第65話 花に異形を裂かせれば(中編)
「ガトリングを本体に十秒」
統合五日目の毒沼マップに相当する一室にて。
テオドール越しのテオからの指示通りアルは自分側のテオドールの左腕装備……戦車の砲でも七つ束ねたかのような特大ガトリング砲を眼前に聳える巨大な最上位エネミー――スキュラ目掛け浴びせていた。
少し前に行われた二体揃ってのミサイル全弾七十二発による爆撃と比べ随分とスケールダウンしたもののスキュラが無視出来ないダメージの連続は果たしている。
攻撃を受ける中でスキュラは黒雷を放つ体勢に入り……やや先行していたアル側のテオドール目掛け盛大に放った。
スキュラとその眷属が繰り出す黒雷のダメージが増加する条件は「単発の遠距離攻撃とみなせる能力の生成物」。
テオドール本体は遠距離攻撃では無く能力による生成武器もしくは「強固な能力の生成物」と言える為、有する一定の強度が大幅に損なわれるまでは使用者が解除しない限りその生成を維持する。
この場面ではテオドールが放つ射撃の個々のみが黒雷のダメージ増加対象となるという認識で充分だろう。
スキュラが放った大規模な黒雷を一身に受けたテオドールだが……そのダメージは被害と呼べるか怪しい程度。
一方で、無数という形容に甘えたくなるほど夥しい数の大口径の銃弾を短時間で浴び続けたスキュラのボディは至る所が激しく損壊し……再生能力による修復を順調に進めていた。
あれは出来るだろうか。
疑問と共にアルはテオドールの次なる動作を頭の中で思い浮かべる……。
それがコックピット越しでしか出来ない操作でアレックスがコックピットを描いていなかったとしても、テオドールに搭載されるシステムが「その内容が入力された」と認識すればこの指示方法で機能する事に。
程なくアル側のテオドールの右腕全体は銀色のコンテナのようなもので覆われて行き……その挙動を逆再生するかの如く消えて行くとテオドールの右腕部分には腕の太さ同然の直径を誇る砲口が備わっていた。
次の瞬間、暗清色部分で構成された口径から溢れ出て来たのは眷属達を容易く呑み込みスキュラの下半身を覆う高さに迫る、大量の火炎。
じゃ、わたしはこっちを。
そう思いながらテオは自らのテオドールの右腕も同様のコンテナを出現させ、
「別の武器に替えても弾薬の自動生成は個別で維持されるから」
そう告げ終えた頃にはテオドールの右腕は大半が弾体に費やされた形状に。種類の詳細を述べれば三段構造の『タンデム対戦車榴弾』が該当する。
二段式のタンデム形状は一段目の体積が控えめで後続の二段目の方が大きい……一見すると基本型である単発式より威力面で劣りそうだが……実際はタンデム形状の方が威力を高めている。
実弾兵器の威力が弾体の重さと発射速度によって決まる中でレールガンは圧倒的速度による運動エネルギーのみで弾体に詰める筈の火薬を不要にしたが対戦車榴弾は同じ質量兵器でありながら弾速への依存を無しに威力を生み出す。
対戦車榴弾の開発当初は主に銅が使用され、この銅が着弾時の爆発により液状化し針のように装甲内部へと伸びて行く現象――『メタルジェット』を発生させる事で厚さ一メートルの鋼鉄の塊を貫く事も視野に入る程の高い貫通力を実現。
実際にタンデム対戦車榴弾の一種『PG―7VR』はあわや八百ミリメートルの鋼鉄の板を貫いていた。
メタルジェットがその貫通力を発揮する形成条件を満たさなければ威力は一気に減衰し、それを狙って戦車側も装甲に爆薬シートを仕込む『爆発反応装甲』という対抗策を用意。
二段式のタンデム対戦車榴弾は最初にその爆発反応装甲をサブ弾頭で誘爆し本命の弾頭によるメタルジェットの形成を確保する為でもあった。
今し方テオドールが発射したのは三段式で、最大部分の直径はテオドールの腕サイズに匹敵。
