第63話 その少女は何色か(後編)
絶妙な色合いの赤紫色の髪をふわふわと長く伸ばしピンクゴールドの瞳を有する女性が森林マップ最上位エネミーの鎌足により自身の右腕を断たれ、それを能力で修復してからまだ然して時間が経っていない頃。
ふわふわ髪の女性は時折、周囲の木に手を当てて青磁色の金属を増やしながら、ハチの胴体にカマキリの鎌足二本が生えたような……あのエネミーを探していた。
当の鎌蜂エネミーには巨大な琥珀に覆われたまま樹の中に潜み、通り掛かる参加者などに様々な魔法系の能力を浴びせる……そんな第一形態がある。
幾らか前、鋏少女が見晴らしをよくする為か自慢のハサミで樹木の群れを斬り倒していると伐採が阻まれた樹が一本……刃が通った部分だけでも削いでみれば、そこには琥珀に包まれた鎌蜂エネミーの姿が。
それを密かに眺めていた玄武岩らしきものを生成しては爆弾に変換する男性が飛び出し……鎌蜂エネミーが琥珀の中に囚われたかのようにその場から動かないのを見て攻勢を更に強め、第二形態となった。
形状や色に一切の変化は無いが、紫と青と縞模様による同化部分そして金色……その全体を半透明な琥珀越しに眺めるだけでも外観の印象は様変わりだろう。
参加者を見失った状態のエネミーが如何なる移動ルートとなるかは乱数的な要素が強く、その場に留まっていたも同然の事もあれば遠くまで移動している場合も。
この巡回行動は索敵範囲内に参加者が入るまで続くのだが……その際に他のエネミーが交戦中だろうと、そこに参加者がいれば向かう為、まるで加勢でもしに来たかのような光景に。
時間が経つほど元居た場所から離れている可能性が上がる条件で、ふわふわ髪の女性は断たれた右腕と肉塊二つとなった男性の死体がある地点へと辿り着く手前で左の鎌足部分が欠けた鎌蜂エネミーとの遭遇を果たした。
思ったよりも早く見つかり、背後には青磁色の金属が全く無いわけではない。
増やしながら戦う必要はあるものの先制攻撃を仕掛けるには距離的にも充分……そう判断しつつふわふわ髪の女性は、
「せっかく大物に、会えたんだからー……」
そう呟く中で近辺の青磁色の金属によって蓄積された琥珀色の結晶の生成位置を自身の周囲に来るよう性質を変更し、一気に生成させた。
鎌蜂エネミーからは索敵範囲内に参加者も攻撃対象となり得る存在も確認出来ない為、未だ巡回モードのまま……ふわふわ髪の女性は幾つかの塊で生成された琥珀結晶全てをエネルギーに変換し、鎌蜂エネミー目掛けたビームとして一斉に放つ。
射出後もビームの軌道はふわふわ髪の女性の意のままに変更出来る為、それぞれを結べば多角形を描ける位置まで回り込ませてからビームを発射……自らの位置を伏せる事を試みた。
索敵範囲内に脅威となる要素が群れを成して迫り来る状況の中、鎌蜂エネミーは赤味を帯びた風を周囲一帯に巻き起こす。
『ヒートウェイブ』の魔法などで見られるこの風……威力は乏しいがエネルギー要素の強い能力の生成物に対し熱のようなエネルギーが充満した領域で迎える事で能力の生成物の威力を削ぐという防御性能を発揮する。
エネルギー領域に向かい風という要素は琥珀色ビームの各々の威力と速度を減衰させたが少し進行を弱めたに過ぎない。
そんな琥珀ビームの群れが赤い熱風の中をやや突き進むと……熱風自体に充満するエネルギーが次々と爆発し、全ての琥珀ビームが掻き消えた。
エネルギーが充満した赤味のある風を発生させた後、それを受けた対象がエネルギーと物理のどちらの性質が高くとも粉砕される事が見込める程の爆発を巻き起こす……この範囲魔法は『サーマルエクスプロード』と呼ばれている。
ビーム射撃を防がれた、ふわふわ髪の女性は周囲の青磁色の金属を増やすべく近くの木へと手を当てるのだが……。
その間、鎌蜂エネミーはビーム本数が一番多かった方向目掛け遠距離攻撃の準備として冷気のようなエネルギーを自らの前方に集積させていた。
攻撃体勢が整っていないふわふわ髪の女性は何も仕掛けて来なかった為、チャージ行為と言える段階はそのまま完了。
鎌蜂エネミーの尾には鋭利なトゲが生えているが冷気エネルギーは鎌蜂エネミーの正面に集まっており……放たれたのは清涼感ある青を纏い、周囲の木の幹よりも太いエネルギーの束。
『アイスビーム』と呼ばれるこの魔法の射線上にあった木々は根本同然から吹き飛び、尚もビームに触れた部分は凍ったが……表面の水分が凍ったなどでは無く、単に「オブジェクトが凍り付く」という処理が適用されただけ。
参加者に直撃させても氷漬けにはならないが相応のダメージは入る……そんなアイスビームを撃ち終えた鎌蜂エネミーは未だ攻撃対象を確認出来無い為、直ちに次の行動が出来るよう身構えた結果、多少の移動はするものの何もしなくなった。
