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公爵令嬢に婚約破棄を言い渡す王太子の非常識をぶった切った男爵令嬢の顛末(短編版)  作者: 礼(ゆき)
短編版

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1/10

1,

短編版(約25000文字)になります。

異世界(恋愛)月間最高62位(最終話投稿前62P→後13832P)。

第十回ネット小説大賞1次通過作品です。

 平民が暮らす住宅街の一角に小さなパン屋が店を開いている。店の扉が開かれた。カランカランとベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」

 入店してきた男性に、売り子の私はいつもの挨拶を、笑顔とともに投げかけた。


 私の名は男爵令嬢クリスティン・カスティル。王都のパン屋に下宿し、繁忙時間は店番をしているの。


「ティン、パンを店頭に並べておくれ」

 女将さんの声が厨房から飛んできた。

「はあい。今行きまーす」


 厨房に入ると、焼きあがったパンの芳香が漂う。

 素敵な匂いに、ふわああといい気持ちになる。胸いっぱいに吸い込んだ。

「ほらほら、堪能してないでかごに入れて、持っていってちょうだい」


 急かされ、手早く鉄板から籠に移しかえる。その籠を抱えて店頭へと戻ると、さっき入ってきた男性が並ぶパンとにらめっこしていた。


「焼き立てもありますよ」

 横から声をかけた。


 はっと気づいて、困った顔をする。端正な顔立ちをしていて、身なりも良い。市民じゃないとすぐに分かった。これはちょっとした貴族の男性がお忍びで市井をまわっているというやつだろうか。


「パン屋ははじめてですか」

 へろっと笑って見せる。街の娘らしく、気さくで、愛想よくふるまう。

「ああ……」

 男性は歯切れが悪い。

「悪いが、これで見繕ってもらいたい。焼き立てのそれも入れてくれ」

 

 差し出されたのは銀貨だった。

 うわぁあ、これは正真正銘のお坊ちゃんだ。これだけあったら、一週間の売り上げになっちゃうじゃない。私は彼をまじまじと見つめる。見上げるほど背が高く、澄んだ紺碧の瞳に、同色の短髪は艶やかだ。


「ごめんなさい。こんなに、いただけないわ。釣銭も用意できないの」

 男性は、困り顔で銀貨を引っ込める。

「それより小さなお金はないのかしら」 

 

「すまない。持ち合わせてはいないんだ」

 ふうと私は息をついた。

「仕方ないわね。あなた、いくつパンがあればいいの。最低いくつ」

「……二つあれば足りる」

「じゃあ、この焼き立てのパン二つね」


「しかし……」

「いいのよ。お金、貸してあげる」

 私はそう言うと、ポケットに入っている自分の小銭入れから小指の爪ほどのひん曲がった茶色い硬貨を一枚彼に差し出した。

「いつでもいいわ。これと同じものを返してください」


 戸惑う彼の手を握った。手のひらに、無理やり硬貨を押しこめる。

「どうぞ、これであなたのものよ。この硬貨で買える焼き立てパンは、三個です。三個でよろしいですか、お客様」

 断れなくなるような、満面の笑顔付き。店の看板娘を舐めてはいけないわ、おぼっちゃま。


「ああ……、ありがとう。不慣れなところ、助かった」

 彼はほっとした笑顔をむけてくれた。美丈夫の笑顔もらったし、まあ悪い気はしないわ。

 私は袋に焼き立てのパンを三つ入れて、彼に渡した。


 彼は二度礼をして、店を出て行った。

 店の扉横の小窓から見ていると、通路の真ん中で待ち合わせしていた男性がいた。男性というよりまだ少年の面影がある。金髪に碧眼、麗しい顔立ち。ふたりとも、こんな市井の小店に訪ねてくるような家の子じゃないわ。

 街は貴族が住まう地区もあるから、こういうとこにお忍びで遊びにもくる人もいるのね。


 カランカランと扉のベルが鳴る。

「ティンちゃん。今日もいい匂いだね」

 常連さんがやってきた。

「いらっしゃい。今、焼き立てのパンもあるのよ」


 パン屋の繁忙時間は午前だ。それを過ぎると閑散とする。夜も賑わうけど、やっぱり朝にはかなわない。焼き立てパンの営業力は、半端ない。


「ティン、休みの日はいつも手伝ってくれて、ありがとう。これ、お昼のパンとスープだよ。部屋に戻って食べておくれ」

「おかみさん、いつもありがとうね」

 私はおぼんを受け取ると、裏手から外に出て、裏階段から上がる一部屋に戻った。


 地方出身の男爵令嬢が、パン屋で下宿しているのは訳がある。

 うちは貧乏なうえに、子だくさん。計画性のない父と母がこさえた子どもが計六人。長女の私にはかけるお金がありません。


 でも、私は街へ行きたかった。どうしても行きたいと懇願し、学費は出すけど、生活は自分でなんとかする条件をのんで、街へきた。


 街にきた目的は三つ。

 私は、親元から離れたかった。

 私は、貴族学院で勉強したかった。

 私は、剣豪の直弟子として腕試しをしたかった。


 兄弟の世話を頑張ってきた私だもの。少しは自分のために生きても悪くないはずだ。

 

 部屋の机にパンとスープをのせたおぼんをおいた。行儀は悪いけど、一口食べては、服を着替える。パンをもしゃもしゃしながら、パン屋の看板娘から変身する。


 男爵令嬢クリスティン・カスティルには三つの姿と三つの名前がある。

  

 パン屋の看板娘は長く無造作に編んだ三つ編みを肩にたらし、三角巾を欠かさない。呼び名はティン。パン屋のおかみさんとご主人にもティンと呼んでもらっている。男爵令嬢が、生活のためこんなところで仕事しながら下宿しているとばれては外聞が一応悪い。


 平日の昼間は、貴族学院の一年生。長く伸ばした髪を垂らし、大ぶりの伊達メガネをかける。大人しい秀才風の地味令嬢。名前は本名、クリスティン・カスティル。

 

 たまの平日の夜と休日の午後は、騎士団に出向く、剣豪の直弟子クレス。引退した剣豪から直々に連絡があったらしく、たのもーと出向いたそばから大歓迎を受けた。


 今まさに、私は騎士の恰好をして、腰に長剣をさしている。

 

 鏡の前に立つ私は、三角巾を取り、三つ編みをほどく。髪を手櫛で丁寧にくしけずる。さらさらとなびく髪をぐっと持ち上げれば、ポニーテールだ。

 

 姫騎士一人出来上がり。

 そう言えればいいのだけど……。

 問題は、騎士団の誰もが私を女の子だと思わなかった。


 剣豪のおいちゃん、私のこときたえすぎたんじゃないの。

 せっかく女の子なのに、それはないよ~と嘆きたくなったわ。

 

「わお。時間が無くなるわ」

 机に置いたお昼ご飯を、立ったままかきこんでしまう。部屋の片隅にあるシンクにお皿をポイ。女将さんにはちゃんと洗って返すのよ。


 さあ、これから騎士団へ行ってみましょう。















読んでいただきありがとうございます。

最終話は8月27日に予約投稿済みです。

最後まで読んでいただけたらうれしいです。


継続する励みになります。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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