本来は複雑な電子制御と内部構造が必要な三段式だが、それは「メタルジェットを効率的に生成する理想的なタイミングで起爆」という能力が付与されている事により解消されていた。
もしもメタルジェット先端が針では無く傘を開いたような形状で突き進んで行けば対象に大穴を開ける事も可能に……テオドールのタンデム対戦車榴弾はそれを大いに狙える兵装と言えた。
携帯式対戦車擲弾発射器という意味の三単語の頭文字からRPGに七の数字が続く一連の兵器には「ロケット・プロペルド・グレネード」という当て字が使われる事からかロケットランチャーと呼ばれる場合がある。
しかし発射機構自体は無反動砲の一種の為、弾体にロケット推進機能が無ければロケットランチャーと呼べる要素が無くなってしまう。
ともあれテオドールの今回の兵装に関しては安易に「特大特殊弾」とでも呼ぶのが無難か……前述の通り、弾体の体積は先程までの前腕部では収まり切らぬほど。
そんな特殊弾の直撃を受けたスキュラは肺がある筈の場所で見事なまでに大きな風穴を開けられ、爆発が収まるのも待たずに再生を始める。
弾薬を消費せずに追撃を行うならば、これだな。
先の爆風を防ぐべく閉じていた正三角形のタイル四枚中三枚を開きながらアルはまたも機体の右腕に銀色のコンテナを出現させたのだが、
「あ、きぐう」
テオも同じ兵装――チェーンソーに切り替えていた。
肘辺りから置き換わる形で長く伸び、腕状態よりも幅広の金属製と思われる無限軌道の鋸はボディの青紫が更に黒く染まった色合いでその存在感を昏く彩る。
迫り来る双つの黒い回転鋸に対し、スキュラはその青く真っ赤な爪を振り回して応戦するが……テオの操縦するテオドールに早々と懐に潜り込まれ、アル側の機体もやや遅れて辿り着く。
両機は穿たれた箇所目掛け正面と背後から素早い斬撃を浴びせ続けるが……正面を担うテオが繰り出す様は一層激しく、別格の動き。順調にダメージを与えているようで先程大きく開いたスキュラの傷口は塞がって行くばかりだった。
スキュラは硬めの部分とより硬い真っ赤な部分の二種類で構成されている為、肌と異形部分の強度は等しい……この兵装では分が悪いと両者共に気付いたがスキュラの再生速度が多少は鈍っていた事も併せて認識。
巨大なチェーンソーが静音とは無縁の大音量で鳴り響く中で、スキュラは下半身の中から真っ赤な刃を伸ばして目の前のテオドールの胴体を貫こうとするも、テオのテオドールはその巨体で行うのは不自然なほど軽やかな跳躍を見せ、回避。
己の背丈以上に跳んだテオドールは左腕のガトリング砲をスキュラに浴びせ……着地時、両足から衝撃を発生させ周囲の眷属達が加勢するのを阻んだ。
テオドールが放つ衝撃は大振りの動作で手足が接触する度に発生させるかが選べ外傷を与える要素は無いが……戦車などの五十トン前後の物体ならば吹き飛ばし、転覆も見込めるほどの出力を有する。
群がり始めていた眷属達は新旧問わず派手に浮き上がったがその放物線と飛距離の大きさに対しダメージは軒並み皆無だった。
与え続けているダメージ量では現状維持が関の山といった様子……暫くが経ち、使用した兵装の回復時間は充分稼いだと見たテオが発言。
「おおきな爆弾」
「了解した」
そう返すアル側のテオドールが右腕にコンテナを展開。やがて発射された先程と同じ特大特殊弾……アルは正四面体でその身を爆風から守り、轟音のピークを越えた頃、テオが言った。
「ミサイル全部」
アル側のテオドールのミサイルポッドの弾薬も全て復活していた為、開幕と同じ七十二発からなる光景が繰り返され……それでも、スキュラは倒れなかった。
自ら及びアル側機体の残弾状況までテオは管理し、そんなテオドール二体によるスキュラへの集中攻撃が尚も続いて行く。