ふわふわ髪の女性は青磁色の金属の一部を分離させ、発達した氷柱のようなトゲ状にして鎌蜂エネミーの背後まで回り込ませてから加速する事で攻撃。
青磁色の金属を操作する際は銃弾ほどの速度は出せないものの、上限までならば常に個別で変更可能な為、そういう意味では自在と言えよう。
鎌蜂エネミーは全身を一瞬だけ発光させ、飛んで来たトゲを回避するやそのまま直進し獲物を探すのだが……平常時よりも明らかに動作が素早くなっていた。
二倍の速度で走行するには、十分は掛かりそうな組み立て作業を五分で終わらせるには、どうすればいいのか……それを「脚を動かす速さを二倍にし、作業を二倍速くこなせばいい」と答えるのが先程使用された魔法『スピードアップ』である。
一つの物事を果たすまでに必要な時間を従来の半分で済む動作を実現すれば、それは傍から見て全体の時間の流れが二倍になったかのよう……だが実際には時間そのものには干渉していない。
故にスピードアップと似たような効果を持つ能力は基底になりがちで、倍率次第では突出にもなるが、やはり今回程度の倍率ケースが目立つ。
鎌蜂エネミーのスピードアップ発動中は他の魔法が使えず体による直接的な動作しか出来無くなるが素早い機動力による二本の鎌足での斬撃は近接攻撃手段としては充分と言えよう……今回鎌足は片方しか無いが。
第一形態ではもっと数多くの魔法を扱う事が出来たのだが、第二形態の鎌蜂エネミーが揮うのはスピードアップ、サンダーボルト、アイスビーム、サーマルエクスプロードの四つのみ。
エネミーにはRPGなどで見られる許容ダメージ量を数値化したHPに当てはまるものはあるが魔法や能力の限界使用量を数値化した『MP』に当たるものが存在しない。
行動選択結果が能力や魔法だった場合、常に発動するのがエネミーと言えよう。
鎌蜂エネミーの行動アルゴリズム自体は従来のエネミーと変わらぬ事を確認したふわふわ髪の女性は先程のような自身の位置を偽った攻撃を続け……青磁色の金属の量が更にある程度増えた頃だった。
自身に群がるように放たれた琥珀色ビーム達をサーマルエクスプロードで防御を果たした鎌蜂エネミー……その発射方向にアイスビームを放つべくチャージを開始し、特に妨害も無く先程と同じ規模の冷気の束を発射。
その射線に複数の青磁色の金属を待機させていたふわふわ髪の女性……青磁色の金属の性質には「能力の生成物の反射」があり、各形状と配置はアイスビームが鎌蜂エネミーの方へ向かうようになっていた。
アイスビームの照準固定の都合もあって撃ち終えるまで他の動作が出来ない鎌蜂エネミー。RPGにありがちな「虫は冷気に弱い」といった要素は無いがダメージ軽減があるわけでも無し……その意味もあっての直撃に。
その最中に温存されていた琥珀色ビームも大量に飛来。鎌蜂エネミーはスピードアップによる緊急回避を行うまでに相当なダメージを受ける事となった。
一連のパターンを三度繰り返したところで鎌蜂エネミーの所謂HPにはまだ余裕があるが……時間が経つほど青磁色の金属は増やされ、より激しい攻撃が可能に。
その後は、ふわふわ髪の女性からの一方的な攻撃が続き……自らの索敵範囲内にふわふわ髪の女性を一度として捉える事無く、鎌蜂エネミーは撃破された。
さっきの子、ちゃんと逃げれたかなぁ……。
時間は掛かったが苦戦という形容には程遠かったからか、ふわふわ髪の女性の心に真っ先に浮かんだのはそんな懸念だった。
周囲の景色はすっかり荒れ果て、幾度と無い爆撃により砕けた木の残骸により、断たれた方のふわふわ髪の女性の右腕は完全に埋もれてしまっていた。
やがてゲーム終了時間となり帰還を果たした、ふわふわ髪の女性……この日最も印象的な出来事が起きたのはそれから暫く経った夜中に……突然訪れた。
腹部に大穴が空き、臓器ごと修復した時以来の今回の大怪我をふと振り返る中、右腕を根元から修復出来たのならば手首から先を斬り飛ばされても修復出来る事が実証された事に……そして「手首」という単語から連想してしまった。
首から上を断たれても、青磁色の金属で頭部を修復可能なのでは無いのか、と。
であれば首を飛ばされた際に取り急ぎ青磁色の金属で修復した場合……。
ふわふわ髪の女性は自分の顔を見上げるのか、見下ろすのか。
広がる青磁色の金属の中に飛び込み、自身を一旦青磁色の金属と同化させてその中を移動し……抜け出す際に再び自身を再構築する。
一度も行った事は無いが、自らの能力はその芸当が可能である事をふわふわ髪の女性は識っていた。この事実を踏まえれば「少なくとも頭部は修復される」という結論は手堅く思える……そしてまたも考えてしまった。
自身を青磁色の金属に置き換える際は意識が自我ごと薄れるような感覚に陥り、もしも青磁色の金属の中に入り込んでいる最中に、意識が戻らなかったら?
