプを手に入れた。

 おいちゃんの言動を照らすと、私はそうとう騙されかけていたことが判明した。あのくそじじい。戻ったら、ぜったい羽交い絞めしてやる。


 私は姫騎士として認知されると思いきや、団長以下全員言った。

「さすが剣豪の直弟子だね。そんなに若くて、華奢なのに、大の大人がかなわない男の子なんて初めて見たよ」

 冷たい汗が流れたわ。


 かくして、男を十人以上のしてしまった私を誰も女の子など思うこともなく、未だ男の子だと思われて、訂正のしようもないまま来てしまった。隠れ男装令嬢となり、騎士団の客人として、稽古をつけてもらっているのである。


 お昼ご飯を食べて、下宿を出た私は、急いで騎士団の稽古場へ向かう。

「おはようございます」

 騎士団の入り口に立つ顔なじみに挨拶して奥へ向かった。


 団長が立っていた。

「遅くなりました」

 寄っていくと、頭を撫でてくれる。へへっとうれしくなる。団長は息子のように私を可愛がってくれる。息子ってのはなんだが……、息子なのだ。


「今日は、紹介したい子がいるんだ」

「こ?」

 どうしよう、女の子だったらと妙な発想が浮かんで、頭を振った。


「おいで、ライアン」

 背後に手招きして呼ばれた人影はバツの悪そうな顔をしていた。


「おじさん、子ども扱いはやめてください」

「悪い悪い。小さい頃から知っているもんで、ついついな」

 ぴしゃりと言い返されて、手のひらを立てて、団長は謝罪する。


 私はどこかで見た、と思った。

「あっ……ああ……」

 思い出した。朝に来た、おぼっちゃんだ。


 あの時より正装になっているし、髪もまとめられている。群青の髪が印象的な男性だ。切れ長の目がかっこいい。あの時の困った顔はなりを潜めている。りりしく、芯が通った隙のない男性に見えた。

 店に来た男性は幻だったのかしら。私の脳内に疑問符がわく。


「俺が、剣豪の直弟子が来ていると話したら、会ってみたいと言ってな。まだ学生だから、ここへそんなにこないが。なあに、俺が稽古をつけているから、そんじょそこらのやつには負けないくらい強いぞ」

 がっはははと団長は笑う。


「おじさん。それじゃあ、紹介になりません」

 ライアンは私をしっかりと見据える。まじめな顔に心臓が跳ね飛びそうだった。


「はじめまして、僕はライアン。公爵令息のライアン・ストラザーンです」

「剣豪直弟子のクレスです。よろしくお願いします」

 私はじっと彼を見た。最初にパン屋で会った戸惑いの面影は一つも見られなかった。


 稽古場で一緒に訓練し、汗を拭いて帰る。

 今日は楽しかったですと社交辞令は忘れずに立ち去った。男爵家から見たら、公爵家は上すぎて、どう接していいかわからない。地方の田舎男爵家の私には、雲の上の人だ。


 そりゃあ、市井のパン屋で戸惑うし、銀貨も出すよね。


「お前が勝ってくれたら、俺少しはあの人に勝った気になれて気分いいんだよな~」

 団長が、ライアンに耳打ちしているセリフはしっかり私の耳に届いていた。


 翌日、私は普通に学校に行く。

 早起きして、学校に行くまでの二時間くらいはパン屋のお手伝い。焼き上がりが一番並ぶ時間だから、厨房の奥もしっちゃかめっちゃか。私は会計に、焼き立てパンを運ぶに大わらわだ。


 一通り並べ終えたら、朝ご飯をもらって部屋に行き、これまた食べながら、朝の支度をする。


 パン屋の看板娘から、制服を着れば学園の地味令嬢に早変わり。髪をくしけずり、ストレートに戻す。平凡な茶色い髪でも、すけばそれなりにはみられるかな。薄く化粧もすれば、別人になれる。


 大ぶりな伊達メガネをかければ完成。地味令嬢誕生ってことで、よろしく。


 パン屋さんに勤めていると、やっぱり賄いはパンが多い。朝だけでは食べきれない。パンを裂いて、チーズとハムとレタスを詰めれば簡単なお弁当にもなる。これでいつも学食代がうく。おかみさんに感謝。貧乏領主の男爵令嬢は、王都の市民と同レベルの生活しか経験ないのよ。


 教科書と一緒につつんだお昼ご飯もカバンにいれる。かごに残った最後のパンを食んで、私は下宿を飛び出した。


 貴族学院の門は通常は馬車が通る。貴族の子弟はたいてい馬車通いだ。

 そんな御者を雇う財力も、馬や馬車を維持する甲斐性もない。もちろん、王都に屋敷さえない地方男爵家だ。実家の維持費だけ捻出できているだけ立派なのだ。


 そんな田舎から都会に憧れてやってきてなお、貧乏な私。いずれは田舎にもどるとしても、この三年間は、それなりに楽しく過ごしたいの。そう、目立たず、健やかに……。


 走っていた私は馬車の影に隠れていた人影を見逃した。

「あっ、だめぇ!」

 叫ぶ間もなかった。横を向いて歩いていた青年と私はどかんとぶつかった。


「ひやああぁぁ」

 間抜けな声で、はねとばされて、しりもちをつく。

 ガランと眼鏡も外れて、道へからんと乾いた音を立て転がった。


 両膝を立ててすっころんでいる恥ずかしい姿に、慌てて足を閉ざし、両手でスカートごと太ももを押さえた。

 顔が火照った。真っ赤になって、おずおずと見上げると、金髪碧眼の端麗な青年が目をぱちくりさせていた。

 きれいなお顔が近すぎて、まぶしすぎて、私はばっと下を向いてしまった。


 彼の手がすっと伸びて、私の両手をつかんだ。

 ほえっっと顔をあげると、まぶしい尊顔に、完璧な笑顔が輝いている。


「僕と、おつきあいしてください」

 寝ぼけたことを言われて、呆けたまま言葉を失った。


「殿下」

 ライアンが走ってくるのが見えたところで、キャパーオーバーになり私は卒倒した。


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