第66話 花に異形を裂かせれば(後編)
そもそも最上位エネミーとはそのマップ内に出現するエネミーを格付けし、その最上位同然に位置するエネミーを示す、参加者達の間で使われている呼称。
同じマップでも出現する最上位エネミーはその日によって異なる場合がある為、恐らく最上位エネミーの枠は三種類あるという噂が広まっている。
統合五日目は参加者が今まで遭遇したであろう各マップの最上位エネミーのみが出現する特殊なフィールド……このマップで再び格付けを行えば本当の最上位エネミーが明らかになるのかもしれない。
それでもこの日、二人の参加者により撃破されたスキュラは変わらず上位に位置する強大な近接型エネミーと言うには充分か。
そんなスキュラが撃破され、重たく溶け崩れる肉片や各部位が視えない沼地に触れては煙を伴って消え行く様が未だ続く中……周囲への警戒を緩める様子も無しにアルが発言。
「部屋の中は、どうだ?」
「みつからない」
交戦中もテオは部屋の中に潜む参加者がいないか目を光らせ……その姿勢は今も変わらぬどころか強まっていた。
至る所が溶けて行き、また一つ支え切れ無くなり丸ごと落下したスキュラの右手が派手に着水する音が部屋に響く……視えない沼が有音処理になったのでは無く、スキュラの撃破演出に関わる時のみ音が適用されていると言うのが正確だろう。
「そうか」
そう呟くや崩れ行くスキュラに目を向け、眺め……少ししてアルは更に言った。
「……次の部屋に、行くか?」
未だにテオドールに搭乗しているテオは機械音声気味になるエフェクトをオフにし、従来の声を響かせる。
囁く時のような息遣いを多分に含み、小声と言うにはまだ大きめで、感情を読み取ろうにも冷淡さしか見出せそうにない、そんな声色を。
「いけるの?」
戦闘前に宣言した通り、全力を出すよう努めたアルはアレックスの絵の具を大幅に消費……それでも、もう一度激しい戦闘をする余力は相手次第では無謀では無い残量ではあった。
しかしこのマップは部屋内に時折出現する扉とそれを繋ぐ廊下か階段で他の部屋へ移動する……今出現しているテオドールを他の部屋まで連れて行く事が出来無いのはその巨体が物語っている。
このフィールドは一つの建物の中に部屋が幾つもあり、部屋同士を繋ぐ通路を切り離し、出現する扉の行き先を早々と変化させ続ける事で各々の部屋は遠く離れているだけだという実態を見え辛くしている。
同じ部屋に出現した扉を抜けても辿り着く部屋が基本的にその都度異なる事になるが……アルのようにそれぞれの部屋が独立したマップである可能性を視野に入れてしまうのは自然な思考か。
それ以上に気付くのが難しいのは部屋の総数に対して通路の数がかなり足りず、参加者同士が鉢合わせになり易くなっているという事実。
アレックスは物体を素通りする為、扉の中には入れず、アルが遥か遠くの部屋に出た場合はその場所目掛け緩やかに向かう事となるだろう。
絵の具に割り当てたテオドールの情報はアレックスを解除した時点で失われるのでアルの予想に則れば描かれたテオドールを他の部屋に連れて行く事は不可能。
テオに至っては機体へのダメージを抑える事を意識して戦っていた為、三割程度の損傷で済んでいたが……一度テオドールを解除すれば次の生成にはテオドールの損傷率が二割以下になるまで回復を待つ必要がある。
今から解除してこのフィールドに留まるのならば一割回復するまで六十分。ガーデンに戻れば百二十分だが、あの戦闘時間でこの程度で済んだのは大きな損傷を避け続けた行動選択が功を奏したと言えよう。
先程の光景が全容として、テオドールの能力はどのディスタンスに位置するか。
普段は一般程度の性能となる拳銃を生成し、条件を満たせば建造物サイズを誇る人型ロボットを生成し数々の兵装で攻撃可能になる……その複雑性から突出となるのは間違いない。
そして繰り出す内容自体の規模が評価対象となるのは突出まで。
例えば能力により生成する手榴弾が拳大止まりだろうと戦車を包み込める程のサイズであろうと……「出来る事自体」が変わらぬのならばディスタンスはそのままで規模を考慮しなければテオドールの兵装は全て既存兵器の延長線上でしか無い。
突出とはあくまでも一般の範囲に留まる内容で複雑性を有するか類型ではあるが群を抜いている……そんな側面が評価されたに過ぎない。
さてアレックスはアルが受けたダメージを肩代わりし、その蓄積量を自らの赤味を増す事で表す……今回の戦闘では余力はあるものの結構な量がアレックスには溜まっていた。
この赤味が完全に無くなるまで多少なり以上の時間が必要であり、それまで再びアレックスを呼び出す事は出来ない。