ガーデン内では時間経過で元の物体に戻る青磁色の金属だが、青磁色の金属の中に自我が希薄になった使用者が紛れ込んだ状態で解除された場合、使用者の自我と意識は戻るのか。
そういった事態がフィールド出撃中に起き、そのままゲームが終了したら?
そんな恐怖の感情と記憶をぼんやりと……統合五日目に遭遇したスキュラとの戦いから逃れた先の廊下で、ふわふわ髪の女性は自身の右腕を眺めながら思い出していた。
やっぱり、こわいなぁ……。
使用者の体を修復する性能さえある青磁色の金属だが、それはその世界を構成する要素を永久に使用者の成分と同じ物に置き換えられるという事。
置き換えられた世界の構成要素が青磁色の金属の間は自在に変形され、解除後は元の成分に戻るが変形した内容は事実としてそのまま残り……それを全ての物質に施す事が出来る。
更には青磁色の金属の性質そのものの常時変更能力……同様の事を既存の金属に行えるのであれば、その世界に与える影響力と規模は計り知れない。
そもそも他の物体を基に置き換えられた青磁色の金属が使用者の肉体を復元し、それが永久に使用者のものとして存在し続ける……それだけで「使用者の在り方を大きく変えてしまう」というディスタンスが高位となる条件を満たしている。
青磁色の金属が成す事は高位に足る要素が複数あるが、一般の要素が多量なまでに複数あれば突出となる場合とは違い……高位となる要素を幾ら兼ね備えていようとディスタンスは高位止まりである。
そんな高位の能力を持つ、ふわふわ髪の女性は眺めていた右腕を下ろし始めていた。
意識が薄れる事を恐れなければ戦闘中幾らでも深手を負っては修繕を果たせる。
そんな戦闘面での価値よりも自身が人間離れした存在であるという事実と、自らの存在が青磁色の金属に近付いてしまう恐怖が、齢十四の少女――山代嶺愛の中には強く在った。
数年ほど年上に見られがちの身体に反して、ふわふわ髪の女性の精神は年相応なまでに繊細。そんな彼女もやがて廊下を進み、奥の扉から別の部屋へと去って行ったが……その辺りで場面を先程のスキュラがいた部屋に戻してみれば。
「踏んだこの感触……ここは」
「毒沼だな。浄化装置はあるのか?」
余りにも長身な金髪の女性と水色髪を三つ編みポニーテールにした小柄と言うにはまだ背丈のある少女……そんな二人が入って来ていた。
登録名で言えば『テオドール』と『アレックス』の順で発言した二人が、部屋の中央に陣取るエネミーの存在に気付くまで然程掛からなかった。
・ディスタンスについて繰り返し気味に記載
基底<一般<突出<高位<【第4話参照】の五段階。
ぼちぼち高位までの判定基準に関する情報を大分示せて来たと思います……「その能力がどのディスタンスに届くのか」。
・魔法に関して
RPGでありがちな名称や内容の能力体系の「便宜上の総称」……本作では魔法と能力に違いはありません。魔法のような特定の枠組みで収まる能力のディスタンスは突出が関の山となります。
魔法と呼ばれる割には炎や氷という属性関係は無く、基本的に魔法と言えそうな能力の生成物同士はどんな外見であろうと衝突し合った際は相殺判定が発生し威力が高い方が削られた上で一旦残ります。
・「能力の生成物では無い」問題
「能力の生成物とは判定されない能力」というゴリ押しケースがあったとして、本作ではそれが通ります。
要するに、その能力が能力の生成物だと判定出来無ければ能力によって生み出されたものでも「能力の生成物では無い」となるわけです。
そんな中、青磁色の金属は「その世界の構成要素の一つと成る」事で既存の物質と同じ存在という理由で「能力の生成物を防ぎ、本来ある物体は通す」みたいな条件相手などを素通り出来る感じで……琥珀色の結晶と変換されたビームに関しては従来通りの能力の生成物という扱いになります。
・体と身体
本作と言うより作者は「体は精神を含まず、身体は肉体と精神の両方を含む」という認識……見直した際に身体となっていた場合は体に直すようにしています。
そもそも身体は「しんたい」と読むのが正しいのですが、からだで変換出来てしまうんですよね。
なので深く考えずに普段は身体を使い、たち・達のように行が変わる文字を調節したい時に体を使う……でもいいのですが、精神を含むのか含まないのか。
今回名前が明らかになった、ふわふわ髪の女性にとって、それは無視出来ないほど大きな違いかもしれません。




