10,
「おいちゃんが、王弟ってことは……」
頭の中は一回転してもまだついていけない。うーんと回って出た答えはこれだ。
「やっぱり、色恋で問題起こすのは、血筋ってことだね」
「……そういう、ことでもいいよ……」
おいちゃんはがくんと肩を落とした。
「おいちゃん。王家の人間が市井で遊んで……大丈夫なの」
くりんと首をかしげて私が問うと、おいちゃんが慌てて私の口をふさいだ。
しーっと口元に人差し指を立てる。
突然、騎士団長が現れた。
「殿下、逃がしませんよ。陛下の御前に縄付けて引っ張っていきます」
「うわぁぁ」
私に触れていたおいちゃんは逃げるタイミングを逸した。
「クレス。腕をつかめ!」
私がおいちゃんの手首に触れるなり、あっという間に羽交い絞めにされた。続いて現れた騎士たち総出でずりずりと引きずられおいちゃんは退場する。王太子も一緒に来るように言われ、借りてきた猫のようにおとなしくついて行った。
一部始終を目撃する羽目となった生徒たちは唖然とする。
「なんだったのでしょう」
私もきょとんと二人を見送った。
主催者が居なくなり解散かと思いきや、その場はライアンが預かることになっていた。どうやら、お仕置きまで想定内だったようだ。園遊会が始まる前、彼が忙しそうにしていた事情が私はやっと理解できた。
みんなが楽しむ姿を呆けて見ていたら、一息ついたライアンが隣にやってくる。
「ライアン。色々、助けてくれてありがとう」
満足そうに彼は笑んだ。
「剣豪が王弟だと知らなかったんだな」
「知らないわ。剣を教えてくれる王都からきたおじさんで、いっつも女問題起こしている印象しかないの」
「困ったもんだな」
「そうそう。お嫁さんにきてねって私にまで言うのよ。呆れちゃうでしょ。冗談でもいただけないわ。そう思わない」
ふと見上げたら、愕然とするライアンがいた。
「……そう、だな」
返答はなぜか歯切れが悪かった。
園遊会後、私の日常は一変した。教室の子達とも元に戻る。前より女の子たちが優しくなった気もする。マージェリーとも挨拶をかわすようになった。ツンとはしているけど、悪い人ではなかった。
殿下は、おいちゃんと一緒にこっぴどく絞られたらしい。大人しくなって良かったとライアンも言っていた。それこそ、おいちゃんの悪行に目がいき、殿下は反面教師にしなさいとたしなめられたそうだ。
おいちゃんは状況が精査しきるまで、謹慎処分となり、王都から出られなくなったらしい。どこかに子どもが生まれていないか、血眼になってあらっている模様だ。お金を包んで、身辺処理を工面しなくてはならないのかもしれない。
パン屋の仕事は継続し、私は変わらず下宿生活を続けている。平日は朝手伝い、学院へ行く。祝日は、午前手伝い、午後に騎士団へと顔を出す。元の生活へ戻れて、ほっとした。
三つの名前と三つの姿もそのまんま。
おいちゃんが俺の屋敷にきてもいいぞ、と言っていたけど断った。下宿生活も気に入っている。なにより、訪ねてきてほしい人が最近足しげく通ってくれる。
カランカランとベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
ライアンがいつものように、貨幣を持ってやってくる。貨幣一枚受け取り、袋にパンをつめてわたす。
「待っているから」
そういう時は決まっている。
「いいわよ」
表扉を使わず、彼は裏口から出ていく。おかみさんたちとも軽い挨拶を交わしている。
パン屋の仕事を終えて、二階へあがった。鍵は開いている。
部屋に入ると、ライアンが私のベッドで壁にもたれて座っていた。さっき買ったパンをちぎりながら食べている。
「剣豪の屋敷に誘われたんだって……」
いつもなら、おかえりと迎えてくれるのに、今日はちょっとむっとしている。
「おいちゃんが、私を誘うのは、いつものことよ」
「行かないのか」
「行かないわ」
