第7話 第一次ショッピングモールイベント
よく会う女の子との会話を終え、そのまま街を独りで散策すること三十分強。
例えば曲がり角とかで同じ学校の男女が衝突して、押し倒された状態で女性側の豊満な胸が男性の顔をキャッチ……そんな少年誌的な展開ってあるけど。
今私の胸に埋もれてる相手が女の子じゃ無かったら、そのパターンに陥るところだった……お互いショッピングモール前に表示された大音量の広告とその圧倒的な動画内容に気を取られたね。
「あ、ごめんな、さい……」
「えーと……」
このガーデンの住民の大多数がアンドロイド。購買意欲の高い性質を持つAIを搭載し、消費者心理のデータとしての有用性も地球側で注目されてる。
つまり生身の人間は能力者しかいないわけで、デスゲームを全うするならこのまま殺し合いをするのがセオリー……この段階だとまだお互いアンドロイドで通せなくも無いけどね。
街中での戦闘行為は別に禁止されてない。地球側の企業や観光客が操作するアンドロイドに危害を加えた事による苦情は出るけど……それよりも「能力による生成物はアンドロイドには認識出来ない」という情報の方が重要かな。
「こ、これからどちらへ……?」
鮮やかオレンジのミドルヘアに結構発色のいいビリジアンの瞳の女の子の表情と口調はぎこちない……能力者だったとしても攻撃的な能力じゃ無いのかも。
相手を一撃で葬る事が見込める能力の持ち主なら、もっと強気な態度が出来そうだし……とりあえず背丈は私より高くて、男子が注目しがちな膨らみ部分は充分に魅力的。頭部には白カチューシャを着けた、そんな女の子に返事しよう。
「特に予定はナシ……あなたは?」
そう訊くと女の子は落ち込んだような表情と調子でこう言って来た。
「こないだ……ゲームで死に掛けて、怖くて……独りでいるのが寂しくて……何だか賑やかな所に来たくなって」
ここで私が攻撃的な能力持ってたら、この子にぶっ放しても問題無い状況に……でも、今日は遊びたい気分だから。
「じゃ、暗くなるまで一緒に過ごす? 少しくらいなら奢るよ?」
思わぬ展開だったのか女の子は戸惑った表情をしたあと口を開く。
「あ、じゃあお願いしま……あ、私のなま――」
「あなたがイチゴで、私がミカン。それで行こう」
安直な果物偽名だけど、最近アプデがあったFPSでストロベリーカラーの武器が実装されて、あのキャラにオレンジ色基調のスキンが追加された衝撃が今も残ってたからだったりする。
モール内にはゲームセンターがある……まずはそこへ行こう。
IGC社もゲーム出してるけど、他にこのガーデンに参入してる企業は数多い。
こんな風に何の変哲もないクレーンゲームもゲームキャラのぬいぐるみを詰め込むだけで雰囲気変わる。少し見渡せばゲーム各社の印刷型平面広告やラッピングが溢れかえるほど確認出来る。
私とイチゴちゃんもすっかりそんな広告に釘付けで……。
「ほぇー、ってなる」
「目の保養だし目の毒だねー……際どい」
そう言った私とイチゴちゃんの視線は見事に一致。
最近更に有名になったイラストレーターさんがデザインした女の子のキャラで、その悩ましいボディを惜し気も無く露出して、それを更に際立たせる服装な上にそういう女の子たちの絵がこの一画に集中してる。
このイラストレーターさん、IGC社設立の動画配信タレントさんのアバターデザインした頃は露出度無縁のお姫様志向の服のデザインが圧倒的でそれで人気が出て来た方だったんだけどなー……最近よからぬ方向に垢抜けてるような。
多分、地球側にいると思うけどイラストレーターもこのガーデン内で出来る仕事だよね……対面不要のデータやり取りで成立しなくも無い職種だし。
「取れない……」
何となく選んだぬいぐるみ一つ相手に苦戦し続けるイチゴちゃん……クレーンのアームも頼りないけど、操作が不慣れなのも原因でそろそろ十クレジット越える。
私も少しやったけど腕前に大差ないから、こうしてクレーンゲームが上手く行かなくて嘆いてる女の子を眺める為にクレジット代を出し続けてる。
「流石に、そろそろ申し訳が……」
まぁ、本人が楽しめなきゃ意味無いか。クレーンゲームを切り上げて、次は何を遊ぼうか見繕ってると……『熱闘! 炎の金魚すくい!』というのが目に入る。
「ただの金魚すくいじゃ無さそう」
「やってみるか」
水槽自体とその内側にある全てが投影された3Dで、筐体部分はその為の装置かな。何だか水槽の中が沸騰してて、金魚たちが平然と泳いでる……。