アレックスを他の部屋に連れて行く事は出来ないのではという懸念もあり、ここで出撃を終えるのは消極的な選択肢では無いと認識しながらアルはテオに返す。
「途中帰還を選択したい……というのが本音だ」
「わたしもこれだけ撃破ポイント手に入れれば充分かなー」
やがてスキュラの肉体は全て溶け、視えない沼からは一切の音が聞こえなくなった。出現した宝箱はアルが全て取る事が即座に決まり、テオはテオドールを維持し周囲を警戒しながら会話を始める。
「帰ったらすぐにマイちゃんの動画にわたしのアカウントでコメント残しとくけどユーザー名の横に何か目印みたいなの入れといた方がいいかな……食べ物とか」
「今は何が食べたい?」
「んー、あまいもの……飲み物でもいいし……あ」
何か案が浮かんだかのような間を置いて、再びテオがテオドール越しに発言。
「キャラメルミルクティーが飲みたいと続けるけど、あえての誤字でキャメルミルクティーって書いとく」
「……ラクダのミルク。いや、砂漠では貴重か」
そんな会話をする中、アルは迷路が施された錠による複数の宝箱を着々と開けて行き……こんな会話も発生していた。
「む、これは」
「アジト用?」
「あぁ。しかもこれは――」
勿体振った口調に反し、アルは直ぐ様言葉を続ける。
「メイド喫茶シリーズ……フルセット版だ」
メンバーのメイド服をオーダーメイド可能なチケット、カフェ関連の内装、団体規模分のお洒落なティーセットの数々……それら一式全てをアルは獲得。
専用のオークションサイトで売買可能で個別に売る事も可能だが、アジト用アイテムの中でもメイド喫茶シリーズは常に人気上位を誇っていた。
「メイド服……」
アルの背丈は二メートルクラスで「随分と大きい」という印象を得るほどの胸のボリューム……そんな女性がメイド服を着た姿をぼんやりと想像するテオだったが程なく違う事を考え始め、続けて呟く。
「あ、カギは手に入った?」
「鍵……? 私には無いな」
「じゃあラストアタック限定……でも」
テオとアルは部屋に入ってから見掛けた、現れては消える扉を全て思い起こしていたが……アルが言う。
「あぁ。鍵が必要そうな扉など無い。撃破した事で出現する様子も、だ」
「特定の部屋とか、かな」
マップによってはエネミーを倒してアイテムを得る形式もあるが……今回は最もスキュラにダメージを与えたテオにだけ、このフィールド内で使えるであろう、鍵としか思えぬ外見のアイテムを獲得していた。
そして主に中身が金銭で出現する宝箱をアルが全て開けてから二十分後。
「通話機能搭載のインディーズゲームか」
「肝心のパズルはやらないけどね……ここでお喋り」
ガーデンに戻り、互いのSNSアカウントの確認も終わったテオとアルは指定したゲームのインストールを終えるや早々と合流を果たしていた。
ガーデンに戻る際にテオドールもアレックスも解除されたが、青磁色の金属は今もニードルパンチカーペットの傍らで場違いな光沢を放ちながら先程の部屋の中に残っていた。
さて、かなり機密性の高い会話の場を得たアルとテオだったが、その一部を覗いてみれば。
「ひやしてたクリームソーダがおいしい。グレープ味」
「この投稿者、いいピアノを弾くと思っていたが……私が知らぬこの曲もよいものだな」
他愛も無い時間を長い事過ごすのみで、アルは以前観たブレイジングティアーズの曲をピアノで弾いた投稿者の動画を別画面から適当に選び視聴していた……そんな一時を起点にした場合、この光景はどれくらい前後した頃か。
統合五日目のフィールド内一室にて、ニードルパンチカーペットの各色が紺色に統一気味で、幾らかの黒味を差す程度だった大理石の壁はかなりの黒さを得ており天井の大理石に至っては新鮮な血が染み込んだかのような色合いに。
そんな色違いの部屋には二体の最上位エネミーの姿があり、壁の方をやや暫く眺めていると現れたのは他とはデザインが異なる扉。
その扉には遠くからでも判るほど大きな鍵穴が備わっており……やがて他の扉と同じく、壁に溶け込むかのように消えて行った。
・本作での言語問題について
第3話で参加者同士の会話は自分の言語で聞こえるような描写があり、その翻訳作用はガーデンのみならずフィールドにも適用されていそう。
この前提で問題となるのは今回のキャラメルとキャメルのような文字列ネタをした場合、他の言語では日本語のように成立しないリスクですが……キャラメルがcaramelでラクダがcamelの為、今回は成立しているでいいのかなって。
・メイド服をオーダーメイド
メイドさんがmaidで、makeの過去形・過去分詞がmade……名詞と動詞なので全然違う英単語なんですが、発音記号は一緒なんですよね……