更なる時間が積み重なって、再生能力そのものが再生するスキュラの体力ゲージと言えるものを確認してみれば……かなりの減少という結果に。
例え再生能力自体が再生しようと、絶え間なく大火力で攻撃され続けている間は従来の再生能力しか機能しない……短期決戦の火力を持続させる事が出来れば脅威となる要素が一気に薄れるのがスキュラと言えよう。
それに対しテオドールには受けたダメージを修復する手立ては疎かバリアと呼ばれるような防御機構さえ備わっていなかった。
ダメージを受け続ければ先程からスキュラが受けているような大火力の連発を支えている弾薬の自動生成速度は衰え、その損傷状態はテオドールを解除しても保持される。
解除中も内部で修復は行われるが全快まで残り二割になるまでテオドールの生成は出来ず、平常時は十二分で一パーセント……強化で六分に半減するがガーデンに戻った段階で修復速度は平常時に。
ゲーム不参加による弱体化では二十四分で一パーセントの為、全損から全快まで四十時間となるが戦闘中のテオドールは損傷率が八割を越えた段階でコックピット内で警告音が鳴り響き……二百秒後に機体全体が爆発し損傷状態が十割となる。
その際の爆発は派手な割には威力が伴わず、爆発後はかなりの待機時間と広範囲で周辺の地中に脱出口を生成するかが選べるように。
選択の際に地表での光景をモニターから確認出来る為、戦闘が終了し安全と言える状況になるまで存分に待つ事が出来、コックピット上部を開ける事で脱出を果たせるが……機体が健在のまま解除した際も同様の脱出処理となる。
さて、アレックスによりテオドールがもう一体いる今回、両機の生成速度が高く保たれた分だけ攻撃間隔を狭められるのだが……。
アル側のテオドールに大きなダメージが迫る度にテオが自らの機体で率先して引き受け、その殆どを回避していた為、充分に維持されていたと言えよう。
機関砲、大規模爆発、チェーンソーの駆動音……そんな轟音が入れ替わりに次々と、爆風と共に立て続けに響き、それらから成る光と熱が満たす部屋。
もしもこの部屋に何者かが入って来れば何事かと面を喰らう程の景色が幾度も繰り返されてから暫くが経ち……再度、部屋の中を眺めてみれば。
「そろそろミサイル全弾か」
「じゃ、わたしも」
二体掛かりでのチェーンソー攻撃を続ける中でアルがそう切り出し……程なく、この部屋で何度でも起きた二つの機体で搭載するミサイル七十二発一斉発射の光景が繰り広げられ、その爆音が収まらぬ内にガトリングの発砲音が鳴り始める。
少ししてテオ側のテオドールが右腕からの特大特殊弾を放つやコックピット内のウインドウ越しにテオはスキュラの様子を観察。
上半身を見ればガトリングの弾で貫かれて開いた箇所が塞がる速度が随分と遅く少し前に出来たチェーンソーによる斬り傷も深いまま……下半身に至っては潰されたままの緑色の瞳が随所で確認出来た。
未だにガトリングを放ち続けるアル側の機体は今回も弾丸が無くなるまで撃ち続けていたが……丁度弾切れとなった瞬間、先の特殊弾がスキュラの腹部を直撃。
スキュラの腹部周辺はガトリングにより穴だらけになっていたが、そもそもこの攻撃ではメタルジェットにより盛大に穿たれ、直ぐに塞がっていた。
故にこうして腹部という連結部分が丸ごと無くなる規模の損傷を受けても上下から肉片が伸びるや繋がっていたのだが……今回は腹部を欠いたスキュラの上半身が前方から受けた衝撃のままに後ろへと落下して行く。
大きな爆風に備え常に正三角形のタイル四枚と共に行動していたアルはテオ側のテオドールの様子を見て、言う。
「……これで」