沈黙する。ライアンが何を思っているか、知れない。私は彼をどう思っている? 友達というには、近い気がする。
「なぜ……」
「ここの方が楽しいもの」
仕事も楽しい、騎士団も学院も馴染んでいる。最高のルーティンだ。こうして、下宿先に訪ねてきてくれる人もできた。
ライアンは、パンを頬張りながら窓の外を眺める。彼はうちにくると、ちょっと行儀が悪い。
「園遊会の時、おいちゃんと殿下、二人とも連れ去られたね」
「あれが罠だったからな」
「罠?」
「剣豪の直弟子が男爵令嬢と同一人物と分かり、あの人の居場所がつかめた。放浪癖もあり、なかなかつかめない上に、素行も悪い。一度戻れと言っても聞かない。男爵家にお前の状況を伝えたら、剣豪にも伝わった。
だしにつかったんだよ。悪いな。そうとう可愛がられてたもんな」
憮然として言われている気がする。私はそ知らぬふりをした。
「そんなことがあったんだ。よく逃げ回っていたものね」
おいちゃんらしくて笑うしかない。
私はベッドの横に座った。身をひねり、ゆったりと座るライアンを正面に見つめる。
「私が、はっきり言う意味はなかったんじゃない?」
「あれがないと、マージェリーも釈然としなかっただろ。自分の地位を取り戻すんだ。それぐらい自分でやれ」
「厳しいね、ライアン」
私はくすくすと笑う。
ライアンはつかみにくい。優しいといえば優しいけど、その優しさはきっと女の子には分かりにくい。もっとあからさまな、それこそ王太子様みたいな方がやっぱり好かれる。
「なにがおかしい」
「なんでもないわ」
損をしている自覚もきっとない。おいちゃんのたらしっぷりを見ている私から見たら、王太子様より、ライアンの方が誠実で、安心できる。
「騎士団へ行くか」
「どうしよう……」
ちょっとだけ、迷う。
「行きたい気もするし、少し休みたい気もするの」
「どうして」
「たまには、ゆっくりしたい……かな」
どう伝えたらいいか、迷う。二人きりで過ごしても、どんな距離を保てばいいか……ちょっとじれったい。
ライアンにかける言葉が見つからないまま私は立ち上がる。鏡を前に三角巾をとろうとすると、突然それが後ろに引かれた。
「あれぇ」
鏡にライアンが映っている。
彼の手が髪をすき、三つ編みをとめていた紐も抜かれた。
ほえっとふりむくとライアンの手が三角巾と紐を握っている。凪いだ髪がほどけて、結われた癖を残す髪が、ふわっと浮いたと思うと、彼の手が私の腰にまわっていた。
抱き寄せらて身が反り返る。
頬に手を添えられたと思ったら、ファーストキスを奪われていた。
触れ合っていた唇が離れて、ストンと立って、向き合った。
そのまま彼の胸に手を添える。
「ねえ、ライアン。今日は、このまま、一緒に、いようか」
彼に添えていた手を握られた。口元に寄せて、手のひらにキスを受ける。
「いいのか」
細く笑む流し目が私をとらえる。
「いや?」
「まさか」
つかまれていた手のひらが弾かれる。
彼の手が私のあごに触れ、そのまま吐息がかかるほど寄せられた。
腰に回されたライアンの腕に力がこもる。弾かれた私の腕は、彼の首にまわした。
目を閉じて、深い口づけをあるがままに受け入れた。
最後までお読みいただき、心よりありがとうございます。
ブックマークと評価★★★★★いただけたら次回作の励みになります。
短めの令嬢物と、10万文字の作品を書いています。
8月23日10万字の完結作
『路地裏の孤児と名無しのお姫様 ~名無しの男装姫を女の子に戻し、俺は彼女につくして、彼女を愛でたい~』
8月28日11時投稿開始31日11時完結作
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9月1日投稿開始10万字作
『海辺の街のリバイアサン ~わたせなかったプロポーズリングの行方~』
あわせて読んでいただけるとうれしいです。
最後まで読んでいただき心よりありがとうござます