「協力モードと対戦モードが」
「対戦で行こう」
ポイで捕まえた金魚の種類に応じてポイントが貰えるから、それを少しは意識してプレイしてみるかな。
ポイが破けても時間経過で補充されるんだなーって、短く無い待ち時間ゲージを眺めてたら高得点の金魚と目が合って……人一人覆うのに十分な炎を吐いて来た。
「何で体力ゲージがあるかと思ったら」
他にも一度に複数の金魚から鋭い牙で手に噛み付かれたりと、なかなか緊張感あるかも。
「こ、こわくて手を水に浸けれない……」
「流石に手掴みは判定対象外か」
手首に噛み付いてるようでポイの位置から手首の位置を算出してるっぽい。
「……もっかいやる?」
私のスコアは散々に終わったけど、流石に金魚を捕まる事自体を躊躇したイチゴちゃんよりは高い結果に。イチゴちゃんは困惑した声色で、
「んー、やめときます」
と言ったので、また違うゲームを探す事にした。
「ママー、このスロット出ないよー」
「たーくん。あなたなら出来るわ!」
小学生くらいの子を連れた母親がスロットマシンに興じてた。この親子はアンドロイドなんだろうけど、例えば本来は村の入口をランダムで歩く子供が村の奥にある酒場周辺まで移動しちゃったみたいな事になってる。
折角だから私とイチゴちゃんでその様子を眺めて……三十分もした頃には一通りの演出を見れた気がするけど、大当たりは出てないっぽい。
「お母さんかぁ」
ぼんやり呟いた私を見て、イチゴちゃんが半ば覗き込むように「懐かしい?」と言って来たので「うん……」と返事してから、こう続けた。
「ちょっと通話掛けて来る」
両親が操作するアンドロイドと一緒に出掛けたりもしたけど、やっぱり特に話題の無いビデオチャットがメインかな。
さて、少しは静かな場所に移動して……手持ちの端末からでもいいけどネットに繋がるウインドウを投影するエリアあったから、そこで。
ゲーセン行ったらスロットやってる親子がいたよって話と母親がずっと男の子を応援してるのが何ともシュールって所まで話して話題が尽きる……父親不在だったから、また今度連絡しようかな。
「たーくん! ここで、諦めるの……?」
「台を移動した方がいいと思うよ、ママ」
さっきの場所に戻ってイチゴちゃんもそのままいて、目を離した隙に大当たりって展開も無かったね。
「まだ眺めてる?」
と私がイチゴちゃんに聞くと「そろそろお腹が……」って返って来たので、塩分と糖分どっちを摂取するかみたいな話を始める。
「ハンバーガー屋でシェイク買って、それを片手にタコス屋に……いいね」
そんな結論に至るまで十分以上は話した気がする。
シェイクを待ってる間、転送装置によるハンバーガーの試食キャンペーンの表示があったけど、見なかった事にしてシェイクを受け取る。
アンドロイドたちは人間と同じものを食べてエネルギーに変換する所まで似せてて味の好みまで蓄積されるから、色んな食べ物屋さんが充実してるんだよね。
「思ったより辛いね、これ」
「お肉、結構……かたい」
私がスパイシーでガーリックな味付けのタコスで、イチゴちゃんが牛肉に釣られたのかサイコロステーキたっぷりのもの。
私はヨーグルトとフルーツの組み合わせは最高だねって思いながらストローで飲んでるけど、イチゴちゃんは「折角だから」と言って注文してたストロベリーシェイク……何だか感慨深い。
それからタコスもう一品行けるかなって、ぼんやり思ってたら――
今日のゲームの通知が来る。
本人にしか視えないウインドウが前方に展開されて、ウインドウ内の操作はそう意識すれば可能。
今回のゲームは砂漠マップ。地中から次々と出て来るエネミーと砂の中に埋もれてる宝石がポイント対象。砂漠の地形次第では身を隠せなくも無いけど……私が探すトラップも砂に埋もれて見つからなさそう。
とても落ち着いて探索出来る条件じゃ無いから不参加の意思を固めると、ウインドウ内の参加しないボタンが独りでに押される光景に。
「行かない、の?」
「今日はとことん、遊ぼうかなって」
私がそう言うとイチゴちゃんは「そっかぁ……」と呟いて、更に続けた。
「じゃ、私も」
そんなわけでイチゴとミカンによる女の子二人の休日は延長に。既にお互いの能力に弱体化処理が施されてるけど、使わないなら関係無い。
「次は何処行く? アパレルショップやアクセサリ―ショップとか」
何気ない口調で私は提案していた……今日はこのショッピングモール内で本当にのんびり出来そう。