テオが「うん」と短く返したほぼ直後、先程断たれたスキュラの上半身が仰向けに床まで落下し、その巨体を受けた視えない沼が盛大に撥ね……今回に限り無音ではなく規模相応の音量となって部屋の中で響いた。
最早スキュラの再生は完全に止まり、既存の形状が徐々に崩れ始めていた。
まるで細胞の一つ一つが解けて行くかのように、次々と結合を失っては重力のままに各々が落下する様は液体でも見ているかのよう。
液状と化したスキュラの肉片が視えない沼地の水面がある高さまで辿り着くや、酸にでも触れたかのように煙と音を立てて蒸発して行くのだが……そんな光景となる間際、テオが更なる言葉を発していた。
「おわったよ」
特大特殊弾こと三段式タンデム対戦車榴弾がスキュラにメタルジェットを浴びせた際に横取りボーナス適用済みの撃破ポイントがテオに入っていた為、それが誤った判断となる余地は無い。
斯くして毒沼マップの最上位エネミーであるスキュラはディスタンスが突出のテオが生成した『テオドール』と高位のアルによる『アレックス』との連携により、討ち滅ぼされる結果となった。
・電磁加速砲と荷電粒子砲
第45話後書きより抜粋「運動エネルギーの公式は『K=1/2*M*V^2』。質量Mの単位はkg、速さVの単位は秒速m/s……Kは仕事の単位であるJ……その物体の重さと速度が判れば上記の掛け算するだけで運動エネルギーを求める事が出来ます」
レールガンは纏まったサイズの弾体を音速の何倍もの速度で飛ばす事で威力を実現しますが、同様の数値結果をビームで得たい場合、手頃な素粒子と量を用意して電荷を帯びさせ、目的の数値になるまで速度を上げる感じになります。
どちらも「物体に速度を与えて放つ」のでやってる事は同じでどちらも質量兵器……光そのものの出力を上げるレーザーとは違う原理です。
レーザーは最初から光速ですが、弾体が粒子条件のビームを兵器レベルまで威力を上げるには亜光速を検討する必要がありますが「レールガンくらいでいいや」となればハードルが下がる感じ……なのかな。
・RPG-7の綴りについて
ロシア語で『РПГ-7』Ручной Противотанковый Гранатомёт……英字綴りでは「Ruchnojルチノーイ、Protivotankovyjプラチヴァターンカヴィイ、
Granatomjotグラナタミョート」……意味は「携帯式対戦車擲弾発射器」。
なろうでのルビ文字数上限越えてるのもありますが、
Rocket-Propelled Grenadeに逃げたくなるほど色々長い……でもこれだと意味が「ロケット推進擲弾」と不正確になる。
・さて、メタルジェット
そんなRPG-7ですがレールガンやビームと違って速度が威力に直結しないのは、弾体が命中して爆発する際に円錐形状部分の内側に張られた金属――内張が圧力によって液状になって円錐の先端から底辺への方向で針のように直進する事で貫通力を実現します。
モンロー効果とその二十年ほど後に発見されたノイマン効果が併さってたりするこの現象は円錐が30度から45度程度の時に効果的に起こりRPG-7系統の弾体部分にてそれを意識した形状が確認可能です。
内張には銅が使われがちで、速度では無く「命中した際の位置と角度」が重要になります、 メタルジェットさえ形成されれば速度を気にせず放てる兵器なのでホーミング弾に向いてそうですが、まさか『K=1/2*M*V^2』の前提条件を覆してる事からまさに新カテゴリー。
ダメージソースがメタルジェットなので戦車側も、
『Explosive Reactive Armour』……ERAという爆発反応装甲を開発してメタルジェットの形成を邪魔する事で対処を図り、このERAに対抗して開発されたのが、
「PG-7VRタンデム対戦車榴弾」……両者が具体的に何をするかは本文で多少触れました。




